065-代償 ※イラスト有り
「では、宜しく頼みましたぞ」
翌朝、朝靄がまだ晴れない早朝に、ユリアンと姫2人は大勢のエルフ達に見送られて出発した。ソレイドらが心配そうな面持ちでいた。鬼の数が多いだけに、彼らを連れていくわけにはいかない。
朝靄で白い森の中を走っていると、靄の中から3つの影が現われた。昨日、置いてきた3匹のアートヴォルクだった。一晩中、ユリアン達の帰りを待っていたらしい。鼻先を軽く撫でてやり、それぞれ背に飛び乗る。若干毛が湿っているが気にしていられない。3匹はユリアン達が背に乗ったのを確認すると、一気に駆けだした。向かう先は、森精種が住んでいた集落。
「2人とも、魔力の方は大丈夫か?」
「問題ありません」
「長期戦は避けたいところね」
無論、戦闘を長引かせるつもりはない。森精種の集落をあんなにした鬼共は一気に殲滅してやる。
そう思った時、何かが近づいてくるのを感じた。それも、一つや二つではない。かなりの数だ。この感じ、鬼ではないようだが。アリアークが小さな笑みを浮かべたのに気がついた。やがて、姿を現したのは24匹のアートヴォルクの群れだった。疾駆する3匹に並走するように続く。
「昨夜の内に集めておいたのよ。これで魔力不足をかなりカバー出来るわ」
「我が王、この子達も共に戦ってくれるそうです」
見ると、リリアスの手元が光っていた。あの光り、どこかで見たことが。ふと、頭上に多くの気配を感じる。勢いよく上を仰ぐと、幾百もの七色の光が舞っていた。いくつかの光がユリアン達の周りを飛び回る。この妖精たちは人語を話せないようだが、共に闘うという明確な意思が見て取れた。
アートヴォルクと妖精たちの協力。これでかなり勝率が上がった。
エルフ種の集落まで、一気に駆け抜ける。
集落に到着すると、アートヴォルク達は外壁に爪を立ててよじ登り、内側に飛び込んだ。
集落はとても静かで、焼け残った建物の骨組みがひっそりとたたずみ、未だ焦げ臭いにおいが漂っている。処理していない鬼の遺体がそこかしこに転がっている。腐敗臭が鼻をつく。そして昨日、手分けして埋葬した森精種達の墓標代わりに突き立てている木で作った十字架が乱立している。
ユリアンは墓標に向かって黙禱をささげた。再びここを戦場にして申し訳ない。
「我が王、正門はまだ破られていないようです」
リリアスが顕現させた巨大な剣によって、破壊された正門を塞いでおいたのだが、まだ無事なようだ。外壁の外、主に正門近くに多くの鬼の存在を感じる。時間がたてばいくらかはどこかへ行くと思っていたが、逆に数は減るどころかむしろ増えている。この鬼共は何故この集落に集まって来ているんだ。そもそも鬼とは動くもの全てに襲いかかる、本能のままに殺戮を繰り返す存在ではなかったのか。動くものに多少は反応しても、すぐに興味が失せたかのように移動を再開する。明らかにおかしな動きだ。
突然、アートヴォルク達が一斉に頭を上げてうなり声を上げ始めた。視線の先は集落の周りを囲う外壁の上部に向いていた。まさか。
「どうやら、お出ましのようだ」
予想は的中した。突然、外壁の上部から鬼が頭を出した。門が塞がれて入れないために、外壁を登って来たか。容器から水があふれ出るように、黒い波が外壁の上からどんどんと内部へと侵入してくる。ぞっとするような寒気が背筋をから首筋へ走り、腐敗臭の臭いが更に濃くなる。鼻栓があれば欲しいところだ。
「リリアス、正門の剣を消せ。鬼共をこの砦内に囲い込む」
「御意」
正門に突き立てられていた巨大な剣が消えると同時に、門の破口部からも鬼が波のようになだれ込んで来る。外壁の内側はすぐに1000体以上の鬼によって埋め尽くされてしまう。不気味な雄叫びをあげてユリアン達を取り囲む。
口ではいくらでも言えるが、実際に鬼共の前に立つと強烈な心理的圧迫があった。思わず汗ばんだ拳を握りしめる。だが、心は不思議と穏やかだった。いつものように武器を振り回し、斬り伏せるだけだ。
「リリアス」
ユリアンが言葉を発するのと、鬼共の一部が飛びかかるのはほぼ同時だった。
長剣へと姿を変えたリリアスがユリアンの手の平に収まる。魔力を纏った刀身は禍々しい光を放っている。
ユリアンは猛烈な勢いで鬼共に向けて地を蹴った。次の瞬間、轟くような爆音と黒い光が放たれ、複数の鬼共の胴体が分断される。薄緑色の体液がぶちまけられる。鬼共は、ユリアンを脅威と判断したのか、一歩後ろに下がる。そして標的を後ろのアートヴォルクやアリアークに変更したらしい。雄叫びをあげて四方から殺到する。
「舐めないでくれる?」
アリアークの号令とともに、27匹のアートヴォルクは鬼に一斉に飛びかかった。アートヴォルクの鋭い爪や牙に引き裂かれて鬼は崩れ落ちた。アートヴォルク達の白い毛並みが、鬼共の体液で染まる。
集落の上空を飛んでいた妖精たちから光の玉が雨あられのように放たれ、それに触れた鬼共の身体を構成する水分が次々と蒸発していく。鬼のミイラが一瞬にして出来上がる。妖精は魔の力を有していないため、あれは魔術ではない。なんにせよ、えげつない力だ。
「殲滅する!1匹たりと逃がすな!」
ユリアン達は一気に攻撃へと転じた。
◆◇◆◇◆
戦闘が開始され、数分と経たないうちに大地は鬼共の屍と体液で埋め尽くされた。
ユリアンは上段から振り下ろした長剣をすぐに引き戻し、今度は横薙ぎに払う。刀身から幾本もの黒い斬撃が鬼共を切り刻む。今ので、かなりの数の鬼が減殺されたはずだ。このままいけば戦闘はすぐに終わるかと思えた。
長剣を振るいながら周囲を見渡すと、アートヴォルク達がかなり深くまで斬り込んでいるのが見えた。あまり行きすぎると、取り囲まれて身動きが取れなくなってしまう。
「アリアーク!アートヴォルク達を一旦戻せ!身動きが取れなくなるぞ!」
二本の尾で殺到する鬼共を叩き潰していたアリアークは俺の声で気がついたようだ。アートヴォルク達に向けて声をあげようとするが、一歩遅かった。後退に遅れた2匹のアートヴォルクが鬼に取り囲まれ、飛びかかられる。
舌打ちを押さえて、ユリアンは眼の前に鬼を蹴飛ばすと、逃げ遅れたアートヴォルクのもとへ走る。群がる鬼共を長剣で一閃し、蹴散らす。2匹のアートヴォルクは、体中から血を流し、息も絶え絶えだった。助かる見込みはおそらくない。
一歩遅れてアリアークと合流する。倒れた2匹を守るように周囲に陣取る。無事だったアートヴォルク達は威嚇するようにうなり声を上げる。
「アリアーク、治療は出来るか?」
「もう手遅れよ。この子達はもう助からない」
アリアークは2匹の頭を優しく撫でると、片手に一本の剣を顕現させた。おそらく、苦しみが長く続かないよう、2匹を楽にさせてやるつもりだろう。
「貴方達はよく戦ってくれたわ。ゆっくり休みなさい」
2匹に優しくほほ笑みかけ、アリアークは剣を振り下ろした。
しばらくして、瞳に涙をいっぱい溜めたアリアークは立ちあがった。彼女の身体から膨大な量の魔力が流れ出る。明らかに彼女は怒っていた。流れ出た魔力のせいで空気がピリピリとする。仲間をやられたアートヴォルク達も一層牙をむいて咆える。
怒っているのは俺だって同様だ。長剣を握りしめる手に力がこもる。
「・・・・さない・・・許さない。あたしは絶対あんた達を許さない!!」
アリアークの周囲に突風が吹き荒れ、彼女の身体が光り輝く。そして姿を獣化させ、鬼共に飛びかかった。アートヴォルク達も後に続く。
凄まじい突発力だった。鬼共の群れに一気に穴が穿たれる。
ユリアンも後に続こうとすると、リリアスが声を上げた。
(・・・っ!我が王、新たな反応を確認!かなりの数が)
「なっ!?」
正門の方角を見やると、リリアスのいう通り新たな鬼が次々となだれ込んできていた。そんな馬鹿な。新たな鬼の集団なんて、いったいどれだけの数がここに集まってくるつもりだ。倒した鬼の数などもう覚えてはいない。
ふわふわと浮いていた妖精達も力の使い過ぎで、ぽとりぽとりと地面に落ちて動かなくなる。妖精たちが放っている七色の光も弱々しくなっている。
「畜生!」
数体の鬼をまとめて両断した時、ユリアンはおかしなものを見た。数体の鬼が少し離れた位置で立ち止まっていた。その身体には黒い魔力が纏っていた。人語ではない、聞き取れないような言葉でぶつぶつと呟いているような声も聞こえる。あれでは、まるで魔術を使うみたいではないか。
背筋に寒気を感じ、咄嗟に横へ跳んだ。次の瞬間、立ち止まっていた鬼共の周囲から、火の玉が放たれた。ユリアンがさっきまで立っていたところに次々と着弾し、ごうごうと燃え盛る。
「おいおい、嘘だろ」
(そんな、鬼が魔術を使うなんて)
鬼が魔術を使うなんて見たことも聞いたこともない。こいつら本当に鬼か?
それが引き金となったように鬼共は次々と立ち止まり、身体に魔力を帯び始めた。これだけの数の鬼共が一斉に術を発動させたら、いくら俺でも避けきれない。呪文詠唱を中断させるべく肉薄しようするが、詠唱していない他の鬼後共が壁となって立ちはだかる。まるで人間の様な戦術的な動きだ。これでは近づけない。
(どけぇぇ!!)
「あ、アリアーク!」
(そんな、無茶です!)
体中をスパークさせながらアリアークが鬼の群れに突っ込んだ。衝撃で数体の鬼が吹き飛び、盛大に砂埃が舞う。だがアリアークの勢いは止まらない。そのまま後方で呪文詠唱をしていた鬼の集団を蹴散らす。アリアークが開けた穴を広げるようにしてアートヴォルク達が続く。
鬼が何故魔術を使えるのか考えるのは後だ。今は殲滅することだけに集中しろ。そう自分に言い聞かせるように呟き、長剣を振りかぶる。
その時、獣化していたアリアークの身体が眩い光に包まれた。そして人間の姿へ戻り、彼女は地面に叩きつけられた。
「お、おい!どうした!」
(魔力不足。術の使いすぎです)
アリアークは地面に這いつくばり、荒い息を繰り返していた。もう立ち上がるほどの力も残っていなかった。2匹のアートヴォルクがやられた時に感情が暴走し、衝動に駆られるままに力を使いすぎた。戦う前から懸念していた魔力不足を無視していていたため、これは当然の結果だ。
倒れたアリアークの周りをアートヴォルク達が守るように集まる。アートヴォルクたちも皆息が上がっていて、疲れで動きも鈍い。
獲物が弱ったと見るや、鬼共は包囲網を完成させ、じりじりと距離を詰めてくる。リリアスもそろそろ魔力が不足するはずだ。
途中で鬼が何倍にも増えたことが問題だった。当初確認できた数だけでは十分対応できる数だった。それに、鬼が魔術を行使するというのも予想外だ。姫をつくり出す実験の過程で廃棄された者が鬼と化しているのだから魔術を使えても不思議は無いのだが、何故今まで使わなかったのか。各地に出現している鬼が今までに魔術を使ったという噂は聞いたことがない。
「リリアス、まだ行けるか?」
(例え魔力が枯渇しようとも、我が王の盾となります)
じり貧だった。どうにかして魔力を回復しないことには戦えない。あと残っている頼みの綱は、この聖剣だけか。
ユリアンは聖剣の柄を握り、勢いよく鞘から抜いた。純白の刀身が梢から差し込む日の光を受けて眩しく反射する。聖剣を地面に突き立てると、地面から勢いよく木の根だと思われるものがどんどんと生え伸びた。地面から生え出てきた根は、ユリアン達を守るようにして周囲に壁を作る。
そして木の根は周囲に鬼共を絡め取り、根の先をぶんぶんと振り回して鬼共を蹴散らす。根に絡め取られた鬼は、養分を吸収され、跡かたもなく消失していく。植物の力はすごいな。
とりあえずこれで少し時間稼ぎができるはずだ。
そう思ったのもつかの間。呪文詠唱を再開した鬼共が火球で木の根を焼いて行く。
「くそがっ!」
ユリアンは聖剣をその場で振った。突風が吹き荒れ、木の根にまとわりつく鬼共を吹き飛ばす。風にとばされ地面に叩きつけられて潰れたものも数体いたが、あまり倒せてはいないため、またすぐに群がってくる。
このままでは成す術もなくやられる。あれだけ意気込んでいたのに何だこの体たらくは。自分の無力感を再認識させられる。
「リリアス、人型に戻れ」
(我が王?)
ユリアンはリリアスを置き、高周波刀に手を伸ばした。たとえ魔力が切れても、人より優れたこの身体能力とLMVを使えばある程度は倒せる。時間を稼げば、2人の姫が空気中から魔力の吸収を終えてまた戦えるようになるだろう。それまでの辛抱だ。
アートヴォルク達に2人を頼むと言い残し、ユリアンは木の根で出来た壁の中から外へ出た。鬼共は相も変わらず、鼻がもげそうなほどの悪臭を放ち、ぎゃーぎゃーと喚いている。
ユリアンは右手に高周波刀、左手に聖剣を構え、鬼を見据えた。
その時だった。
突然、複数の鬼が倒れた。背には淡いブルーの光を放つ矢が幾本も刺さっている。
「まさか!」
矢の飛来した方角を見ると、外壁の上にいくつもの影が見えた。あれは鬼ではない。再び矢が放たれ、鬼共が地に伏せる。そして、次に眼に入ってきたのは、壊れた正門から突入してくる、森精種の戦士たちだった。一見して、皆LMVだと思われる刀剣類や棍棒や巨大なハンマーを装備している。森精種の戦士たちが一斉に鬼に斬り込む。
突然の出来事に唖然とする。まさか、応援が来るなんて思ってもいなかった。
「竜王殿!無事ですか!?」
「ソレイド!それにお前らまで!」
「へへ、竜王の旦那らだけにかっこいい面はさせませんぜ」
何とソレイド達も参戦していた。森精種からLMVを借り受けたらしく、果敢に鬼に向かって武器を振り下ろしている。
新たな獲物の出現に、呪文詠唱をしていた鬼共が、詠唱を中断して新たな獲物に狙いを定める。
「御無事ですか!」
鬼共の間を縫って、ロウリィアが駆け寄ってくる。
「ロウリィアか。これは一体どういうことだ?応援は来ないものだと思っていたが」
「長は貴方が竜王様であることはとうに分かっておりました。分かっていながら、試すような真似をして申し訳ありません。ですが、集落奪還にはどうしても我々だけでは力が及ばず・・・・」
あの爺さんに一杯くわされたということか。まったく、やってくれる。
「まあいい。鬼共を殲滅する」
「はい!」
80人ほどの森精種の参戦で、戦況は好転した。じりじりと押され始めた鬼は、それでも襲いかかってくる。鬼が発動した魔術の火球や光が飛び、森精種側にも被害が出る。
「リリアス、アリアーク。行けるか?」
「何時でも御命令をどうぞ」
「わたしだって、はっ、まだ数発はでかいのを放てるはずよ、ふう」
空気中の魔力を吸収して、僅かながらも回復した2人はふらつきながらも立ち上がる。戦局は好転したが、楽観視はできない。あちこちでエルフ達の悲鳴が上がっている。
ユリアンは再び長剣に姿を変えたリリアスを振りかぶった。
◆◇◆◇◆
戦闘は、ほどなくして終わった。
地面には、鬼の屍がごろごろと転がっている。死臭が物凄い。
誰ひとりとして歓喜を上げる余裕などなかった。皆倒れ込むように地面に座り込んで息を荒げている。新たな鬼の反応は感じられない。これで、集落を取り戻すことができたのか。深いため息をつく。
「なんとか勝ちましたね」
「ああ」
剣についた鬼の体液を綺麗な布でぬぐいながらロウリィアがやってきた。額に大粒の汗が流れ、その表情には疲労が浮かんでいる。
森精種の集落を奪還した代償はとても少なくは無かった。
読んでいただきありがとうございます。