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064-一時の休息

「初めまして御客人。わしが森精種(エルフ)の長、シャーシルです」



 見た目からいえばかなり高齢の森精種(エルフ)だ。ややしわの入った肌に、白い髪と同じく白く長い髭、片手に持つ杖。どこにでもいる、田舎の御爺さんを思わせる。杖でなんとか体重を支えているが、足取りがおぼつかない。ロウリィアに支えられながら森精種(エルフ)の長、シャーシルはユリアンの向かいの椅子に腰を下ろす。どうやら立っていること自体がつらいようだ。椅子に座った途端に深いため息のようなものをつく。



「すまないの、御客人。歳には逆らえんでのう、脚腰が言うことを聞かん。まいったもんじゃ」


「・・・・・」



 シャーシルは持ってこさせた水をぐびぐびと飲み干すと、やっとこちらに向き直った。



「さて御客人、当然じゃが聞きたいことがある」


「?」


「御主は本物か?」



 本物。ということは本物の竜王か、それとも名を借りたただの詐欺師か、と問うているのだろう。



「一応は正統に竜王の位を継承した」


「では、証拠を見せていただけますかな?」


「証拠と言われてもな。何をすれば信じる?」



 シャーシルは顎鬚を撫でながら少しの間考え込む。そしてすぐに何かを思いついたらしくポンッと手を叩く。彼の瞳が一瞬不気味に光ったような気がした。



「わしらがつい最近まで暮らしておった集落のことは知っておるかの?」


「ああ」


「では、あの場所を憎き鬼共の手から奪い返してくだされ」



 なるほどそう来たか。

 ユリアンがあの砦を奪還すれば、竜王としての信用を得ると共に、森精種(エルフ)を救った英雄としてシルミナス北部連合国の代表に謁見する権利も手に入る。一方、森精種(エルフ)側としても領地を取り戻せる。例え砦が取り戻せなくてもこの緊急時のためにある隠れ家があるためしばらくは生活していけるはずだ。それに森精種(エルフ)は多くのLMVを保有していると聞く。多少なりの犠牲を覚悟すれば自力で砦を奪還することもできるだろう。

 こちらには外交官としての権限も持つソレイドがいるため、ジェイド王国側としてもおいしい話だ。この森精種(エルフ)の長、出来る。



「一つ聞いていいか?」


「何ですかな?」


「もし俺が断ったら?」


「そうですなぁ。森精種(エルフ)の領地に無断で侵入した咎人としてそれ相応の裁きを受けてもらわなければなりませな」



 断ることは許されないということか。

 長のすぐそばに立つロウリィアが腰の剣に手を伸ばし無言で殺気を放ってきている。竜王である俺をも利用するということか。面白い。殺気を殺気で押し返す。するとロウリィアはごくりと唾を飲み込んで数歩後ろへ下がった。腰を抜かさなかっただけ、彼女が優れた戦士であることがうかがえる。



「分かった。砦を取り戻して竜王であることを証明しよう」


「ありがたい。それでは、説明しましょうかな。事の始まりを」



 長が言うには、数日前、真夜中に突然砦の正門が何者かに破壊されたという。見張りの者は何も見ていないという。突然轟音が響き、門が破壊されると同時に鬼がなだれ込んで来たそうだ。まるで虚空から突然現われたような感じだという。

 長は緊急時に発動するように砦に施されていた転移術式を使用して、村人と共にこの地に一瞬で飛んだという。だから遺体があんなに少なかったのかと納得する。

 しかし、あの砦の門はかなり太い丸太で作られていた。それを破壊するとなればかなりの威力を持った武器が必要となってくる。しかも、エルフが確認できないということは、姿を消す力があるか、森精種(エルフ)の視力さえも届かない遠く離れた地点からの攻撃だということになる。そんな高威力を持つ武器はLMVしか思い当たらないが、そんな物が実在するのか?

 話を聞いて行くと謎が深まるばかりだ。



「わしが知っていることはこれくらいですかな。では私は失礼するよ」



 事の全てを話し終えたシャーシルはよろよろと立ち上がり席を後にした。杖をついて体のバランスを取り、ロウリィアに支えられながら奥の部屋へと戻って行った。奥から激しい咳の音とロウリィアの慌てたような声が聞こえてくる。森精種(エルフ)の寿命がどのくらいなのかは知らないが、おそらくあの長、そう長くは無いと思う。

 しばらくしてロウリィアだけが戻ってきた。獲物を睨みつけるかのような戦士の表情だ。



「集落の奪還は明日行って貰いたい。部屋を用意するので今日はそちらで休んでくれ」


「・・・分かった」



 再びロウリィアに連れられて仲間たちのもとへ戻る。一応客人扱いということで手足を拘束されるようなことは無かったが、周囲を数人の戦士に取り囲まれていた。リリアスとアリアークが物凄い不機嫌そうな顔でいた。カブラとケルビンは久々に親や友人に顔を見せに行っているとのこと。

 案内されたのは、木の上ではなく地表に建てられた小屋だった。元々物置き小屋として利用されていたようだ。狭くは無い。脚を伸ばして横にはなれそうだ。野宿よりはましだろう。



「それで竜王殿。一体どのようなお話だったので?」



 それぞれが荷物を置き、一息ついたところでソレイドが口を開く。ソレイドの質問は全員が聞きたかったことだ。皆、手を止めて耳を傾ける。

 ユリアンは長と話したことを説明する。外交的な話はソレイドを嬉々とさせた。だが、それは砦に群がる鬼共を全て排除できた場合だ。数時間前にかなりの数を殲滅したが、それでも全体の約三割といったところだ。全てを倒しきるまでに体力が持つかどうか。



「リリアス、アリアーク。全てを殲滅することは出来そうか?」


「我が王の御命令とあらば」


「まあ、ちょっと魔力(マナ)残量が心もとないけど、出来ないことはないわ」



 2人はやる気のようだ。



「明日、俺達は戦ってくる。お前達はここで待っていてくれ」



 ソレイドはLMVを持っているが、上がり症と臆病な性格のため戦力外。後の6人はLMVどころかまともな戦闘技術も持っていないため論外。それに、あの数の鬼を相手にこいつらを守りきる自信は無い。

 俺の監視のためと言ってソレイドが付いてこようと最後まで食い下がったが、長い説得の末何とか落ち着いた。他の者からは特に異論は無かった。











   ◆◇◆◇◆










 武器の手入れや荷物整理などをしていると、日が暮れた。壁にぶら下げられているランプの淡い光が小屋の中を温かく照らす。

 明日のために早めに寝ておくかと寝支度をしていると、小屋の戸が叩かれた。反射的な動作で武器の柄を掴む。他の者も同じように臨戦態勢を取った。危険な旅をしているとこう言った動作が自然と身につくものだ。

 しかし、戸を開けて現われたのは何とも気の抜けた人物達だった。



「やっほ~皆元気~?」


「か、カブラ兄様!こ、声が大きいです!皆さんビックリしてるです」



 カブラとケルビンだった。見慣れていたコートやポーチの類はすべて外しており、薄着一枚のかなり自由な服装だ。2人とも何故か右の頬だけ赤い。

 訪問者が2人だと分かり、緊張していた空気が和らいだ。皆、手にしていた武器を置く。



「親や友人への挨拶は済ませたのか?」


「うん~こっぴどく叱られちゃったよ~」


「お母さんにひっぱたかれたのは久しぶりですぅ」



 母親にひっぱたかれたらしい。二人揃って赤くなっている右の頬をさする。どうやら2人の親は生きていたらしい。喜ばしいことだ。

 ふと視線を下に向けると、2人とも片手に布のようなものを抱えている。一体何に使うものなのだろうか。



「ええとですね。この森の奥に私たち森精種(エルフ)が使っている天然の温泉があるんです」


「そこにね~案内しようと思ってね~」



 温泉があるのか。疲れた体を癒すのにもってこいだ。

 タオルや着替えなどを持ってカブラとケルビンについて行く。夜の森はとても暗いと思っていたが、あちこちに漂う妖精たちの輝きでかなり明るかった。さすがは妖精と共存する種だ。小さな妖精たちがいくつかユリアン達の頭の上にとまったり、周囲をぐるぐると飛び回ったりして遊んでいる。時々聞こえる小さな笑い声がとても楽しそうだ。

 森の奥に進むにつれ、白い霧のようなものが立ち込める。温泉が発する湯気だろう。温泉特有の臭いも段々と濃くなってくる。



「ここが私たち森精種(エルフ)しか知らない温泉です」


「身を清めるのにも使ったりするからね~神聖な場所とされてるんだよ~」



 岩場で囲まれた温泉だ。水面からは湯気がもうもうと上がり、ここから見るだけでもかなりの広さだ。向こうには滝のようなものも見え、湯気を立ち上らせながら湯がこの一角に流れ込んできていた。源泉はここよりもっと上にあるということか。

 温泉の上や周囲を妖精たちが舞っていて、とても幻想的な光景で、神聖な場所だというのにも頷ける。だが、そんな場所に外の者を入れて大丈夫かという疑問が浮かぶが、別に問題ないらしい。よく道に迷った旅人が辿り着くこともあるそうだ。

 

 脱衣所というものは無いようで、岩影で服を脱いで温泉に浸かる。リリアスとアリアークは、ケルビンに連れられてどこかに行ってしまった。女専用の場所があるのかどうかは知らないが、おそらくそっちに行ったのだと思われる。

 温泉の温度は少し熱いくらいだったが、疲れた体にはちょうどいい。肩までつかり、深い息を吐く。



「まさかこんな所で温泉に入れるなんて思いませんでしたね」



 ユリアンのすぐ隣で温泉に浸かっているソレイドが同じように息を吐く。他の者は子供のようにはしゃいでいる。いいおっさんが湯船で泳ぐなよ、というツッコミが思わず口から出かかった。だが、無理もない。温泉というものは湯が湧く場所が少なく、発見されたとしても王族貴族の類がすぐに抱え込んでしまうため、一般庶民が入れるものではない。ユリアンも数年前に洞窟探査の途中で偶然見つけて浸かったことが一度あるだけだ。



「ふぅ~生き返るね~」



 頭にタオルを乗せたカブラが、細い目を更に細めて湯船の中で手足を伸ばす。ユリアン達もそれにならって脚を伸ばす。

 その時、ユリアンのすぐ後ろにある岩に上に、とある者が仁王立ちで現われた。



「む、御客人達もいらしていたか。どうだ?湯加減のほうは?」



 それは言葉が通じないこの場所を色々と案内してくれた森精種(エルフ)、ロウリィアだった。その身には布一枚も身に着けていない。全裸だ。全裸である(大切な事なので二回言った)しかも両手を腰に中てて仁王立ちしているものだから、それはもう色々なところが見えている。湯気さんは全く仕事をしていない。

 温泉に一瞬静寂が訪れる。彼女の褐色の肌と、豊満な胸、くびれのはっきりしたボディラインに男性陣一同呆気にとられ、見とれる。



「ん?どうかしたのか?」



 彼女は全く気にしていないようだった。

 さすがにここまで羞恥心の無い女性は初めてだ。少々なんてものじゃない。眼のやりどころに困る。向こうで先ほどまで遊んでいた野郎どもの動きが止まり、眼に熱のようなものがこもる。男ならしょうがない性か。とりあえず彼女に襲いかからないように結界で野郎どもを隔離する。

 これでとりあえずは彼女から視線を外ずせば大丈夫と思った矢先にロウリィアの後ろからケルビンが現われた。幸いケルビンは体に大きな布を巻いていた。それでもその布はかなり薄く、女性特有の体のラインを強調していた。



「ろ、ロウリィアさん!これ羽織って下さいです!男の人の眼の毒です!」



 ケルビンが慌ててロウリィアの体を布で隠そうとする。ロウリィアは何故ケルビンが身体を布で隠しているのか不思議だったようだ。訳も分からないまま彼女はケルビンに渡された布を体に巻く。

 ユリアンはひきつった表情のまま、何事も無かったかのように温泉につかっているカブラに問いだたす。



「これは一体どういうことだ?」


「んとね~僕達森精種(エルフ)は基本男女関係ないんだよ~。強いか弱いかだけ~。だから羞恥心の薄いエルフの女性って結構多いんだよ~」



 同族しかいない森での生活が続くといずれこうなってくるのか。いや、いくら時が過ぎても男女混浴という文化は生まれてこない。となると森精種(エルフ)という種としての行動か?何にせよ、女性が外の世界に出たときに間違って男湯に入ってしまったらどうなるのかは想像に難くない。



「僕らもね~初めて外に世界に出た時はね~驚いたな~。まさか男と女が分けられてるなんてね~」



 カブラも同じ湯に異性が浸かっていることに違和感はないようだ。隣にいるソレイドを見やると、まだ温泉に浸かったばかりだというのに顔を赤くして、頭を向こうへ反らして気を紛らわすかのように何か独り言をブツブツつぶやいている。ユリアンの声は聞こえていないようだ。



「我が王」



 リリアスの声にビクリと身体が跳ねる。

 恐る恐る振り返ると、そこにはやはりというべきか、リリアスとアリアークが立っていた。2人も身体に布を巻いているのでまだマシだが、布は濡れるとほぼ透けるので布を巻いている意味があるのかどうかは分からない。

 とにかくユリアンは何も見なかったことにして視線を湯に戻す。



「何いやらしいこと考えてんのよ」


「おわっ!」



 突然右肩にアリアークの形のいい顎が乗せられ、後ろから抱き締められるような格好になる。彼女の長い髪がユリアンの首筋を撫でる。アリアークの身体はほぼユリアンの背に密着している。色々とあたっていてやばい。彼女の頬は真っ赤に染まっているが、ユリアンの反応を面白がっている様にも見える。長い二本の尾が揺れてパシャパシャと水面を叩く。

 それを見て、追撃をしかけるようにリリアスが自分の腕をユリアンの左腕と絡める。



「お、おい。リリアス、お前まで」


「我が王、私も可愛がって下さい」


「あ、いや、その・・・」



 上目遣いでねだってくるリリアスを邪険にあしらうわけにもいかず、しどろもどろな声しか出てこない。2人の滑らかな肌と柔らかみが自制心をどうにかしてしまいそうだ。

 この状況からどうにかして脱出しようとしばらく考えていたが、姫二人にがっちりとホールドされているため、あえなく断念する。


 その後、温泉で汗を流しに来た他の森精種(エルフ)達がやって来て、温泉は再び騒がしくなった。何人かは酒をたしなんだ後だったらしく、温泉のふちで裸踊りを始めた時は我が目を疑ったほどだ。森精種(エルフ)はもっと羞恥心というものを養うべきだと心底思った。綺麗な容姿を持つ森精種(エルフ)に抱いていた清楚な印象が、一瞬で打ち砕かれた。


 今まで住んでいた場所を失ったというのに、その暗さは全く感じられない。皆、楽しそうな笑顔を浮かべている。悲しいことなど初めからなかったかのようだ。この笑顔溢れる種族を守りたいと思った。



「なあ、リリアス、アリアーク」



 騒ぐ森精種(エルフ)たちを見つめながら、ユリアンは2人に静かに話しかけた。



「砦を取り戻す。だから、また俺に力を貸してくれ」



 リリアスとアリアークは同時に微笑を浮かべ、身体を更に密着させる。



「「我が王の仰せのままに」」







読んでいただきありがとうございます。


話が進まなくてすみません。

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