063-森精種の長
ユリアン達は剣や木片等をスコップ代わりにして地面に穴を掘っていた。森精種の遺体を埋葬するためだ。どの遺体も男か女かもわからないほど焼け焦げ、動かそうとすると四肢の末端が崩れ落ちそうなほど炭化してしまっている。臭いもひどい。
カブラとケルビンは泣きはらした顔のまま、無言で作業を続けている。久々に戻ってきた生まれ故郷がこんな有様では誰でもそうなる。
隣で、数十本の剣を自在に動かして墓穴を掘っているリリアスがいる。更にその隣では、3匹のアートヴォルクが前足でがりがりと穴を掘って行く。その様からは聞かされていた恐ろしさは感じられず、可愛らしく見える。大きく育ち過ぎた犬だ。
炭化して脆くなった遺体を不用意に触れるわけにもいかず、リリアスとアリアークが魔術で浮かして慎重に墓穴と運ぶ。
「竜王殿、誰もいませんでした」
「ああ」
袖をまくり上げ、流れ出る汗を拭きながらソレイドが報告する。砦の中を歩き回って生存者を捜しに行かせていたが、どうやら収穫は無かったようだ。沈痛な面持ちで墓穴に納められていく遺体を眺める。
埋葬作業はさほど時間がかからなかった。埋葬する遺体の数が少なかったせいだ。原形をとどめないほどに炭化して灰となって四散した者や、鬼から受けた傷によって鬼へと変貌した者もいる。この地に住む者達の在籍名簿などはおそらく燃え崩れて無く、確かめようもないため、収拾は付かない。
ユリアンはぐるりと視線を巡らす。焼け残った建物の骨組みがひっそりと立ち並んでいる。無事な建物はひとつもなく、どの家屋も全焼だ。
「・・・・少ない」
ぽつりと疑問を口にした。
焼け残った家屋の数から見て、この砦の内側には百以上の数の家屋があったはずだ。つまり、かなり多くの森精種がここに住んでいたということだ。先ほど埋葬した遺体は二十程度。灰となった者や鬼へと変貌した者も入れて考えてみるが、人数が合わない。鬼が喰らった可能性もあるが、食べ残しや血痕等が全く見当たらない。
「カブラ、ここに住んでいた森精種は何人くらいいた?」
「・・・・多分、180人くらい。120年前、僕らがここを出るときはそれくらいの数だった」
「戦力は?」
「大人は皆LMVを所持しているよ。僕らはまだ成人の儀を済ませて無いから持ってないけど」
カブラが低い声で答える。膝をついて俯いているため、ぼそぼそとした声だ。
森精種のほとんどがLMV所持者ということならなおさらおかしい。LMVがあれば使用者がどれだけへたくそだとしても数体の鬼を狩ることぐらいはできる。この砦に入った時の光景を思い出す。確かにあちらこちらに鬼の死体が転がっていたが、かなり少ない。 ありとあらゆる場所が燃えてしまい、乱闘の跡は確認できなくなってしまっているが、森精種の遺体も鬼の死体も、もっと数があってもおかしくは無い。
「緊急時のための避難場所とかないのか」
その言葉にはっとしたようにカブラとケルビンが顔を上げる。
「避難場所、ある、あるですよ!!」
ケルビンが嬉々とした声を上げ、その場で飛び上がって喜ぶ。
都市や町には緊急時に特別に用意された避難場所が設置されている場合が多い。ユリアンの故郷である炭鉱の街 《ローズベクト》でも、緊急時のために周囲の山の中腹に避難場所が設置されている。どうやら、この森精種の集落でもそういった場所があったらしい。
「とりあえず、そこへ向かうか。案内頼む」
「はい!」
◆◇◆◇◆
エルフの緊急避難場所は砦からそう遠くない場所にあった。アートヴォルクの速い脚があればすぐだ。ユリアン達を乗せた3匹のアートヴォルクは森を駆け抜ける。
だが、その場所に到着する寸前で大層なお出迎えがあった。矢が雨のように降り注いだのだ。リリアスが展開しておいた防護壁で軽くあしらわれる。よくみると、木製の素朴な矢だ。
「間違いないよ!僕らの家族、森精種だ~!」
カブラとケルビンの表情が明るくなる。
姿は確認できないが、魔力の流れで感じ取ることは出来る。全部で7人。周囲警戒で、見張りをしている者か。
一度止まった矢の嵐が再び降り注ぐ。向こうは完全にこちらを補足している。森精種の優れた視覚や聴覚の力か?
「カブラ、ケルビン。向こうに言ってくれ。俺達は敵じゃない」
リリアスが大きめの防護結界を張り、アートヴォルクはその内で停止する。飛来する矢は全て弾かれていく。
「××××××××」
アートヴォルクの背から降りたカブラが森に向かって話しかけ始める。人間の言葉ではなく、うまく聞き取れない。森精種が使用している特別な語か。ユリアン達も地に降り、敵意は無いことを示す。
先ほどまで降り注いでいた矢の雨が収まる。
『××××××××××』
『××××××××』
少しして、同じような言葉が森の中から帰ってくる。すかさずカブラとケルビンがそれに応答し、森精種同士の会話が始まる。外交官としての職務も果たしたことがあるソレイドは理解できているらしいが、ユリアンと後の6人はその言語が全く分からず、ただその光景を見守るしかなかった。姫二人は理解しているようなしていないような微妙な顔をしていた。後で聞いてみたが、標準の森精種語よりもかなりなまりがあって聞き取りづらかったそうだ。
やがて、一人の森精種が姿を現した。髪の色は白く浅黒い肌のエルフだ。その証拠に耳が人間よりもとても長く、美人だ。手には弓矢が構えられており、こちらがおかしな動きをすればすぐにでも射掛けてくるだろう。
「彼女はロウリィア。森精種の女性戦士の中で最も腕の立つエルフです」
ケルビンが説明してくれた。
森精種の言葉を理解できないユリアンは、カブラとケルビンに通訳してもらうしかないと思っていたが、どうやらロウリィアという彼女は人間の言葉を理解しているらしい。これは助かった。
「俺達は敵対する意思はない。それよりも、あんたらの長に会わせてくれ。話したいことがある」
「そちらの森精種二人は我々の仲間であることは確認しましたが。貴方方は?」
明らかに警戒の眼差しを向けられている。まあそれも仕方がないだろう。砦があんな状態になれば外から来たものは皆敵に見える。それに、ユリアン達の横には3匹のアートヴォルクが座っている。かつて自分たちの村を崩壊しかけたかつての仇敵がいれば今にでも弓を射かけ、牙をむいて飛びかかってしまいそうだ。
だが、ロウリィアはなんとか自制心を働かせて感情を抑えている。
「その人はね~竜王様だよ~」
「ええと、そしてその後ろの方々は姫様と仲間たちです」
「なに?」
ロウリィアは眉を寄せて訝しむような表情でユリアンを眺める。あまりじろじろ見られることは好きではないが、仕方がないので我慢する。
「とりあえず武器を出してもらおうか。不審な行動をされては困る」
ユリアン達はおとなしく指示に従う。ここで断って、話がこじれてしまえばややこしいことになりそうだ。森の中から数人の森精種が出てきて、ユリアン達の武器を回収する。念の入ったことに、一人一人服の上から軽く叩かれて危険な物を持っていないか検査される。炸裂弾や探索に必要な道具が色々と入ったポーチも没収されてしまった。そして、四方を、武器を持った森精種に囲まれながら案内されることになった。
3匹のアートヴォルクは連れて行くことを禁じられたため、その場で待機させておくことにした。間違っても森精種を襲わないようにと言い聞かせてだ。
森精種の避難場所は、木の上にあった。木造の家が木の上に点々と存在し、太いツタを何重にも編んで作られた吊り橋が木々の間にかかっている。さしずめ、ツリーハウスといったところか小鳥のさえずりは響き、小動物が木の幹に住みかを作っている。実に穏やかな場所だ。
そして、武装した森精種達が警戒して木の上から、吊り橋からこちらを見降ろしていた。
「我々が先日まで住んでいた砦を見たか?」
「ああ」
「あれ以来皆警戒心が強くなってな、くれぐれも不審な動きをして皆を刺激しないでくれ」
頷いて答え、ロウリィアの後ろを着いて行く。
彼女は木の側面に作られた簡単な階段をするすると登って行く。それは階段と呼べるかどうかも怪しい、木の幹に足場となる木の棒を突き刺しただけの簡単なものだ。足場が折れることは無いだろうが、その木の棒の間隔がまちまちなため、非常に登りづらい。カブラとケルビン、そしてユリアンと二人の姫はひょいひょいと軽く駆けあがったが、後の6人とソレイドは、ヒーヒー悲鳴を上げて、森精種に助けてもらいながら何とかよじ登った。何ともだらしない。おっと、自分たちが普通の者と違うことを忘れていた。
木の上は下よりもかなり居心地が良かった。森の中を吹き抜ける柔らかなそよ風がとても心地いい。
「ここからは貴方一人だけ付いてきてくれ」
ユリアン一人だけが案内される。リリアスとアリアークが抗議したが、波風は立てない方がいいということでしぶしぶ待つことを承諾した。
ロウリィアに案内されたのは他のスリーハウスよりも少し大きい家だった。屋根や柱などに施されている装飾も細かい。ここが長の家というわけか。家の中に通され、壁に備え付けられている簡素な椅子で待っている様言われる。ここが木の上だとは思わせないような広い部屋だ。この椅子も木の温かみがあってとても座り心地がいい。
しばらくすると、長を連れてロウリィアが戻ってきた。
「初めまして御客人。わしが森精種の長、シャーシルです」
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