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007-出発

 午前六時と半刻。

 街は未だ消えない朝靄で包み込まれ、雲の間からかすかに差し込む陽光が周囲を温かく照らす。昼間はあれほど活気のあった街は静寂に包まれている。


 今はだいたい冬から春へと移り変わる時期だが、肌寒い風が優しく俺の髪を撫でる。

 俺は今炭鉱のローズベクトの門のところで立っていた。傍らにはリリアスの姿もある。昨夜は俺達の旅立ちを猛反対したシャルをなだめて落ちつかせるまで深夜までかかった。眠りに就いたのは朝の四時過ぎだ。結果俺は二時間ほどしか寝ていない。


 寝不足の目を擦り、ぼーっと立っている。リリアスは一晩中起きていても大丈夫ならしい。羨ましい限りだ。


 俺がここで待っているのはシャルだ。いつものように夜中にこっそり抜け出すつもりだったが、あろうことか見つかってしまった。旅に出るなら少し待てと言われ、ここでこうして突っ立っている訳だ。


「お、来たか」


 朝靄が残る街の中を走るシャルの姿がなぜかハッキリと見えた。これだけ悪い視界だというのにハッキリと見える。これもリリアスと契約した影響だろうか。


「はいこれ。今日のお昼ご飯」

「・・・・え、マジで。作ってくれたのか?」


来るのが遅いと思ったらこんなものを作ってくれていたのか。なんともありがたいものだ。嬉しすぎて涙が出そうだ。


「はい、リリアスさん」

「?私は必要ないと・・・」

「だめ。ちゃんと食べないと大きくなれないよ」


拒否する彼女にも弁当を無理矢理渡す。何か複雑そうな顔をしている。確かにリリアスは身長がシャルより小さいが子供というわけではない。


「ユリアン?あんまり無茶しないでね。毒がまだ完全に抜けたわけじゃないんだから」


 傷はリリアスの魔術によりほとんど完治したのだが、体内にはまだわずかな瘴気の毒が残っている。まだ激しい動きはできない。本気で心配した瞳を向けてくる。


「大丈夫。なんとかなるって」


 いつものように答える。

 弁当を渡し終えたシャルはちらりとリリアスの方に視線を向け、すぐに戻す。そしていきなり俺の胸倉を掴み、引き寄せる。


「なん?っ!・・・・」


 俺の唇に触れた柔らかいものが、シャルの唇であることを遅れて気がつく。遅まきながら顔を赤くし、何か話そうとするが口から出てきたのは、あ~、うう、と意味のわからない単語だけだった。こんな咄嗟のことに対応できない自分に改めてがっくりする。


「絶対に無事で帰ってきて。私・・・・待ってるから」


 俺だけに聞こえる小声でそう言うと手を離し、背を向けて家に戻って行った。

 予想外の出来事に貰った弁当を危うく落とすところだった。こちらを見るリリアスの視線が痛い。


「我が王よ」

「ん?・・・・何だそれは」


振り向くと、今度はリリアスが目を閉じてこちらに顔を近づけてきていた。


「だあああ!やめろ!お前も対抗してキスしようとするな」

「旅立ちの挨拶なのではないのですか?」

「そんな訳あるか。さあ行くぞ。夜になるまでにできるだけ進みたい」


 貰った弁当を腰のバッグに入れ、残念そうにしているリリアスを歩かせる。

 そう言えばまだこいつには聞きたいことがあった。


「なあリリアス。聞いてもいいか?」

「何でしょう?」

「何で俺を王として契約したんだ?」


俺の問いにリリアスは小さくほほ笑む。


「それはあなたが強く生きたいと願ったからです。その思いを私が感じ取り、王としてふさわしいと認めたのです」


 暗い洞窟の中で抱いたあの気持ちを遠い日のことのように思い返す。今考えてみれば、なんとも俺らしくもない消極的な考えだったなと思う。

 朝日で照らされ、優しくほほ笑む彼女の顔はより美しく輝いて見えた。


「んじゃあ出発。これからよろしくなリリアス」

「こちらこそよろしくお願いします。しっかりと王をお守りします」


 硬い握手を交わし、街を出る。生まれ育った街から離れるというのはいくら体験しても名残惜しい気持ちになる。

 しかし世界には無限の冒険が待っている。その未知なるものを見るために俺達は歩を進める。












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