061-シルミナス北部連合国
「竜王?なんだか仰々しい肩書きだね」
「ただの肩書きだ」
自分としても竜王という肩書きも、そう呼ばれることもあまり好きではない。ユリアンは小さくため息をつく。
さて、目的は達成したし、良いものも見られた。もうここに長居する必要はない。歩き出そうとすると、盗賊達が行く手を阻んだ。皆、ぎらつく刀剣類をその手に握っている。
「通してくれないか?今そちらと殺り合うつもりはない」
奴らはユリアン達を通す気はさらさらないようで、ぎらぎらとした殺気を向けてくる。だが、その程度の殺気、恐れるに値しない。殺気を殺気で押し潰す。ユリアンの殺気に中てられた者達はまたひとりまたひとりと後ずさり、腰を抜かして座り込む奴もいる。ユリアンの深紅の瞳から逃げるようにして顔をそむける。恐怖で武器を握る手が震え、切先が小刻みに揺れている。足を地面に縫いつけられたかのように動けない者もいる。
「・・・・ええと~、竜王様~、僕らのことも考えてほしいかな~と」
「ああ、悪い」
振り向くと、カブラとケルビン、そして後ろの6人が苦しそうな面持ちで息を荒げていた。ソレイドは涙目になり、気絶寸前だ。相手を威圧することだけを考えていたため、こいつらのことを忘れていた。すぐに殺気を緩める。二人の姫は当然今の殺気ぐらいではなんともない。もっとも、彼女らが本気で人間相手に殺気を放ったら、殺気だけで相手が死にそうだ。
殺気が緩んだ瞬間、盗賊達は倒れ込むように地面に座り込み、あるいは地面に仰向けに転がって荒い息を繰り返した。奴らの戦意は既に喪失していた。ユリアンが歩き出すと、盗賊達は逃げるようにして道を開けていく。
「ま、待ちな!」
唯一、グリゼルダだけはかろうじて立ち、ユリアンに鋭い視線を向けていた。殺気は無く、足が震えている。四肢に纏っている4つで一つのLMVは既に発動解除されていて、炎を放出していない。
「・・・・ユリアン=F=レグザリア。覚えておくよ」
「・・・煌炎のグリゼルダ。俺も覚えておく」
ユリアン達は遺跡を後にした。
「竜王殿!何故あの賊共を捕縛しなかったのですか!貴方の力があればたやすいことでしょう!?」
大空を飛翔する飛竜の上でソレイドがまくしたてる。
以前は飛竜が少し風にあおられて揺れるだけで青ざめて女のような悲鳴を上げて酔っていたソレイドは、酔いと緩和させる術によって今のところ事なきを得ている。抗魔術の術式が組み込まれた上着は今、別の飛竜に乗っているカブラが持っている。
ソレイドは、先ほどの盗賊集団を何故捕まえなかったのかとユリアンに詰め寄る。ジェイド王国の一役人として見逃せないのだろう。ユリアンは迫るソレイドを手で押さえながら答える。
「まあ、落ち着け。あいつらを今捕縛するのは少しもったいない気がしてな。あれほどの実力者が率いる盗賊団なんてそうそうない」
「それはそうなのでしょうが、奴らは悪なのですよ!」
“悪”という単語に反応し、ユリアンは眼を細める。多分無意識の内に殺気に近い感情が漏れ出たのだろう。勢い良く発言していたソレイドがそれに気が付き、動きを止める。彼の額から一筋の汗がこぼれ落ちる。
「・・・・何を以って悪とするかは知らないが、俺達も元トレジャーハンターや盗賊だぜ」
「そ、それは・・・」
ソレイド言葉に詰まる。
ソレイドと姫2人を除けば、他は皆元盗賊という経歴を持つ。裏の世界を歩いてきた者たちばかりだ。
「それに、あんたが俺達の旅に同行する条件を忘れたか?“俺達の邪魔をしない”あの盗賊団を捕えてどこかの役人に突き出すのは旅の邪魔になると俺は判断した。よって捕縛しなかった。これでいいか?」
「・・・・・」
ソレイドは何も言えなくなってしまい、黙り込む。この旅における主導権は全てユリアンが握っている。つまり、ソレイドはユリアンに従うしかない。納得していない様子だったが、ソレイドは座り直して飛竜の進行方向に視線を向ける。青い空がどこまでも広がっている。
その時、別の飛竜に乗っているカブラが声を上げる。
「竜王様~建造物が見えてきたよ~。シルミナスの検問所だよ~」
目を凝らすが人間の視力では地平線しかわからない。建造物など見えない。エルフの視力はたいしたものだ。
「このままいけば~あと1時間程で到着するかな~」
飛竜達の翼を羽ばたかせる力が自然と勢いを増す
◆◇◆◇◆
「ようこそ、シルミナス北部連合国へ」
検問所で手続きを済ませたユリアン達はシルミナス領へと入る。
他国の領土に入るため、手続きをソレイドだけに行かせるわけにもいかず、飛竜から降りて歩いて検問所を通過する。最初は検問所の警備兵達も俺達の面子と身なりを見て、やや警戒の態度を見せたが、ソレイドが提示したジェイド王国の紋章が入った書類を見て、態度が緩んだ。
飛竜達は今、透過の術で姿を消し、ユリアン達の頭上を飛んでいる。
「いや~国に帰ってくるのは何年振りだろうね~」
「懐かしいにおいです~」
自らの故郷であるシルミナスの地を踏み、カブラとケルビンははしゃいでいる。
シルミナス北部連合国。
レグザリア大陸の北部に位置する国で、エルフやドワーフ、様々な獣が共存する連合国だ。国土の七割が全て森で覆い尽くされている大自然の国だ。
「そう言えば、シルミナスに人間はいるのか?さっきの警備兵たちは皆人間じゃなかったが」
下ろされたバイザーのせいで顔は分からなかったが、鎧の隙間から覗く角や獣の尾を見逃していなかった。
「居るにはいるよ~、でもね~人間の村とか~集落とかは無いかな~」
「旅人以外は滅多に見ないです」
「そうか。・・・・どうした?アリアーク」
ユリアンのすぐ左隣を歩くアリアークがしきりに耳と二本の尾をぱたぱたと動かしているのに気が付いた。アリアークは、「何でもない」と言っているが、明らかに落ち着きがない。リリアスに聞いてみると、アリアークはこの地方の出身だったらしい。エルフ兄弟と同じく、故郷の地に感動しているのだった。
「ねえ~竜王様~、ちょっとお願いがあるんだけど~いいかな~?」
「何だ?」
「一度僕ら森精種の集落に寄って欲しいんだ~。位置的にも~ちょうどここからシルミナスの王都までの間にあるからさ~」
森精種の集落か。個人的に一度行ってみたいと思っていた場所だ。ジェイド王国王室特務警護隊の隊長ファイの故郷でもある場所。実に興味がある。
「竜王様なら~歓迎してくれるかもしれないよ~」
「歓迎されるされないは置いといて、そうだな。森精種の集落に行ってみるか」
「竜王殿、寄り道はいかがなものかと思うのですが」
「ただ寄るだけだ。長居はしない」
森精種の集落ということは、カブラやケルビンのような尖がり耳の者ばかりということか。少し楽しみだ。
移動のために、飛竜を呼ぼうとしたユリアンをカブラが止める。
「飛竜は多分行けないよ~」
「なんでだ?」
「ここから先はずっと森だから~飛竜が降りられる開けた場所なんて無いんだ~。それにね~空からだと集落の場所が分からないんだよね~」
カブラの言う通り、すぐ目の前には広大な森が広がっていた。王都へ向かう大きな街道は、その森の中に向けて伸びていた。王都に向かうにはどのみち、この森を通過しないといけないわけか。
久しぶりの徒歩だ。やはり空よりも地面を踏みしめている方がしっくりくる。歩き出そうとすると、アリアークが突然歌い始めた。綺麗な歌声はどこまでも響いて行く。
「突然何を」
「あたしの子たちをちょっと呼んだのよ」
「え、アリアークって出産経験が」
「あ、あるわけないでしょうがっ!あたしに従う獣たちを呼んだのよ!」
そんなやり取りをしている内に、何かが猛スピードで近づいてくるのを感じた。咄嗟に臨戦態勢を取る。森精種兄弟や後ろの6人も同じだ。刀剣類に手を伸ばしている。
次第にそれは見えてきた。視覚が優れているエルフ兄弟はいち早くその姿を確認し、そして顔をひきつらせている。
「ねえ~あれってさ~」
「で、ですね~。あは、あはは」
エルフ兄弟が自暴自棄になった。二人ともしっかりしろ。
やがて、目の前に出現したのは3匹の、巨大な灰色の犬、いや狼だった。一体何を食べればこんなに大きくなるのだろうかと疑問に思う。ユリアンの隣で、巨大な狼を見て卒倒したソレイドが転がっている。こいつはホントに恐がりだな。
「貴方達元気だった?よしよし」
アリアークが3体の巨大な狼の鼻先を撫でる。すると、狼たちは可愛らしいうなり声を発する。
「あ、あれはね~《アートヴォルク》って呼ばれてる狼でね~ガクガクブルブル」
「め、滅多に遭遇しない希少族なんですけど・・・・ブルブルブル」
カブラとケルビンは何かを言いづらそうにしている。手も武器に掛けた状態のままで、狼を警戒している。額には大粒の汗が流れ、身体は震えている。一体どうしたというのだ。その質問の答えは、アリアークが答えてくれた
「この子達アートヴォルクはね、喰うのよ」
「何を?」
「他の種族を」
「oh・・・・」
なんとおっかない狼だ。あんな鋭い牙や爪で襲われたらひとたまりもないだろう。
カブラに後で聞いた話によると、数百年前に森精種の集落がアートヴォルクの集団に襲われ、壊滅的な被害を受けたことから、森精種の中ではアートヴォルクは恐怖の象徴とされているらしい。その時の光景がフラッシュバックしたカブラとケルビンは、じりじりと後ずさりを始める。
「この子達の脚の速さはすごいわよ。通常なら6日かかる道のりもこの子達なら3日で行ける。地上で最速の狼たちよ」
「・・・・僕たちにそれに乗れと?」
「乗らないのなら置いて行くけど」
カブラとケルビンがこの世の終わりかというくらい情けない顔をする。いつもゆっくりとした言動のカブラも、口調が普通になっている。
二人はしばらくその場で固まっていたが、観念してアートヴォルクに乗ることにする。
ユリアンと姫二人とソレイドを一組、カブラとケルビンそして後の2人を一組、そして残りの4人を一組として3匹のアートヴォルクの背中にそれぞれ乗る。ふさふさとした毛がとても気持ちいい。
ソレイドは気絶しているからともかく、カブラとケルビンは死んだ魚のような顔をしている。後の6人は楽しそうだ。
「さあ行くわよ。しっかり摑まってなさいよ」
アリアークの合図で3匹のアートヴォルクは勢いよく地を蹴った。飛竜の背に乗っている時のような風が顔を叩き、移動速度が速すぎて周囲の景色が放射状に流れて行く。まともに前方も見られない。
それを察したリリアスが疾駆する3匹のアートヴォルクの前面に不可視の防護壁を展開した。すると、叩きつけるような風がふっと無くなった。
「このまま一気に行くぞ。案内よろしく頼むぞ二人とも」
「・・・ああ、うん・・・・」
「・・・・・・」
カブラとケルビンは完全に意気消沈していた。
読んでいただきありがとうございます。