006-剣閃の舞姫 ※イラスト有り
「君は一体何者なんだ?」
他に聞きたいことは沢山あるが、まずは正体を聞く。相手が何者か分からなければゆっくり話も聞いていられない。
「はい、私はリリアス。王を守るために造られた、王のためだけに存在する姫です」
「・・・・いや、俺が聞きたいのはそっちじゃなくて・・・」
聞きたいことを順に追って説明すると、少女―――リリアスは全て話してくれた。
まず彼女の正体だが、リリアスは二千年前の聖杯戦争時代に生きていた普通の人らしい。
戦争のため、王のため無理矢理体に魔力を流し込まれ、ついには最強の魔術兵器と成り果てた。それでも国のため、王のために望まぬ戦争に身を投じ、絶大な戦果を上げたらしい。
戦争が終わり、王が亡くなった後、次の時代で新たな王に出会うため自らの体に永久化の魔術をかけ長い眠りに就いた。
そこへ俺が現われ、長き眠りを終わらせたということだ。
つまりリリアスはもう歳が二千歳を超えているということか。物凄い歳の差を考え思わず頭を抱える。
「この右腕は斬り落とされたはずだけど」
「私が魔術で蘇らせました」
すげえな魔術、こんな便利な事ができるなんて。使ってみたいと思うが、今はもうLMVでしか発動させることしかできない失われた力だ。
そんな俺の心の中を読み取ったかのように
「我が王は魔術を使うことができますよ」
「・・・・本当?」
「はい。私と契約したことにより、魔力が私から供給され簡単な魔術であれば発動させることができます」
試しに、そばにあった屑かごの中のごみを燃やしてみようと意識を集中させる。すると紅蓮の炎が巻き起こり、屑かごの中どころか屑かご全体が黒墨となった。床に敷いてあった絨毯の端っこも黒く焦げている。やばい。後でシャルに絶対怒られる。
「すげえ・・・・」
てっきり魔術はもっと複雑な手順を踏んで発動するものかと思っていたが、案外そうでもないらしい。
「今のような簡単なことであれば念じるだけでよいのですが、もっと大掛かりな巨大な魔術を発動させるためには複雑な手順が必要です」
ということらしい。
「あと、もう一つ。君が姿を変えたあの剣はなんだ?」
「はい、あれこそが私が王を守るために存在するもう一つの姿。王が纏う絶対的な力です」
なんだかよくわからないが、あれも魔術によるものらしい。王の威厳を示し、圧倒的な力で敵を倒す。今も昔も変わらない考え方だ。
不意にリリアスは立ち上がり、話を聞くためにベッドに座った俺の方に歩み寄る。
「それにしても我が王。街の者に随分と慕われているようですね。特に女性の方からの視線が強いです」
あれ、今一瞬最後の「特に」という言葉だけを強調して言わなかったか?なんかただならぬ感じがする。というかこいつはどこから見ていたんだ?
「我が王の質問には全てお答えしました。次は私が王にする番です」
「お、おう」
何をするかと思えば、俺の肩に手を掛けそのままベッドの上に押し倒す。少女の見た目とは違う力に全く抵抗できない。
「我が王よ、私は先日王のために力を使い、先ほど王のために質問に御答えしました。何かご褒美を」
まじか。そんな代償がついているなんて初めて知った。
リリアスは俺に覆いかぶさるようにしている。この体制はやばい。俺が襲いかかられているような構図だ。ここで誰か部屋に入ってきたら終しまいだ。
胸元の黒いリボンがほどかれ、上を脱ぐ。服と肌が擦れて立てる音が妙に艶めかしい。今彼女が身に付けている物といえば、体のラインがハッキリと出る薄い生地の白いシャツのような物だけだ。
「お、おい、ちょっと待て」
「はい・・・?」
リリアスは俺が服を脱ぐ行為を止めたことに不思議な顔をする。
「以前の王は、こうすると飛んで喜びましたが」
なんてこった、前の王はよっぽど変態だったらしい。こんな少女にこんなことをさせるなんて。今の時代に生きていたら一発殴ってやりたい。
生憎俺はそんなことを強要しない。
「ああ、確かにそれは男の俺にとってはうれしい。だがちょっと待ってくれ。俺とお前は知りあってそれほど時間が経っていない。それなのに・・・・」
「ユリアン、包帯替えに来たわ・・・・よ・・・・・・・。何してるの?」
俺の包帯を替えに来てくれたシャルが思いっきり部屋の扉を開ける。
くそがあ!お約束の展開が来やがった。くそっ!この状態をどうやって言い訳しようか。
「あなた誰」
シャルがリリアスに向けて言った。部屋に見知らぬ女がいたら誰でもそう聞くだろう。
その問いに対してリリアスは真顔で答える。
「私はユリアン様のものです」
おいいいいいい!言い訳しにくい事を言うな~!とんでもない爆弾を落としやがった。
しかも俺の腕を抱いて密接している。
俺絶対生きてこの家を出られない。普段から鍛え抜かれた危機回避能力などきれいさっぱり忘れて硬直する。
「・・・・へえ・・・ちょっとユリアン?」
「は、はい」
鬼だ。鬼がいる。鬼の形相でシャルがこちらを見ている。今ならどんな怪物が来てもシャルを見ると退散しそうだ。黒いオーラがハッキリと感じる。
「どういうことかちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
優しく微笑む鬼。しかしそのオーラは笑っていなかった。
「この浮気者!」
バシイイインッ!
「ぎゃああああああああああああああああ!」
俺の叫びは街中に響き、仕事中だった人々を驚かせ、空を飛んでいた小鳥を撃墜し、炭鉱の狭い通路にも反響したらしい。何事かと、衛兵まで走って来た。
俺はシャルを二度と怒らせないことを固く心に誓った。
「つまり大昔の御姫様ということ?」
「はい。そうみたいです。すみません」
「・・・・・」
俺とリリアスは冷たい廊下で正座をさせられ、説教を受けていた。もう一時間近くになる。足の痺れが限界だ。横を見ると、リリアスは平気な顔をしていた。足がしびれるということは無いのか?
完全に抑え込まれた俺はただシャルの問いに嘘もなく答えることしかできなかった。弱いね俺。
「・・・・・あなたは我が王よりも位が高いのですか?」
俺とシャルのやり取りを黙って見ていたリリアスはぽつりと聞く。
「は?」
「いや、そんなんじゃない。俺とこいつは幼馴染。ただ怒らせると鬼神のごとくゲフッ」
「鬼神がどうしたの」
「いえ、何でもありません」
危うく俺の左腕があらぬ方向に曲がりそうだった。危ない。危険な発言は極力抑えるようにしよう。
そんな俺を見て、リリアスは何を思ったのかシャルに向けて腕を伸ばす。
「我が王に危害を与えることはこの私が許さない」
先ほどまで何も握られていなかった掌に突如小さな剣が実体化する。明らかにこいつはシャルを敵とみなしている。どうにかして止めなければ。
「ちょっと待て!まず剣を仕舞え!そしてシャルに危害を加えるな!」
「御意」
すぐさま剣を仕舞い、シャルに深く頭を下げる。ずいぶんと素直だな。シャルの顔は引き攣っている。
「あ、あなた本当に魔術が使えるの?」
「俺の話し信じていなかったのかよ」
「そんな突拍子もない話、いきなり信じられる訳ないでしょ!」
どうやら俺の話を冗談だと思って聞いていたらしい。あんなに一生懸命ありのままに説明したというのに。悲しい限りだ。
ここで再びリリアスが口を開く。
「お二人は夫婦なのですか?」
「ふ、夫婦!!」
「い、いや違う!俺とシャルはそんなんじゃない」
確かに俺とシャルは親密な関係ではあるが、まだ夫婦ではない。シャルが何かを訴えかけるような視線を向けて来るが、気がつかなかったことにする。
すると心なしか、リリアスがホッとした表情になる。俺とシャルが夫婦であれば何か問題があるのだろうか。
そんな俺の疑問を知るはずもないシャルは説教を中断し、一階に降りる。
「とにかく、そっちのリリアスさん?何も食べて無いんでしょう?ご飯作ってあげるから下りてきて」
そういえばこいつは二千年前に眠りについた後、何も口にしていないはずだ。普通の人間なら餓死して終わりだが、こいつはどうなのだろうか。やはり眠りについていた時と同じで何も食べなくても生きられるのだろうか。
「いえ、私にそのような物は必要ありません」
「え?」
「私は、我が王の血さえあれば生き続けることができます」
血ってあれだよな。あの赤いどろりとしたやつ。嫌な予感がする。
シャルの顔が蒼白になっている。まるで年老いたばあさんみたいだ。
「王が契約の対価として血を私にくだされば、私はいつまでも王のそばでお守りします」
一瞬お前は吸血鬼か!と思ったが口にしない。
しかし血で動くってますます人間じゃなくなった。
「ちなみにどのくらい血をあげればいんだ?」
「それほど多くは要りません。一滴程度です」
よかった。体中の血を吸われてミイラになるということは無いようだ。逆にミイラになるほどの血を要求してきた場合は即刻契約を破棄する。できるのかは知らないが、即刻で破棄する。一滴ぐらいなら別に構わない。
「時に我が王。これからの予定はあるのですか?」
「あ、ああ。もちろんだ」
階段の途中で硬直しているシャルをそのままにそのままにし、俺に質問する。
「明日この街を出て各地を回る。ああ、言ってなかったけど俺はトレジャーハンターなんだけど・・・・」
「それは好都合です。早速明日へと向けて荷づくりをしましょう」
リリアスは一瞬考え込むようにするがすぐ元に戻る。一体何が好都合なのだろうか。
この後我に返ったシャルが俺達の旅を猛反対したのは言うまでもない。