052-謁見
俺達は王宮の来客用待合室で、ふかふかのソファーに身を沈め、大きな窓から見える蒼い空を眺めていた。左右にはリリアスとアリアークが座り、揃って眼を閉じて俺の肩にもたれ掛かっている。
さすがは国王や貴族達が住まう王宮なだけあって内装は豪勢だ。壁に掛けられている装飾類、大きな棚に並べられている銀食器の数々、天井からぶら下がる大層なシャンデリア。別に高価な物が所狭しと置かれている装飾多可なわけではなく、部屋の広さと華やかさを保ちつつ、部屋全体を豪華に見せるような内装になっている。
「に、兄様。これ売ったらいくらになるですかね?」
「こらこら、あんまり触っちゃだめだよ~。壊したら弁償できないからね~」
「り、竜王様よ、これ全部食っていいのかよ」
カブラとケルビンが壁際に並べられている高価な品を輝いた目で眺めている。触れようと手を伸ばすケルビンをカブラが注意する。誤って壊してしまった場合、弁償などできるはずもない。
向こうの大きな丸テーブルの上には高価そうなティーカップに入った紅茶と、色とりどりの高級お菓子が置かれている。そのテーブルを取り囲んで、山賊の男達がワイワイと騒いでいる。そのお菓子がよっぽど珍しいのか、もしくは久しぶりの甘い食べ物に喜んでいるのか、意味不明な声を発している。
王都に押し寄せる千体を越える鬼の群勢に対して、俺達が圧倒的な勝利を決めたあの戦いの日から二日が過ぎていた。
当初はすぐに国王と謁見できるものとばかりに思っていたが、国王の多忙さと様々な諸事情により時間がかかってしまった。その間、王都の外にいる二人のエルフ兄弟と山賊の男達を王宮に呼び寄せ、豪勢な造りの王宮でのびのびと待たせて貰っている。
ぶっちゃけて言うと暇だ。
昨日の内のこの部屋の内装はすべて見終わっているし、窓から臨める街の景色など日によって変化するわけでもなく、すぐに飽きた。結局することもなくただソファーに身を沈めて両足を前に投げ出している。
「ったく、いつまで待たせるんだよ」
「我が王を待たせるとは何たる無礼」
「まったくね。偉そうに。一体何様のつもりよ」
いや、何様のつもり?と言われても王様としか言いようがない。この国の長なのだから当然偉いに決まっている。
左右の二人は目を閉じたまま、不機嫌そうな声で不満を漏らす。
その時待合室の扉が開かれ、鎧ではなく清潔な灰色の上着に身を包んだファイが現われた。肩に掛けられている金属の装飾類が動くたびにチャラチャラと音を立てる。走ったり激しい運動をしたりしたらとてもうるさそうだな。
「待たせたな。準備に手間取ってしまった」
「やっとか。待ちくたびれたぞ」
俺は欠伸をこぼしながらソファーから立ち上がる。
さっきまで騒いでいたエルフ兄弟二人と山賊の男達は急におとなしくなり、ぎらついた眼でファイを睨みつける。何か悪い思い出でもあるのだろうか。腰の短剣に手を伸ばし、今にも斬りかかりそうな勢いの者もいる。
後で聞いてみたが、ファイのような国の役人には多くの山賊仲間や関係を持った者たちが捕縛されたらしい。仲間意識が強い彼らからしてみれば復讐したいほど憎らしい相手だな。
「お前らはここにいてくれ。国王の所には俺とこの二人で行く」
「分かったよ~、僕らはここで暇してるよ~」
「お、お勤め頑張ってくださいです」
彼らを残して待合室を出る。
赤の長い絨毯が敷かれた長い通路をファイの後に続いて進んでいく。城の構造や部屋の場所などは昨夜の内に魔術を使用して既に把握済みだ。ファイの後ろを着いて歩くが、明らかに国王がいる大広間ではない場所に向かっている。
辿り着いたのは二日前も使用させてもらったことがある大浴場だった。
「すまないが、国王に謁見する前に身を清めてもらう必要がある」
ファイがパチンッと指を鳴らすと、黒と白を基調とした衣装を纏ったメイドの集団がどこからともなく部屋になだれ込んでくる。とっさに身構えてしまう。
「国王の御前に汚い者を出すわけにもいかないからな」
「・・・・・分かった」
仕方なくそれに従う。
リリアスとアリアークはメイド達に最後まで抵抗していたが、結局女性用の大浴場に連れて行かれた。男女で一緒に風呂に入るというのはさすがにまずいだろう。
ファイも何か仕事があるらしく、すぐに身をひるがえして通路の向こうへ消えた。
小さなため息をつき、上着を脱いで置かれてある籠の中に入れる。そこで、ふと後ろを振り返ると、俺が脱いで籠に入れた上着を綺麗にたたんでいるメイド達が目に入った。
「ええと、出て行ってもらえるとありがたいんだが」
「かしこまりました。では、失礼ながら御召し物はこちらで預からせていただき、御洗濯させて頂きますので籠の中に御入れください」
「わかった」
十人を越えるメイド達が揃ってお辞儀をして部屋を出て行く。
さすがに大勢の眼がある場所で全裸になるのは恥ずかしい。彼女達もそれが仕事であるためそんな事は気にしないのだろうが、俺は精神に小さな傷が付くところだった。
誰もいなくなったことを確認すると服を全て脱ぎ、腰に大きめのタオルを巻く。二日前も使わせてもらった大浴場だから勝手は分かっている。軽く楽しみにしながら大浴場の扉をくぐる。濃厚な湯気が充満し、浴槽に張られたお湯の熱気を感じる。
そしてそこには思いもよらぬ者達が待ち構えていた。
「「「ようこそいらっしゃいました。御背中を流させていただきます」」」
そこにいたのは湯気と熱気でスケスケになった大きめの白いタオルしか身に着けていない三人のメイドだった。
「・・・・・・oh」
◆◇◆◇◆
「・・・・はぁ」
思わずため息がこぼれ出る。
俺は洗濯されて帰ってきた綺麗な服を着て通路をとぼとぼと歩いていた。大浴場でのことを思い出すと僅かに身震いする。
出て行ってくれと言っても出て行かないメイド達に身体を色々と洗われたのだ。彼女たちの仕事を取り上げるつもりはないが、風呂ぐらい一人で入りたかった。最初は俺も拒否を続けていたが、彼女たちの熱心なお願いに遂には心が折れ、最後の方はされるがままになっていた。
湯気と熱気のせいで彼女たちが身に着けている白いタオルも透け、身体のラインやら色々と丸見えの状態で、視線を外すので精いっぱいだった。
風呂という物は疲れを癒すためにある物だと思うのだが、今回の風呂はどっと疲れた。もう一度小さなため息をつく。
「何情けない顔してんのよ」
「どうかなされたのですか?」
女性用の大浴場からリリアスとアリアークが出てきた。
二人は心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込む。俺は視線を彷徨わせる。対浴場での出来事がばれれば無事では済まないと直感的に思った。あの出来事を知ったら、この二人は何か大事件を起こしそうな危険な香りがする。
不思議そうな顔で俺を眺めていた二人だが、すぐに顔を引っ込めた。
そういえば二人の髪はもうすでに乾いている。先に出た俺はまだ半乾きだというのに。リリアスは俺が考えていることが分かったのか、俺の頭部に向けて手を伸ばす。すると彼女の手の平から淡い赤色の光が発せられ、俺の頭部を包む。半乾きだった俺の髪が一瞬にして乾く。
「おう、ありがとう」
「いえ」
「身は清め終わったか?」
突然ファイが現われる。お前どっから湧いて出たよ。
俺達は再びファイに連れられて通路を進む。今度は国王や多くの大臣達がいる広間に向かっているようだ。無駄に長い通路を進み、やっと辿り着いた巨大な二枚扉の前で足を止める。その扉の装飾に思わず顔をしかめる。こんな装飾多可な扉、以前にも見たことがあるぞ。金や銀、様々な宝石がちりばめられていて豪華さを表しているが、正直言って無駄としか思えない。扉にこれだけものを付ければもちろんのこと重量が重くなり、開閉する時がさぞ大変だろう。
ファイは扉の左右に立っている衛兵にそのバカでかい扉を開けさせる。衛兵たちの苦しそうな表情と共に、巨大な扉はゆっくりと動き出し、やがて滑らかに滑りながら完全に開かれる。
部屋の床は眩しいほど白く輝く大理石の床に、眼を引きつける長細い赤い絨毯。一つ思ったが、なんで金持ちの屋敷は赤いカーペットや絨毯が敷かれているのだろうか。別に青い物でもいいのではないか?
俺の勝手な疑問をよそに、ファイは赤い絨毯の上をゆっくりと歩みを進める。俺と後の二人もそれに続く。
大広間というだけ、無駄に広かった。端から端までだいたい百メートルはあるんじゃないか?まっすぐ伸びた赤の長細い絨毯の先には巨大な金色の玉座が置かれている。そこに座っている立派な白ひげを蓄えた年寄りがジェイド国王か?
周囲には国王を守るための騎士達や、複数の大臣が立っている。
「例の者たちを連れて参りました。王よ」
ファイは足を止め、玉座の前で膝をついて頭を垂れる。俺達も一応それに倣って頭を下げる。ジェイド=A=ベルンハント国王は軽く頷くと、口を開いた。しゃがれた声が発せられる。
「御苦労。もう下がっても良いぞ」
「はっ」
ファイは立ち上がり、一礼して身をひるがえし部屋の外へ向かう。俺の横を通り過ぎる際に小声でささやく。
(くれぐれも粗相を起こすなよ)
(分かってる)
ゴゴンッという音と共に巨大な扉が閉じられ、王はもちろん、大臣や騎士たちの視線が一気に俺達へと集中する。竜王になってからというものの物が見えていなくても空気の流れや魔力の流れを肌で感じてしまい、他の者が今何をしているのかすぐわかってしまう。
王は玉座の肘かけにもたれながら俺達を見降ろす。
「面を上げよ」
「・・・・・」
俺はゆっくりと顔を上げ、紅の双眸でジェイド国王を見据える。後ろにいるリリアスとアリアークも同じく、僅かに怒りを秘めた紅の双眸を国王に向けている。
数人の大臣や騎士たちが僅かにざわめく。まあ、紅の瞳を持つ者なんてこの大陸中探してもそうそういるものじゃない。出会えたとしたらよほど運がいいか、もしくはその者が眼の充血を起こしているか、ぐらいか。
国王はしばらく俺達を品定めするように眺め、そしてゆっくりと口を開いた。
「名はなんと申す」
「ユリアン=F=レグザリアと申します。国王陛下」
再びざわめきが広がる。
名前と性、そして中のアルファベット、この三つを持つのは貴族か王族のみに許され、俺のような平民出身が付けていいものではない。もしそのような事があればすぐさま改名を指示され、それに従わない場合は捕縛されて投獄されてしまう。数人の騎士が腰の剣に手を伸ばしているのが分かる。
国王は片方の眉を少し持ち上げただけで、さして驚く様子もなく口を開く。
「先の戦いで危機的状況にあった我が部隊を救ってくれたようだな。私から礼を述べさせてもらおう」
先の戦いというのは、北部より南下してきた鬼の大軍勢を撃破したことだ。今回のこの場は、大義名分として功績を上げた俺達が国王に勲章を与えられるというだけのものだ。だが俺達の目的は国王に会い話をすることだ。
「いえ、当然のことをしたまでですから。お気になさらず」
「ふ、さすがにそういうわけにもいくまい。せめて褒美を取らせよう。何を望む?」
俺は軽く微笑を浮かべて立ち上がる。騎士達が抜剣しようとしたので国王が左手を上げてそれを制した。
俺は国王のその気遣いに感謝の気持ちを込めて軽く会釈し、
「それでは、ひとつお願いがあります」
「申してみよ」
「俺の話を聞いてもらえませんか?」
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