051-大義名分(1)
「ぐっすり眠れたかな~?」
「お、お早うございます。竜王様。です」
「・・・・ん、ああ・・・」
焚火にくべてある小枝が黒炭となり崩れ落ちる音で覚める。
ゆっくりと体を起こすと、そこにはいつもは見慣れない面子がたき火を囲んで朝食を取っていた。黄緑色の髪をしたエルフが二人、武骨な剣を腰に差しボロボロの服装をした男達六人。
挨拶をされたので反射的に返したが、こいつら誰だったかと一瞬考え込んでしまう。しかし昨日の夜に仲間になった奴らだったと思い出す。
隣を見ると、リリアスとアリアークが未だ小さな寝息を立てていた。何者かが近づいただけですぐに反応する彼女達から見ればあり得ない。それだけ魔石回収で疲労が溜まっていたのだろうか。
「目覚めたばかりで悪いけど~、どこに向かうつもりなのか教えてくれないかな~」
カブラが乾燥穀物を口に放り込みながらこちらに顔だけを向ける。こいつらがいてくれたおかげで夜はゆっくりと休むことが出来た。いくら竜王と言えど過労死ぐらいはあり得るだろう。
彼の問いに、まだはっきりとしない眼を擦りながら答える。
「・・・・ジェイド王国に一旦戻るつもりだ。理由は移動中に話す」
欠伸をかみしめながら立ち上がる。腕を上に上げ背筋を伸ばすと、ボキボキとえげつない音がした。そういえば長らく寝心地のいいベッドで寝ていない。旅をしている途中の野宿などは日常茶飯事で、硬い土の上や安定性の悪い木の上などで休息を取るのが普通だ。毎回宿を探して泊まっていたら宿泊費が馬鹿にならないだろう。
水筒に入った水をタオルに掛けて少し湿らし、顔を拭く。水が思ったよりも冷たく、小さく身震いしてしまった。
周囲の竜達は各々の思うように寝そべったり、低空飛行したり、周囲を警戒するように高くまで飛んで首をきょろきょろとさせている奴もいる。こいつら食事と化は一体どうしているのだろうか。さすがに飲まず食わずというわけでもないだろう。
その疑問はすぐに解消された。
さっきまで高くまで飛んでいた飛竜がいきなり急降下をはじめ、森の向こうへと消えた。竜が地面に着地したような地響きのような凄まじい音がしたと思うと、森の中から鹿の群れが一目散に走って出てきた。その数は結構多い。
森から逃げてきた鹿の群れは、こちらで待ち構えていた竜の火炎ブレスによってこんがりジューシーに焼かれることとなった。生きている鹿が一瞬にして丸焼きになってしまった。
「・・・oh」
後ろでこの光景を見ていた彼らは揃って顔を蒼くした。強者が弱者を食らう。これも正しい食物連鎖と言えるのだろうが、出来ればあんなもの見たくは無かった。これから俺は朝食だというのに。
その後食べた乾燥穀物の味は、ただでさえ味がしないのにさらに味がしなかった。
◆◇◆◇◆
「ひゃほお~~!!」
「すげえや~!」
山賊の男達が風をきって飛ぶ飛竜の上で雄叫びをあげていた。まあその気持ちは分からんでもない。人生で初めて空飛ぶ生き物に乗ったのだから気持が高揚して叫びたくはなるだろう。
別の飛竜に乗るカブラとケルビンの方は静かだ。
「ごめんね~、酔っちゃったみたいだよ~」
「ふええ・・・・ですぅ~」
カブラは相変わらず涼しそうな顔をしているが、ケルビンの顔は青ざめ、今にも内容物をリバースしそうな勢いだ。竜の上ではやめてくれ。
俺達は朝食を終えた後、飛竜に乗り地上を離れた。さすがにこの人数で一緒に乗るわけも行かず、山賊の男達六人を二つに分け、カブラとケルビンは一緒、そして俺とリリアス、アリアーク。結果、四頭の飛竜が人を乗せて飛んでいる。
さっき鹿の丸焼を平らげたおかげで飛竜達もどことなく満足げだ。
ただ一つ、頭を抱える事態が発生してしまったが。
「うっさいわねっ!あたしに八つ裂きにされたいわけ?」
「我が王よ、この輩共の即時殲滅を提案します」
「コラコラ待て待て」
リリアスとアリアークが目を覚ましたのだ。回収した膨大な量の魔力を一度に全て吸収することは出来ないため、魔力を体に馴染ませるために十分な睡眠を取っていたらしい。体力が回復した二人は先ほどから山賊の男達やエルフ兄弟に罵声を浴びせ掛けている。あくまでも姫なのに、その言葉遣いは少々頂けない。
「何でこいつらが仲間になってんのよ。さっさと落としなさいよ」
「その意見に全面同意です。我が王には私という存在がありながら」
不機嫌な表情を浮かべた二人が説明を求めて詰め寄る。俺は両手で二人を押さえながら昨夜にあった出来事を話す。エルフと繋がりを持っておけば今後何かと役に立つこと。あの山賊どもを連れていくことは地域の山賊被害件数を減らすことに繋がること。竜王の力があれば仲間など必要ないと思うが、取れる手段は取っておくほうが後々便利だ。
俺の話を聞いて、二人は不満そうに口をとがらせたが何も言わなかった。代わりに左右から腕をつねられ、プイッとそっぽを向かれた。結構痛かった。
「竜王様よ~。あれ見てくれ」
山賊の男一人が地上の方を指さしていた。
示された方向に視線を向けると、遥か前方の遠くの地上に建造物が見えてきた。あれは以前俺も通過したことがある。ジェイド王国の国境を示す長い塀、そして検問所だ。
それほど外にいたわけではないが、久々に国に戻ってきたと懐かしく思えてしまう。
「このまま僕ら国境越えちゃって大丈夫なの~?手続きとか必要じゃ」
「国のお偉いに知り合いがいる。問題ない」
カブラの言う通り、普通は無断で国境を越えると不法入国者として即刻捕縛され、最悪一生を牢獄の中で暮らすことになるだろう。しかしその心配は必要ない。王室警護隊長のファイに掛け合ってなんとかしてもらおう。何もしてくれなくてもこいつらを街に入れず、竜と共にいさせれば誰も近付かないだろう。
国境の上空を悠々と通過する。竜が自らに掛けているステルス化の魔術のおかげで見つかることはまずない。
「このまま王都まで休みなしで飛ぶ。辛いだろうが頼むぞ」
声を掛けると、飛竜達はそれに応えるように咆哮し、羽ばたく力を更に強める。
予定としては、出来れば今日の昼ぐらいには到着しておきたかったものだが、無理は言えない。飛竜の飛ぶ速度にも限界はある。この勢いで行けば今夜中には王都に辿り着けそうだ。
必然的に昼食などは飛竜の上で取ることになる。叩きつける風に煽られてまともに取ることは出来なかった。山賊の男どもが乗る飛竜の方では何やら盛り上がっているようだ。どんな話をしているのだろうか。この距離なら聞こえなくもないが左右の二人に腕をつねられたせいで集中できなかった。
太陽が西の空に沈みかけ、大地を茜色に染める夕暮れ時にようやく王都付近にまで到達した。付近と言ってもここからはまだ距離があるが、俺達は空中で停滞していた。全ての竜が飛行移動を止め、その場でホバリングしている。
「二人とも、感じるか?」
「はい」
「すごい数ね」
飛竜達を止めたのはこの二人が不穏な空気を感じ取ったからだ。冷たく、殺気に近い空気だ。山賊の男達やエルフ兄弟には訳が分からないようだったが、リリアスとアリアークは眼を閉じて周囲の探索に集中する。そして捕えた。ここからまっすぐ北の方角に多くの反応を感じ取った。
「まだ距離があるため正確な数は分かりませんが、おおよそ千体を越えると思われます」
「まっすぐ東南の方角に向かってるわ」
感じ取ったのは大規模な鬼の集団だ。このまま東南に向かっていると言えば、王都がある場所だ。まさか奴ら、王都で殺戮行動をするつもりか。
距離はまだ遠いため、到着するには2.3日かかるそうだが、早めに手を打たないと手遅れになる。
「どういたしますか?」
「殲滅してもいいけど」
「・・・いや、まず王都に向かう。話しはそれからだ」
確かに姫と飛竜に力を合わせれば鬼など軽く撃退できるだろうが、長時間飛行を続けている飛竜たちにこれ以上負担を掛けられない。
それに考えがある。ここで殲滅してしまうよりももっと利用方法がある。
王都へと向けて再び飛行を開始する。
◆◇◆◇◆
王都に到着したのはあれから一時間後のことだった。既に太陽が沈み、暗闇が大地を支配している。
王都の周囲に張り巡らされている対空防衛術式の結界おかげで竜は中まで近づくことが出来ないため、近くの森の中に着地する。皆息が荒い。
「お疲れさん。今日はゆっくり休め」
数体の竜の鼻頭を撫でてやる。
急いで薪を集め、できるだけ大きな焚火を作る。竜の火炎ブレスによって集めた薪の山が一気に激しく燃えだす。こうすれば獣は近づかないし、残していく彼らの身体を温めることが出来る。
竜の鞍に乗せておいた食料を彼らに渡す。さすがにこの寒い夜をあの乾燥した穀物で越えてほしくない。ひもじ過ぎる。「久しぶりの食事だあ!」と喜んでいた。
「お前らはここに残ってくれ。王都には入ることが出来ないからな」
夜間に王都に入ろうと思えば身分を証明するための書類が必要となる。こいつらはそれを持っていないために王都に入ることは出来ない。
「うんわかったよ~。気をつけてねえ~」
「りゅ、竜王様。お待ちしていますですから」
俺とリリアス、アリアークは歩いて王都の門をくぐった。以前のように書類提出ややこしい確認を行わず、俺の名前と王室警護隊長から貰った書類の数々を提示すると、警備兵達は揃って顔色を変え、大急ぎで門を開けて俺たちを通した。そして俺に小さく折りたたまれた紙きれを掴ませる。俺は何食わぬ顔で歩を進める。
事前に何かしらの報告が入っているということか?なんにせよ、あいつには会わなければならない。
王都は相変わらず賑やかで、道の両脇に一定の間隔に灯されている光の玉により夜とは思えないほど明るい。
宿には向かわず、まっすぐ薄暗い裏路地へと進む。さすがは人目に付かない場所なだけはある。蓋の開いたままになっている木箱や様々なごみが散乱している。
「二人とも、しばらく姿を消してくれ」
「御意」
「わかった」
二人は俺に小さく頭を下げると、そのまま消えて行った。別に存在自体が消えてしまったわけではない。どういう術かは分からないが、肉体だけが消え、彼女達の意志は俺の中に移動した。頭の中で言葉が交わされる。
(一つ聞くけど、さっき渡されたのって何?)
(ある場所の地図だ。そこに行けということだろうな)
(十分お気を付け下さい)
警備兵に渡された紙きれにはとある酒場を示す地図が描かれていた。それ以外は何もない。ということはその酒場に向かえということだろう。
指定された酒場は裏路地の奥にある人目に付きにくい場所にあった。だがそれにもかかわらず店内から聞こえてくる笑い声は大きい。こんな場所でも繁盛しているらしい。過去に何度もこう言った場所に出入りしたことがあるが、出来ることなら踏み入りたくはない。
スイングドアを押して店内へと入ると、賑やかな笑い声が大きくなると共に、酒の匂いや葉巻の煙、汗などが混じった臭いが店内に充満しているのが分かる。男達がビールグラスを傾けながら楽しそうに雑談している。
イスと机の間を縫うように進み、カウンターの空いている椅子へと向かう。そこにはおあつらえ向きのように空いている椅子が二つ。その一つに座る。カウンターの主人に注文を聞かれたが、何も注文せず待った。
そしてしばらくもしないうちに開いている隣の席に一人の男が座った。長い黒髪に、人間でないことを示す長い耳、美しい容姿だ。
「くはは、旅は順調か?」
「まあな」
下品な笑いと共に現われたのはこのジェイド王国の最強部隊である、王室特務警護隊を指揮する隊長、エルフ出身のファイ=トライアックだ。いくつもの勲章やきらびやかな装飾が付いた衣装ではなく、平民が着ているような茶色いシャツと革製のズボンを身に着けている。これでうまく平民に変装しているつもりだろうか。
ファイは主人にビールを注文する。
「お前に付けておいた暗部の者から報告は受けているぞ。人間とは思えぬ速さで移動しているそうだな。何人かで交替で追跡させていたが、全員揃って音を上げていたぞ」
「感謝しろよ。ちゃんと追いかけて来られるようにしてやったんだから」
「ふははっ、さすがは竜王と言ったところか」
注文されたビールが大きなジョッキに注がれて持ってこられる。ファイはそれを一気に半分ほどまで飲み干す。
「で、俺に何の用だ?」
「ん?」
「王都に戻るなりいきなりこんなとこに呼び出しておいて。何かあったのか?」
「いや、全くない。お前からの報告を聞きに来たのと、ただの気分転換だ」
いくら位が高い位置にいるといっても王宮にいては、山積みとなった仕事の処理に追われてまともに休む暇さえないらしい。こうして街に出てくる事は気分転換と休憩にもなるそうだ。
ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し、主人に追加で注文する。こうして見るとただの平民だな。いつもそうだが、王宮に使える者としての規律ある態度が欠片も見えない。
「して、何か成果はあったか?」
「一応な」
俺は外であったことを話すことにした。もちろん大真面目に全て正直に話すつもりなどない。地下に広がっていた巨大施設や、俺が竜王の正統なる位を継承したこと等をおおまかに要約して話す。
小一時間ほど話して俺が口を閉じると、ファイは本日六杯目となるビールジョッキを傾けた。そしてジョッキ一杯だったビールを飲み干すと、タンッ!と勢いよくカウンターにジョッキを置いた。
「ふ、ふははは、ははは、予想していた通りだな。これで貴様の利用価値はグンと上がったぞ。どうだ嬉しいだろう?」
「それはどうも」
ここに来る途中で仲間にした二人のエルフと六人の山賊については、ファイの権限で身分証明書を発行して俺の部下として扱われることになった。
奴も結構な違法行為を行っている。山賊に身分証明書を発行するなど、バレれば職を失うどころか絞首刑だ。だがそんな事を気にするまでもなくこいつは職権を乱用している。いつか不幸が降りかかればいいと思う。
ファイからの質問に一通り答えた俺は逆に質問することにした。
「お前に頼みがある」
「何だ?あまりの無理難題は無理だぞ」
「国王に会いたい」
国王に謁見しなければ話は始まらない。俺達の今後はジェイド王国の国王に謁見した後によって決まるのだから。
ファイは注文していたビールのつまみを口に放り込むとこちらに向き直り
「無理だ」
「なっ・・・!」
俺の要求はあっさりと却下された。
「普通に考えても見ろ。それほど地位のない者がいきなり国王に謁見することなど無理だろう?それに竜王などという位は今の時代知られていない。名乗り出たとしても頭のいかれた奴ということでしばき出されるのは眼に見えて分かる」
「俺は国王にどうしても会わなきゃならないんだよ」
「いくら言っても無理だ。いくら私の権限でもお前を国王に謁見させることは出来ない」
畜生、国王に会わなければ何もかも始まらないというのに。こんな所で時間を浪費するわけにもいかない。最悪王宮に乗り込む強硬手段を取るしかないか。
頭の中で考え事をしていると、隣でファイがぽつりとつぶやく
「まあ、国を救うような大きな功を立てれば別だが」
「功・・・・」
俺の脳裏にふとあることが浮かび上がる。
それは、ファイの言う国を救うことに匹敵することだと言える。自然と口の両端が上がり、不敵な笑みを浮かべる。
ファイはおつまみを取る手を止め、俺を凝視する。
「要は大義名分を用意すりゃいいわけだろ」
「大義名分・・・・・か。そんなものあるのか?」
不敵な笑みを崩すことが出来ない。
「近々見せてやるよ。竜王の力をな」
読んでいただきありがとうございます。