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049-咆哮



 身体の中から力が溢れだしてくるのを感じる。両の拳を数回開閉させてみる。


 俺は全能なる竜王の位を継承した。前王の血を飲むこと以外、その儀式自体はそれほど難しいものではなかった。むしろ呆気なさすぎて少々戸惑ってしまった。世界を変えることも可能な力を持つ竜王の王位をこんなに簡単に継承してもいいのだろうか。

 力を継承したといえ外見的には何も変わっていない。変わったことと言えば瞳の色が黒から紅になったことぐらいだ。ジェイド王国の民は皆、黒き髪に黒き瞳だ。黒き髪に紅き瞳というのはなんともいえない。街を出歩くときに皆に注目されるのは免れないだろう。



 そんな事を考えながら俺は服を着替えていた。今までの薄汚れた革のベルトやボロボロの上着、長い間使い古してきたブーツ。それらに別れを告げ、竜王に相応しいものに換えていく。巨大な鏡の前で、やや仏頂面をした自分とにらめっこを繰り返す。

 別に着替える必要はないと俺は主張したが、あの二人が結構強引に衣装を突きつけてきたため仕方なく着替えている。そろそろ買い換える時期かなと思っていたが、まさかこんな高価な物に換えることになるとは。


 着替えを済ませて部屋を出ると、扉の向こうには地面に片膝を着いて頭を垂れた状態のリリアスとアリアークが待っていた。二人はゆっくりと顔を上げ、俺の格好を見る。




「我が王よ。凛々しい御姿です」


「へえ、以外と似合ってるわね」




 俺の今の格好を一言でいえば真っ黒だ。

 黒の生地に銀の装飾をあしらった上着と黒のズボン、そして黒のブーツ、さらに黒のベルト。何故黒ばっかりなのかと疑問に思うが、これが竜王の衣装だと言われたので何とも言えない。常日頃からやや黒っぽい服装をしているがここまで黒くはない。夜に外を出歩いたら闇にまぎれそうだな。




「二人とも、いい加減その格好やめないか?堅苦しい」


「我が王がそうおっしゃるならば」


「まあ、竜王の御前においては頭を下げなきゃなんないのが決まりだからね」




 立ち上がった二人の服装も少し変わっていた。見た目はドレスに近いものだが豪勢なレースやひらひら、リボンの類が少なく、前よりは動きやすそうな衣装になっている。身を守るための鎧も付いているが、部分的な金属片でどう見ても気休め程度にしか思えない。




「ったく、襟が曲ってるわよ。ちゃんと着こなしなさいよ」




 アリアークがすっと立ち上がり、曲っていたらしい俺の襟を正す。それを見たリリアスが小さく頬を膨らませていたが、何も言わないようだ。


 俺は周囲にぐるりと視線を向ける。高い天井に、金や銀で装飾が施された壁、壁の一部に灯されている魔術の照明、大理石の白い大きな四角いタイルで敷き詰められた地面、そして天井からぶら下がるシャンデリアのような巨大な水晶の塊。ここが地下だとは到底思えない。

 巨大な部屋がいくつもあり、そのどれもが豪勢で、孤児院育ちの俺にはもったいない代物だ。大体どうして金持ちはこう部屋を大きくしたがるんだ?空間と建築費の無駄としか思えない。




「しかし、よくこれだけの規模の地下遺跡が残ってたな。これも魔術か?」


「はい。かつて名をはせていた有能な魔術師数十人によって永久化された施設です。いくら傷つけようとしても傷つかず、汚れもしません」




 聞けば、物質の状態を永久に留めておくための永久化の術はそれほど簡単な物ではないらしい。凄腕の数十人の魔術師が半年間術を掛け続けてようやく完成する代物だ。だがそんな大掛かりな術にリスクが無い訳は無く、術を掛けた術師の半数以上は疲労と魔力消耗のために命を落とすそうだ。

 永久化の術を施された施設はそれほど多く存在していないらしい。王の住む宮殿や、貴重な物が置いてあるごく一部の遺跡にのみ掛けられていて、多くの術者の命が失われるためおいそれと出来るものでもない。


 壁に取り付けられている竜の姿を模した金属の装飾に触れて見るが、指紋が一切付かない。ナイフで削ろうともしたが、刃が立たない。




「まあ、たまに術式が壊れて崩壊してる施設もあるけどね。ちょっと来て」




 俺はアリアーク先導の下施設の奥へと進む。いくら歩いても壁や天井からぶら下がっている装飾類が同じなために奥に進んでいるのかも分からなくなる。まるでずっと同じ場所をぐるぐると廻っているようだ。一体どれだけ広いんだ。


 長い螺旋階段を下りていくと、ある扉の前に辿り着いた。何かこの扉だけが装飾の類が一切なく、地の鉄の色がそのままだ。この扉だけが異質な雰囲気を放っている。

 アリアークが何のためらいもなくその扉に手をかけ、一気に押し開ける。ギギギギと軋み重そうな音をたてて開かれる。




「・・・・着いたわよ」




 到着した部屋は薄暗かった。

 今までのように白く金銀で装飾された豪勢な壁や地面ではなく、薄黒い岩肌がそのまま残っている部屋だ。一瞬にしてどこかの洞窟に来てしまったみたいだ。いや、ここは地下なのだからこれが普通だ。むしろさっきまでの装飾多過の部屋や通路がおかしいのだ。


 照明の類は一切なく、部屋の床からは円柱状のガラスのようなものが淡く発光して周囲を照らしている。ガラスが地面からいくつも突き出ている。それらは全てやや低い天井まで伸びている。ガラスの中には水のような液体が入っているようで、いくつもの気泡が浮いている。




「ガラスでこんな物が作れるって、どれだけ高い技術なんだよ」




 今の時代ガラスという物はあるが、それほど技術があるわけでなく、せいぜい薄いガラスコップや小さなアクセサリーなどを作れるぐらいだ。こんな大きくしかも円柱状にするなど今の技術では到底無理だ。




「この部屋は?」


「それ覗いてみなさいよ」




 言われた通り円柱状のガラス管の中を覗き込む。

 中に何かが浮いているがよく見えない。ガラスに顔を押し付けるようにして中を覗き込む。徐々にハッキリ見えてきたそれに思わず息を飲んだ。普通に考えてあり得ないものが中に入っていた。




「これって・・・・・人・・・だよな」


「そうよ。私たち姫を作り出す過程の者たち。つまりここは姫の研究所(ラボ)よ」




 ガラス管の中に入っていたのは人だった。

 人がガラス管の中に入れられて、不気味な液に浮いている。あっちにもこっちにも、床から突き出るようにして生えている数十本のガラス管の全てに人が入っている。

 こんなに沢山。しかもそのほとんどが若い女性や少女たちばかり。身体にいくつもの針が刺さり、ガラス管の中で透明な液に浮いている。全てがまるで生きているような穏やかな表情だ。


 地面には紐のような細長い物やよくわからない何かの破片、そして古代文字が書かれた紙きれが無数に散らばっている。




「・・・・研究の途中で戦争が終了し、完成しないまま保存された被検体達です」


「製造するための工場(プラント)はもう壊されてるけど・・・あたし達もこうして作られたのよ」




 二人の表情が暗くなる。



















   ◆◇◆◇◆


















「我が王、顔色が良くないようですが大丈夫ですか?」


「まあ、あんなもの見て気分がうきうきするはずないでしょ」




 逃げ出すように部屋を出た俺は通路の途中で壁にもたれかかり、俯いていた。あの無数のガラス管の中に浮いていた無数の人達。どれももう死んでいるのにまるで生きているかのような穏やかな表情で、それを見ていると段々と気持ちが悪くなってきたのだ。


 前竜王であるあの子供がこんな人非道的なことをやらせていたのかと思うと、余計に苛立たしく思う。知らず知らずのうちに拳に力が入り、自分の爪が皮膚に食い込んで血がにじみ出た。

 それを見たリリアスが俺の手にそっと触れる。




「・・・我が王よ、あなたは優しい人です。ですが、何かを成すためには何かの犠牲が必要なのです」


「綺麗事だけじゃこの世界生きていけないわよ」




 理屈では分かっているが、それでも人の命をあんなふうに使っていいとは思わない。

 奴隷制度というものがあるこの世界において金持ちが複数の奴隷を持っていることはいたって普通だ。弄られ、虐げられ、辱められたとしても彼らには拒否する権利がない。俺はそんな人権を侵害する行為が許せない。自分の奴隷を自慢する金持ちを斬りたいと思ったのは今までに何度あるだろうか。




「それでも俺は許せない・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・」




 アリアークが俺の腕をつかみ、無言で歩き出す。

 長い螺旋階段を上がり、違う螺旋階段を再び下りる。今日だけでどれだけ階段の上り下りを繰り返しただろうか。もう足がくたくただ。




「いくらあんたが許せないとしても、これは過去にあった事実よ。事実から目を背けないで」


「・・・・・」






 俺はアリアークに引っ張られながら地下施設を歩き回った。

 初めに行った研究所以外の部屋は全て装飾多過で、置かれている品が綺麗に整理整頓されていた。槍や剣、鎧などの武器が保管されている武器庫、大量の食糧が腐らずに保存されている食料庫、貴金属や宝石類がある財宝庫、古代の文献がすべてそろっている書庫。その他多くの部屋が存在し、ここが地下なのかと改めて疑った。


 そして極め付けなのが、地上では失われていた《魔石》が保管されている部屋だ。

 部屋全体がブラックダイヤに覆われているのかと思うほどの独特の輝きを放ち、なんとも言えない気持ち悪さ、高い濃度の魔力(マナ)が部屋全体に充満している。




「これらを回収するのもここに来た理由の一つです」


「さっさとするわよ」




 リリアスとアリアークの二人が部屋の中央へと移動し、頭上に両腕を掲げる。すると部屋全体が僅かに揺れ、魔石から魔力(マナ)が黒い風のような形となって二人の手の平へと集束し始める。

 以前は膨大な魔力を前にすると力に圧されて気持ちが悪かったが、今は自然と魔力が体に馴染む。魔力を体内に保持している姫ではないので魔力を吸収している訳ではないが、見えない力が身体に満ちてくる感じがする。


 集束された魔力は小さなボールの形状へと変化する。二人はそれを、




「「あむ・・・」」


「やっぱり食うんだ」




 口の中へと放り込んだ。

 部屋を覆っていた黒き輝きは失われ、代わりに長石のような白い石が残った。力を失い結合組織が脆くなった部分が崩れていく。


 身体から僅かな燐光を放つ二人はまるで天から降りてきた女神のように美しい。リリアスの長い黒髪や紅き瞳、アリアークの茶色い髪と尻尾の毛並み、そのどれもがより一層際立っている。視線を奪われ、離すことが出来ない。


 リリアスに声を掛けられてやっと我に返る。




「大丈夫ですか?」


「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと見とれていただけだ」


「・・・・あんたそんな恥ずかしいことをよく平気で言えるわね」




 やや頬を赤らめた二人が何かを訴えかけるような視線を一度向け、顔を反らす。俺はただ思ったことをそのまま口にしただけだ。別に変な意味を込めて言った訳ではない。


 しかし魔力回収という行為は実に呆気ない。もっと複雑な手順とか踏まなくていいのか?膨大な魔力を吸収するわけだから何らかの儀式をしてしかるべきだと思うが。普通の人間なら耐えきれなくなり発狂、自壊してしまう代物を一瞬にして取り込んでしまう姫の方がすごいのか。




「さて、回収するものはほかにないのか?」


「はい、これで一通り終了しました」


「こんな狭い地下(とこ)なんてさっさと出たいわよ」




 庶民や貧乏人にとっては誰もが夢見る、金銀財宝が溢れる豪勢なこの地下施設が狭いだと。さすが姫様、凡人とは言うことが違う。


 武器庫や書庫などを回ってみたが今の俺に必要な物は無さそうなため何も取らずにそのままにしておいた。金銀などの財宝が置かれている部屋では多少の踏ん切りが付かなかったが、拳サイズの宝石を数個とるだけにして後にした。お宝を探して旅をするトレジャーハンターにとって、山のように積み重なっている目の前のお宝を置き去りにしていくほど辛いものは無い。




「そういやここって竜王が直接管理していた地下施設だよな」


「はい。それがどうかしましたか?」


「いや、施設や王を守る姫とかはいないのかと思って」




 突然リリアスとアリアークが同時に俯き、大きなため息を着く。表情は暗く、どこか疲れている様にも見える。一体どうしたんだ。




「いることには、います。・・・・ですが・・・」


「ああ・・・・あの子は、ちょっとねえ・・・・・」




 そして二人は沈黙する。その二人が言う姫はよほど問題があるのか。

 二人の表情からこの話はしない方がいいと即判断した。話題を変えよう。




「ああと、これからどうする?このまま北に向かうか?」


「北と言いますと、シルミナスという国がある方向ですか」


「そんな名の国は知らないけど、北は私のような亜人種や原生種が多く住む地域よ」




 北に向かうとなれば再び国境を越える必要があるわけか。ここからの距離なら歩けば約六日でシルミナス国の国境線までに辿り着く。竜に乗って空を移動すれば一日二日そこらで到着できる。


 ここで一つ問題が生じた。

 国境を越えるためには自らの身分や職業を示す通行証が必要なわけだ。俺とアリアークの場合はあのイカレた警護隊長から、内容はデタラメではあるが正規の通行証を貰っているので問題は無い。だがリリアスの場合はそれがない。




「なあ、リリアス。念のために聞いておくが、どうやって国境を通過するつもりだ」


「たとえそれが国を守る兵士だとしても邪魔するものがあれば容赦なく排除します」


「やめてくれ!国家問題で戦争になる!」




 リリアスは不思議そうな顔をしている。まるで、殺すことの何がいけないのか、という表情だ。


 前々から思っていたが、リリアスはどこか抜けている。

 こいつにとっては竜王が全てだ。竜王を守ることが存在意義であり、竜王に従うことが至上の喜びとしている。竜王のためならどんな悪にも手を染め、敵となる者はためらいなく殺す。例えば竜王が死を命じたとすると彼女はためらいなく死を受け入れるだろう。忠誠心というか執着心というか、竜王に頼り、生きる意味を自分に見いだせていない。

 竜王に必要ないと言われたとき、彼女は一体どうなるだろうか。生きる意義を失い、悲しみのあまり力を抑えきれなくなり、暴走して世界を火の海に沈める。彼女なら絶対やりかねない。


 その点、アリアークの方は大丈夫だろう。竜王から見放されたとしても自らの意志で動くことができる。細かな心配はしなくてもよさそうだ。




「あんた今失礼なこと考えなかった?」


「いや全然」


「・・・・まあいいけど」




 俺って考えていることが表情に出るタイプだろうか。すぐばれてしまう。


 とにかく、このままではリリアスが国境を越えることが出来ない。飛竜で空を飛んで通過するという手段もあるが、国境の違法通過など国際問題だ。そのような事態はなるべく避けたい。




「とにかく、一旦ジェイド王国に戻る。そこで王と直接話す」


「御意に」


「ついでに王宮の地下にあるっていう魔石も回収するわよ」




 俺達は地下遺跡を後にした。


















   ◆◇◆◇◆




















 下りてくる時はあれほど長い時間と階段を上り下りしたのだが、地上に上がる時は簡単だった。どれでもいい適当な扉に向かい、俺が外に出たいと思いながら開けるとその扉が外につながるのだ。便利だ。


 眩しい太陽の光が降り注ぎ、一瞬眼をつぶる。なんだか数年間地下にいて、地上に出てくるのが久しぶりであるかのような感覚がする。

 出たのは、地下に入るときに使った階段の前だ。周囲には無駄に高く雑草が葉を伸ばしている。




「ここってこんな風景だったのか」




 ここに初めて足を踏み入れた時は分からなかったが、竜王を継承した今の俺には見ることができる。辺り一面に複雑な模様や陣、文字が浮いていた。これは防護結界の術式か。それら文様がこの森、周辺地域全体を覆い尽くしている。




「この地に悪しき者が立ち寄らぬよう張り巡らされたものです」


「姫がいない限り永遠にこの場所には辿り着けない。そういうふうにする術よ」




 ふわふわと浮いているそれに触れようとするが触れる寸前でふっと消えてしまう。目では見えるが触ることは出来ないようだ。

 しかし、こうも空中に文字や模様が浮いていると気持ち悪いものだ。


 地下への入り口を閉じ、森の外へと向かう。帰るときはあの気持ち悪さがなく、視界を遮る霧のような靄も消失していた。しかもそれだけではなく、




「妖精がこんなに」


「ここも妖精の集まる神聖なる場所だからよ」




 赤や青、黄色に緑、様々な色に発光している小さな光りの玉がふよふよと飛んでいる。どこに姿を隠していたのだろうか。木陰や木の穴、茂みなどあちこちから出てくる。まるで蛍が放つ淡い光のようでとても美しい。

 数体の妖精が俺の肩や頭の上にとまったが、すぐに飛んでいってしまった。クスクスと笑う妖精の澄んだ声が響く。


 森を出ると、寝そべっていたり楽な姿勢を取っていたりしていた飛竜達はその重そうな体を持ち上げ、こちらに注目する。以前は飛竜に視線を向けられただけで足がすくんでしまっていたが、今は清々しい。

 飛竜の巨体の上に多くの妖精が乗っているせいで、飛竜がとてもカラフルに発光している。この空間だけが別次元になってしまったかのような美しさだ。




「皆、新たな竜王の誕生を喜んでいます」




 すぐ近くにいた小さめの飛竜に手を伸ばすと、ゆっくりと頭を下げてくる。鼻先を撫でてやると、喉の奥からキュルキュルという可愛らしい鳴き声が出てくる。最後に頭をポンポンと軽くたたいてやって手を離す。


今まで竜や妖精というものは伝説上の太古の昔に存在した自分とは縁のない遠い存在だと思っていた。だからこの飛竜達が全て俺のものと言われてもいまいち実感が湧いてこない。夢を見ているようだが、これは現実だ。現に俺の眼の前には数百頭の飛竜が鎮座し、その周りを多くの妖精達が舞っている。


 飛竜達はじっと俺を見つめ、俺が言葉を発するのを待っている。俺は中央に移動して周りをぐるりと見渡す。そして 大きく息を吸い込む。




「ああと、お前ら、聞いてくれ」




 やや緊張した面持ちで声を張り上げる。






















   ◆◇◆◇◆



















 竜に大声で話しかけるなんて、心臓の弱い人がいたら卒倒するかもしれない。

 だが、毅然とした声で力強く叫ぶ。




「この世界に、争いの火種、かつての惨劇が繰り返されようとしているのは知っているか?」




 唐突に投げかけた質問に妖精達も動きを止めてじっとこちらを見る。横にいるリリアスとアリアークも俺が何を言うつもりなのか興味津々な顔でいる。

 俺は構わず言葉を続ける。




「約二千年前に発見されたとある魔石に記されていた未来の予言。聖杯戦争の再来を」




 かつて自分が経験した、過去の悲惨な出来事をもとに、言葉を続ける。




「火薬と硝煙の臭いが立ち込め、流れ出た血で大地が重く湿る戦争に何の意義があるのか。手に入れられる物はあるのか?富か?名誉か?―――否だっ!争いは何も生まない。多くの命を踏みつけ、それで得た物に何の価値があるのかっ!」




 二年前、ジェイド王国の北東部で大量発生した鬼の殲滅作戦に、志願兵として参加していた。結果としては作戦成功で勝利を収めたのだが、多くの兵士が傷つき、約六千人もの死傷者が発生した。味方が次々と鬼の餌食となり、血しぶきを上げ、視界を真っ赤に染めた。あのときは自らが生きるために無我夢中で剣を振るった。戦いが終わり戦場を見渡してみると、以前は穏やかだった野原が全て死体で埋まり真っ赤な血で鮮やかに染まっていた。どちらかというと鬼の死体よりも人間の死体の方が多かった。

 もうあんな光景は見たくない。


 あの作戦以来、国民の中で鬼に対して憎しみを抱く者が多くなった。鬼討伐作戦に自ら志願して戦場に行く者も多くなった。

 だがそれは相手が理性を持たない鬼だから出来ることだ。人間に敵対する殺戮動物が怒りのはけ口となっている。人間はそう簡単にいかない。




「何時の時代、どのような世界でも俺達は争い、そのたびに悲しんで来た。復讐は復讐を呼び、争いは争いを呼ぶ。そんな断ち切ることが出来ない悲しみの連鎖は決して作り出してはならないっ!かつての血生臭い惨劇を繰り返さないためにっ!」





 俺は今まで戦いを無くすために旅をしてきた。そして姫を味方につけ、全能なる竜王の力も手に入れることが出来た。ならばこれからすることは一つ。




「竜王のするべきことは何だ?この力を使って世界に争いを起こし、混沌の闇に陥れることか?―――断じて否だっ!この力で世界を救うことだっ!」




 まさか人生の中でこんな恥ずかしいセリフを口にする時が来ようとは。こんな演説をシャルが見たら爆笑するだろう。

拳を握り、感情を込めて叫ぶ。




「咆えろ!飛竜よ、最強の種族よ!そして常に自然と共にある妖精種よ、従え!平和のためにっ!これより俺達が世界を救う!この俺、ユリアン=F=レグザリアがここに宣言する!」




 飛竜が次々と咆哮し、大地や天をも震撼させる。そして空へと向けてブレスを噴射する。炎のブレスに、氷のブレス、雷のブレスに黒炎のブレス、と鮮やかなブレスの柱が空へと向かって伸びていく。


 妖精達が発する光がひときわ強くなり、俺の周囲をぐるぐると飛び回る。


 俺は彼らに優しくほほ笑み掛けると、強く握った拳を頭上に突き出す。もう後戻りはできない。力の限り前に進むしかない。




「皆、俺に力を貸してくれ」




 振り向くと、リリアスとアリアークが軽くうなずく。




「いくぞっ!平和のためにっ!」




 ここにいる飛竜の中で一番体躯が巨大な黒竜は俺達を乗せると、空へ向けて一際大きく咆哮すると、力強く地面を蹴った。他の竜達もそれに続き、後を追って飛翔する。


 顔を叩く風がとても心地よく思えた。



















   ◆◇◆◇◆




















「我が王、素晴らしい演説でした」


「何を言い出すのかドキドキしたわよ」




 後ろの二人からそれぞれお褒めの言葉を貰う。

正直自分としてはとても恥ずかしかった。途中自分でも何を言っているのか分からなくなり、ほとんど勢いに任せて発言した。今思えば結構矛盾しているような気もする。

いくら相手が人間ではない竜とはいえ、俺よりも長い時を生きている高貴な生き物だ。途中で取って食われるんじゃないかとひやひやした。




「まあ、さっきの言葉は置いといて、あんたはこの世界を救うんでしょ?」


「ああ、もう後には戻れない」




 さっき緩めた拳にもう一度力を込める。

 振り返ると、二人は優しくほほ笑んでいた。




「これからいろいろとあるけど、それでも着いてきてくれるか?」




 二人はにっこりと笑い、俺の腕に自分の腕を絡ませる。 




「当たり前でしょ。あたし達はあんたのために存在するんだから」


「王よ、何時までもお供いたします」




 何故か二人は楽しそうだ。




「よしっ!んじゃ、ジェイド王国の王都ジェイディアスまでひとっ飛び」




 飛竜達は咆哮し、力強く翼をはためかせる。





こんばんわ。


しばらく失踪していたクレナイです。


リアルが忙しすぎでなかなかプライベートの時間がとれません。




さて、今回はイラストも追加してみました。

絵は苦手で。


感想のほどよろしくお願いします。



まだまだ続きますのでこれからも私の作品をよろしくお願いします。

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