048-宵闇の暗殺者
満月が美しい真夜中。
地響きを立てながら夜の静かな大地を進行する黒き集団がいた。大体十人くらいだろうか。
馬や馬に装着している鞍、外套、その他の身につけている物が全て黒で統一されている。皆頭に黒い頭巾をかぶっていて表情は分からないが、全員沈黙を貫いている。
ふと、集団の先頭を走る者が馬を止めた。後ろで馬を走らせていた者たちもそれに倣って馬を止める。
彼らの前に全身を覆う大きな外套をまとった人物が現われたからだ。その人物は動くことなく馬に乗った者達の行く手を阻んでいる。
「貴様は何者だ?」
集団の先頭を走っていた男がその人物に問いかける。
すると、その人物は小さくほほ笑んだ。
「ふふ、なんて無礼な殿方でしょう。女性にものを尋ねるときはもっと紳士な態度で聞くものですのよ」
その人物はどうやら女性だったらしい。黒くて大きな扇子をぱっと広げてパタパタと仰ぎ出す。
真夜中にこんな場所を歩いているとなると旅人のようだが、今はそんな事を気にしている時ではない。一刻もはやくあの方より下された命令を遂行せねば。
「これは失礼した。しかし我々は急いでいる。どうか道を開けていただけないだろうか?」
「嫌ですわ」
突然のことに眉をしかめる。今この女性は道を開ける気は無いと言ったのか。こっちは十人以上の武器を持った騎士だというのに全く恐れていない。普通の平民なら頭を下げて引き下がるのだが、この女性は断固として拒否した。
見たところ、武器の類は見られない。この強気は一体どこからきているのだろうか。
動揺している彼らを前にしてその女性はとんでもないことを口にした。
「あなた方、ユリアンさんを襲うおつもりなのでしょう?」
動揺してはいられなかった。なぜこの女性が知っているのだ。
―――ユリアン=フライヒラートを暗殺せよ―――
我々はあの方にとても重要で極秘任務だと伝えられ、こうして誰にも見られないように夜を選んで移動している。
手が自然と腰の剣へと伸びる。
「困りましたわ。あの方にはまだこんな所で死んでもらう訳にはまいりませんの。せっかく竜王になりましたのに」
竜王?一体この女性は何を言っているんだ。
「ですので、ここでちょっと悩みの種を摘んでおこうと思いまして」
暗殺者たちは一斉に武器を抜いた。この女性が何者かは知らないがとにかく任務遂行の邪魔になると判断した。いくら女性と言えど、我ら騎士は主の命令が最優先。しかたがない。
「あまりこう言ったことは好きではないのですけれど、仕方がないですわね」
そう言って女性は外套を脱いだ。
月明りに照らされて輝くその女性の美しさに数人が目を奪われる。地面に着きそうなくらい長いわずかにロールがかかった黒髪、左手には黒い扇子、そして珍しい濃紺の着物。どこか高貴な印象を受ける。
彼女の名はシルフィアール。ジェイド王国のザウエル都市と王都ジェイディアスでユリアンと出会い、突然姿を消したどこか異様な雰囲気を纏う女性だ。
持ち物は左手に握っている黒い扇子ぐらいで、彼女のどこを見ても武器になるようなものは持っていない。
「女性に武器を振るうのはいささか気が引けるが、これもあの方のため」
暗殺者たちは次々とシルフィアールへと向けて武器を振るった。
「無礼ですわね」
彼女の残虐的な笑みはいつまでたっても忘れることは出来ないだろう。
月夜に美しい赤い花が咲き乱れる。
読んでいただきありがとうございます。
シルフィアールさん。
実に不思議な女性ですね。