047-王位の継承
開かれた扉の向こうに広がっていたのは、金や銀、様々な宝石などで彩られた広い部屋だ。太い柱と高い天井は一面金箔でコーティングされている。
大理石の床の上には血のような真っ赤な絨毯が敷かれている。その絨毯は部屋の奥へとまっすぐ伸び、その奥には大の大人が四人ほど楽に座れるほどの大きさの玉座が設置されていた。
部屋に足を踏み入れた瞬間、この部屋の中には途轍もない何かが満ちていることを感じた。目では見ることが出来ない魔力に似たようなものだ。その得体の知れない不思議な力は奥のあの巨大な玉座から放たれている。いや、正確にはあの玉座に座っている人物から放たれている。
玉座の上には、一人の少年がくつろいでいた。おおよそまだ十二歳も行かないだろうと言うほどの若い外見だ。夜を示すような漆黒で肩に届くやや長めの髪に、深紅の瞳。整ったその顔立ちは美少年と言うに相応しい。
「お久しぶりでございます。王よ」
「ご機嫌はいかが?王よ」
一段高い位置ある玉座の手前まで進んだリリアスとアリアークは揃って膝を付き、頭を垂れた。一瞬二人が何をやっているのか分からなかった。視線を二人と少年の間で何度も行き来させる。
今この二人はこの少年を“ 王 ”と言った。ということはつまりこの少年が・・・。
玉座の上で横になってくつろいでいた少年は、気だるそうに首を持ち上げて膝まずいて頭を下げている二人を見るとぱあっと表情が明るくなった。その外見に相応しい無邪気な笑顔だ。
『久しぶりだね。僕の姫達』
その少年は二人に駆け寄ろうと玉座から立ち上がろうとした。だが少年の眼の前に突如として赤い障壁が出現し、少年の身体を玉座へと押し戻した。突きとばされた様な勢いで玉座へと戻った少年は唇を尖がらせる。
どうやらこの少年、この玉座から離れられないらしい。出現した赤い障壁は霧が散っていくように消えていった。
「王よ、その結界から出てはなりません」
「死にたいなら止めませんけど?」
少年はつまらなそうに足をぶらぶらと揺らし始める。身につけている服や宝石、装飾類は途轍もないほどの価値がありそうだが、この少年だけはどこにでもいるようなただの子供だ。何の威厳も感じられない。
少年は二人の後ろに立っている俺に気がつくと動きを止めた。少年の深紅の瞳の色がさらに深みを増していく。そして
『やあ、僕の名はクレイヴ=R=レグザリア。よろしく。君は?』
少年が名乗った瞬間この部屋に満ちている空気が変わった。一瞬音が無くなったような感覚に囚われる。先ほどまでの子供の無邪気な笑みは消え、代わりに研ぎたてのナイフのような鋭い冷やかな笑みを浮かべていた。少年に恐怖のようなものを感じ、自然と冷や汗が流れ出す。
なんだこの威圧感は。足が震え、立っているのもやっとだ。少年から目を離そうとするが、離せない。少年の深紅の瞳に囚われ、抜けだすことが出来ない。
「ゆ、ユリアン。ユリアン=フライヒラート・・・だ」
喉の奥から震える声をなんとか絞り出して自分の名を言う。
少年は一旦俯き、俺の名を声に出して数回復唱する。そして数秒して俺の名を覚えたようで、その瞳を再び俺に向ける。再び恐怖のような冷たいものを背筋に感じる。
『初めまして。知ってると思うけど、僕がこの子達を作った初代竜王だよ』
リリアスやアリアークの話しを聞く限りではだいぶ歳の食った変態ジジイかと思っていたが、これは予想外だ。まさかこんな子供がかつて魔術が栄え、金色の光に包まれていたこの広いレグザリア大陸を統治していた王だったとは思いもしなかった。
その初代王と俺は互いにまっすぐに見据え合う。
「あんたが・・・・初代・・・竜王?」
『そうだよ。偉大なる初代王が子供でビックリしたでしょ』
全くその通りだ。
初代王はその外見に相応の笑顔で笑った後、再び冷やかな視線を向けてくる。段々と周囲を取り巻く空気の温度も下がっているような気がする。心臓の鼓動が速くなり、額から大粒の汗が垂れ落ちる。まるで勝ち目のない巨大な敵と一人で対峙しているかのような恐怖と威圧感。『蛇に睨まれた蛙』というのはこう言うことを言うのだろうか。
初代王の身体をじっくり眺めていると、ある違和感に気が付いた。それは身体が透けている。王の身体を通して向こう側の玉座の背もたれの部分が見えているのだ。
『気が付いたかい?見ての通り、僕はとうの昔に肉体は無くしているよ。十一歳の時だったかな』
「クレイヴ様は現在この限定された結界内のみにおいて霊体として現世に留まっています」
「だからさっき外に出ようとしたから結界に押し戻されたのよ」
二人は相変わらず、片膝を付き、頭を垂れた体勢のままだ。
大昔には死んだ者の魂をこの世に留めておく魔術があったのか。魔術がとことん便利なものだったことが改めて分かった。しかし何故。死んだものをこの世に留めておく理由などあるのだろうか。
その疑問についてはリリアスがすぐに答えてくれた。
「この魔術は尊い死者を冒涜する魔術のため禁忌とされています。ですが、クレイヴ様は後継者を決めずして亡くなったため、その魂を留めておく必要があるのです」
「つまり、後継者を決めるためだけのために禁忌を犯したってわけか」
「仕方のないことです。王位の継承は王のみしか行うことができませんから。王の魂が消滅した瞬間、この世界から竜王が永遠に誕生しなくなります。そうなれば私たちも存在する理由もありませんので共に消滅します」
王の魂が消滅すれば永遠に王位が継承できず竜王の位が消滅。王を守るために存在するリリアスやアリアークのような姫も共に消滅する。そうなれば未来に起こるとされている悲惨な血の惨劇、《聖杯戦争》の再来を防ぐことが出来なくなる。こういうことか。
クレイヴ初代王はリリアスの説明をつまらなそうに聞き、大きなあくびをする。まるで他人事のようだ。
『さて、いきなりだけど本題に入ろうか。かの忌々しい《聖杯戦争》が再び起ころうとしているのは知っているね』
「ああ」
『竜王と姫の力があれば、かの悲劇を防げるかもしれない。その可能性を信じて、次なる王の器を探してこの時代までずっと世界を監視してきたんだ』
聖杯戦争を防げないということは大勢の死者を出すことと同義。それは何としても避けたい事態だ。だがもし戦争が起こってしまったとしても姫の力があれば一人で軍体ひとつと渡り合うことができる。何より姫の力は抑止力にもなるし、無駄な犠牲を減らすために力は必要だ。
竜王の新の力がどのようなものかは知らないが、姫を使役する王なる力だからよっぽど凄いものだと思う。
『この長い時の中、王位の継承者候補として何人かここに来たけど、まともにこの部屋に辿りつけたのは片手で数えられるぐらいしかいなかったよ』
「俺もその一人か」
『うん。君はその中で一番優秀だよ。階段を下りてすぐの泥人形部隊を姫と協力してほとんど無傷で撃破、僕が丹精込めて作り上げた罠だらけの回廊をさほど難なく突破。姫が足を引っ張っちゃったけどね』
「面目次第もありません」
「反省してるわ」
膝まずいている二人が申し訳なさそうな声を出す。
罠だらけの回廊のことを思い出すとため息しか出てこない。俺が避けたトラップをわざわざ引っかかって行くこの二人には呆れたものだ。絶対わざととしか思えないような所業だ。あの回廊にはもう起動していない罠はほとんどないだろう。
『それに君はすでに妖精種と接触してるみたいだね。しかも聖剣まで授けられて』
「ああ、妖精種の命運を預かった。だから俺はどうしても来るべき戦いを防がなきゃならない」
俺は腰に携えている純白の輝きを放つ聖剣に触れる。すると一瞬聖剣が放つ光が強くなり、剣が震えたような気がした。
『じゃあ聞こう。君は自らの命を投げ出してでもこの世界のために戦う覚悟はあるかい?』
言わずとも答えは決まっている。俺はずっとこの世界から戦争を無くすために旅をしてきた。それを今更のように問われても自分の覚悟は揺らぐことは無い。今まで何度も死ぬような状況に陥ったことがあるが、それでもこの意志は曲げたことがない。
俺はクレイヴ初代王をまっすぐに見据えると、
「答えはイエスだ。俺にとっては今更のことだ。世界のため、俺の大切な者達のために戦う」
彼は満足げにうんうんと数回頷くと、指をパチンと鳴らした。その表情はとても清々しく、迷いを感じさせないまっすぐな雰囲気を感じる。
『うん決めた。ユリアン、君を僕の正統な後継者とするよ』
いきなりのことに頭がついて行かなかった。俺を正統な後継者とする?いきなりすぎやしないか。まだ合って間もないこんな素性の知れない男を後継ぎとするなんて。別に王になりたくないわけではないが、いきなりすぎる。順序というものがあるだろう。順序というものが。
初代王は俺の呆気にとられた表情から心境を読み取ったようで、軽く笑いながら答える。
『気が付いていないようだけど、この部屋に入ってきた瞬間、君の経歴は全て読み取れるんだよ。いくら君が金銀財宝を狙う賊であったとしても、戦いを止めたいと思う強い思いは誰にも負けない。自分の人生を棒に振ることになってもね』
「プライバシー関係ねえ」
『ふふ、まあそうだね。それに理由はそれだけじゃないよ』
「?」
『この二人の姫は君のことをとても好いているようだからね』
途端に膝まずいている二人の顔が、湯気が上がるほどに赤くなっていく。とくにアリアークにおいては二本の尻尾がせわしなく左右に揺れている。
二人の様を見て初代王はまた笑う。こうして見ると本当に子供だな。
ひとしきり笑うと、初代王はその表情を冷酷な微笑に変えて俺に向き直る。
『それじゃ王位継承の儀を始めようか』
途端に部屋の内装がみるみる変わって行く。先ほどまで宝石やら金箔やらが貼られていてきらびやかだった部屋は一変して神聖なる場所へと変わる。
白い円柱状の柱が何本も立ち並び、壁には様々な神を模した彫刻が施されている。たいまつの光がいたるところに灯されている。
振り向くとリリアスとアリアークの二人がかなり離れた後ろの方で膝まずいて格好のままでいた。
床に描かれた巨大な模様。竜のような生き物の上に一人の人物が乗っている。これが何を示しているのかは分からないが、何故だか魅力的なものに見える。その模様の上に初代王が悠然と立っていた。
『ユリアン=フライヒラート、前へ』
その言葉に従い、俺はゆっくりと前へ踏み出す。
俺の身長の方が高いわけで、必然的に初代王を見降ろす形になってしまった。だが初代王はそれを気にするふうでもなく、言葉を続ける。
『レグザリア大陸、国王の権限において君を正式な後継者として認める。何か言いたいことあるかい?』
「いや、何も。言うなら夢のようだ」
初代王は小さく笑うと、懐から小さなナイフと金のグラスを取り出した。ナイフの刃渡りは三センチ程度で、殺傷能力はほとんど無いと思われる。
何をするかと思うといきなり自分の手の平を斬った。流れ出した赤黒い血を金のグラスに注ぐ。血をグラスの3分の1ほど注ぎ込むと、斬った手の平の傷口が自然と塞がった。その王の血が入ったグラスを俺に渡してくる。
『さあ、これを飲んで』
「まじか・・・」
かなり衝撃的だ。まさか人生の中で他人の血を飲む日が来ようとは。
血の入った金のグラスを受け取り、中を見る。赤黒い血がグラスの3分の1ほど入れられており、生々しさが伝わってくる。これはまるで文献で読んだ吸血鬼になったような気分だ。
グラスにおそるおそる口を付ける。途端に血液中に含まれる鉄分の味が口に広がって行く。正直とてもまずい。こんなもの飲めたものじゃない。
どうにか我慢して血を飲み終えた俺の顔は歪んですごいことになっていただろう。
『正当なる儀式においてユリアン=フライヒラートを次期王として認める。継承開始』
途端に身体の中に何か得体の知れないものが入ってくるのが分かる。目で見ることもできないためそれがなんなのかは分からないが、膨大な量の情報のようなものが入ってくる。だがアリアークから魔術に関しての知識を貰った時のように脳が激しく痛むことは無く、自然とすんなり入ってくる。
俺の黒眼が一瞬にして深紅に変わった。紅の瞳は相手の心の中を見透かすことが出来るような不思議な感じがする。
初代王は嬉々とした表情で俺の様子を見ていた。気のせいだろうか、王の身体がさらに透き通っているような気がする。
『これでやっと僕の役目が終わったよ。長かったねえ』
「お、おい。お前はどこ行くんだよ」
『僕はそろそろ眠るとするよ。王位はちゃんと君に継承したしね。今日から君の名は、ユリアン=F=レグザリアだよ』
気のせいではなかった。初代王の身体はみるみるうちに薄くなっていく。既に足のつま先などはほとんど消えている。
自身が消えるというのにも関わらず初代王は笑っていた。
『最後に一つ忠告だよ。竜王の力は世界を破滅に導くことも可能だよ。そこんとこをちゃんと考えて動きなよ』
「ああ、悪いな」
『うん、それじゃ後は任せたよ。君の好きにしな。姫たちを大切にしてね』
その言葉を最後に、クレイヴ初代王は完全に消えた。まるで初めから何も存在していなかったかのような違和感のなさ。
身体に流れ込んでくる得体の知れない力もようやく止まり、俺は自分の手の平を眺める。見た感じでは外見的に変わっている部分は特にない。竜王の王位を継承したことは分かったが、その他に何を得たのかは自分でも分からない。
後ろの方に下がっていたリリアスとアリアークの二人が俺のそばで再び膝を着く。
「ユリアン=F=レグザリア様。今再び、あなたに対して永遠の忠誠を誓います」
「あたしも同じよ。あなたに対して私の全てを」
背筋に何とも言えない震えが走る。自分でもよくわからない。だが今は気分がとてもいい。大空に例えるなら、雲ひとつない快晴の空だ。
「ああ、二人とも。これからもよろしく頼む」
読んでいただきありがとうございます。
先週は色々と忙しくて投稿できませんでした。
時間がほしいものです。
今回の話は、内容がぽんぽんと進んでいるので自分的にはあまり気に入っていません。修正の余地ありです。
誤字脱字などがあるかと思いますが、見つけましたらご指摘お願いします。