045-危険な地下回廊
目的地の周囲に貼られていた寒くて冷たいねっとりとした重い結界に、自らの存在を否定されそうになる。巨大な威圧感を放つ結界を抜けた先に目的地はあった。存在は知られているが、それがある場所を誰も知らない遠い過去の遺跡。この覆い茂る森は街道から大きく外れているため、滅多に人も寄りつかない。
俺達が第一の目的地とした『聖地』。
太陽からの温かい日差しを受け、気持ちいいそよ風が吹いていた。
そこには大きさも形も同じ石が規則正しく、紙一枚も入らないほど隙間が無く綺麗に積み重ねられていた。かつては巨大な建造物だったのだろうが今はもうその面影を残しておらず、積み重ねられた石が所々にあるだけだ。石の表面は雨風にさらされ風化してボロボロだ。長らく人が立ち入っていないため、荒れ果て放題で色々な種類の雑草が生えていて遺跡の全貌は見えない。
「ここがかつての王都、聖地か」
「はい。既にここ一部しか残っていませんが」
二千年前には、あの気持ち悪い結界が張られた森などは無く、ここら一帯が全て石造りの巨大な建造物で埋め尽くされていたらしい。だがかの聖戦でその全てが崩壊し、地下に造られている秘密部屋への入り口部がかろうじて残ったそうだ。
それから長い時が流れ、周囲が木々で覆われ今のようになったということか。
「この先には大切な物がありますから」
「大切なもの?」
「はい。我が王が正統な者になるために必要な物です」
リリアスは右手に黒刃の剣を一本具現化させると、覆い茂っている雑草類にむけて 無造作に薙ぎ払った。剣先から斬撃が放出され、進行方向に生えている雑草を同じ高さに斬り揃えていく。先ほどまで俺の背丈に迫る巨大な多くの雑草が道を塞いでいたが、一瞬にして薙ぎ払われ道が出来てしまった。
彼女は黒剣を消失させると、俺の右腕を引きながら出来上がったばかりの道を歩いて進み出す。
道の向こうには何かが薄緑色に煌めいていた。それは俺も使ったことがある魔術、防護系統の結界だった。薄緑色の結界で身を守っていたのは先に到着していたらしいアリアークだった。
結界を解除したアリアークはリリアスにやや怒り気味な表情を向ける。
「あ、危なかったわよ!いきなり何てことしてくれんのよ!」
「気が付きませんでした。そもそもそこにいたあなたが悪いのです」
「あんた気づいててやったでしょうが!」
リリアスとアリアークの口喧嘩が再び始まる。再会してからずっとこうだ。
言うには、先ほどリリアスが草を刈るために放った斬撃がアリアークに向けて殺到したらしい。姫同士では、例え遠くに離れていてもお互いの居場所が感覚的に分かるらしいので、この距離で気づかないはずはない。
つまり当てるつもりで斬撃を放ったとアリアークが主張しているわけだ。対するリリアスは冷たい無表情で受け流している。この二人の仲はいつ良くなるのだろうか。
「入り口あったわよ」
「ボロボロですが、無事なようですね」
アリアークの足元には巨大な正方形の石が埋め込まれていて、そこには呪文のような模様が描かれていた。暗号のようでこの世界の言語ではないような、不思議な文字がびっしりと絵の隙間に彫られている。
何故かこの埋まっている石の周囲には雑草が一本も生えていない。
「これが入り口?ただ絵が描かれた石が埋まってるようにしか見えないぞ」
「姫にしか開けられない特殊な扉です」
「開けるからちょっと下がってて」
言う通りに俺が数歩後ろに下がると、リリアスとアリアークの二人はその場にしゃがみ込み、地面に埋め込まれている石に手を触れる。
俺はあまりの眩さに顔をしかめ腕で顔を覆った。リリアスとアリアークが触れた部分から放射所にいくつもの赤いラインが伸びていく。赤いラインは徐々にその幅を大きくしていき、やがて石そのものが発光し始めた。
直後、光りが爆発した。視界の全てが光りで覆われ目もまともに開けていられない。光りはすぐに消えた。軽く目を押さえながら二人の方を見ると、二人はしゃがんだ体勢のままでいた。触れていた地面に埋め込まれていた巨大な石がどこかに消え、代わりに暗い地下への階段が出現していた。
「この下です」
「さっさと行くわよ」
アリアークが先頭に立って階段を下り始める。
階段は一直線に下へと続いていた。近づくと自動的に点灯する小さなランプが壁にいくつも吊り下げられていて弱々しく暗闇を照らし、暗い階段の先が下に延々と続いている。どこからか風が吹き、狭い階段路の中を抜けていく。
十分ほど階段を下り続けただろうか。いまだ下に到着するようには見えない。
「なあ、どこまで下りれば到着するんだ?」
「心配しなくてもあと五分ぐらいで着くわよ」
アリアークが言った通り、五分ほどで階段を下りきった。そこには広大な空間が広がっていた。地面から何本も突き出す巨大な水晶の柱が発光して内部を照らしている。おそらくこの広い空間はまだ通路の一部だろう。左右の壁際に、片膝をついて頭を垂れた姿勢で規則正しく泥人形が鎮座していた。
左右合わせて合計二十体くらいはいるだろうか。これ全部が同時に動き出して攻撃し来たら厄介だ。
「この先です」
「長いな!」
思わず叫んでしまった。声が反響し、うるさく帰ってくる。ここはまさかのまだ入り口らしい。この先どれだけ長いんだ。
左右に鎮座している泥人形が気になって仕方がない。なんだかさっきから嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「まさかとは思うが、これ全部動きだしたりしないよな」
「残念ながらそのまさかです」
「さっさと終わらせるわよ」
二人はいつの間にか腰を低く落として臨戦態勢を取っていた。
俺もそれにならって腰の高周波刀に手を伸ばしたまさにその時、鈍い音をたてて左右に鎮座していた全長五メートルほどの泥人形達がゆっくりと動き始めた。
「おいおい、嘘だろ・・・・」
◆◇◆◇◆
泥人形の身体の主な素材は土と鉄片などで構成されているが、この二十体の泥人形は白銀に輝くプラチナメイルを全身に装着していた。頭部に付けられている竜を模した形のバイザーの奥からは禍々しい赤い光が漏れている。太い腕には棍棒や放電する棒は付いておらず、代わりに水晶のように青白く透き通った片刃曲剣が装備されている。
今までに見たことのない種類の泥人形だ。いや、これはもう泥人形ではなく屈強な体躯を持つ巨人に見える。さすがは旧王都の地下施設と言ったところか。
「この泥人形、今までの奴と同様頭を潰せばいいのか?」
「はい。再生能力が高いですが」
「呑気に話してる暇なんてないわよ」
すぐ近くにいた泥人形の一体が雄叫びのような咆哮を上げてファルシオンを振り下ろす。透き通り、僅かに発光している水晶のようなファルシオンは地面を穿ち、刃が半分ほど地面に突き刺さってしまっていた。凄まじい衝撃波を周囲に放ち、俺のバランスを崩す。
泥人形は地面に刺さった剣の柄を握り直すと、苦もないような表情でファルシオンを引き抜き、俺達に向かって振り回す。さすが泥人形、とんでもない馬鹿力だな。
「これでもくらえ!」
腰のポーチから火薬の入った小さな円筒、起爆弾を取り出して泥人形の頭へと投げつける。いままでの泥人形ならばこれである程度のダメージを与えることが出来るはずだった。だがやはりというべきか、こいつは違う。
奴は俺が投げつけた起爆弾を正確にとらえ、ファルシオンの腹で打ち返してきた。
カキンッ!
「うそだろっ!!」
「我が王!」
「ユリアン!」
ズズン・・・・・
打ち返された起爆弾はリリアスとアリアークが急展開してくれた防護壁によって防がれた。この泥人形、知能もあるのか。作戦を考える必要があるな。だが二十体の泥人形は考える暇も与えてくれないようで、立て続けにファルシオンが振り下ろされる。
周囲を見渡しても役に立ちそうなものどころか、石ころ一つも落ちていない。
「我が王、私をお使い下さい」
リリアスの身体が眩く輝き初め、形を崩して美しいフォルムを持つ長剣へと変化する。全ての光を閉ざす漆黒の刃を持つ長剣。この感じ、久しぶりだ。それほど長い間離れていたわけではないが、以前リリアスと共に戦ったことが遠い昔のことのように思える。
長剣へと姿を変えたリリアスから流れ込んでくる力を感じながら血を蹴った。泥人形は総合的に見て機動性が無い。スピードで上回れば勝てる。
四角に回り込みながら隙を狙う。さすがは普通の泥人形とは違うようで、反応速度が俺の予想よりもかなり早い。だが僅かにできた隙を見逃さない。魔力を帯びた長剣の切っ先が泥人形の胴へと吸い込まれていく。
ギャリイイイン・・・・
予想しなかったことが起こり目を見張る。
魔力を乗せて振るった長剣の切っ先は確かに泥人形の胴にヒットした。だが白銀のプラチナメイルに小さな傷を付けただけで弾き返されてしまった。嘘だろう、リリアスの攻撃が弾かれるなんてどれだけ硬いんだ。
(魔術で特殊鍛錬された鎧です。一筋縄ではいきません)
「姫の攻撃でも難しいのか」
(対姫戦闘用に造られた物の一部ですから)
弾かれた衝撃で長剣を握っていた手に痺れが残る。普通の攻撃が通らないならば魔術を駆使して叩く必要があるな。両手で長剣を握り直し、振り下ろされるファルシオンの軌道をなんとかずらす。普通の人間ならこんな重い一撃軌道をずらすことだけでも全身骨折すると思うぞ。
長剣に魔力が集束し始め、禍々しい黒き光が長剣の刀身を包み込む。
「せらあっ!!」
長剣を横薙ぎにはらい蓄積した魔力を解放する。剣先より黒き斬撃がいくつも放たれ、泥人形集団に襲いかかる。
激しい爆裂音と共にゴーレム達の胴に装備されているプラチナメイルに、横一線に焦げたような跡が付く。斬撃を受けきったゴーレム集団は少しの間反動で動けないようだ。破壊できたのは一番近くで斬撃を受けたゴーレムだけだ。胴を分断されて崩れ落ちたそいつは眩しい閃光を放ちながらその体を爆散させた。
「あぶねっ!」
長剣を前に突きだして半円状の防護壁を展開させ、飛び交う破片から見を守る。
他の泥人形達は片膝をついてファルシオンを地面に突き立て杖代わりにしてどうにか体勢を保っている。だがすぐに立ち直り、爆散した泥人形の破片を吸収して斬撃を胴に受けて欠損した部分を再生し始める。焦げたりひびが入ったりした部分が一瞬にして元通りになる。
低い雄叫びを上げながら再びファルシオンを構える。
泥人形の胴をいともたやすく切断する威力を持つあの斬撃を受け止めるとは、あの白銀の鎧、かなりの強度を持つ。それに泥人形の再生も厄介だ。
(ユリアン、頭上から放ちなさいよ)
「アリアークか」
こっちに来ていなかった数体の泥人形はアリアークが引き付けてくれていたらしい。白銀の鎧の所々に引っかき傷のようなものがいくつも付いている。
獣化して巨大な狼のような姿になった彼女が俺を背中に乗せて高くジャンプする。泥人形の頭上を遥かに超え、高い天井ぎりぎりまで飛んだ彼女は壁に勢いよく爪を突き立ててしがみついた。
確かにここなら奴らの攻撃は届かない。多少なり安心して攻撃できる。だが、アリアークはいつまでしがみついていられるんだろうか。彼女の背中に乗っている俺の体勢も少しばかり辛い。
(さすがは獣。野蛮ですね)
(う、うっさいわね。あんただってろくに倒せてないじゃない)
(あの鎧が硬いんです。普通ならあれで終わりでした)
(口だけならどうとでも言えるわよ)
二人の口喧嘩が再び始まった。いくら敵の攻撃が届かない位置にいると言っても戦闘中なので少しは緊張感を持ってほしい。思わずため息をつく。そういえばアリアークの歌であいつらの動きを止められないだろうか。ヴァイレント火山の時、歌で泥人形の動きを止めていたはずだ。
「ほら、二人とも喧嘩するな。それよりもアリアーク。歌であいつらの動き止められないか?」
(ここは音が反響するからあんたまで巻き添え受けるわよ)
アリアークの歌は使えないか。ならここからチクチクと攻撃していくしかない。長剣に再び魔力を集束し始める。
下では泥人形が雄叫びを上げながら壁際にわらわらと集まって来ていた。水晶のような輝きを放つファルシオンを振り回し、壁を叩きつけて振動を与えている奴もいる。早めになんとかしなければ壁から落ちてしまう。
「ほんと、面倒くさいな」
ぽろっと本音が漏れてしまった。
読んでいただきありがとうございます。
忙しくて投稿が遅れてしまいました。
ご迷惑おかけします。
これからも私の作品をよろしくお願いします。