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044-聖域

 俺は懐かしきその名を呼ぶ。

 長き眠りの末衰えてしまった力を回復するために俺の下を離れた彼女が今再び俺の前に降り立った。漆黒のドレスの胸元を結ぶ白いリボンが強調されている。




「リリアス」


「我が王。ご無事で何よりです」




 白竜の上から俺に向かって優しくほほ笑みかけ、すぐに視線を周囲の賊達に向ける。研ぎたての刃物のように鋭く冷やかな視線を向けられた賊達は愕然として口を開け、じりじりと後ずさる。徐々に彼らの顔に張り付いた驚愕が恐怖へと変化していく。


 白竜が空高く咆哮した。その口からは淡い青白いブレスが漏れ出ている。




「ひっ・・・・!」


「う、うわあああああ!!」




 伝説上の最強の生物、竜を前に彼らは悲鳴を上げて逃げ出し始める。手に持つ武器を投げ出し、急いで鎧を脱ぎ捨て身軽になって走り出す。先ほどまでのしぶとさはどこへ行ったのか、泣き叫び悲鳴を上げて転がるように必死で逃走する。

 後に取り残されたのはカブラとケルビンだけだった。




「あ、ああ・・・・・」


「・・・・・」




 腰を抜かしてその場にへたり込んだケルビンが言葉にならない声を漏らす。さすがのカブラも足を震わせ、細い目をいっぱいに開いている。二人とも口を開けたり閉めたりを繰り返している。


 人間よりも長い時を生きることができるエルフでもさすがに竜と出会ったことがある者はほとんどいないだろう。見たことがあるとしてもこんなに間近で、しかも今にも攻撃されそうになっている状況など無いだろう。




「我が王の敵は誰であろうと私が倒します」




 白竜の背中から降り立ったリリアスの手には細く、長い黒剣が握られていた。二人にゆっくりと歩み寄り、剣先を頭上に持ち上げる




「お、おい!待て、殺すな」




 剣を振り降ろそうとしていたリリアスを慌てて制止する。さすがに切り捨てるのはしのびない。剣先がケルビンの頭上数センチ上で停止する。後少し俺の制止が遅れていれば今頃ケルビンは真っ二つになっていたことだろう。

 

 なんとか危機を回避したケルビンは全身から力が抜け、ぐったりとそのまま後ろに転がってしまった。どうやら気絶してしまったようだ。両眼を見開いたまま空を仰いでいる。

 リリアスは顔だけこちらに向けて不思議そうな顔をしている。




「何故止めたのですか?我が王に害なすものは排除しなければ」


「それはいいから。とにかく無駄な血を流すな」


「・・・御意に」




 納得はしていないようだがリリアスは軽く頷いて剣を仕舞い、呆然と立ち尽くしているカブラに向かって手をかざす。そして魔術を発動させる。すると、カブラの身体が突然地面に叩きつけられた。彼の口から詰まったような声が発せられる。見えない何かに押さえつけられているようだ。


 常人の眼では確認することは出来ないが、リリアスやアリアークと契約している俺ならば見ることができる。カブラの上に重くのしかかっている大量の魔力の流れが。あれだけの量を上に乗せればさぞ重いことだろう。




「ただ、マナの圧力で押さえつけただけですから」


「ああ、それでいい」




 俺は刀を鞘に納め、地面に這いつくばる形で押さえつけられているカブラに歩み寄る。その表情は重く苦しそうに歪んでいる。無駄な殺しはしないためにここでこの二人を切り捨てるなんてことはしない。追いかけてこられると厄介だからせめて俺達が遠くへ行くまでの間、じっとしておいてほしい。


 カブラにのしかかるマナの量が増え、さらに加重される。そして耐えきれなくなった彼も遂に意識を手放した。最後に口を開き何かを言いかけたが、そのまま気を失ってしまった。さすがにここに転がしておくわけにもいかないので気絶した二人を木の影まで引っ張って行く。後で戻ってきた仲間に回収してもらえるだろう。




「ふう・・・・」




 二人を運び終わると俺は小さく息を吐いた。だが、安心してはいられない。いつこの二人の賊仲間が戻ってくるかわからない。今の内に移動しておかなければ。でもまあ竜の威嚇のせいで、恐怖に囚われてしばらくは戻ってこないだろう。


 それにしてもリリアスは今魔術を使ったが、大丈夫なのだろうか。




「なあ、リリアス。体はもう大丈夫なのか?」


「はい。全快とまでは行きませんが、十分動けます」


「そうか。なるべく無理するな・・・・」




 振り向いた俺の眼に飛び込んできたのは急接近してくるリリアスの顔。近いなんてものじゃない。互いの吐息の音が分かる数センチほどの距離だ。久しぶりの彼女の顔はさらに美しく、血色のよい頬を桜色に染め、どことなく嬉しそうな表情をしている。




「ああ我が王、どれだけお会いしたかったことか」




 リリアスはそう言うと眼を閉じて唇を俺の唇に重ね合わせる。俺の背中に両腕を回し、きつく抱きしめてくる。俺という存在を確かめるかのように、強く、深いキスだ。

 隣では顔を真っ赤にして、二本の尻尾をせわしなく揺らしているアリアークがいた。




「あ、な、何やってんのよ!さ、さっさとあたしのユリアン離れなさいよ!」




 俺とリリアスの間に手を入れ、無理矢理引きはがす。ああ、助かった。あまりにもリリアスが強くしめてくるせいで少し呼吸困難になっていた所だ。

 先ほどまで嬉しそうにしていたリリアスだが、アリアークを見ると唐突にその表情が消えた。あからさまなほど不機嫌そうな雰囲気を放出し始める。みると、アリアークも同じようなものだ。

 お互いに鋭い視線をぶつけ合う。




「一体どういうおつもりですか?」


「あんたがいない間ユリアンを守ってたのよ。悪い?」


「そうですか。ならば私が来ましたのであなたは不要です。お疲れ様でした。早々にもといた場所に帰ることをお勧めします」


「嫌よ。あたしにとって大切なユリアンを置いていくなんて出来る訳ないじゃない」




段々と二人を取り巻く周囲の温度が下がって行くような感じがする。二人共が放つ一言一言が冷たく鋭い。触れば一瞬で凍りついてしまいそうな氷塊のようだ。

俺は段々と緊張が増していくこの場にいるのがつらくなった。二人は互いに言い合いこちらには見向きもしない。




「そもそもなぜあなたが我が王に」


「あなたが不甲斐ないからでしょ。その点、あたしは魔力も体力も十分あるしあなたよりは有能だと思うけど?」




 言葉を詰まらせたリリアスがやっとこちらを見る。その瞳は僅か怒りを含んでいる様にも見える。彼女は俺のもとへ駆け寄ってくると上目遣いで聞いてくる。顔は笑っているが眼が笑っていない。




「我が王、お尋ねします。あなたには私と言う者がありながら何故あのようなガサツな女となど」


「ひ、人の性格なんてほっときなさいよ!」


「あなたは黙っていて下さい」




 俺は言葉に詰まった。アリアークには助けてもらった時の成り行きで契約を結んだ。どう説明すればいいのだろうか。




「いいです。我が王の脳に直接聞きます」


「は?」




 突然リリアスが俺の頭に向かって手を伸ばした。その手からは淡いブルーの光が放たれている。魔術で強制的に記憶を読み取る気だ。寸でのところで後ろに下がりその手を避ける。




「何故避けるのですか?おとなしく記憶を読まれて下さい」


「おい、リリアス!眼が座ってるぞ」


「気のせいです。ふふふ」


「あんた冷静になりなさいよ」


「黙って下さい。この発情動物」


「なんですってぇ!!」


「おい!二人ともやめ・・・」


チュド―――ン  バキバキゴリ ズシャアアア




 俺はリリアスの手から逃れるために必死で逃走した。

 彼女が魔術を駆使して俺を捕獲しようとした時は本当に驚いた。あまりにも必死な彼女を見て、リリアスってああいう表情もするんだなあと思ってしまった。


 攻撃系魔術の余波が、気絶しているエルフ兄弟に当たらなくてよかったと本当に思う。





















   ◆◇◆◇◆

















 俺達は今、アリアークの黒竜に乗って空を飛行している。リリアスがどうしても俺を白竜に乗せたがっていたが、遠くから長い間飛び続けていた白竜は息を荒げてもう人を乗せて運ぶことが出来なかったために黒竜に乗ることになった。


 リリアスとアリアークは、最初は不機嫌そうな顔で黙っていたが次第に小言を言い始め、そして再び喧嘩を始めた。黒竜の上なのでさすがに魔術を使うわけにもいかないため、俺をはさんで左右でぎゃあぎゃあと口喧嘩をしている。




「あ、あんたちょっとは黙りなさいよ!」


「嫌です」


「リリアス、少し静かにしてくれるか?」


「分かりました」


「何この差。この差別女!」


「どうぞお好きに呼んで下さい。私にとって我が王が全てですから」




 リリアスは俺の右腕に抱き着く。それを見たアリアークが、顔を赤くしながら左腕に抱き着く。俺の右腕に頬ずりをしているリリアスに比べて、アリアークの尻尾は楽しそうに左右に揺れているがものすごく恥ずかしそうだ。


 両腕に抱き着かれて動きづらい。あくまでもここは大空を飛んでいる竜の背中だ。少しでもバランスを崩せば落ちてしまう。非常に危険だ。高所からのダイブなんて緊急時以外は経験したくないものだ。


 左右の二人の討論を聞きながら俺は小さくため息をついた。これからの旅がうるさくなりそうだ。






それからしばらくもせずに、俺達を乗せた黒竜が徐々に高度を下げて行った。見ると、周囲をステルス飛行していた飛竜達が一斉に魔術を解除して地上へと降下していた。




「そろそろ目的地よ」


「ここからはいかなる者においても空を通過することは許されません」




 どういうことだろうか。ここからは飛行で通行できないということは何らかの力が働いているということか?上空から見る限りでは何かが飛び出してきそうな気配はない。木々が少ない開けた場所に俺達を無事に降ろした黒竜や他の飛竜達は、翼を休めるようにそれぞれが地面に寝そべり始めた。

俺達の眼の前に広がっているのは、奇怪な生態系を有した不気味な植物が咲き乱れるジャングルと言うべき森だ。


かつての二千年前に王都として栄えていた旧文明の遺跡がこの先にあり、その遺跡の周囲に張り巡らされた防御魔術結界がいまだ健在で、それによって竜やその他の原生生物、鬼、さらには人間までも寄せ付けないらしい。森の中に入ることはできるが遺跡には辿りつけないようにする幻惑の魔術もかかっているそうだ。




「ここからは歩きです。私から離れないようにして下さい」


「あたし達がいないと永久に辿り着けないわよ」




 俺の右腕にあらん限りの力で抱き着いている状態でどうやって離れることが出来ようか。腕を斬り飛ばすことでもしないと絶対離れられないぞ。さすがにアリアークは羞恥心が勝ったのか、俺の左腕を離してすぐ傍に立っている。リリアスが右腕に抱き着いたままの状態で俺達はジャングルのような森の中へ足を踏み入れた。


 森の中に入った時、空気が重くなったような感じがした。全身が重く、一歩を踏み出すのがつらい。鉛の靴を履いているようだ。




「すみません。魔術で移動できればよいのですが、生憎ここでは魔術の使用は禁止されていますので」


「禁止?誰が?」


「昔のあたし達の王よ。二千年前は世界の各地でいろんな決まりごとがあったんだから」




 昔のことだと言ってもそれを守らなければならない制約が彼女たちに存在する。いくら今の王が俺であっても、初代の王の言動に勝てるわけがない。

だが俺にはこの世界から戦争を無くすという決意がある。そのために各地を歩き回り何年も旅を続けてきた。かつて魔術が栄えていた旧文明の遺産のどこかに、戦争を無くすための力を秘めた道具が存在すると信じて。


旧文明の遺産に大いなる希望を抱き、俺は重い足を動かした。



















   ◆◇◆◇◆



















 森の中は太陽の日差しが届かず、ランプの明かりを頼りに進まなければならないほど暗かった。しかも暗いだけでなく、薄い霧のような白いもやもやが立ち込めていて視界がもう最悪だ。さすが侵入者を寄せ付けない結界だな。一メートル先さえもまともに見ることが出来ない。

俺の右腕を引いて歩いているリリアスだけが頼りだ。ふと左に顔を向けると、先ほどまでいたはずのアリアークが消えていた。




「あれ、アリアークは?」


「・・・・はぐれたようですね。ですが、彼女も姫なので道に迷う心配はないかと」




 姫はこの結界の中にいても自然と体が目的地へと向かうらしい。見えない何かに導かれるように。だから彼女たち姫に目的地の明確な位置を聞いても分からないそうだ。


 足に引っ掛かる石や木の根っこをなんとか回避しながら歩く。暗くてどれだけ歩いたのかも分からない。灯油ランプに残っている油の量も気になる。使っているのが質のいい純度の高い高級品の油ではなく、質の悪い純度の低い安い油なので辺りを照らす力も弱いし点灯時間も短い。これが消える前に辿り着けばいいが。




「そろそろです。少々気持ち悪いかもしれませんが、我慢して下さい」




 突然、呼吸が苦しくなった。この森に入った時から感じていた重い空気など比にならない。粘土の高い液体の中に足を踏み入れたような感じだ。周囲の風景は先ほどから何も変わっていないが、体に何かがまとわりついてくるようで非常に動きづらい。

 この気持ち悪い区域の中でもリリアスは進む速度を緩めることなく、俺の腕を引いて行く。通常の人間ならここで色々と吐いてもおかしくない。それほど気持ち悪い。


 進むにつれて空気の粘土性が増してくる。もう泥の中を進んでいるかのようだ。




「うげ・・・ぐ・・・・」




 遂に耐えきれなくなって体を折る。我慢できない。体の細胞の至る所が拒否反応を示している。これ以上先に進めば、絶対に壊れる。俺と言う存在が。


 だが俺は足を止めなかった。俺と言う存在が消えても、世界に平和が訪れるなら。来るべき戦いを回避するための力がこの先にあるなら。歯を食いしばって必死に足を動かす。


 リリアスに右腕を引っ張られる形で俺は森を抜けた。気持ち悪い区域を抜けたことに安心感を覚え、その場に膝をついた。




「があっ、はああっ・・・・うええ・・・」




 思わず嘔吐しそうになるが寸前で押さえる。

 森を抜けた場所は、空から眩しいほどの太陽の光が注がれ、霧も発生していない広い場所だった。巨大な石や積み重ねられた何かがいくつも転がっている。




「・・・ここは」


「ここがかつての王都、旧文明の聖域です」






読んでいただきありがとうございます。

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