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041-月夜の山賊団

 歌を広めながら世界を旅しているという双子のエルフ。ほのぼのとした雰囲気とのんびりした口調の兄、カブラ。やたら人の心配をしてくる妹、ケルビン。


 俺達はこのクラン兄弟二人と共に、渓谷沿いに北を目指して歩いていた。




「ユリアンさん、好みの女性のタイプとか教えてもらっていいですか?」




 先ほどからケルビンが何かと質問してくる。どこから来たのだとか何故旅をするようになったとか、どうでもいいことから俺達の旅の重要な部分を聞いてくる。大半は軽く流しているが、このしつこさは何だ?俺達から情報を引き出そうとしている様にも見える。


 アリアークはもう一言もしゃべっていない。完全に明後日の方向を向き、全てを俺に任せている。




「こらこら~、あんまりしつこいのはいけないと思うなあ~。ほどほどに~」




 ずっと黙って俺達の話を聞いていたカブラがケルビンの口を止めさせる。




「ごめんね~、この子は昔から好奇心旺盛でねえ、過剰なほどに質問を繰り返すんだよ~、悪気は無いから許してあげてねえ~」


「すみません。しつこすぎたですぅ」




 ケルビンが小さく頭を下げて謝罪する。




「前なんてね、中年のおじさんに卑猥な質問をしたせいでさあ~、危うくベッドに連れ込まれかけたんだよ~」


「カブラ兄様!余計な事は言わないでほしいですぅ」




 顔を赤くして兄に抗議する。過去の汚点をぶちまける兄の口を塞ごうと手を振りますが、カブラはけらけらと笑いながらそれを軽く避け、楽しそうに話し続ける。




「この前なんてねえ、・・・」


「兄様!」




 二人のやり取りを見ていた俺はふと、シグマとミューを思い出す。あの二人もなんだかんかんだ言いながら仲の良い兄弟だ。


 やや過去の思い出に浸っていると、突然リリアスが頭に話しかけてきた。




(この二人、何か変な感じがするわよ)


(それは俺も感じてる。だけど特におかしな行動は無い)




 俺の左手は腰の刀に添えられている。表情では笑顔を作っているが、常に警戒をしている。相手の目的が分からい以上、下手な手出しは出来ない。


 旅の道中で出会った者は基本信用しない方がいい。この世界では旅人は皆生きるか死ぬかの瀬戸際を歩いている。いつ山賊や遭難事故に合って命を落とすか分からない。皆生きることに必死なのだ。他人を気にしている余裕などない。

 突然見知らぬ輩が近づいてきたとすると、それは大体70パーセントが下心か、何か目的がある下衆な輩だ。偶然出会った者と共に道を急いでいると、突然その者が武器を取り出して金目の物を強奪すると言う事件もあった。


 別に出会う者が全てそういった輩であるわけではない。だが旅の道中で気を抜くとそれは死に直結する。




(ま、注意を怠らないことね)


(ああ分かってる)




 気がつくと空は燃えるような赤い夕日に染まっていた。

 そよ風が優しく吹き抜け、夕日に向かって飛んでいく鳥達の影でもうすぐ日が暮れることが分かる。




「そろそろ日が暮れる。どこかで野営できる場所を探さないと」


「それなら、ここから少し進んだ先に大きな木が見えるよ~」




 カブラがその細い目で遥か前方を見ていた。確かに俺にもおぼろげに高い影が確認できるのだが、さすがにそれが何のかは分からない。遥かな遠くまで見渡せるエルフの視力は驚嘆に値する。

 アリアークが一瞬顔をしかめたように見えた。何か感じたのだろうか。

 他に落ちつけるような場所は無さそうなのでひとまず俺達は大きな木のもとへと向かった。

















   ◆◇◆◇◆
















 巨大な樹木の下に到着したのは、日が暮れて辺りが完全な暗闇に包まれた後だった。

 俺達の視界を照らすのは一体の妖精。妖精と会話が出来るケルビンが呼び出した小さな光りの妖精がふよふよと飛び回っていて非常に明るい。


 木の種類は分からないが、幹の直径が約七メートル、てっぺんまでの高さはおおよそ七十メートルを越えると思われるとてつもない巨木だ。この巨木は丘のような少し高い位置に生えていて、何故か周囲に他の木々が見られない。何もない場所にこの一本だけが空高くそびえ立っている。

 ここなら楽に周囲を見渡すことができる。何者かが近づいてきたとしてもすぐに発見することが出来るだろう。




「それじゃあ、今日はここで休もうか~」


「火を用意しますです」




 ケルビンが今度は風の妖精を呼び出し、風で小枝をかき集め、次に火の妖精を呼び出してあっというまに焚火を作ってしまった。妖精の力と言うものは本当に便利なものだな。

 妖精の宝である聖剣を持つ俺にも妖精に対して何か指示を出すことは出来ると思うが、扱い方が分からないのでやむなくあきらめる。いつか聖剣の力を自在に操ることが出来るようになれば自然と妖精と対話出来るようになると思う。


 明るいオレンジ色の温かい光りが辺りを照らし、緊張していた精神を解きほぐす。 


 カブラとケルビンは何やら鞄をあさって何かを取り出している。あれは旅人が非常食とし常に携帯している、穀物を乾燥させて固めたものだ。味はほとんどしないし腹もふくれないが、栄養価が高いためのとても重宝される。俺達の食事も似たようなものだ。荷物のほとんどを飛竜の鞍に積んでいるために、たいしたものは持ち合わせていない。




「はあ、カブラ兄様。今日も生き残れましたです~」


「そうだねえ~」




 安堵のため息をついている。

 旅をする者にとっては毎日が生きるための戦いだ。いつ命を落とすかもわからない危険な旅の中、食事の時ぐらい落ち着くぐらいは構わないだろう。いつも緊張して気を張っていれば疲れてしまう。



 食事を終えた俺は体を休めるために腰を下ろし、巨木にもたれかかる。同じくして終えたアリアークがすぐ隣に座り、俺の左肩にぽすっと頭を預けてくる。なめらかな髪を撫でてやると、耳がぴこぴこと動く。


 俺達の行動を見ていたケルビンが疑問の表情を浮かべている。




「お二人はどういった関係なのです?」




 一瞬返答に困った。まさか馬鹿正直に本当のことを話すわけにもいかない。いきなり竜王や姫とか言われたって混乱するだけだ。

 どうやってこの現状を切り抜けようかと考える。ただの旅仲間と言うには少しおかしい。一人で葛藤している俺をよそに、アリアークが返答する。




「あたし達は夫婦よ」


「ぶはっ!」




 とんでもないその返答に思わず吹き出してしまった。一体何を言い出すのかと思えば、とんでもない爆弾を吐き出してくれた。

 その答えを聞いたケルビンがやや頬を赤く染めている。




(ちょっ、お前、いきなり何を)


(あたしは全てをあんたに捧げてるんだからたいして変わらないでしょ。それにこう言った方が手っ取り早いわ)


(俺はどうなっても知らん)


(どうかなる時は多分一緒ね)




 するとアリアークは俺の顔を両の手で優しく包みゆっくりと顔を近づける。俺の唇に彼女の唇が重ねられる。突然のことと、柔らかい感触に眼を白黒させる。人前で一体何をしているんだ。


アリアークは唇を重ねるだけにとどまらず、あろうことか舌を差し入れてくる。生温かい彼女の舌が俺の口の中を蹂躙する。俺の頭の中はもう色々と大変でカオス状態だ。いろいろとやばい。

 どうにか彼女の肩を掴んで引き離すと、俺とアリアークの唇を繋ぐように唾液の線が薄く伸びる。顔を赤くしながら、やや不満がにじみ出たような表情の彼女の顔が見えた。


 隣でこの光景を見ていたケルビンが、煙が上がりそうなほどに顔を赤くしてぱくぱくと口を開閉しながら言葉にならない声を発していた。




「はいはい、二人の邪魔しちゃだめだよぉ~」




 この雰囲気を読んだらしいカブラがひょっこりと顔を出し、いまだ何かを呟いているケルビンの服を掴んで向こうへ連れて行った。




「見張りは僕がやるからゆっくり休みなよお~」




 二人になった瞬間俺は大きな息を吐いた。隣ではうなじまで真っ赤に染まったアリアークが逸る心を抑えるように手で胸を押さえていた。




「・・・・そんなに恥ずかしかったんならやるなよ」


「う、うっさいわね。これで逃げられたんだから感謝しなさいよ」




 キッと睨まれ、俺はもう一度ため息をついた。

 確かに彼女のおかげでさっきの状況を回避することはできたが、同時に新たな問題が発生してしまった。

 この問題を引き起こした当の本人はぷいっと向こうを向いてしまった。


 まあ見張りはあいつがやってくれらしいし、俺達はやすませてもらう事にしよう。もちろん警戒を怠るつもりもないのでほとんど仮眠するに等しい。腰の刀に手を当て、眼をつぶる。


















   ◆◇◆◇◆
















 俺はアリアークの悲鳴のような声で飛び起きた。どうやら俺が寝ていたのはほんの数分のことだったらしい。眼をつぶった時から月の位置がさほど変化していない。

 思わず手を添えている腰の刀を抜きそうになるが、眼の前の光景を見て動きが止まった。ケルビンが獲物を狙うかのような鋭い目で、両手をわきわきと動かしながらアリアークに迫っていた。




「ほんのちょっとでいいですから、ふふ」


「い、嫌よ!近寄らないで!」




 俺の周りで二人が何かをしている。

 カブラにこの現状を説明してもらうと、ケルビンは極度の獣人好きなんだそうだ。手触りのいい耳や尻尾を撫でるのが趣味なんだとか。


 寝ているアリアークの耳や尻尾をこっそり触ろうとしたが気づかれてしまい、こうして無理矢理触ろうと迫っているわけだ。人が寝ているというのに随分と迷惑なものだ。あのまじめそうに見えたケルビンの印象が崩れ去った時だった。アリアークを追い詰めている彼女の顔は一言言って恐かった。


 アリアークが助けを求めてくる。




「ちょっと!見てないで助けなさいよ!」


「ちょっとくらいいいだろ?」


「あんた以外嫌よ!」


「ふふふふ、おとなしく触られるです!」




 ケルビンが手を伸ばそうとした時、俺とアリアークは同時に頭を上げた。そして北西の方角をじっと見つめる。月明りに照らされてはいるが漆黒の暗闇が広がっていて、肉眼ではほとんど見えないが、感じる。

 ケルビンとカブラが不思議そうに俺達を見ている。




「どうしたの~?何かあったのかい~」




 何者かが近づいてくるのを感じたのだ。数は六人。おそらく旅人を襲撃して金目の物を奪う山賊の類だと思われる。善良な旅人ならばこちらの様子をうかがいながらゆっくりと近づいてくることなんてしない。

 少し動いてはこちらの様子を探り、少し動いては止まるという動作を繰り返しながら徐々に近づいてくる。刀を抜くことを考えるが、視界の悪い夜間の戦闘はなるべく避けたい。




「すぐそこまで山賊らしき輩が来ている。荷物をまとめろ」


「さ、山賊ですか!?」


「・・・・ふうん、急がないとねえ~」




 俺とアリアークは荷物が少ないためにすぐ動けるように準備が整ったが、こういった危険な状況に慣れていないのか、カブラとケルビンはのたのたと荷物をまとめ始める。この遅さなら山賊から逃げることは出来ないだろう。

 カブラに至ってはその口調と同様の遅さだ。本当に逃げる気があるのかと生に疑いを感じるほどだ。


 瞬時に逃げることを頭の中から排除し、アリアークの方へ視線を向ける。彼女は少し高い位置に立ち、暗闇をじっと見つめていた。その双眸は鮮やかな紅色に染まっている。完全に戦闘モードだ。彼女の身体から自然と魔力がにじみ出る。


 彼女なら山賊を塵も残らないほどに粉砕してのけることは軽くやりそうだ。




「・・・アリアーク、殺すなよ」


「わかってるわよ」




 俺の了承を得たアリアークは星が瞬く夜空に視線を向けると、小さくゆっくりと息を吸い込んだ。








読んでいただきありがとうございます。

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