040-エルフの旅人 ※イラスト有り
大きな狐のような姿になったアリアークが俺を背中に乗せ、風を切って走る。
聖剣の力のおかげで行く手を阻む障害物は無い。民衆が国王に道を開けるように、俺達が通ろうとするとそこに生えていた植物が一斉に左右に移動して道を作る。植物が移動すると言うのはとても不可思議な光景だ。
(これなら予定より1日ほど早く目的地に着けると思うわ)
無駄に覆い茂った巨大な植物や木の枝からぶら下がっているツル、地面から出ている木の根っこ等が無いため、ほとんど一直線に進んでいる。
当初の予定では、かつての王都があった場所まで歩くと最低でも三日は掛かるはずだった。だが森を一直線に通り抜けるという奇想天外な事をしているために予定より早く目的地まで着くそうだ。
しかしジャングルのようなこの森をこうも一直線に進んでいると、どうも不思議な気分になる。
「なあアリアーク。俺はもう感じないが、あれはちゃんと付いて来れてるか?」
(・・・・・付いてきてるわよ)
むすっとしたような声で返事をする。
俺達を監視している暗部の奴がどうなっているのか気になった。アリアークが飛ばしまくるせいで俺は完全に気配を見失ってしまった。アリアークが言うには、遥か後方でその気配を感じるらしい。どうにか付いてきてはいるらしい。ご苦労様だ。
あと少しでこの広い森を抜けるはずだ。
アリアークはさらに加速する。そのおかげでバランスを崩して危うく転倒するところだった。激しい風がとても痛い。まともに眼も開けていられない。
突然アリアークが走る足にブレーキをかけて走る方向を変えた。
(森を出たわよ、て、ちょっとおっ!!)
「っわ!!」
吹き付ける風が痛くて眼をつぶっていたため、アリアークの声で森を出たことを知る。危険な森を抜けたことに安堵したのか、途端にアリアークの背中を掴んでいた腕の力が抜けてアリアークの背中から吹っ飛ばされた。それはもう軽く、まるで砲台から撃ち出された弾のように、慣性の法則に従ってピューンと飛んでいく。気持ち悪いほどの浮遊感を感じる。
視界が空と大地を何度もぐるぐると変わる。
「どわあっ!!」
回転するなかで確認できたのは地面にぱっくりと開いた渓谷。どうやら森を抜けてすぐは渓谷があったらしい。遥か下には大きな川がごうごうと流れている。
ここから落ちたらさぞ痛いだろうなあ。頭の中でそんな事を考えながら飛ばされる。このまま向こう岸まで跳べ、と思ったがどうやら飛距離はそこまで出なかったらしく、俺の身体は綺麗な放物線を描き対岸の絶壁に向かって顔面から飛んでいく。
確実に死ぬ。
飛翔中に俺は対岸に誰かがいるのが見えた。よくわからないが、二人いる。俺の回転しながら飛んでいる滑稽な姿を見て笑っているのだろうか。
「お願いシルフ」
女性の声が聞こえた。あの二人のどちらかだろうか。途端に俺の周囲に風が巻き起こったかと思うと、俺の体が重力を失ったかのようにふわりと浮いた。そして俺の身体をゆっくりと向こう岸まで運んでくれる。
地面に下ろされた俺は一瞬何が起きたのか分からなかった。勢い余って飛ばされてしまい、渓谷に落ちようとしていたところだ。それがなぜか突然吹き付けた風によって助けられた。一体どういうことだ?
「だ、大丈夫ですか?」
呆けていると、すっと手を差し伸べられた。
見上げると、長い髪を後ろで結い上げた少女が心配そうな顔で覗き込んできていた。その後ろには同じ黄緑色の髪をした男性が立っている。さっき見えたあの二人だろう。
見た目だけでいえば年代は俺とそう変わらないぐらいの少女だ。黄緑色の髪に黄緑色の瞳、整った顔立ちは人間とは思えないほど美しい。左右の耳が人間よりも細長く、いくつかの高価そうな宝石が付いたイヤリングが着けられている。灰色のローブに身を包んでいるが、女性特有の身体のラインが出ていて妙に艶めかしい。
「ええと、大丈夫ですか!怪我とか無いですか?あと、ええと・・・」
「ケルビン、心配し過ぎだよ~」
やたらと人の心配をしてくる少女だ。
少女の一歩後ろに下がった位置に立ちこちらを見てくるのは、ケルビンと呼ばれた少女と瓜二つの容姿をしている男だ。どこか狐を連想させる細い眼つきだが、少女と同じく人間ではないような美しさを持っている。
違うところと言えば、同じく長い髪を結わずに風にさらしているということぐらい。左右の耳は細長く、いくつかの高価そうなイヤリングが着いている。
おそらくこの二人は森の種族エルフだろう。エルフと言う種族は自分の生まれ育った森から出ることは無いため、北のシルミナス国に行かなければ滅多に見ることは出来ない。
まあ王室特務警護隊の隊長になっているファイとか言う奴もいたし、エルフが生まれた森から出てくるのは、今ではもう珍しいことでは無くなって来ているのかもしれない。
「あ、ありがとう・・・」
差し伸べられた手を取って立ち上がる。
あの突然吹き荒れた風のおかげで怪我は一つも負わなかった。あれは一体何だったのだろうか。頭の中で?マークを作り出していると突然風が吹き、俺の髪を優しく撫でた。その瞬間、薄緑色に発行した小さなものがふよふよと飛んでいた。よく見れば翅が生えた小さな人のようなものも見える。あれは確か、
「妖精?」
「え、あなた妖精が見えるのですか!?」
ケルビンという女性エルフが驚きの声を漏らす。
薄緑色に発光した妖精は少女の周りをくるくると回り出す。遊んでいるように見える。
「ああ、さっきのは妖精の力か」
「はい、この子は風を操るシルフという妖精です。あなたを助けるために風の力を貸してもらいました」
聞いた話によると、自然界を安定させる働きをする妖精と緑の恩寵を受けて全てのものと調和するエルフは昔から交流というものがあるらしい。お互いに支え合って繁栄している種族らしい。ゆえに、妖精種とエルフの間でしか知られていない特殊な力があるとか。
「まあとにかく助かった。改めて、ありがとう。俺はユリアン=フライヒラート。・・・世界を回って芸を披露している」
「いえいえ。あ、私はケルビン=クランと申します」
「僕はカブラ=クラン。僕達は歌を広めながら世界を回っているんだよ~」
なんとこの顔が瓜二つの二人、双子だったらしい。年代も俺と同じくらいと思っていたが、とんだ思い違いでかなりの年上だった。桁が二つほど違った。
歌を広めると言うことは、吟遊詩人か何かだろう。ぱっと見は楽器のようなものを持っている様には見えない。
(ちょっと!大丈夫!?)
対岸からアリアークが巨大ジャンプでこちら側に飛んできた。俺のすぐ隣に着地すると、いきなり姿を獣のから人間へと変えた。その顔は物凄く深刻な顔で、心配してくれているのが分かる。
だが、他の者がいるところでこんなにも簡単に姿を転換していいのだろうか。
聞いてみると、アリアークのような獣人種は皆姿を獣や何かに変えることができるそうだ。人前で姿を変えることは別におかしなことではないらしい。
「ええとそちらさん、は?」
「ああ、俺の連れのアリアークだ」
「獣人さんですよね。ほわあ、その毛並み綺麗です。容姿も抜群ですし、はあ、はあ」
アリアークは小さく会釈をしただけで、大した興味も持たずにこちらに向き直る。
対する向こうは、目を輝かせたケルビンがアリアークの尻尾や耳を見て荒い息を上げていた。なんかもう、最初に感じた印象とは何か違う。両手を何故かわきわきと動かしている様は何だか背筋がぞっとする。
何かに興奮しているケルビンに横で、カブラがのんびりとした口調でしゃべる。眼が細いせいもあるのだが、その表情は笑っているようで笑っていない微妙な感じがする。
「君はジェイド王国から来た者なのかな~?」
「あ、ああ。かつての王都があった場所まで観光に行こうと思ってな」
この二人は歌を広めながら世界を渡り歩き、今は生まれ故郷である森に帰る途中だそうだ。エルフは森を走ると馬以上のスピードが出るらしい。
俺達の予定は、このまま北上してかつての王都があった場所に行き、調査を行った後で北の国、シルミナス国に行こうと思う。
途中の道のりがどうであれ、この二人と向かう先は一緒だ。
「ええと、君はユリアンとか言ったかな~。もしよければさ~途中まで一緒に行かない?」
「?」
「ほらほら~、旅は道連れとかいうでしょ~。少数より人数が多い方が安全も増すしね~」
まあ彼の言っていることは正しいと思う。人数が多いほど野生の原生生物はあまり近寄ってこなくなるからだ。
だが、ついさっき出会ったばかりの相手と一緒に旅をするというのはいささか警戒心が足りないと思う。もし俺が旅人の荷物を狙う山賊だったとすると、この二人は格好の餌になるわけだ。
俺の考えていたことはアリアークにも伝わったようで、頭の中に声が響いてくる。
(一体どういうつもりでしょうね)
(さあな。一見すればただの旅人のようにも見えるけど・・・)
(見た目に騙されんじゃないわよ。・・・・まあとにかく、一緒に行くなら用心した方がいいわよ)
エルフは高潔だとも聞いたことがある。それが本当かどうかは分からないが、犯罪を犯すようには見えない。
だが、もしこの二人が襲いかかってきたらの、もしもの場合を想定しておく必要はあるだろう。まあ逃げるという選択肢しか考えていないのだが。
「かつての王都があった場所までだとは思うが、よろしく頼む」
「ええ、ホントですか!よろしくです!!」
「こちらこそよろしく頼むよ~。ここからならだいぶ道案内出来るとは思うよ~」
旅の一向に二人のエルフが加わることになった。
後にこの二人の隠れた性格を俺達は知るよしもなかった。
読んでいただきありがとうございます。