037-寝起き
火の消えた焚火の薪の匂いが俺の鼻孔を突く。物凄く焦げ臭い。
重いまぶたを持ち上げると突き刺すような日の光が目に飛び込み、思わず眼を閉じる
もう朝か。そう思いながら体を起こそうとすると、腹の上に何かがのっていて体を起こせない。手探りでそれに触れると、滑らかで柔らかい毛の感触が伝わってくる。
俺の腹の上に乗っているのは獣の姿になったアリアークだ。リリアスが長剣の姿に変わるように、アリアークは小さな茶色の毛並みをした狐のような姿に変わっている。
昨日、俺達は帝国の刺客から逃げるようにして飛竜で空を移動した。運よく見つけた森に囲まれた野原で睡眠を取った。周囲には何体もの飛竜が翼をたたみ、丸くなって眠っている。俺が今もたれているのも竜だ。
アリアークの毛並みはつややかでとても滑らかな手触りだ。思わず抱きしめたくなる。実は俺、こう見えてかなり動物好きである。どんな動物でもいいので飼ってみたいという欲望があるが旅を続ける中では世話は出来ない。
「・・・・ふえ、ああ、おはよう」
アリアークが起きたようだ。もぞもぞと体を伸ばして小さくあくびをする。その仕草がたまらなく可愛らしい。思わず抱きしめてしまう。
「え、ちょ!なに?」
短い手足をばたつかせる。その仕草がまたどうしようもなく可愛らしい。やばいな俺。
ぽんっ!と音をたててアリアークが獣の姿から人間の姿に変わる。すると先ほどまでの滑らかな毛並みだった手触りが、今度はふにふにとした感触に変わる。
「放しなさいよこの変態!」
顔を真っ赤に染めてあーだこーだと言ってくるが、二本の尻尾は嬉しそうにパタパタと左右に振られている。尻尾はとても正直だ。
俺は思わずアリアークを引き寄せて頬ずりをする。
「まあ、そんな事言うなよ。しばらくこのままで」
「あう・・・・ひゃうっ!・・・」
バタバタしていた手足が止まり、赤くした顔のままで俺の膝の上に座ってされるがままになっている。相変わらず尻尾は楽しそうに揺れている。
まず上にピンと立っている耳に触れてみる。アリアークの身体がビクリと動く。アリアークの耳は尻尾のふさふさに負けず劣らずふさふさしている。ペルシャとか言う種類の猫のような耳だ。
俺が耳を触っていると、アリアークの耳がペタンと伏せてしまう。それがまた可愛らしくて笑ってしまう。
「え、ちょいきなりなに笑ってんのよ」
「い、いや悪い悪い」
ようやく頭も眠っていた状態から覚醒し始めた。まだ触っていたかったが、朝食を取るために仕方なく彼女を解放する。
俺が撫でる手を離した瞬間、さっきまで嬉しそうに降られていた尻尾が元気なく下に垂れた。また後で撫でてやろうか。(主に自分が撫でたいだけだが)
ほとんど味のしない携帯用食料で朝食を終えた俺は立ち上がって体を伸ばす。腰がぼきぼきとえぐい音をたてる。今の時刻は大体午前七時くらいか。まだ朝靄が晴れきっていない。
「ねえ、ちょっと」
「んあ?」
いきなり後ろから肩を掴まれた。そしていきなり後ろを向かされる。
体の向きが九十度回転したと同時にアリアークが俺の左首筋を噛んだ。小さな痛みが走り、血が吸われていくのが分かる。彼女の吐息で首筋がとても熱い。
血を飲み終えたアリアークは、ごちそうさまと小さな声で言い俺から離れた。
「契約の対価よ。あんた何だかんだ言って今までくれなかったでしょ」
「ああ、そういやそうだったな」
いまさらながらに契約のことを思い出す。確か毎日少量ずつ血を貰わなければならないとか言っていたような気がする。そういえばアリアークには契約を交わした時にしか血を渡していない。結構な契約違反だ。
「悪いな。明日から気をつける」
「忘れないでよね」
そう言って彼女はそっぽを向いてしまう。
そういえばリリアスは今どうなっているのだろうか。今は尽きかけた魔力を生命維持装置の中で回復していると思うのだが。どうか無事であってほしい。
「なあ、アリアーク」
「なに?」
「剣は使えるか?」
アリアークは不思議な顔をする。
俺は上着を脱ぎ、腰のポーチなどの重い物を外して身軽になる。
「扱えるけど・・・・なにするつもり?」」
「ちょっと模擬戦を」
昨日の戦闘で俺はまだまだ未熟であることが嫌というほど分かった。剣術はほとんど適当だし、危険に陥ったらすぐに魔術やアリアークに頼ろうとする。このままではいけない事は分かっている。なら今できることをやろう。せめて剣術だけはまともにしたい。
「まあいいわよ。どうせ目的地までまだ距離があるようだし」
アリアークが身につけている鎧ドレスの一部が消え、動きやすそうな服に変わる。そして彼女の両手に突如として光る棒が出現し、徐々に形を変えていく。そして二本の剣が実体化される。
彼女は一本を俺に投げてよこす。この剣よく見れば刃引きがされている。金属製のいわゆる簡易用練習剣か。
俺達二人は少し距離を取って立つ。目覚めた数体の飛竜がその長い頭だけを持ち上げてこちらを見ている。
「じゃあ、いくわよ」
アリアークが勢いよく地面を蹴る。
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