036-刺客
緑が豊かすぎる自然の森を越えた少し開けた平地で、夕日の赤を反射する重いバスターソードが俺に迫る。右手に握った高周波刀でバスターソードの軌道をそらしながら徐々に後退する。相手が頭巾をかぶっているせいで、表情は読み取れないが激しい殺気を感じる。
「・・・・あんたらは何者だ?」
俺の問いに答える訳もなく、ただ剣が振り下ろされるだけだ。
周りには茶色のローブで身を包んだ兵士が四人いる。あとの二人はアリアークの方に向いている。
全員が馬に乗っているおかげで、俺達は頭上から攻撃を受けることになる。非常に戦いにくい。
しかも俺がチャンバラで覚えた適当な剣術に対し、奴らは全員機敏な動きで剣を繰り出してくる。どこかの英才教育が施された騎士のようだ。無駄な動きが少ない。
「なんで、俺達を狙うんだよっ」
こいつらは一体何者だ?旅人を襲う盗賊ではない。盗賊にしては動きが精練され過ぎている。
いくらトレジャーハンターを生業としている俺でも、人の恨みを買ったことは無いはずだ。見ず知らずのものにこうして殺される義理は無い。
顔の横を振り下ろされた剣が通り過ぎ、恐ろしい風切り音を立てる。いくら激しい戦闘を何度も繰り広げている俺でも、この音にはぞっとする。避けるのが少し遅かったなら確実にやられている。
高周波刀を発動させて奴らの武器を破壊してやろうと試みるが、それは失敗に終わった。俺の刀が青白い魔力を帯びると同時に、奴らの持つバスターソードから赤い光が漏れだす。
「は!?」
武器と武器がぶつかり合い、激しい火花が散る。奴の武器は砕ける様子もなく、しっかりと形を保っている。
畜生。俺は心の中で毒突く。
奴らが持っている武器はまさかのLMVだ。どういった力を持つのかは不明だが、少なくとも普通の武器でないため、武器破壊は出来ない。
特殊な施設や人物を護衛する者にしか配備されない貴重なLMVをなんでこいつらが持ってるんだよ。(俺は遺跡で偶然見つけた)
俺はなんとか迫り狂う剣から逃げ切っているが、アリアークの方はそうではなかった。
「何なのあんた達。このあたしに触れようっての?」
アリアークはその場で全く動いていなかった。彼女の周りには薄緑色の防護壁が展開していた。
二人の男が振るう剣は薄緑色の防護壁に阻まれ、情けない火花と金属音を散らす。男達も多少なり動揺しているようだ。しかし、男達は剣を振るう腕を止めようとしない。何度も何度も防護壁を斬りつけ続ける。
「うっとおしいわね」
何を思ったのか、彼女は突然目を閉じた。そしてゆっくりと息を吸い込む。彼女は歌い出す。
歌が響く。
それは凛とした声音で夕日で染まった赤い空に響き渡り、心の奥まで浸透していく。
武器を握る手が緩み、急激に眠気が襲ってくるのが分かる。
「眠るといいわ。安らかに、ゆっくりと・・・・」
彼女の歌は、血を流さずに戦いをやめさせる最高の武器だ。男達が乗っていた馬達が次々と眠りに落ち、騎士達が地面に放り出される。
このまま男達もアリアークの歌で眠るはずだ。
しかし男達はいつまでたっても眠ろうとせず、落馬した体勢から素早く立ち上がり、再び剣を構えた。
「こいつらアリアークの歌が効かないのか?」
「・・・・こいつら魔術無効の防具つけてるわよ」
アリアークが舌打ちをする。
この洗練された機敏な動き、整えられた衣装、LMV、俺に向けられた殺気、そして魔術を無効化する防具。これだけの条件が揃えばもう確実だ。
こいつらは俺を殺しに来ている。
レイクフェアリイ湖の時と同じだ。誰かは知らないが、確実に俺を狙っている。
「とにかく考えるのは後だ。先にこいつらをどうにかする」
「わかってるわよ」
奴らは今馬を無くして地面に立っている。こちらと条件は同じだ。これでいくらか戦いやすくなったはずだ。
だが、こちらは二人なのに対して向こうは六人だ。不利な事に変わりは無い。
「アリアーク、奴らの動きを止めることはできるか?」
「出来なくは無いけど」
アリアークは空に向かって手を振る。
すると、ステルス化していた飛竜の一体が姿を現す。奴らの動きが止まる。動きだけでもかなり動揺していることが分かる。
まあ、生きた竜を見れば誰でも驚くか。
「やって」
彼女が指示を出すと、飛竜は奴らの頭上でホバリングして激しく羽ばたいた。直後、とてつもない突風が吹き荒れる。
頭上からの突風に必死に耐えていたようだが、遂に六人全員が地面に這いつくばった。吹き荒れる風が体を地面に押さえつけて、全く立ち上がることが出来ない。
これで完全に勝敗が決した。
◆◇◆◇◆
数分後、飛竜が羽ばたくのを止めても立ち上がる者はいなかった。全身で荒い息をしているのが分かる。相変わらずその手には武器が構えられ、強い殺気を放ってきているが、誰も動こうとしない。
防護壁で身を守っていた俺だって、あれだけの風をまともに受ければ立ち上がれないだろう。竜いうのはすごいな。羽ばたき一つで人間を動けなくしてしまう。さすがは食物連鎖の頂点に立つ生き物だ。
俺は一番手前にいる男の首元に刀の刃を当てて尋問を開始する。
「お前達は何者だ?」
「・・・・・・」
「誰の命令で来た?」
「・・・・・・」
「何故俺を狙う?」
「・・・・・・・」
完全黙秘だ。
一言も話そうとしない。
仕方ない。とりあえず顔だけでも拝ませてもらおう。
俺が頭巾に手を伸ばすと、倒れていた男はいきなり上半身だけ起こし、俺の手をはらった。そして懐から何かを取り出す。それは俺もよく見るし、よく使う物だ。
周囲に視線を向けると、倒れている他の者達も皆それを取り出していた。
奴らは無言のままそれを掲げると、勢いよく地面に叩きつけた。
「っ・・・・!!」
「いけない!」
叩きつけられた物体から激しい閃光が放たれる。そして次の瞬間、耳をつんざく爆音。
奴らが地面に叩きつけたのは、火薬が大量に入った起爆弾。しかも俺がいつも使っている物よりもかなり大きい。
俺の前にアリアークが走り込み、俺にタックルをかます感じで後ろに飛ぶ。
目を焼くような激しい熱気が迫り狂う。防護壁の展開が間に合わなかったあの瞬間、アリアークの行動がもう少し遅かったならば俺はあれに巻き込まれて黒焦げになっていたはずだ。
「サンキュー、アリアーク」
「ったく、世話焼けるわね」
爆風で俺の手から高周波刀が吹き飛ぶ。
俺はアリアークと共に後ろに数回ごろごろと転がる。
奴らの自爆跡にはぽっかりと大きな穴が開いていた。ここにいくつもの隕石が集中して落下した跡みたいだ。奴らの身体はばらばらに砕け散ったようで、わずかな血の跡が放射状に広がっている。思わず顔をしかめる。
「怪我は無い?」
「ああ・・・・」
服についた砂をはたき落としながら、俺はぽっかりと空いてしまった地面の穴を見る。
爆破の直後、爆風で頭巾が吹き飛んだせいで見えてしまった。白い髪と銀の瞳。あれは死を覚悟した人間の目だ。あれは一生俺の記憶に残るだろう。
「いったい、何なのよ」
「さあな。まあ、今の時点で言えることは、俺が狙われている」
黒い髪と黒い瞳を持つ民を持つジェイド王国に対してユプシロン帝国の者は皆髪や肌が白く、瞳が銀色なのだ。
さっきの奴の髪の色は白だった。ということは、奴らはユプシロン帝国の者達だ。
何故俺が帝国の奴に狙われなければならないんだ。帝国の知り合いなどシグマとミューぐらいしかいないぞ。あと知り合いと言っていいのか分からないが、ホトカプラ大臣。この三人を除くと知り合いは全くいないと言っていい。
「ただの賊狩りならともかく、あいつらは完全に教育を受けた騎士よ。なんであたしの王が狙われなきゃなんないのよ」
「さあな」
爆風で吹き飛んでしまった刀を回収しに行く。
何が何だかよくわからないが、とにかく一刻も早くこの場所を離れた方がいいだろう。いつ次の刺客がやってくるか分からない。
「アリアーク、飛ぶぞ」
二体の飛竜を呼び寄せ、片方の黒い飛竜の背中に乗る。
さっと意識をさっき通り抜けてきた森の方へと走らせる。すると、人の存在を感じる。俺についてきている監視役の奴だろう。俺は後ろを振り返ると、なるべく大きな声で言う。
「おい、暗部の奴。俺達は今から空を移動する。着いてくるなら竜を残しとしてやるから好きに使え」
もちろん返事が来るはずもない。
アリアークに指示を出し、飛竜を飛ばす。今地上を移動するのは危険だ。
旅を続ければ帝国の手先がどんどんやってくることだろう。俺達は帝国の手先から逃げるようにして空を移動した。
読んでいただきありがとうございます。
次話は少し用語紹介をしようかと思います。