035-現われた刺客
「ふむ、なるほど。貴様は本当に運がいいな」
「まあな・・・」
俺はファイにこれまでの道のりを全てではないが説明した。
自分で話していて思ったのだが、俺は今まで何度も死に直面する危険な状況を切り抜けてきた。彼の言う通り、本当に運に恵まれていたと思う。
「納得できない所も多々あるが、まあそこはまた今度話してもらおう」
「おい、今度はお前が話せよ。俺だけに情報公開させて終わりか?」
ファイは岩の上で座り、脚と腕を組んでうんうんと頷いているが、俺は何一つ納得していない。
するとファイはその座った状態のままで高らかに笑い始めた。一体何が面白かったのだろうか。正直少しビックリした。
「ふはははは、何が知りたい?私の持つ情報はヘタに扱えば国が傾くぞ」
国の王室特務という官職はとてつもない情報を保有している。もしそれが他国等に漏れてしまえば、確実に攻め落とされるだろう。
だが、奴はそんな心配をしているような感じは全く感じられなかった。むしろ、何か事が起こって欲しいというふうな感じだ。こいつ、前に感じた通りだ。戦いたくてたまらない戦闘狂。よくこんな奴が国のお偉いさんに成れたなと思う。
「そうだな、まだ公開されていない遺跡の情報が欲しい」
奴の表情はあくまでも冷ややかだ。常に薄笑いを浮かべているが、切れ長の双眸は何も笑っていない。なんとも言えない力が宿っている。
こいつの心情が全く読めない。
「くくくくっ思っていた通りだな。あらかじめ用意はしてある」
そう言ってファイは傍に立つ兵士の一人から何かを受け取る。それは小さな封筒のようだ。ちらりとみえたが、封筒にはこのジェイド王国の黒い紋章が入っていた。よほど重要な物が入っているのは一目でわかる。
ファイはそれを乱暴に俺に投げてよこした。小さな封筒であるが意外に重さがある。封を切ってみると、中には様々な書類が入っていた。
「貴様の性格からして国が傾くような情報は要求しない事は分かっていた。どうだ?それで満足か?」
「・・・・ああ」
こっちは相手の心境が読めないというのに、あちらは簡単に読んでくる。少しばかり悔しい。
書類の数枚に眼を通して見た。するとこのジェイド王国の遺跡の情報はもちろん、他の2国の遺跡についての情報も入っていた。これは完全に合法なルートで入手した物とは思えない。なぜなら、自国の遺跡はとても貴重な文化遺産なため、他国の者は滅多に立ち入ることを許されておらず、情報の公開もされない。
「これを手に入れるのにかなり苦労したぞ。感謝しろ、ふははははは」
書類をアリアークに渡す。彼女の持つ情報と照らし合わせながら遺跡探査を行えば、おそらくすぐに終わるだろう。問題はどうやって戦争を回避するかだ。今のところ3国に間にいざこざは無いが、未来のことは分からない。
「とりあえず、これで情報交換は終わりにするぞ。仕事を抜けてきていた。これでも私は色々と忙しい」
ファイに指示のもと、兵士達が下山の準備を始める。
ファイのおかげでこのレイクフェアリィ湖の周囲には人が近づかないように手配してくれたし、さらに情報も貰った。非常に不本意ではあるが、感謝せざるを得ないだろう。
ファイは立ち去り際にこちらを振り向くと。
「貴様たちの旅に安全を願っている」
「いちいちうっさいわね!さっさと行きなさいよ」
さっきまでおとなしく黙っていたアリアークが遂に怒る。
ファイはそんなアリアークを見て爆笑しながら山を下りて行った。
「ったく、何なのよあの男は」
「まあそういうな」
子供のように頬を膨らませて怒っているアリアークの頭をポンポンと撫でて俺も荷物の整理をする。
食料はまだ十分にある。このまま旅を続けても問題は無いだろう。
「さて、俺達も行くぞ」
「ええ」
俺は一人の姫と数十体の飛竜を連れて山を降りた。
このとき、俺の心は子供のようにはしゃいでいたことは内緒にしておく。
◆◇◆◇◆
「ねえ、一つ聞いていい?」
「ん?何だ?」
太陽が空に登り、その光りの恵みを大地に降り注がせている時刻。大体昼過ぎぐらいだろうか。俺達は隣国の国境線へと向けて歩を進めていた。
あの湖の件から既に五日は経過した。
ここまでの道のりの中でいくつかの都市や小さな街や村を通過してきたが何一つも問題は無かった。危険な原生生物や山賊が現われることもない。蝶がひらひらと前を横切ったくらいで、とても平和だった。隣で何かを言っているアリアークを除けば。
「ちょっと、聞きなさいよ。なんで飛竜がいるのに歩いてんのよ」
彼女が言いたいのはつまりこうだ。飛竜がいれば目的地に速く着くのになぜ時間と浪費がかかる歩きで進んでいるのか聞きたいということだ。
現在飛竜達はステルス化で、俺達の頭上を飛んでいるはずだ。俺の荷物は全て竜の鞍に積んでいる。随分と身軽な旅だ。
「まあ確かに飛んだ方が早いけどな、こうして歩いて行く方が旅の楽しみとかが見つかる時があるんだよ」
「あんた戦いを回避したいのかしたくないのかわかんないわよ」
言われてみればそうだな。俺は戦争を回避するために旅をしている。だが、急がなければならないはずなのに、俺のペースは遅い。マイペースといっていいのか、鈍感と言っていいのか。よくわからない。
隣を並んで歩いているアリアークはため息をこぼす。
「まあそう言うな。そんなに急ぐと人生老けるぞ」
「・・・ひゃいっ!?・・・ちょっと・・・・・」
アリアークの尻尾を撫でると、突然彼女が変な声を出した。尻尾はふさふさとしていてとても手触りがいい。どんな高級布地でもこれには劣る手触りだ。
俺が尻尾を触っている間、彼女は絶えず呻きのような声を出して身をよじっていた。
「・・・・ん、・・・・は、あ・・・やめ・・・・」
「・・・・・・」
アリアークがとろんとした眼で何かを訴えかけてくる。彼女の弱々しく小さな吐息が俺の鼓膜を震わせ、尻尾を撫でているだけなのに、何故かイケナイ事をしているような気がする。
それよりも、彼女の顔じゅうが赤い。これはやばいんじゃないか?普通の人間なら既に死んでもおかしくないほど赤い。
尻尾から手を離した際、彼女がまたも体を震わせたが、気にしないことにする。何故だかは分からないが、気にしてはいけないような気がした。
「ええと、・・・・・ほら見えてきたぞ。国境だ」
「・・・・ぜえ、はあ・・・・・くっ・・・・」
アリアークが赤い顔のまま何かを抗議するような視線を向けてくる。それがなんとなくおかしかったので思わず吹き出してしまう。まるで大好きなおやつを取り上げられた小さな子供のようだ。
俺の視線の先には、地平線の彼方まで伸びる長細い建物がある。煉瓦造りで、見張り台や木製の大きな門まで出来ている。
この大陸の国境線というものは、各国の国境線に沿って長い塀、検問所が築かれている。国境を越えるためにはその検問所に顔を出し、通行許可を出してもらわなければならない。もしここで不正があったりすれば、即刻拘束されて死ぬまで牢獄暮らしをしなければならなくなるだろう。
「まさか人生の中で国境を越えることになるとは、思ってなかったからなあ」
国境を越えられる者は、貴族か国に認められた商業人、才のある吟遊詩人、その他の特別な者くらいだ。半端な者を他国に出してしまうことは、国の恥だと思っているらしい。
遺跡の宝を探して回るトレジャーハンターを生業としている俺が国境を越えるなんて思ってもみなかった。無断の国境越えは重罪で、死刑よりも辛い刑が待ち受けていると聞く。
「ようこそ国境線へ。国の外へ出られますか?」
俺達が検問所に近づくと、重そうなハーフプレートと自身の身長の半分はあろうかという巨大なハルバートを背中に装備した若い兵士が歩み寄ってきた。この検問所を守る国境守備衛兵だろう。
「ああ、出国手続きを頼みたい」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
案内された検問所の中にある小さな部屋で色々な書類を書かされる。国境を越えてしまえば、国の保護が届かない危険にさらされてしまう。そんなときの遺言を書かされたり、注意等を聞かされたりする。
国境通行証に書かれている俺の職業名は一応、芸を見せて観客を驚かせる大道芸人と表記されている。ファイが勝手につけやがった。戻ったら絶対殴ってやる。アリアークは俺の助手だということにしておいた。
「芸の方ですか。・・・・・一応確認のため、何かやっていただけますか?」
「は、はあ・・・・」
まあ確かに確認は必要だよな。
小さくため息をつきながら、椅子から離れて少し広い位置に移動する。
俺が何をやろうかと考えている間に、何やら外が騒がしい。ちらりと視線を向けてみると、芸人が何かパフォーマンスをしてくれるということで数人の衛兵達が集まっていた。お前ら仕事しろよ。
「・・・では」
俺は腰のポーチから水の入った小瓶を取り出す。それをわざとらしく衛兵達に見えるように振って、蓋を開ける。すると、小瓶の口から長細い炎が噴き出る。炎は俺の蛇のようにくねり、俺の周囲をくるくると回る。
仕組みは簡単だ。この小瓶はただの水の入った小瓶。口から出ている蛇のような長細い炎は魔術のものだ。つまり、小瓶の蓋を開けた瞬間炎がうねるような魔術を発動させたというわけだ。これくらいの芸当なら小さな頭痛程度でも出来るようになった。自分の成長を静かに確認する。
部屋の外から見ていた衛兵達が驚きの声を漏らす。俺の眼の前に座っていた若い衛兵もかなり驚いていたようだが、すぐに元の顔に戻った。
「はい、確かに芸の方とお見受けします。では、これで手続きは終了です。国境の通行を許可します」
「どうも」
閉ざされていた大きな木製の門が重く、大きな音を立てながら開かれていく。
「では芸の一行様、外は常に危険が伴っています。くれぐれもご気をつけくださいませ」
国境を越えた瞬間に思ったことは「なんか呆気ねえ」。以上だ。
◆◇◆◇◆
無事に国境を越え、外に出た俺達は森の中を進んでいた。
別に国境を越えたからといってここまでで何か変わったものは無かった。気づいたことは、森が荒れ放題だということだ。地面からは様々な草木が生え、気持ち悪い外見をもつ花がところどころに咲いている。頭上からは何本ものツタや木々の枝がぶら下がっている。地面から突き出している木の根っこが足にひっかかり非常に進みづらい。
「だから空を飛んだ方がいいって言ったじゃない」
「いまさらながらに後悔してる。うん」
確かに彼女の言う通りだったなあといまさらながらに思う。だが草木が覆い茂り空を覆い隠してしまっているここでは飛竜達を呼ぶことは出来ない。どこか開けた場所に行けばどうにかなると思うが。
「まあ過ぎたことを言ってもしょうがない。さっさと行くぞ」
異様に成長した草木をかき分けながら進んでいく。
やっと森を抜けた時にはもう太陽が西の空に傾いている時だった。オレンジ色の空がとても綺麗だ。
少々時間がかかってしまったがまあそれは仕方がない。今日はどこか適当な所で野宿することになりそうだ。
「じゃ、どこかいい所を探すか」
視線を辺りに這わせていると、アリアークの異変に気が付いた。彼女はじっとある方向を見ている。ピクリとも動こうとしない。何か敵を見るような鋭い目つきだ。
「構えなさい、来るわよ。」
「誰が?」
俺の疑問はすぐに解決された。太陽の沈む地平線にいくつもの影が浮かび上がったからだ。その影は大きな地響きを立ててこちらに近づいてくる。あれは馬だ。六人くらいの馬がこちらに走ってくる。そして背には人を乗せている。遠くてよくわからない。
姿が見えた瞬間、俺は顔をしかめた。
「殺気丸出しね」
「ああ・・・」
あいつらは誰かを殺しに来ている。普通の人間から感じ取れる様々な感情が無く、あいつらからは殺気しか感じられない。
腰の刀に手をかけ、いつでも戦える状態にする。
茶色の毛並みで統一された大きな馬に乗っている者達は皆、頭に茶色い頭巾をかぶっていた。身につけている服も全て茶色い。
その集団は俺達の前まで来ると、馬を止めた。そして俺の顔をじっと見てくる。そしてくぐもった声で言葉を発する。
「貴様はユリアン・フライヒラートという者か?」
「・・・・・そうだと言ったらどうする?」
すると、茶色の男達が一斉に武器を構える。どこかの教育された騎士のようだ。でなければこれほど整った機敏な動作を六人同時にそろえることなど不可能だ。そしてこいつらが放っていた殺気が全て俺に向く。間違いない。こいつらは俺を殺しに来ている。
「貴様の命、もらい受ける」
馬に乗った男達が武器を構え突進してきた。
その瞳に強い殺意を秘めて。
読んでいただきありがとうございます。