033-視線
「・・・いやはや、素晴らしいものですねえ。竜というものは」
「・・・・」
地平線の彼方から微かに漏れてくる朝日を受けた薄暗い空に浮きながら、山肌に張り付く鬼を紅蓮の業火で焼き尽くす光景を見ていた。あの飛竜達が飛んでいる高度よりもさらに上だ。
周囲には球体状の結界が張られていて、男の姿は誰にも見えていない。男は重く粘つくような視線を遥か下方にいる男、ユリアン=フライヒラートへと向けた。彼は何かの症状が出たかのように頭を押さえて地面に倒れた。
「いけませんねえ、術式はちゃんと理解しないと大変なことになりますよ」
男はそう言いながら、同じく宙に浮いている椅子に腰かけ、テーブルの上に置かれている紅茶の入ったティーカップを手に取る。
紅茶の匂いや味をじっくりと堪能した男は、すぐ傍で跪いている者に声をかける。
「あの男はあんなにも沢山の竜を所有しています。なのに何故私が一匹も持っていないのでしょう?」
「す、すみません・・・・私は竜を従えて戦う者では無かったので・・・・・すみません」
声からするにまだ幼い少女のようだ。白いローブのようなもので覆われていて顔が見えないが、体型がかなり小柄であることはわかる。
少女は男の声に怯えるように身を縮め、即座に謝る。そんな態度を見て男は小さなため息をつく。そして
ドガッ!
「きゃッ・・・・」
男はティーカップを机に置き、少女を蹴りつけた。男の顔には怒りや不満が満ち溢れている。八つ当たりのように少女を何度も蹴る。
「初めあなたを見つけた時は泣いて喜ぶ程嬉しかったですが、こんな使えないものだったとは思いませんでしたよ」
「・・・すみ、ま・・・せん・・・・」
少女は抵抗する素振りも見せず、ただ蹴られてその場に転がった。
「まあ、使えないものでも一応は持っておくべきですかね?」
男は蹴るのをやめ、再び遥か下方で繰り広げられている戦闘を眺める。妖精の結界を破り、妖精の女王から聖剣を奪おうとしたが、あろうことか、ジェイド王国の首都でシグマ王子とミュー姫の護衛をしていたユリアンとかいうあの男がいた。
あいつとあいつの持つ姫のせいで聖剣を我がものに出来なかった。男の心を再び怒りが包んでいく。
「まあいいです。まだ切り札はありますから。今は好きにやらせておいてあげましょう」
不敵な笑みを浮かべた男は倒れている少女に命令を下す。少女は慌てて立ち上がり、両手を上に掲げて膨大な力を発動させる。
男と少女、椅子やテーブルなど、結界の中にあったものが全て一瞬にして消える。どこか遠い場所に転移したようだ。
この二人の存在は、下にいるユリアン達は全く気が付かなかった。そもそも人間の視力では見えるはずもない高度だ。
激しい風が吹く。それはなんとも言えない不気味で冷たい風だった。