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032-新たな契約

 かなり山のふもとまで下りてきたが、鬼の勢いは止まることを知らない。斬っても斬っても鬼の数は減らない。むしろどんどん増えていっているような気がする。


 ヒーリングポーションの小瓶を煽りながら迫りくる鬼の群勢を見やる。一体どこからこんなに湧いてくるのだろうか。突然破られた妖精の結界のほうも気になる。竜にしか破れない強度を誇る結界が鬼ごときに破れるはずもない。




「おい、そっちは大丈夫か?」




 疲れた表情を見せる妖精騎士達の方へと言葉を投げかける。俺はまだこのまま戦闘を続けられるが、彼らはかなり息が上がり、肩で息をしている。

 純白の鎧や剣には土埃や鬼の体液が飛び散り汚かったが、威厳のようなものを持ち、地面にしっかりと仁王立ちしていた。




「外から来た貴様が倒れていないのに、我らが先に倒れる訳にもいかんだろう」




 妖精の意地みたいなのがあるらしい。それなら長期戦は望めない。今もてる力を可能な限り使って鬼を殲滅するしかない。そろそろ俺も頭の激痛がやばい。爆発しそうだ。

 

 しかしさっきから感じるこのねっとりとした粘つくような感じの視線。いくら感覚をとぎすませてもどこから発せられているのかはかはわからない。姿はないのに、殺気だけを感じる。




グルルルルルルルゲ


ゲギャガギャギャギャギャギャギャギャ




 かつて人間だったものとは思えない咆哮を上げ、鬼達が押し寄せてくる。山肌が黒い鬼で覆い尽くされ、まるで黒い波が押し寄せてくるようだ。




「しゃあないか」




 二刀を地面に突き刺し、両手をまだ星がきらめく夜空に掲げる。そして生命エネルギーとマナを練り合わせ、術式を展開する。

 今俺の頭上には強大な火の玉が浮いている。炎の光が熱く周囲を照らす。隣では妖精騎士達が驚いた様子で俺を見ていた。




「燃えろ」




 俺の頭上から放たれた火の玉はまっすぐに飛んでいき、鬼の波に衝突する。炎の柱がプロミネンスのごとき拡散し鬼を火の海に巻き込んでいく。鬼が燃えるかどうかは知らないが、進行する足を鈍らせることは可能なはずだ。


 俺は一端山頂まで戻った。茂みでは警備兵達が呆然と呆けたようにしていたが、俺が近づいていくと、慌てて立ち上がり敬礼をする。




「お、お疲れ様です」


「探査隊のメンバーは?」


「はい、一端湖から離れた予備の駐屯地で待機しています。そちらは今のところ無事なようです」


「そうか、あんたらも一応その駐屯地に行ってくれ。ここは押さえておく」


「あの数を一人で大丈夫ですか!」


「なんとかな」




 警備兵達を一度撤退させ、俺は再び鬼の群勢を見下ろす。さっき放った火の海でかなり進行速度が遅くなったとはいえ、それも時間の問題だ。


















 暗闇の中をうごめく鬼の金色の眼がいくつも煌めく。寒気や腐臭にはいい加減慣れつつあるが、そろそろ体力が持たなくなってきた。これだけの量を一気に殲滅できるかどうかは分からないが、脳内にある今使える最大の魔術式を引っ張り出す。見たこともない文字や式が大量に展開されるが、頭がすぐにそれを理解する。




「ぐ、が・・・・あああ・・・」


「どうした?」




 今までとは比べ物にならに程激しい痛みが俺の頭を襲う。思わず両手で頭を抱え込み、その場に膝をついた。今にも発狂しそうだ。

 だが、こんな痛みに負けてなるものか。ここで俺が倒れたら誰が湖や探査隊の皆を助けるんだ?妖精騎士達か?おそらく彼らの力もそれほど残っていないだろう。




「が、ががあ・・・負ける、かよ・・・・・あああああ」




 必死で術式を理解、展開をする。一秒が途方もなく長く感じる。

 突然身体を支える脚から力が抜け、俺はその場に転がる。地面で顔を打ったが、この頭痛に比べれば何でもない。


 両手を地面に着き、起き上ろうとするがうまく力が入らない。畜生、ここで集中を乱したら術式が失敗する。

 もうすぐそこまで迫った鬼達が見える。




「く、我らはいくぞ!」




 動けない俺をそのままにして妖精騎士達は鬼に向かって剣を突き出す。眼の前で戦闘が始まっても何も出来ないことに歯がゆさを感じながら、頭の痛みに必死に耐える。







「ちょっと見ない間に随分と無様になったものね」







 突然頭上から聞こえてきた声に気を取られ、さっきまで展開していた術式が消滅してズズンという音をたてて煙が上がる。

 術式が失敗したことも気にせず、俺は頭を押さえながら声の方を見る。声は遥か上方から聞こえてきていた。


 見上げた先には夜空にまぎれて飛翔する何かが見えた。黒い巨体に長い尾と大きな翼、紅い眼。以前も見たことがある黒竜が空の一点でホバリングをしながら飛んでいた。以前と違うところと言えば、竜の額と胸、両翼の一部に漆黒のアーマーを装着している。

そしてその背には誰かが乗っている。その人物にも心当たりがあった。


 茶色の長い髪に、獣人を表す猫のような耳と狐のような尻尾。鉄鋼や胸当てが付いた鎧のようなドレスを着ている。




「全く、あんたは私達姫がいないと何もできないわけ?」




 俺を軽く見降ろした彼女は鬼の方へと向く。先ほどまでうごめいていた鬼達は空の黒竜を睨みつけ、小さく唸っていた。




「さて、仕返しをさせてもらうわよ」
















  ◆◇◆◇◆

















 繊細で美しい歌声で戦場を凌駕する《聖獣の歌姫》―アリアーク。

 彼女が大量の飛竜を引き連れて俺の遥か上方を飛んでいた。わずかに明るくなった空を覆い尽くすように何体も翼をはためかせている。全ての飛竜が身体の一部に身を守るマーマーを装着している。

 感動の戦慄が震えとなって俺の背筋を駆け抜ける。




 「ブレス攻撃用意」




 彼女が左手を持ち上げると、それら飛竜が一斉に牙の奥から淡いオレンジ色の光をかすかに漏らす。凄まじいエネルギーが込められている。




「っ、おい妖精騎士!下がれ!巻き込まれるぞ!」




 鬼と肉薄しながら戦闘を繰り広げている妖精騎士達を慌てて後ろに下がらせる。このままでは飛竜の吐きだすブレスに巻き込まれてしまう。

 彼らは空でホバリングしている大量の飛竜を見て少々眼を見開いていたが、さっと剣を下げて鬼から離れる。


 妖精騎士達が鬼から離れたことを確認したアリアークは声を張り上げる。




「放て!」




 持ち上げた右腕をさっと振り下ろした直後、溜めこまれた紅蓮の業火、雷撃が一斉に飛竜の口から吐き出された。

 幾本もの炎の柱が鬼に突き刺さり激しい爆音と爆風が吹き荒れる。熱風が顔を打ち、思わず手で顔を覆う。この爆風だけでも途轍もない熱さだ。


 散り散りになった鬼の身体の一部が宙を舞い、別の飛竜が吐きだしたブレスに巻き込まれて形を無くす。木々や岩肌が焼け焦げ、俺の前方六メートルくらいの地点から山のふもとまでが全て焼け野原となった。




「・・・・すげえ・・・」




圧倒的な威力を前にして俺は呆然と座り込んだ。
































 飛竜の激しいブレス攻撃によって鬼はほぼ黒炭化していた。褐色の岩肌や鮮やかな黄緑で覆われていた山肌が一気に黒く豹変し、まるでマグマが流れ出て冷えて固まった跡のようだ。


 鬼特有の腐臭や瘴気、寒気などが全て消えていた。逆に焦げ臭いにおいが周囲に立ち込めている。戦闘中に感じた、どこか粘つくような視線も消えている。




「一応、鬼は排除したわよ」




 飛竜から降り立ったアリアークの声でハッと我に返る。何日ぶりだろうか、彼女の美しさが以前よりもさらに際立って見える。この綺麗なドレスのおかげだろうか。


 アリアークは頭痛に必死に耐えている俺を見ると、小さく眉を寄せた。心配しているような顔だ。




「ったく、無茶しすぎよ。今のあなたにこんな大魔術を発動出来る訳ないじゃない」




 そう言うと、彼女は眼をつぶり何かの歌を口ずさんだ。聞いたことも無い歌だったが自然と心に流れ込んでくる。さっきまで激しかった頭の痛みが徐々に引いて行く。

 俺の額に手を当てて何かを確認したかアリアークは歌を口ずさむのを止めた。そして




「あなたの記憶を見た限り、旅は一応順調に進んでいるようね。なんか監禁されたようだけど」




 記憶を読んだのなら説明も必要ないだろう。妖精の女王から力を預かった俺は、妖精達のためにもこれから起こる戦争を回避しなければならない。一種族の命運を預かったために、もう後には引けなくなった。


 アリアークは近くに降り立っていた小さめの竜の顎を撫でる。小さいと言ってもだいたい牛五頭分くらいの大きさだ。間違っても人間の赤ん坊くらいの大きさではない。

 撫でられた竜は小さく鳴く。




「さて、早速だけど。あたしがこの子たちを連れてきた理由が分かる?」




 いきなり俺に質問してきた。分かるわけがない。

痛みが引いた頭を働かせて考えるが、何も浮かんでこない。




「あ、あんたは以前、あたしを欲しいと言ったわね」

「ああ、言った」




 戦争を回避させるには大きな力が必要だ。姫の絶大な力があればより簡単になるはずだ。仲間に出来るならどんなことでもする。俺の戦争に対する気持ちは誰にも負けないと自負しているほどだ。


 突然彼女は顔を赤く染め、もじもじとし始めた。頭の上の猫耳がピコピコと動いていて可愛らしい。




「・・・・・いいわよ」


「へ?」


「だ、だから!あんたのものになってもいいって言ってんの!」




 恥ずかしくなったのか、アリアークは赤く染まった顔を下に向けた。声がワンオクターブ高くなった。

 俺は一瞬頭の中に「?」マークが浮かんだ。前はあれだけスパッと断っておきながら、どういった風の吹き回しだろうか。




「ほ、ホントか!」


「ええ、ほんとよ!だから」




 バッと勢いよく上げたアリアークの顔は先ほどよりもさらに赤くなっていた。アリアークは意を決したように俺に近づき左手を取る。そして人差し指を口に持って行き、カリッと噛む。




「痛ッ!」


「が、我慢しなさいよ!」




 噛まれた俺の左手人差し指からどろりと血が流れる。その流れでた血をアリアークが舐め取る。

 両手で俺の左手を掴み、人差し指を舐める。その舐めるしぐさが、本当の猫のようで思わず笑ってしまう。




「ちょ、何笑ってんのよ!これでもかなり恥ずかしいだから!」


「いや、悪い。可愛かったからな」




 俺の言葉でさらに顔を赤くしたアリアーク。その様は頭からシュンシュン湯気が出ているやかんのようだ。

 流れ出た血を舐め取ったアリアークの瞳が、濃紺の紅色に変わる。







「血の契約を確認。これより、あたしはユリアン・フライヒラートを王とし、あなたを守り続ける盾となるわ」







 その瞬間見えない力が体の中に入り込む。思考が停止し、抗うことを拒む。見えない力が体内を蹂躙する。身体の痛みが嘘のように消えてなくなる。


 力が解き放たれ、俺と彼女を中心として波紋状に突風が巻き起こる。

 リリアスと契約した時と同じ高揚感。いや、リリアスの時よりも力の密度が濃い全能感を感じる。世界の全てを見通せるような気分。



シャランッ!澄んだ鈴の音色が響き渡る。



 アリアークの身体が光り出し、身に付けている物が変わる。和服のような黒い服に首元の小さな鈴。そして黒く長い羽衣のような布が彼女を取り巻くように周囲に浮いている。

 猫耳と狐の尻尾によく似合っている。そう言えば尻尾の数が一本から二本に変わった。




「契約完了。さあ、我が王、何なりとご命令を」




 アリアークは俺の眼の前に跪く。それに合わせて、後ろにいた全ての竜が俺に頭を下げた。何だこの感覚は。この全ての竜を俺が使役できるのか。


 なんとも言えない震えが再び背筋を走り抜ける。俺は跪いているアリアークをゆっくりと見つめる。彼女も俺の視線に気が付いたようで顔を上げる。綺麗で美しい整った彼女の顔を見ながら最初の命令を下す。




「とにかく寝さして」


「は?」




 張りつめていた緊張の糸が途切れ、俺の身体から力が抜けた。先ほどまでの戦闘の疲労や、旅の疲労が一気に押し寄せ、瞬く間に俺の精神を暗闇に落とし込む。


 アリアークに慌てて支えられた事を確認した俺は安心して意識を手放した。











読んで頂きありがとうございます。

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