031-新たな力
妖精の女王、ティターニアから授かった純白の聖剣。今は、持ち主である俺に呼応して刀の形をとっている。重さ、刀身の長さ、柄の握り具合全てが俺に合わせてぴったりと合っている。
「これはLMVなのか?」
『似たようなものだけど違うわ。それはマナじゃなく、魔力と一対を成す神力を使う剣よ』
ここで一つ疑問が湧いた。俺の身体には魔力が流れている。その体で神の力を使うこの剣を扱えるものなのだろうか。最悪、魔力と神力が反発しあって力が暴走したりしないだろうか。
『大丈夫よ。その剣はあなたからじゃなく、そこらへんの自然から力を吸収するものなの。だからいくら力を使ってもそんな事にはならないわ』
とりあえず安心した。
カリヴヌスを抜いて細部を眺めていると、周囲に小さな七色の光達が集まってくる。小さな妖精達だ。妖精達は剣の周りを飛んだり、俺の頭の上に乗ったりして遊んでいた。時々笑う声も聞こえてくる。
俺が小さな妖精達と戯れていると、ティターニアは勢いよく頭上を仰いだ。その顔にはただならぬ表情が浮かんでいる。
『・・・・結界が破られた。なんで?』
訳の分からないことを言い、いきなり城の外へと走り出した。
「お、おい!」
仕方なく俺も後を追う。
ティターニアは城の外に出ると、湖の水面に向かって浮上し始めた。
湖から出ると、空はわずかに明るくなっていた。午前4時ぐらいだろうか。
「おい、一体どうしたん・・・・」
言葉を詰めた。いきなり寒気と異臭を感じたからだ。そう、鬼が近づいてきているということだ。
このレイクフェアリィ湖は神聖な場所であり、周囲には鬼やその他の原生生物が入ってこられないようにする、見えない結界が張られている。人間には効果がない。しかし、何らかのアクシデントが発生したらしい。結界が破られたようだ。
『そんな、妖精の結界を破れる奴なんて・・・』
俺は彼女を置いて探査隊のメンバーが寝ている野営地へと走った。湖の周囲には何人もの警備兵が配備されているだろうが、彼らではおそらく防ぎきれない。探査隊の皆に知らさなければならない。
野営地には薄く濃度が低い瘴気が立ち込めていた。これならしばらくここに居ても大丈夫だろうが、吸いすぎはよくない。一刻も早くこの場所から避難しなければ。
「浄化!」
俺はアリアークから貰った魔瘴石を取り出す。石からまばゆい光が放たれ、辺りの瘴気が中和する。瘴気は霧のように晴れていく。
急いでテントの中に入ると、探査隊の何人かが起き上がり周囲に残ったわずかな瘴気にむせていた。皆命に別状はないようだ。
必死に起きようとするが毛布が絡まって起き上がれないカルノーさんを助け起こす。彼は何が起こったのかわからないという顔をしている。寝起きのせいもあるが。
「お、鬼が来たのか。結界は?聖なる結界はどうなった?」
「わからない。だが破られたのは確か・・・」
俺はまがまがしい気配を感じて言葉をつぐんだ。鬼だ。かなり近くまで来ている。警備兵たちはやられてしまったのか?
「とにかく皆は逃げろ!はやく!」
追い払うようにして探査隊の皆を湖から離させる。
俺は急いで残してきた彼女の元へ戻る。ティターニアは信じられないと言う風な表情を浮かべて呆然と立っていた。鬼の集団を感じる方向をじっと見つめている。
「おい、しっかりしろ!」
『う、うるさいわね。ちょっと驚いただけよ。でも妖精の結界を破れるなんてどんな奴なのよ』
彼女はかなり動揺していた。俺も妖精の力がどんなものかは知らないが、竜ぐらいにしか破れないと言うのはどこかの文献で読んだ気がする。
「とりあえず、俺は鬼を倒しに行く」
『なら私も行くわ』
ティターニアが俺の後を付いてこようとすると、突然白の鎧と剣を帯びた騎士のような者が六人、何もない空間から突然現れた。背中には月の明かりを受けてわずかに燐光している透明な翅が生えている。こいつらは間違いなく妖精の騎士達だ。周囲の異変に気がついて出てきたか。
大きさは普通の大人と変わらない。
『ティターニア様、ここは我々にお任せ下さい。ティターニア様は城へお戻りください』
『え、ちょ、あなた達!』
ティターニアは二人の騎士に連れられ、湖の城へと無理やり戻されていった。彼女は最後まで抵抗していたようだが、二人の騎士に左右の腕をがっちりと掴まれていたのでうまく動けなかったようだ。
「あんたらは?」
『我らはティターニア様をお守りする妖精の騎士だ。ティターニア様に代わって我らがお前に同行しよう』
「・・・それはどうも」
俺は妖精の騎士四人を引き連れて鬼の方へと走った。
警備兵達はそれぞれ武器を構えて茂みに身を隠していた。全身が黒で分かりにくい。
ここは妖精の結界で守られている神聖なる場所で鬼のような邪悪なものが侵入出来ない場所だった。だから警備兵達が持っている石弓や剣の装備も、鬼用ではなく普通の武器だ。そんなもの鬼の硬い皮膚には何の意味もない。
攻撃を弾かれるならば、棍棒でも持って殴りにかかった方がいくらかましだ。
俺は下を見降ろす。山の斜面にはおびただしい数の鬼が金色の眼玉を輝かして登って来ていた。狼形、獣人形、芋虫形などなどと大量だ。黒くうごめいているあれが全て鬼だというのか。腐臭のせいで吐き気がする。
「おい、あんたらは出てくるなよ」
「な、何をする気ですか!?」
警備兵の戸惑いの声を無視して、俺は腰の二刀、《高周波刀》と《聖剣》を音高く抜刀する。漆黒の刃と純白の刃が対をなしてとても美しい。
特に、カリヴヌスは暗闇になのに尋常ではないほど光り輝いている。
左右では、四人の妖精騎士達が同時に純白の剣を抜く。揃った動作で動きに少しもブレが無い。
残念ながら普通の者には妖精が見えないため、後ろにいる警備兵達にはこのかっこいい光景が見えていない。彼らの眼には俺一人が刀を抜いて立っているようにしか見えないだろう。
「全部倒すぞ」
『分かっている。我らの領土をあのようなものに侵されてなるものか』
妖精騎士達はガシャッと揃った動作で登って来ている下の鬼達に向けて剣を構える。美しい動作に負けじと、俺も両手の二刀の力を解放する。
「一体も逃すな」
俺の眼の前で激しい衝撃が走った。空気を叩くような衝撃と共に両足に溜めてあった魔力を解放、放たれた力は行き場を失い、地面を砕き土埃を巻き上げる。その衝撃で俺の身体は弾丸のように前進する。
『我らの領土を踏ませるな!』
『おう!』
少し遅れて妖精騎士達も背中の翅を震わせて俺に追随する。地面すれすれを滑空するように飛ぶ。
ごががががががががががっ
グググッゲゲゲゲギギギ
耳障りな咆哮を上げる鬼をカリヴヌスで両断する。紙を斬ったかのような手ごたえの無さで鬼は左右二つに分かれて崩れ落ちる。凄まじい切れ味だ。
俺の勢いは止まらない。
右足を軸にして身体を勢いよく回転させて周囲の鬼を斬り飛ばす。
走りながらカリヴヌスを見ると、周囲の岩や草木からエネルギーのようなものが放出され刀身に吸収されていく。純白の刀がより一層白く輝き始める。
「せらっ!」
エネルギーを吸収したカリヴヌスを縦に振り下ろす。
刀身から斬撃が生まれ前方にいた数十体の鬼が左右に分断される。斬撃は勢い余って大地さえも真っ二つに切り裂いた。足元には、ぱっくりと地面が裂けて底が見えない谷が出来てしまった。
「・・・・すげえ・・・」
言葉を失いながら高く跳躍する。
妖精騎士達は流れる動作で鬼を倒していた。背中の翅で鋭角に飛びながら、純白の剣を集十本の残像が見えるほど高速で煌めかせ、一撃で確実に仕留めて行く。彼らの通過したあとには鬼の死体が残るのみだ。
「負けてらんないな」
高い跳躍から降り立った俺は、鬼の攻撃を右手の高周波刀で受け止め、左手のカリヴヌスで斬りとばして行く。
頭上に掲げると、刀身の先にエネルギーが集束し巨大なエネルギー弾が出来上がる。一言でいえば、これは光りの玉だ。
俺は光りの玉を鬼の山へと向けて放つ。光りの玉は一直線に飛んで行き、激しい爆風と轟音をたてて爆発した。山の斜面にぽっかりと大きな穴が開く。
「・・・へたしたらこの山の地形が変わるな」
大技ばかり放っていればいつかはこの山の地形や環境を崩壊させかねない。小さな技へと切り替える。
カリヴヌスを前方向に突き出すと、刀の周囲にいくつもの球体が出現し、そこから幾本もの光が照射される。照射された光りは鬼の硬い皮膚をやすやすと貫いて行く。
ゴガガガガガガガガガ
ギギギギッギチチチ
カリヴヌスを地面に突き立てると、地面から幾本もの光りの刃が突き出て鬼達を貫く。
「・・・・・・」
茂みに隠れていた警備兵達は唖然とし、口を開けてこの光景を見ていた。戦闘が開始してからまだ一分も経過していない。なのに、彼らの前には鬼の屍しか転がっていない。山の遥かふもとでは激しい戦闘が繰り広げられているのが遠目に分かる。
いくらLMVを持っていたとしてもあり得ない力だ。
「あ、あの方は、に、人間なのか?」
自分達のこの装備では何もすることができず、ただ唖然として見守ることしか出来なかった。
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