026-王室特務警護隊長 ※イラスト有り
「旦那。改めてありがとうごぜえやす」
「気にするな。それよりも商売だ」
「はい、旦那。どんな情報をお求めで?」
先ほどまで怯えてうずくまっていたサーマルはどこへ行ったのか、今俺の眼の前にいる彼はにこにことして活気に満ちあふれている
彼の本業は情報屋。売れるものなら暖炉の灰すらも売る意地汚い奴だ。だがそれでもこいつの情報網は他の情報屋とは比較にならないほど広い。
「王城に魔石があるという噂は本当か?」
「旦那。またまた、すごいものを欲しがりやすね。少しお代は高くなりますぜ」
「構わない」
ポケットから一拳くらいの大きさの宝石を一粒取り出して机の上に転がす。ガラスのような透明感、蝋燭の光を反射し美しく輝く宝石にサーマルは目が釘付けになる。
このくらいの大きさの宝石を金貨に替えると軽く一年は仕事をせずに暮らしていける。それくらいの額だ。
「正確な情報をくれ。そうすればこれと同じようなやつをもう一つやる」
ポケットからもう一つ宝石を取り出して上に放り投げる。そして落ちてきたそれをキャッチしてはまた放り投げるという行為を数回繰り返した。サーマルの顔が宝石を追って上下に動く。そのバカみたいな顔に思わず笑いが込み上げてくる。
「だ、旦那。このサーマルの持ちうる全ての情報を可能な限りお使い下せえ」
俺はにっと笑うと放り投げていた宝石をサーマルに渡した。彼は嬉しそうに貰った二つの宝石をひっくり返したり、傷がついていないか確認したり、蝋燭の光を反射させたりし始めた。俺が見ていなかったら口の中に入れてしゃぶりだしそうだ。
「旦那の言う通り、確かに王城には魔石がありやす。ですがそれは城の地下ですぜ。とても入れたもんじゃねえです」
「どうやって入る?」
「・・・・・盗みに入るつもりですかい?」
サーマルの顔はどことなく楽しそうだ。
「では旦那。困った時はいつでも力になりやすぜ」
「ああ、頼む」
数分の情報取引の後、サーマルは来た時と同じようにバルコニーから壁の凸凹をつたって下に降りて行った。
彼によって王城の構造や、内部情報、警備状態等がかなり把握出来た。もし明日、国王に謁見出来なければ最悪の行動を考えておく必要がある。個人的にもあまりやりたくないのだが、仕方がない
俺は再びバルコニーで夜空を見上げる。
「明日は大変そうだ」
◆◆◆
「あ、頭が、ぐらぐらする・・・・」
「飲み過ぎだ」
「兄様はいつも飲みすぎるんです」
午前七時。翌朝のホールで俺達は朝食を取っていた。昨日飲み過ぎたシグマは二日酔いで頭がぐらぐらと左右に揺れていた。朝食はとてもじゃないが食べられないようで、大きなソファーの上で青い顔をして横たわっている。
「今日は王城に行くんだぞ。そんなんで大丈夫か?」
「ヴぁい、だい、だいじょう、ぶ・・・・・・うええ」
全然大丈夫そうには見えない。今にも吐きそうだ。
「そう言えばユリアンさん。王城にはその格好で行くんですか?」
俺は自分の身なりを見て少し不安になった。砂ほこりで黒く汚れ、ほつれているところもある。国王に謁見するのにこの薄汚れた服では大変失礼だと思う。豪勢な服でなくてもいいからせめて綺麗な服を着て行くべきではないのか?
だがシグマとミューはこのままの服装で行くらしい。別に汚れていたって本人達は気にしない。王はどう思うか分からないが。
「まあいいか。おい、行くぞシグマ。いつまでそうしているつもりだ?」
「あい、・・・・・今、いぐ・・・」
朝食を食べ終えた俺達は宿を出て大通りを王城へと向かって歩く。まだ朝早くだというのに多くの人が出歩き、野菜や果物を乗せた荷車が何台も通り過ぎる。
首都に来るたびに思う。人が多すぎる。故郷、ローズベクトも周りを囲むあの高い山脈が無ければもっと発展していただろう。
多くの人に目を走らせていた俺はシグマにおどおどしたような声で話し掛けられる。
「なあ、何か来たんだけど」
「何が?」
シグマの示す方を見ると何やら赤い馬車がやってくるのが見えた。前後には全身に赤色のプレートメイルを着けた総勢四十名程の兵士が綺麗な隊列を組んで護衛している。一目で重要な人物が乗っていることが分かる。掲げている旗に描かれている紋章は、隣国の要塞国家ユプシロン帝国のものだ。
隣国の使者の来訪に、人々は端によって道を開ける。シグマとミューは俺の後ろに隠れて馬車に見られないようにしている。
帝国の赤い馬車は王城へと行ってしまった。
「なんで帝国の使者が?」
「さあ、新しい貿易とか?」
「赤い馬車綺麗だな」
人々が口々に疑問の呟きを漏らす。
「なあ、シグマ。何か知ってるか?」
「し、知らん!」
さっきまで酔いで顔を青くしていたシグマは、今度は緊張で顔を青くし始めた。その隣ではミューも同じように顔を青くしている。
「ほら、城に行くぞ」
「い、いやだあ!城にはあいつらがいるんだあ!行きたくねえ!」
突然だだをこね始めた。昨日までは協力してくれると言っていたのに、帝国の使者を見た瞬間その場から動かなくなった。まあこいつが自国の者に見つかりたくない理由を知っているので気持ちが分からんでもないが。
動こうとしないシグマとミューを引きずって王城へと向かう。
王城までの道のりはわずかな時間だったが、その間シグマはいやだ嫌だと叫びまわり、手足をじたばたして抵抗しまくった。いろんな人にじろじろと見られてどれだけ恥ずかしかったことか。
「ほら坊主、泣くな。男の子だろ。父ちゃんが困ってるじゃねえか」
近くを通り過ぎた中年のおじさんがシグマに優しく声を掛ける。さて、父ちゃんとは一体誰のことを言っているのだろうか。
俺達の眼の前には王城がそびえ立っている。幅の広い長い階段が長く伸び、尖閣の塔、王城とぐるりと囲む堀、都市を囲む外壁に負けないほど大きくそびえ立っている。
思わず唾を飲み込む。王都には何度も来たことはあるが、王城には一歩も入ったことが無い。その大きさに圧倒されずにはいられない。
階段に近づくと鎧を身に付けた王城警備兵らしき者が近づいてきた。
「ここは王城レイヴルです。何用ですか?」
「王にお取りつぎを頼む。重要な報告だ」
「・・・・・少々お待ちください」
警備兵は首をひねったが、何事もなく階段を上って行った。俺達は階段の下で待たされることになった。
しばらくするとさっきの警備兵が戻ってきた。その後ろには数人の警備兵を引き連れた男がいる。長い、流れるようなまっすぐで綺麗な髪を後ろで一つにまとめ、左右の耳が人間よりも長い。容姿は人間では考えられないほど美しい。女の服を着ていたらまじめに女だと思いそうだ。
「エルフ・・・・」
おそらく彼は森の種族エルフ種の者だ。自然を愛し自然と共にある種族。大陸の三大国《東のジェイド王国》《西のユプシロン帝国》ともう一つの国《北のシルミナス国》に太古の昔からこの住む長寿の種族だ。
滅多な事では自国の領土から外へは出ない種族の彼が何故こんな所にいるのか疑問に思う。
「フハハハハ、待たせてすまなかったな民よ。私は王室特務警護部隊隊長のファイ=トライアックだ。なにぶん今は色々と立て込んでいてな。さて聞こう。お前は何者だ」
王室特務の警護隊隊長だったか。王室特務警護隊とは、この王国内で最強の名を取る戦闘部隊の名だ。このエルフがその部隊の隊長だったこととその意外な口調に驚く。
「俺はユリアン。王に重要な事を伝えるために来た」
「ほお、それは何だ?」
ファイが鋭い目つきで階段の上から俺達を見降ろす。
「聖杯戦争の再来だ」
俺はゆっくりと告げた。周りにいた警備兵達は一同唖然となった。記憶に古い太古の昔にあった戦争のことなど知らない者も多い。とにかく戦争が起こるということは伝わったようだ。
ファイはじっと俺を見る。そして
「ふむ、戦争の噂を流して混乱を起こそうとする者か。フハハハハハ下剋上か。面白い」
「違う。俺は大まじめだ」
「よいぞよいぞ、さては貴様、王の首を狙う賊だな?ギャハハハハ」
突然ファイは高らかに笑い始めた。何がそんなにおかしいのだろうか。俺はファイを睨みつける。周りにいた兵達はどうしていいのか分からずその場でおろおろとしている。
あの美しい容姿とは真逆に性格は下品ならしい。
「クックック、残念ながらそのような輩は王に会わせることは出来んのでなあ、ここで始末させてもらうぞ」
次の瞬間大気がぶれた。階段の上にいたはずのファイが突然目の前に現れた。そして迫る剣先。
「くっ・・・!」
ギャリインッ!
左斜め下から斬り上げられた剣を寸前のところで迎撃する。途方もない衝撃が肘から肩に伝わり、ぶつかり合った刀と剣が激しく火花を散らせる。
「お、今のを防ぐとはなかなかやるではないか」
ファイは何故か楽しそうだ。もうただでは帰してくれないらしい。
「やるしかないのか」
「お、覚悟を決めたか。よいぞ~よいぞ~」
戦闘が始まった。
ファイは地面すれすれを滑空するように走り出し、左手に構えられた剣を突き出す。右手は後ろに引かれていてよく見えない。俺は突き出された剣先を上からたたき落とす。
「二弾構えだ」
ファイは引いていた右腕を突き出す。そこにはもう一本の剣が握られていた。右手の剣は俺の右頬を軽く切り裂き、後ろに流れた。俺の頬から鮮血が流れ落ちる。
奴は二刀流だ。二本の剣を同時に扱う技術と習得する過程が困難だったために廃れてしまった剣法。
「のやろ!」
俺はお返しにと右膝で相手の溝を蹴り込む。ぐはッと息を吐いてファイは後ろに転がったが綺麗な動作で立ち上がり二本の剣を構える。
この男、本気で戦わないとやられる。そう直感した俺はバッグやコートを全てシグマに預け、刀一本で身構えた。
「その心意気、よいぞ~」
「・・・どうも」
二人同時に走り出し、剣を叩きあった。
俺の武器は一本なのに対し、ファイの武器は二本だ。奴の身体に刀先が届く前に弾かれる。普通に打ち合っていたら勝ち目はない。それならこれはどうだ。俺の刀の本当の力、《高周波刀》を発動させる。青白い魔力を帯びた刀をまっすぐに突き出す。
ファイは一瞬目を見開き驚きの表情を見せたが、すぐに両の剣を交差してガードした。重い手ごたえと共に、ファイは三メートルほど吹き飛ばされた。
「やっぱりな」
普通の剣ならこの一撃を受けてぽっきりと折れてしまう。仮にLMVの攻撃を受け止められたとしてもまともに使えるはずがない。しかしファイの持つ剣は二本共ひびすら入っていない。ということはつまりあの剣も俺の刀と同じLMV。
「フハハハハ、正直驚いたぞ。貴様のようなものがLMVを持っているとはな。戦いがいがある」
ファイは二本のLMVを発動させた。二本の剣が激しく燃え盛る炎に包まれ始める。まるで火の棒を持っているようだ。
「フハッ!呆けている暇は無いぞ!行くぞ、《炎の剣》」
ファイは右手の剣を横に薙いだ。すると剣、《炎の剣》の先から炎の鞭のようなものが伸び、俺に迫る。そして左の剣からも。まるで燃える鞭のようだ。さすがにこれは刀では防げない。
「くっ・・・・展開!」
右手を前に突き出し、脳内で術式を展開、マナを取り込み生命エネルギーと練り合わせる。頭の痛みを我慢して詠唱を完了すると、眼の前に薄緑色の防護壁が展開される。二本の炎は防護壁に阻まれ、散り散りに四散した。
「フハハハ、魔術も使えるとはすばらしいな。殺すのが惜しくなってきた」
「なら、見逃してくれよ」
「断る。ギャハハハハ!」
技の応酬が始まり、それからの戦闘は眼を見張るものだった。周りにいた警備兵やシグマ、ミューは呆気にとられてその場に立ちすくんでいた。さらにその後ろには騒ぎを聞き付けて集まった多くの人が群衆となって二人の戦闘を観戦していた。
「せらあ!」
「ふんっ!」
ギャリイイイン!
俺の刀は奴の二本の剣に阻まれ、奴の剣は俺の防護壁で弾く。激しく散る火花と鮮やかな炎、そして薄緑色の壁。二人の周囲は色鮮やかな光芒が飛び交い衝撃音がびりびりと大気を震わせる。
時々俺の刀が奴の身体をかすり、奴の炎が俺の皮膚を焼くがどちらとも大したダメージになっていない。
気迫に迫る戦闘の最中、ファイは笑っていた。俺がいくら鋭い攻撃を繰り出しても笑って同じように攻撃を返してくる。その時思った。こいつは戦闘狂だ。戦いが好きでたまらない奴。
俺が攻撃系の魔術を発動させようとした時、ある音が響いた。
リイイン・・・・・
澄んだ鈴のような響きが心に染みわたり、俺達の動きを止めた。俺はゆっくりと階段の上を見上げた。そこでは白い髪の男がこちらを見下ろしていた。エルフではなく人間だ。
さっきの音はあの男が発したものか。優しそうでにこにことした細い目だ。すると、突然ファイが剣を鞘に納め頭を下げた。
「騒がしいので来てみれば、これは何事ですか?」
「ホトカプラ殿申し訳ありません。怪しい者がいたものですから」
先ほどまでの下品な笑みは消えた真面目なファイが頭を下げている。こいつは二重人格かよと言いたくなる。
ホトカプラという男は狐のような細い眼でにこにこしながら俺を観察し始めた。なんだか視線が粘つくようで気持ち悪い。
「先ほど特殊な力を使っているように見えましたが、あれは魔術ですか?」
「・・・・・そうです。あなたは?」
「おっと、これは失礼。私は隣国の要塞国家ユプシロン帝国の大臣、ホトカプラ=バイトと申します」
以後お見知りおきを、と言い軽く頭を下げた。つまりさっき赤い馬車で大勢の兵士に守られてやって来たのはあいつか。大臣と言う高い位にふさわしい豪勢な服を着ている。金や銀色の装飾がちゃらちゃらと着いていてとても動きにくそうだ。
「ん、そちらの方は・・・・」
ホトカプラ大臣は後ろで立っているシグマとミューに視線を向けた。二人は見知らない人だという風に視線をあちこちに泳がせた。さすがにばれるだろう。
案の定、大臣が両眼を見開いて階段を駆け降りてきた。
「お、王子。それに姫も。探しましたよ」
「やべ、ユリアン逃げる・・・ぞ・・・・」
シグマは荷物を投げ出して逃げようとしたが、素早く走ってきた帝国の兵士達が行く手を塞いだ。逃げ場を失ったシグマとミューは大臣にがしっと肩を掴まれた。
「王子、姫。今までどちらをほっつき歩いておられたのですか!王様や我ら家臣達がどれだけ心配したことか分かっているのですか!」
「あ~うるさいうるさい。そんなに怒るとはげるよ」
「余計なお世話です!」
シグマとミューの正体、それは隣国要塞国家ユプシロン帝国の王子と姫というものだ。王宮での生活に飽き、思わず国を飛び出してしまった浮浪王子と姫。逃げている立場だから、あの時俺の後ろに隠れていたのだ。八年間の逃走人生が終わりを告げた時だった。
シグマとミューはなんともいえない悲鳴を上げ、兵士たちに担ぎあげられて王城の中へと連行されていった。俺は二人の関係者として、ファイの監視のもと王城の入城許可が下ろされた。城の廊下は全て赤い絨毯が敷かれており、埃一つも見当たらない。手入れが行き届いた綺麗な庭で鮮やかな草木が花を開いている。
二人は他の部屋に、俺は小部屋に案内され、しばらく待たされることになった。宿のものとは比べ物にならないほどふわふわのソファーに腰を下ろし、数人の侍女達が傷の手当てをしてくれる。
「おい貴様、ユリアンと言ったな」
「ん?ああ」
俺を監視しているファイは部屋の扉にもたれかかって俺を見ていた。そして横で一人の侍女が彼の傷に包帯を巻いている。
「あの魔術はどこで学んだのだ?」
「・・・・悪いが教えられない」
リリアスやアリアークの事は今はまだ黙っておきたい。知られれば彼女達に迷惑がかかるかもしれない。
ファイはじっくりと俺を睨んだ後、ふきだした。
「ぶははははは、そうか言えないか。くくくくっ、貴様さては相手をいじめて楽しむタイプだろ。フハハハハハ」
「それはあんたの性格だろ」
「お、よくわかったな、ギャハハハハ」
なんだかこいつと会話をすると全身が疲れてくる。
シグマとミューが綺麗な服装に着替えて来るまで俺はずっとファイの下品な笑いに付き合うはめになった。
どうも~こんにちは~。
今回は新しいキャラをふたりも出してしまいました。
二人とも、今後物語に大きく関係していく大切な存在です。
次話も同じように数人出すつもりです。
わかりにくくなるかもしれませんが、そこはなんとか努力します。