025-王都ジェイディアス
俺の生まれた国、ジェイド王国の首都名は《ジェイディアス》。様々な物が様々な地方から集められ、ジェイド国王様が直接治める発展した都市だ。都市自体に永久化の魔術が掛けられており、建てられてから数千年たった今でも新築同様の美しさを持つ都市だ。
都市の周りを囲むようにして流れているリザーク河には巨大なアーチ状の石橋が架かっている。三台の荷台が横に並んでも楽々すれちがえるほど橋の幅が広い。その橋の両端の空中に辺りを照らす光の塊がふよふよと浮いている。暗くなると自動的に辺りを照らし始める、永久化された魔術の一つだ。
石橋を越えると、都市を囲む巨大な城壁が近づいてきた。軽く十メートルくらいの高さはありそうだ。その城壁の上には一定間隔で光りの塊が浮いており、とても明るい。
都市に入るための門には、左右に二人ずつの四人の警備兵が立っていた。全身を黒いハーフプレートメイルで覆い、黒い羽のついた大きなバイザー付きの兜を頭かぶっている。そして手には二メートルぐらいの槍。もちろん警備兵が持つのはLMVである長槍。槍の矛先は手入れが行き届いているようで、刃が光りを反射してぎらりと輝いている。
「首都に入られますか?」
ガシャリと鎧のいい音を立てて警備兵の一人が歩み寄ってくる。皆を代表して俺が頷く。
「夜更けなので確認が必要です。身分を証明する物はお持ちですか?」
「ああ」
俺はバッグから折りたたんだ一枚の羊皮紙を取り出し警備兵に渡す。首都や重要な施設に立ち寄る時には身分証明が必要不可欠になっている。もし身分が証明できなければ、最悪、賊として拘束されてしまう可能性もある。
警備兵は俺の渡した羊皮紙に黙って目を通していく。
「行商の方ですか」
「ああ、今珍しいものを探して各地を歩いている」
俺の職業柄は一応、行商人となっている。各地の遺跡に入りお宝を発見するのが目的だが、その過程で手に入れたお宝等を宝石店や遺跡マニア等に売ったりしている。
警備兵はちらりと俺達のなりを確認する。俺は腰に刀をさしており、シグマは背中に槍を装備している。行商人にも見えなくはないが、少し怪しい。
俺の身分を確認した後、次はシグマとミューが同じような羊皮紙を出す。隣国の出身である二人は、俺とは少し違った身分証明が必要だ。自国の紋章と国境通行許可証、武器の提示をしなければならない。
全ての検査が終わると、警備兵は羊皮紙と武器を俺達に返し、門を開けてくれた。
「ジェイド王国の国民であるユリアンさんは国王の権限に置いて王都への通行許可は保障されています。そしてユプシロン帝国の方々、我らジェイド王国一同歓迎いたします。ようこそ、ジェイディアスへ」
門をくぐると、思わず目がくらんだ。広い大通りがまっすぐと伸びていて、また一定間隔で空中に深理の塊が浮いて辺りを照らしている。外とはまるで別世界のように明るく、光に満ち溢れていた。
初めて都市に訪れる者は誰もが驚くというが、全く持ってその通りだ。大通りは多くの人が行きかい、現在は夜だが昼間並の活気が満ち溢れている。騒がしすぎて昼間かと間違いそうだ。
「飯だあ~、なあ、どこの宿に泊まろうか?」
「久々に広いところがいいですねえ」
兄弟二人が呟いている。旅で各地を回り、経済的にあまり余裕がない旅人にとってはあるまじき考えだ。だがそんな考えを抱くのも仕方がない。なんせ二人はかなりの金持ちの生まれで、何不自由ない広い御屋敷でのびのびと暮らしていただからだ。
「まあいいか。金は沢山あるし」
ザウエル領地のザウエル公爵から貰った金貨と、遺跡から手に入れた宝石類を合わせれば、豪邸のような宿に軽く一年は滞在できるほどの額だ。
お正直俺は貧乏な暮らしだったため、広々とした宿に泊まってみたいというささやかな願望がある。今日この時がその夢を叶える時だ。
「まあいいか。シグマ、宿は適当に決めてくれ。高いところでもいいぞ」
「マジか!さすがユリアン、太っ腹!」
きゃいきゃいとはしゃぎながら宿探しを始めた。しかし都市や高い宿等で宿泊することなどあまりないので、どこがいい宿なのか分からない。
どこも同じに見える。
「おい、シグマ。どこがいい宿なのか誰かに聞いてみてくれよ」
「分かった」
シグマは張り切って傍を歩いていた若い娘に話しかける。
「もし、そこのレディ。俺達は旅の者だが、どこかいい宿を紹介してくれないかい?」
普段の彼からは考えられない口調と紳士的眼差しがシグマの口から発せられた。俺は卒倒しそうになり、ミューは腹を抱えて爆笑し始めた。
話しかけられた若い娘は肩をビクリと振るわせしばらくの間呆然としていたがすぐに我に返った。
「あ、この通りをまっすぐ行くと《コーンイン》っていう宿があります」
「どうもありがとう麗しきレディ」
シグマは教えてくれた娘の手の甲にキスを残して帰ってきた。これがシグマの癖なのだ。女を相手にすると何故かさっきのような紳士的口調に変わるのだ。容姿ではもてるが、顔と性格のギャップがありすぎて逆にもてない。
突然のことに驚いて、娘は再び呆然としてその場に立ち尽くしていた。
俺達は若い娘の教えてくれた通り大通りを進み、《コーンイン》という宿に入った。
首都なため様々な物が溢れかえり、物価が安い。宿代も同じく多くの人々が訪れるため手ごろな価格になっている。
天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がっている。そして壁という壁には何本もの蝋燭立てが取り付けられており、蝋燭が明るい光を放っている。俺の故郷、ローズベクトでは考えられない明るさだ。ローズベクトは夜になると闇に包まれ、一メートル先もまともに見ることができなくなる。蝋燭なんて高価で使えるもんじゃない。
俺達はさっさと寝てしまいたかったので、早速部屋を取り、荷物を置いた。そして久々の広いベッドに身を投げる。ぼふんっ、と軽くワンバウンドして俺の身体は柔らかい布団に包まれた。身体の疲れが一気に出てきた。
「はあ、つっかれたああ~」
「ユリアン、飯食いに下りようぜ」
シグマのお腹は空腹で先ほどから小さく鳴り続けている。一緒にいるこっちまで恥ずかしかしい。俺を待たずにシグマは部屋を飛び出し、一階の食堂へと下りて行った。
やれやれと、重い身体を起こして俺も部屋を出る。
食堂で料理を頼むと、久々の豪華な食事がずらずらと出てきた。そんな料理に圧倒されるのも柄の間、数分後には俺達はきれいさっぱり料理を平らげ、大きなお皿だけが残っていた。
ホールに移動した俺とミューはしばらくいっぱいになった腹を押さえていた。
「くはあ、ビール最高!」
隣ではシグマが食後のビールを飲んでいる。
ジェイド王国の民は大体二十歳からアルコールの摂取を許可されているため、そのため俺はまだ飲むことが出来ない。しかしシグマのユプシロン帝国は十八歳から許可されているため、十九歳であるシグマはビールを飲むことが出来る。以前、こっそりとビールを飲んだことがあるのだが、喉がカッカするだけで全然おいしいとは思えなかった。誰か教えてくれ。どうしてあんなものがうまいんだ?大人になれば分かることだろうか。
うまそうに喉を鳴らしているシグマを入れて俺達は明日の計画を話しあう。
「俺とミューは特に予定はないけど。ユリアンは、どうするんだ?」
「俺は明日、国王に謁見して大陸の全土通行許可証を貰いに行くつもりだ」
「通行許可証なら、別に王に報告、ひっ、しなくても発行、出来るけどひっく」
確かに通行許可証だけなら、必要事項を記載した羊皮紙をある役所に提出すれば数日後には発行してくれる。だが、俺は王に直接会って話さなければならないことがある。いずれ起こりうる聖杯戦争について説明しなければならない。
リリアスがいない今、信じてもらえる可能性は極めて少ない。しかし、今の国王は歴代の中でも優しいと評判だ。可能性は少ないが、なりふり構っていられない。
「まあ、いいけど、ひっく。俺らも一応、ひっ、付いて行くわ、ひっ」
「兄様、そろそろ飲み過ぎですよ」
大きなビールジョッキ六杯分目を飲みほしたシグマの顔は真っ赤だ。これは後で部屋に運ばなければいけないパターンだ。全く、面倒事を増やしてくれる。
「もしも話を信じてもらえなかったときは、しょうがない。普通に手続きして通行証を手に入れるさ」
「まあ、そんときゃあ、ひっく、俺がなんとかしてやるよ、ひっく、うえあ」
一通り計画を話し終えた俺達は部屋へと戻った。当然シグマはぐでんぐでんに酔いつぶれ、俺が肩に担いで行った。
シグマをベッドに放り投げた後、俺はバルコニーに出て闇に染まった空を見上げる。星が瞬き、とても綺麗だ。
「あら、こんな所で奇遇ですわね」
不意に隣の部屋のバルコニーから声を掛けられた。以前聞いたことのある、あのお嬢様のようなしゃべり方。隣に視線を向けるとまず流れるような長い黒の髪が視界に入った。片手には黒の扇子を持ち、優雅に仰いでいる。
「シルフィ!あんたもこの宿に」
「ええ、ここがいい宿だと聞き及んでいましたので」
ザウエル領地でまだ見つけられていない遺跡の場所を教えてくれた女性、シルフィアールだ。リリアスやアリアークのような美しさを兼ね備えているかなりの美女。時々感じる冷たい感じを除ければ最高だと思う。
彼女は俺と同じく夜空を見上げた。
「何か手に入れられまして?」
「あ、ああ。いいものが手に入った。シルフィが教えてくれたおかげだ。ありがとう」
彼女が教えてくれた遺跡には膨大な額のお宝と魔石があった。前はお礼を言い忘れていたことを思い出し、改めて言う。
「ふふ、お役に立てたなら光栄ですわ。それはそうと、今はいないのですわね」
「え?」
「いえ、こちらのことですわ」
彼女が俺を見る目、それは心の内を覗かれているようで落ち付かない。漆黒の双眸が俺をまっすぐに見つめる。
「いつまでもそれでは何も出来ませんわよ」
「何のことだ」
彼女は笑って俺に向かって一歩を踏み出した。
俺と彼女がいるのは二階のバルコニーだ。当然各部屋のバルコニーは分かれており、バルコニーの間は何もない。手すりを越えてそんなところに一歩を踏み出せば一階に落下してしまう。
俺は慌てて彼女に手を伸ばそうとする。だが
「なッ・・・・・・」
「早くその力を使いこなさなければ、後々後悔しますわよ」
落ちたと思った次の瞬間、彼女は俺の眼の前に立っていた。いつの間にこちらに渡ったもだろうか。瞬間移動でもしない限り不可能な早さだ。
黒の扇子で俺の額をコツと突き、彼女は俺の耳元で囁いた。
「姫の力はあなたが制御しなければなりませんのよ」
《姫》という単語に驚き、俺は後ろに飛び退く。すると、先ほどまでそこにいたはずの彼女はどこにもいなかった。小さな夜風が吹き、優しく髪を撫でる。
ザウエル領地の時でもそうだった。物音一つせずに俺の近くから消えた。あり得ない。
俺はその場で絶句した。
隣の部屋を覗いてみるが明りは一つもついておらず、人がいる気配は無い。つまり彼女はこの宿に泊まってはいない。一体彼女は何者なんだ。
「ん?・・・・・あれは」
しばらくバルコニーで風に当たっていた俺は下の薄暗い路地を走る男に気がついた。真っ黒のコートを羽織り、闇にまぎれようとしているが今の俺にはその姿が良く見える。毛の穴まで見えそうだ。やや細い体に顎に生えた無精髭。頬は痩せていてくぼみ、黒く汚れている。よく見ると身なりもかなり汚い。
男は息を切らし、何かから逃げるように走っていた。
「おい、サーマル。そんなに急いでどうした?」
走っていた男は俺の知り合いだった。ただし、表世界での付き合いではなく、裏世界での付き合いだ。彼の名はサーマル。裏世界で様々な情報を取り扱っている情報屋だ。
サーマルはビクリと肩をすくませて立ち止まった。おそるおそる顔をあげてこちらを見る。すると、さっきまでの恐怖が嘘のようにぱあっと表情が明るくなった。
「だ、旦那!た、助けてくだせえ!」
「?」
彼は壁の凹凸や窓枠などに手を掛け、軽い身のこなしで二階まで登ってきた。顔は先ほどのように恐怖が張り付いていた。
「久しぶりだなサーマル。それよりもそんなに急いでどうしたんだ?」
「お、お久しぶりでごぜえやす、旦那。じ、実は追われてやして」
「誰に?」
彼の話しによると、情報を提供した客が情報にいちゃもんをつけていきなり襲ってきたというのだ。情報は絶対ではない。時間の経過によって変動は起こる。情報屋というものはそれらのことを了承したうえで使うものなのだ。間違っていても文句は言ってはいけない。そういう暗黙の了解というのが成り立っている。
話している内に、暗い路地の向こうから走ってくる男が見えた。無駄に筋肉質で、頭はスキンヘッドだ。右手にはファルシオンが握られている。街中での武器の抜刀行為は違反であるが、場所が路地なためばれない。
スキンヘッドの男は暴言をわめき散らしていた。俺の隣にいたサーマルが小さく悲鳴を上げてうずくまった。
「ちくしょお!どこ行きやがったサーマルの野郎!」
スキンヘッドの男は相当怒っているようだ。路地に置いてあったごみ箱や木箱等を見境なく切り刻み始めた。
「おい、そこの坊主。ここを弱そうな男が通らなかったか?
男はバルコニーから見下ろしている俺に気がついたようだ。俺は思わずため息をつきながら答えた。
「ああ、通った」
「どっち行った?」
この男は暗黙の了解という物を破った。それはつまり裏世界に属する者全てを敵に回したということだ。裏世界に属している者は即刻この男を殺さなければならない。一応裏世界に属している俺はこいつを殺すことが出来る。だが俺は殺しが好きではない。戦争を無くそうと考えている今、殺しをするわけにもいかない。
「てめえなんかに教えるかよ。このはげダコ」
「何?」
「ぶはッ!」
俺の暴言に男は眼を見開き、後ろにいたサーマルは思わず吹き出した。
「《いかなる理由に置いても情報屋を襲うことはしてはならない》ルールを破った者は即刻抹殺しなければならない」
俺も裏世界に属していることを男はすぐさま理解したらしい。顔が微妙に歪む
「う、うるせえ!サーマルの情報が間違ってたんだよ。仕返しをして何が悪い!」
「情報屋はそういうものだ。それでもお前は“情報屋に報復してはいけない”という暗黙の了解を破った。許されるべきじゃない行為だ」
男はごくりと唾を飲み込む。手に持っている剣ですぐさま俺を斬り倒してしまいと思っているだろうが、俺が二階にいるせいで何もできない。
俺は冷やかな目で左手の平を男に向けた。男の身体がビクリと震える。
アリアークから渡された膨大な情報にアクセス。今の俺でも発動が可能な魔術をピックアップ。その中でさらに簡単で目立たないものを選択、体内にマナを取り込み生命エネルギーと練り合わせる。
「さっさとこの地から立ち去れ」
頭の中の魔術展開方式に従ってマナを配置、術の発生位置を設定。全てが整うと、頭の中に言葉が流れ込んでくる。始動語、つまり魔術を発動させるために必要な言葉、呪文だ。
一字一句間違えないように小さな声で詠唱する。
シュパアッ!ズドドドドドッ!!
詠唱が終わった瞬間俺の手の周囲に陣が形成され、幾本もの黒き槍が形成され男に向かって放たれた。心配しなくても狙いは全て外してある。どうにか魔術を発動させることに成功して俺は安堵の息を付く。と同時に小さな恥ずかしさを覚える。
下では男が腰を抜かして倒れていた。俺の放ったマナの槍は軽々と路地の地面を貫き、男が持っていたファルシオンを粉砕していた。恐るべき威力。
「これに懲りた二度と情報屋を襲うなんて馬鹿な事はやめろ」
放心状態だった男は俺の声で我に帰り、弾かれたように走って逃げて行った。
「だ、旦那、さっきのは、ま、魔術じゃねえですかい?いったいどこで?」
「まあ色々あってな。それよりもお前に聞きたいことがある」
びくびくと怯えているサーマルを連れて部屋に入る。俺の放った魔術の黒き槍はしばらく時間が経てば消えるだろう。
しかし魔術を使うと頭に激痛が走るのはどうにかならないものなのか。