020-聖獣の歌姫 ※イラスト有り
岩陰から現われたのは一人の少女だった。しかし人間の少女ではない。
猫のような大きな耳が頭に生え、狐のようなふさふさとした大きな尻尾が左右にゆらゆらと揺れている。茶色の髪が長くたなびき、とても綺麗だ。
年齢は俺と同じくらいか。リリアスよりは年上に見える。
「・・・・・」
俺は少女の美しい容姿に言葉を失った。
彼女はこの大陸に古くから住む太古の種族、獣人の類だ。
なぜこんな所に獣人がいるのかとまず疑問に思う。彼らの種族は、北の大地で生活しているはずだ。よほどのことが無い限りあの地域から出ようとしないため、滅多に姿を見ることができない。
「やはりあなたも永き眠りに?」
「当たり前よ。戦いを止めようとしているのはリリアスだけじゃないんだから」
次に疑問なのは、リリアスと面識があるということだ。リリアスは二千年前に眠りに着き、誰とも会っていないはずだ。獣人の寿命は人間よりは長いものだが、二千年生きる者というものはいない。
リリアスとその現われた少女を見比べてみると、二人とも瞳の色が紅に染まっている。
「それよりも、この程度の敵を倒せないなんて。随分と弱くなったものね」
「・・・・・」
口調はリリアスと違ってかなりぶっきらぼうだが、彼女と同じような気高さが感じられる。リリアスは黙って少女を睨んでいる。
「ふん、・・・で、あなたがリリアスの王?」
突然彼女が俺に視線を向けた。頭のてっぺんから足の先まで、じろじろと監察するように眺めまわし、最終的には鼻をひくひくさせて俺の匂いまで嗅ぎ始めた。
さすがは身体の半分に獣のDNAが入っているだけのことはある。一つ一つの動作が猫みたいだ。
「アリアーク、いくらあなたでも我が王に危害を加えるのならば私が全力で阻止します」
「あなた程度の力であたしを止めるですって?」
「はい、まだあなたを退けるほどの力は残っています」
リリアスが俺と少女の間に立ちふさがった。数秒の間睨みあいが続いた。
「あ、ええと、リリアス。こいつは誰だ?」
「・・・・彼女は、私と同じ姫です」
俺は後頭部をガツンと殴られた気分になった。姫はリリアス一人だけだと思っていた。シグマとミューは話しが分からないという風な表情をしている。
姫だということはリリアスと同じ二千年前の人間で、魔術を発動させることができるということか。
俺の頭がパニクっていると、少女が話しかけてきた。
「一応挨拶はしておくわ。《聖獣の歌姫》―アリアーク。リリアスから聞いているとは思うけど、二千年前の者であり、王に仕えていた姫の一人よ」
「ゆ、ユリアン=フライヒラートだ・・・」
俺の反応にアリアークは軽く頷き、視線を再びリリアスの方へと向けた。
後ろにいるシグマとミューには興味が無いらしい。一度も視線を向けなかった。
「あなた達は何の用でここに来たわけ?リリアス、ここはあたしの統治下だったことを忘れた?」
「竜用の鞍を一ついただきに来ただけです。まさかあなたがまだ生きているとは思いませんでしたので」
リリアスの言葉には少し刺がある。
「あなたも予言を回避するために眠りについたのですか?」
「ええそうよ。あたしが目覚めたのは一年前。随分とさびしい世界になってしまったものね」
アリアークは少し悲しい顔になる。
二千年前は一体どれだけ美しいものだったのだろうか。きっと想像もつかないほど綺麗で素晴らしいものだったと思う。
「まあいいけど。鞍なら一つあげるわ。そのかわり早々にここを立ち去りなさい」
「・・・・無論そのつもりです」
アリアークが軽く右手を振ると、突如壁一面に複雑怪奇な絵や陣が出現し、消えた。文献で見た古代の文字で表記された魔術陣だろうか。初めて見る。
後でリリアスに聞いてみると、さっきので対空迎撃用の魔術が解除されたそうだ。これで竜も飛んで近づく事ができる。
アリアークに案内された隣の部屋には、金や銀に輝く様々な竜用の鎧や鞍が置いてあった。売ればいくらぐらいになるだろうか。国を丸ごと一つは買えるぐらいだろうか。
「すっげえ!こんなん見た事ねえ」
「兄様、これ純銀製ですよ!」
シグマとミューがキャーキャーと騒いでいる。
リリアスは鎧には目もくれず、あの白竜に似合う鞍だけを選び出す。正直竜にどの鞍がいいなんて分かるはずもない。
「なあ、リリアス。アリアークはお前と同じ姫なんだろ」
「・・・・はいそうです」
あまりアリアークの話はしてほしくないらしい。あからさまに嫌な表情をした。
「彼女の力は歌です。歌で様々な傷を癒し、平和を愛しています」
《安息と命を守護するアリアールバーク》
この大陸で平和の女神として崇められている神の一人だ。
リリアルベースが剣と勝利を掲げているように、彼女は歌で平和を訴えかけているということか。
「ということは、お前と同じような力を持っているわけか・・・」
俺は部屋を出てアリアークを探した。彼女は大きな岩の上に座り、天井に開いた穴から月を眺めていた。愛おしそうに、悲しそうに眺めている。
「なあ、アリアーク」
「・・・・ああ、リリアスの王か。あたしに何の用?早々に立ち去れと言ったはずだけど」
「お前と話がしたくてな」
アリアークは物不思議そうな顔をした。
「お前には仕える王はいないのか?」
「いないわ。二千年前にはいたけど、あの王は正直嫌い」
リリアスにも聞いたあのエロ大王のことか。どうやら彼女も同じように王を嫌っているらしい。ずいぶんな不評だと思う。
「なら俺に力を貸してくれないか?お前も未来に起こる戦争を回避するためにこの時代に目覚めたんだろ。だったら願いは俺と同じだ。おれも戦争を無くしたい。そのために旅をしている」
アリアークは眼を丸くして俺を見下ろした。
獣の耳がパタパタと動いてとても可愛らしい。
「それはつまりあんたのものとなれということ?」
「ああそうだ」
俺とアリアークは睨み合う。威圧的な紅の瞳に負けそうになるが、どうにか視線をまっすぐと向けた。
アリアークを味方にすることができれば、大きな力を手に入れ、戦争を回避しやすくなるかもしれない。取れる手段は全て取っておかなければ。
赤い瞳は心の中が見透かされているような、気持ち悪い感覚を与える。
「嫌よ」
「何でだ?戦争を回避したくないのか?」
「別に王はいなくても力を発揮できるし、あたしなりの方法で戦争を回避するつもりよ」
確かに、彼女は俺と契約する理由がない。
ここで無理に契約を結んだとしても、彼女は俺の命令には従ってくれないだろう。
「お前は必要なくても俺には必要なんだよ。戦争を回避するためには大きな力が必要なんだ」
「・・・・ユリアンと言ったわね。あなたは力を振りまわす暴君にでもなるつもり?」
「暴君にはならない。この世界から争いを無くしたいだけだ」
俺とアリアークはまたしばらく睨みあった。
彼女は歌で傷を治癒する力を持っているらしい。彼女の協力があれば、戦いで傷ついた人を癒すことができる。
真剣な眼差しで彼女と向き合う。
「むう、そんなに求められたのは初めてね。目覚めてから一年、各地を回ってみたけどあなたほど志が強い者はいなかったわよ」
心なしか彼女の頬が赤い。
「だけど、改めて断らせてもらうわ」
「っ・・・・」
「あたしは別に王に困っていないし、王がいなくとも十分力を発揮できる。リリアスのようないつ消えてもおかしくないような不安定な体ではないしね」
一瞬彼女が何を言ったのか分からなかった。
リリアスがいつ消えてもおかしくないだと。頭の中が混乱する。
「どういうことだ?」
「言葉の通りよ。リリアスの体内に残っている魔力は残り少ない。じきに力を失い消えてしまうわ」
「い、以前に魔石から魔力を吸収したぞ」
「それも微々たるものよ。二千年前のこの身体をいつまでも保ち続けるには膨大な量の魔力が必要になる。完全に回復させるにはもっと沢山の魔石から魔力を吸収する必要があるのよ」
俺は体の向きをかえ、全力で走りだした。リリアスが消える。そんなまさか。
鎧や鞍などが置いてある部屋に掛け込み、鞍を選んでいるリリアスの両肩を掴む。
突然掴まれたリリアスはきょとんとしている。
「おい、リリアス。もうほとんど力が無いって本当か?」
リリアスは両眼を見開き、途端に暗い顔になった。
「アリアークに聞きましたか。・・・・はい、彼女の言う通り、私の身体にはほとんど魔力が残っていません。より多くの魔石を集めて回復しなければ、この体を維持できなくなります」
先ほどゴーレムの集団を黒い斬撃で分断した時、息を荒げている理由が分かった。これ以上リリアスの力を使えば、間違いなく彼女は消える。
早く魔石を見つけてリリアスに吸収させなければ。しかし魔石はどこにあるか分からない。探している内に彼女が消えてしまうかもしれない。
「心配しないでください、我が王。私はいつまでも王の御傍にいますから」
リリアスは俺の胸に顔をうずめ、後ろに手をまわした。
「・・・だったら、一つ王として命令していいか?」
「はい、なんなりと。私の全ては王のものですから」
「ずっと俺の傍にいてくれ」
「・・・・はい、よろこんで」
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