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002-炭鉱の街《ローズベクト》 ※イラスト有り

 遥か太古の昔、この大陸には今はもう無い魔術が溢れ繁栄していたという記録がある。

 しかし、いつの時代でも争いは絶えず、人はいがみ合う。魔術士を投入しての世界規模の戦争《聖杯戦争》があった。様々な魔術が飛び交い、高度な文明は数カ月にして滅びた。



 それから二千年もの時が過ぎ、かつての戦いは人々の記憶から忘れ去られ、今はその痕跡を各地の古代遺跡に残されているにすぎなかった。

 そして昔は一つだった国は三つに分かれ、それぞれの新しい文明を築いていた。


《ジェイド王国》―――黒き髪と黒き瞳を持つ人が多く住み、古くから竜が住むと言い伝えられている古代の遺跡が数多く発見される東の王国。

 そのジェイド王国のさらに東の果てに存在する街。四方を高い山脈と森に囲まれ、様々な鉱石や宝石が採れる鉱山や洞窟が多く存在する《炭鉱の街》―――《ローズベクト》。ここが俺、ユリアン=フライヒラートの生まれた平穏な街だ。

 街は常に活気に溢れ、鉱石を鉄に精製する際に発生する熱で一年中温かい。










「ちょっとユリアン!今までどこに行ってたの・・・・ってどうしたのよその格好!」

「いや、ちょっとな」


 街に戻ると、怒りをたぎらせ顔を真っ赤にした幼馴染の少女が炭鉱の入り口に立っていた。怒ってもいまいち迫力のない童顔。茶色の長い髪。小柄の身体を包む服はすすで黒く汚れている。



挿絵(By みてみん)



 怒っていたはずの彼女は、俺の姿を見て顔を青ざめる。俺は斬った鬼の返り血で全身が緑色だ。

 偶然見つけた洞窟で鬼と遭遇し、倒したという話しをすると、幼馴染はいきなり俺の手を取り走り出す。向かった先は、この街で唯一の井戸がある広場だ。


「ん?井戸に何か用か?」


 そこで俺はいきなり服を脱がされる。なんて破廉恥な。男の服を無理矢理脱がす女性は初めて見た。幸い辺りにいる者達は仕事が忙しいらしくこちらには眼もくれない。


「え、ちょっとシャル!」

「いいから早く汚れた上着を脱ぎなさい。洗うから」


ああ、何だ。洗ってくれるのか。俺はもっと違う、大人の階段を上るようなことをしでかすのかと思った。期待して損した。残念。そんな俺の心境を知るよしもなく幼馴染の少女、シャルロット=アルバーンは俺の汚れた上着を水に浸けていく。


「何?その眼は」

「なんでもないでぃす。・・・・冷たっ!」


 がっくりと項垂れた俺は頭から井戸の冷水をぶっかけられる。街の外の洞窟からここまで走って来たおかげで火照ってしまった体を一気に冷やす。今の時期は段々暖かくなっている春だが、凍える真冬に戻った気分になる。歯ががちがちとなる。しかしおかげでこびりついた鬼の体液が大体流れ落ちた。

 俺の上着を水に浸け終えたシャルはくるりとこちらに向き直ると、腰に手をあてていきなり説教を始める。


「もう、ユリアン。あんまり危険な事はしないでっていつも言ってるでしょ」

「そんなこと言われてもな。俺の職業はトレジャーハン・・・」

「分かってるわよ。遺跡に行けば常に危険が伴うことぐらい。でもたまにここに帰って来た時ぐらいは危ないことはやめて、ゆっくりと休んで欲しいのよ」


 俺は言葉につまる。昔からそうだ。こいつに口喧嘩で勝ったことは一度もない。頭の中で何か言葉を探すが、まっすぐで真剣な瞳を向けられ、あ~う~としか唸ることしかできない。


「・・・あ~、わかったよ。俺が悪かった。次からはちゃんと休むよ」

「約束よ」


 正直俺は体を休めるという時間が惜しい。そんな時間があるなら一つでも多くの遺跡に入り、お宝を探すほうが断然たのしい。もちろんそんなことを口にできる訳もなく、眼の前の幼馴染に両手を上げて降参する。


「そのままじゃ風邪ひいちゃうから、家に来て。タオルと服渡すから」


 シャルはスカートをひるがえし走っていく。俺も後に続く。桶の水に浸けたままの上着はしばらくそのままだ。

 走ると、風が水で濡れた体にあたり、俺の体温を一気に奪う。

 向かったのはシャルの家。赤煉瓦で建てられた2階建ての家は懐かしい香りがする。幼い頃よくこの壁に向かって泥団子をぶつけたものだとしみじみ思いだす。


「はいこれ」

「おう、ありがとう」


 シャルの持ってきたタオルで頭と体を拭き、貸してくれた大きめのシャツをかぶる。明らかに俺の体型と合っていない、ダボダボのサイズだ。おそらくこれはシャルの父親、グロック=アルバーンさんの服だ。痩せている俺と違い、あの人は筋肉が山のように盛り上がっている。あの優しそうな顔が無ければ、どんな盗賊でも逃げ出しそうなほど筋肉質だ。


「グロックさんはまだ帰ってきていないのか」


 そろそろお日様が空の頂点に登り、炭鉱のお昼休みとなる時間のはずだ。今家の中には俺とシャル以外は誰もいないらしい。

 緊張する。一つ屋根の下に一組の男女。緊張せずにはいられない。幼い頃はそんなことは無かったが、俺は今十九歳。シャルは一つ下の十八歳。やばい年頃だ。


「シャ~ル」

「え、きゃ!ちょちょっと!」


 ついに我慢できなくなってシャルを後ろから抱きあげる。案外軽く、ひょいと持ち上げる。シャルは顔を真っ赤にしてじたばたと手足を動かしたが、すぐにおとなしくなる。


「ちょっと、ユリアン・・・・ひゃっ」

「ん~?何だ~」


 抱き上げたまま顔をシャルの髪にうずめ、匂いを嗅ぐ。相変わらず服は汚れているが、いい匂いがする。

シャルは今俺にされるがままになっている。さてここから何をしようかと考えた時、街の空気が変わった。












「ゆ、ユリアン?」

「・・・何だこの空気」


 先ほどまでの仕事の活気と温かい空気が、どす黒い冷たい空気へと一変した。窓から見える空は先ほどと同じ快晴の青空だが、この街を包む空気だけが変わる。家の中にいても分かる。気温が五度くらい下がった感じだ。

 冷たい空気が俺の嫌な予感を刺激する。


「まさか!」

「きゃっ!」


 シャルを降ろし、家の外に飛び出す。家の外はより強く感じる。この感じは、遺跡でよく感じる殺気に近い。

 より嫌な感じの強い方向へと走る。街の者も異変に気がついたらしく、作業の手を止めて空を見上げている。食用として飼われている鶏や豚がせわしくなく鳴く。


「俺の予想外れてくれよ・・・」


 走るほどに暗い空気がどんどん重くなっている。見えてきたのは鉱石や宝石を採掘する炭坑の入り口。発生源はあの奥からだ。闇を照らすランプを点けている時間はない。迷わず炭坑に掛け込む。

 薄暗い炭坑の奥へと向かって、掘り出した鉱石を外へ運び出すためのトロッコを走らせるレールが延びている。

しばらく走ると奥からいくつもの影が走ってくるのが見えた。


「うわああああああああ!」

「ひえええええ!」

「死にたくね~よ~~!」


その影達は炭坑の奥で鉱石を採っている男達だった。皆恐怖に取り付かれ、物すごい顔で一目散に走ってきている。その中にはグロックさんもいた。他の者と違って慌てず、落ちつき、逃げ惑う皆を安全な場所へと誘導していた。


「グロックさん!何があったんですか?」


 俺の着ているダボダボのシャツに一瞬眼を丸くしたが、すぐ元の顔に戻る。


「掘り進めていたら、どっかの鬼が沢山いる洞窟につなげたみたいでな。命からがら逃げてきた訳だ。早く炭坑を封鎖しねえと大変なことになる」


 男達が走って来た奥の暗闇を見ると、いくつもの金色の眼が光って見える。俺の嫌な予想が当たってしまった。

 ここを封鎖すると言っても、バリケードを造るには少し時間がかかる。ぜったい間に合わない。鬼が街に侵入し被害者が出るのは誰でも想像がつく。


「グロックさん!早く炭坑から出てください」

「お前はどうするつもりだ」

「ここで鬼をくい止めます。その間に衛兵を呼んでください」


 俺は高周波刀を抜き放ち、超振動を起こさせる。そしてそのまま天井の岩を斬り崩す。硬い岩がやすやすと斬り裂かれ、落ちてくる。崩れ落ちた岩は見事に道を塞ぎ、炭坑を封鎖した。俺もろとも。

光が閉ざされ、辺りは真っ暗だ。金色に光る鬼の眼以外は。


「おい、大丈夫か!」


 岩の向こうでグロックさんが俺の安否を確かめてくる。どうやらグロックさんは落とした岩の被害にあわなかったようだ。よかった。これで巻き込まれて怪我でもしていたら俺はどうしようかと思っていたところだ。彼の無事を声で確認し、胸を撫で下ろす。


「大丈夫です。問題はありません」

「嘘をつけ、鬼が沢山来ているだろう」


 その言葉の通り、今俺の眼の前には二十体ほどの鬼がいる。細長い顎に並んだ鋭い牙をぎちぎちと鳴らし、死臭のような臭いを放っている。これだけの数ならば今まで何度でも出会ったことがあるのだが、正直勝てる気はしない。

 俺の職業はトレジャーハンター。遺跡に残されたお宝が目当てであって、鬼と戦うことは目的でない。ゆえに今までは逃げるか、どうしてもという時にしか戦っていない。

しかも今は明りが無い。金色の目玉で鬼の大体の位置は分かるものの、ここから生きて出るためにはどうしても明りが必要不可欠だ。


「まあ、なんとかします」


 俺は笑って答え、刀を中段に構える。岩の向こうで俺の名を呼ぶ声が聞こえるが、無理矢理聞かないようにする。もうこれは賭けだ。ここから生きて出られる確率は限りなく低い。ここで命を落とすかもしれない。

 生きているうちにやりたかった事をいろいろと思い起こしてみるが、どうしようもない。

 不意に彼女の笑顔が思い浮かぶ。


「・・・・シャル・・・」


 最後に彼女の名を呼び、俺は眼を閉じる。意識を集中させ、肌で空気の流れを感じる。炭鉱に吹き渡る冷たい風がハッキリと感じ取れる。

 鬼の低い体温が空気を伝わって感じる。


「いくぜ、鬼共」


 俺は死の覚悟を背負い、鬼へと向けて地面を蹴った。











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