016-勝負
春の日差しがポカポカと俺達を照らす。防寒用に厚いコートを羽織っていた俺はもう汗がだらだらだ。
リリアスが魔術を使って涼しくしてくれると言ったが、遠慮した。魔力はなるべく使わず温存しておいた方がいい。
「リリアスさんの瞳って綺麗ですね―」
「・・・・・」
ミューが綺麗な瞳を羨ましがるが、リリアスは全く反応しない。無言でまっすぐ俺の方を見ている。これはなんとかしてくれというサインだろうか。
「あ~と、リリアス。綺麗だぞ」
「ありがとうございます。我が王にそのようなお言葉をかけていただけるなんて光栄です」
「ちょ、ユリアンさんにだけ反応するなんてひどいです。ぶー」
どうやら、俺以外の者には基本反応しないらしい。ミューがいくら話しかけても眉ひとつ動かさず無言を貫き通している。
「もういいです。ユリアンさんに話しかけますから」
初めてリリアスの表情が変わった。
ミューを睨み、両腕に一瞬で巨大な剣を展開した。剣の周囲にはまがまがしい黒い魔力が渦巻き、今にもミューを斬ってしまいそうだ。
突然の事で訳が分からないミューは顔を恐怖で凍りつかせている。
「ちょ、待てリリアス。落ち着け。剣を仕舞え」
「・・・御意」
リリアスは俺の言葉に仕方なく従い、剣を消す。しかし顔は未だミューを睨んだままだ。
「はあ・・・」
「えーと、リリアスさんはどうやって何もない所から剣を出せたんですか?」
「・・・・魔術です」
ミューがしきりに質問を繰り返すうちにリリアスもあきらめ、少々の会話なら成り立つようになった。と言ってもリリアスは一言しかしゃべらないため、会話が成立しているかどうかも怪しい。
「ま、魔術!?魔術を使える人がまだいるなんて」
ミューは眼を丸くして驚いた。当たり前だ。今の時代に魔術を使うことができる人はもう存在しない。ある特別な物質、LMVと呼ばれる武器が唯一魔術を発動させることができる。
リリアスが二千年前の人間だなんて到底信じられる訳がないだろう。
まだミューが質問を繰り返そうとすると、リリアスはあからさまに嫌な顔をした。思わず吹き出してしまった。
「我が王?何か?」
「いや、なんでもない」
リリアスの意外な顔を見た。
しかし俺達はいまリリアスの後を歩いている。竜用の鞍は一体どこに置いてあるんだろうか。やはりまだ見つけられていない遺跡だろうか。
「向かっているのはあの山です」
「・・・・あれって、ヴァイレント火山か」
ヴァイレント火山は大昔からずっと噴煙を上げている活火山だ。
ローズベクトを囲むあの山脈には敵わないが、かなり標高のある山だ。山肌はごつごつとした黒い岩肌でかなりの急斜面。周囲には毒を含む瘴気が充満しているため、人がむやみに立ち寄ることができない。
「あの山の中にあります」
確かに、あそこなら誰にも見つからない。瘴気の中にわざわざ危険を冒してまで行くような者はいないだろう。
「え、あそこに向かうんですか?」
「リリアスがそう言うんだからそうだろう」
ここからあの山までは最低でも二日はかかる。この森のどこかでまた野営をしなければならないだろう。
ザウエル都市の西側にあるこの森は本当に広い。広すぎて道に迷う者が続出し、迷いの森となっている。道に迷った大抵の者は皆鬼に喰われて命を落とすことから、死の森とも呼ばれている。
木の根っこや不思議な植物が生え、非常に歩きにくい。
「そういえば、シグマはどこ行ったんだ?」
「さあ、呼んでみましょうか」
ミューが大きな声を上げてシグマの名を呼ぶ。すると、俺達の前方の茂みがガサガサと揺れ始めた。
俺達はぴたりと動きを止め、茂みに注目する。森の中で茂みが揺れるというのは大抵の場合獣が飛び出してくる合図だ。いきなり飛びかかってきても大丈夫なように腰の刀に手を掛ける。
「どあっぐぼおお!!」
茂みから転がり出てきたのは獣ではなく、人間だった。しかも背中には巨大な金色に輝く槍を装備している。
「・・・シグマ、よく戻ってこられたな」
「俺の勘を舐めるなよ。いてて」
転がり出た際に頭部を強く強打したようで、しきりに手でさすっている。
シグマはこの広い森の中を勘だけで進み、俺達のもとへと戻ってきたというのだ。恐るべき勘。こいつなら、入り組んだ迷路の中に置き去りにしても無事で帰ってきそうだ。
「で、ユリアン。どこ向かってんだ?」
「あのヴァイレント火山だ」
シグマは不思議そうな顔をしたが、何も聞いてこなかった。その代りに突然俺の腕を掴み、近くの木の陰に連れて行った。
こいつは一体何がしたいのだろうか。
「で、どういうことだよ。あの女の子とはどこで知り合ったんだよ?」
偉く殺気のこもった低い声で聞いてくる。
俺が女と一緒にいることがよっぽど悔しかったらしい。耳障りなほどに高速で歯軋りをして唸った。
「俺の故郷だよ。それがどうかしたのか?」
「お前の故郷にはあんな綺麗な娘もいるのか。ちくしょー羨ましい。今度一緒に連れてってくれよ」
「却下」
シグマは昔から何かと問題を引き寄せる性質でも持っているらしい。以前こいつと一緒に旅をした時なんか大変だった。森の中では必ずと言っていいほど大量の山賊や獣に遭遇し、街では多くのスリに財布を狙われた。泊まった宿の食料を全て食べてしまい、その宿を経営困難にさせたこともあった。
こいつがローズベクトに来たら街中で騒ぎが起きそうだ。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
「もちろんユリアンと一緒に行くさ。そのために追いかけてきたからな」
思わずため息が出る。
今回の旅は物凄い厄についてまわられるらしい。
日が暮れ、俺達は森の少し開けた盆地で野営をすることにした。
今の時期の夜は薪を多く集めて焚火で体を温めないと凍死してしまう。
「なあ、どちらが早く木を倒して薪を作れるか勝負しようぜ」
「いいぞ」
シグマの勝負に乗り、俺は腰の高周波刀を音高く抜き放った。俺の気持ちに応えるように刀身が眩く輝き振動し始める。
幹の太さが大体一メートルくらいの木を選び、刀を上段に構える。
「今度は負けねえぜ!」
シグマも俺が選んだ木と同じような木を選び、槍を後ろに大きく引き絞って構える。
どこからか風が吹いて来て、俺達の頬を軽く撫でる。
「では・・・・スタート!!」
ミューの合図と共に俺達は同時に動いた。
「うおお!」
「せいやああ!」
俺の斬りつけた木は綺麗な木の年輪を残して倒れた。高周波刀の威力があればこの程度の木なんて紙きれも同然だ。一方シグマが槍を突き立てた木は電流が流れ、真っ黒に焼け焦げた。
当然薪斬り対決は俺の勝利で終わった。
「ちくしょ~、また負けた」
「LMVの特性をちゃんと生かした勝負を仕掛けて来いよ」
シグマはいつも自分のLMVの特性を無視した勝負を仕掛けてくる。要するにこいつはそんなことも考えつかないバカだということだ。
俺達が斬り倒した木によって薪が山のように出来上がった。これで朝までは大きな焚火をすることができる。夜に動きまわる獣の大半が火を嫌う。大きな焚火ほど獣が近寄ってこなくなるだろう。
後は交代で不審番をやって鬼に気を着ければいいだけだ。あいつらはいくら火をたいてもやってくるからな。
今日の夕食は、干し肉と、小麦粉を水で溶いて焼いたパンケーキだ。
「ユリアン、もっとこの干し肉ないか?」
「ユリアンさん、もう少しこのパンケーキいただけますか?」
「お前ら、勝手に人の飯を食うんじゃねえ」
シグマとミューは俺が用意した食べ物を勝手に食べている。別に、つまみ食いや少しなら別に構わないが、さも当たり前のようにがつがつと食べている。俺がパンケーキを焼いた傍から取って食べている。
「まあいいじゃん。また今度街でおごるからさ」
「ユリアンさん、ごちそうさまです」
リリアスは俺の言いつけどおりに黙って静かにしている。俺の左腕に抱き着いて二人を相変わらずの仏頂面で睨んでいる。かなり怖い。
そんなリリアスの行動をミューが羨ましそうに見ている。俺なんかの腕に抱き着いていても何もいいことは無いぞ。
「ユリアンは料理の腕はいいのに、何でトレジャーハンターなんてやってんだ?店を開いた方がよっぽど儲かると思うけど」
「まあ目的があるんだよ。それを達成するまでは旅を止めるつもりはない」
俺がトレジャーハンターとして各地を旅する目的は一つ。争いを無くすためだ。古代のLMVの中には争いごとを無くす物があるかもしれない。
それを使ってこの世界から、戦争や悲しい悲劇を無くすのが俺の夢だ。争いは無くなるものではないとは頭では分かっているが、わずかな希望は捨てない。
飯を食べ終えたシグマとミューは毛布や厚手の上着を掛けて眠りに着いた。最初の不審番は俺だ。
焚火の火が消えないように薪を放り込みながら、眠った二人を眺めた。
シグマは掛けていた毛布や上着を蹴っ飛ばして、ごろごろ転がりながらいびきをかいている。あいつの寝像の悪さは相変わらずだ。風邪をひいても知らないぞ。
木の陰でミューは毛布にくるまり、丸くなって温かそうに寝ている。まるで子リスみたいだ。
リリアスは俺の左腕に抱き着いたまま、焚火の炎を見つめていた。
「・・・リリアス?」
一つも動かないので顔を覗き込んで見ると、小さな寝息を立てて寝ていた。昼間はずっとあの二人に気を張っていたので疲れたのだろう。
可愛らしい寝顔にしばらく見とれてしまった。
「・・・うにゅ」
頬っぺたをつつくと可愛らしい声が漏れた。思わず何度もつついてしまった。
その時いきなりリリアスが眼を覚ましたせいでどれだけ驚いたことか。びっくりしすぎて危うく飛び上がりそうになった。
「わ、悪い、起こしたか」
「いえ、何かが近づいてきましたので」
俺は地面に耳を着けて音を聞く。確かに何かが近づいてくるような足音がする。しかもひとつやふたつではない。この冷たく恐ろしい感じ、間違いなく鬼だ。
いつの間にかシグマも起き出して槍を掴んでいた。
「な~んか嫌なかんじだねえ~」
足音はまっすぐこちらに近づいてきている。このままのペースだとあと数分で視認できるだろう。
まだ寝ていたミューを起こして俺達は戦闘態勢に移る。暗い森の中は視界が悪く動きづらい。出来る限り乱戦は避けたい。
「なあ、ユリアン。勝負しないか?」
「こんな時に」
「いいじゃねえか。どちらが多くの鬼を倒せるか」
こんな時でも勝負を持ち出すこいつには呆れてものが言えない。シグマは軽く笑みを浮かべ、暗い森の奥を睨んでいる。
「我が王、私をお使いください」
「いや、今回はいい。それよりもミューを守ってやってくれ。俺とシグマはちょっと勝負してくる」
「・・・・御意」
リリアスは嫌そうな顔をしたが、仕方なく俺の言うことに従った。
「んじゃあ、ユリアン。行くぞ」
「ああ」
俺とシグマは暗い森の中に走り出しだ。
月明かりに照らされ、鬼の姿はすぐに確認できた。全て狼のような姿をした個体で、相変わらずの臭い息を放っている。
ぐるがあああ!!
まず飛びかかってきた一体を逃げ場のない空中で真っ二つに斬り裂く。
鬼の腰部分が見事に切断され、緑色の体液をまき散らせながら地面に転がった。
「いくぜ、雷神槍!」
眩く閃光の尾を引きながら、シグマが突き出した槍は激しくスパークし、触れた鬼を一瞬で真っ黒焦げにした。
だが鬼はまだ数十体はいる。しかも辺りは暗く、木の根っこなどで足場も悪い。長期戦は避けたいところだ。
ギャギャギャギャギャ
「うるせえ!」
うるさく咆哮していた鬼の頭を蹴りとばし、首を刎ねとばす。
「うおりゃああああ!」
シグマの戦い方は、見ているこっちがハラハラしてしまう。
防御は完全に捨て、槍を進行方向に突き出すように構えて突っ込んでいく。激しく放電して周りに鬼を近づけさせないあの槍だからこそ出来る戦い方だ。
鬼達はシグマには近づけないと判断したようで、そろいもそろってこっちに襲いかかってきた。
「舐めんな!」
刀を横薙ぎにはらった勢いを利用して、そのまま回転斬りを繰り出す。飛びかかって来ていた一体の鬼が真っ二つに裂けながら左右に吹っ飛んでいく。
回転の影響で腰が痛い。
ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!
ごぐるがあああ!
回転斬りで足元がふらついている俺に二体の鬼が飛びかかる。やばい、今の体勢だと鬼の鋭い鉤爪をもろに受けてしまう。
鬼の一撃を覚悟した時、飛びかかって来ていた二体の鬼が「ぎゃいん」という悲鳴を上げながら、同時に後ろに吹っ飛んだ。一瞬何が起きたのか分からなかった。よく見ると、二体とも体に小さな投擲用の剣が刺さっている。
視線を後ろに向けると、焚火の横で剣を投擲した格好のままの姿勢で、リリアスがこちらを見ていた。
「リリアス、ナイスアシスト!」
リリアスに感謝の言葉を叫び、ふらつきから直った足で次の鬼へと向けてダッシュする。
「どりゃあああ!」
ぐるぎゃあああああああ!
残った最後の鬼は、シグマの雷神槍の餌食となった。最大エネルギーで突き刺したらしく、鬼の身体は形が無くなるほどに焼け焦げた。
ぷすぷすと焦げ臭いにおいを放っている。
「はあ、はあ、ユリアン。何体倒した?」
「はあ、ふう、さあ分かんねえ」
息を荒げながら、鬼の数を数えていく。結果は、俺が十九体、シグマが十八体、リリアスが五体というものになった。
何故か戦闘の勝負でも俺が微妙な差で勝利する。こいつは突っ込んで行くばかりで、吹き飛ばした相手が死んだかどうかは確認しない。それに対して俺は確実に急所を斬りとばいている。それにシグマが倒し損ねたものも倒しているせいで、俺の方が撃破した数が多くなったようだ。
「ちくしょ~~!また負けた~~~!!」
「兄様、そろそろユリアンさんに勝てないことを自覚したらどうですか?」
「おう、リリアス。さっきはありがとな」
「王の身を守るのが私の役目ですから」
俺達は倒した鬼の死臭から逃げるために、すばやく荷物をまとめ、暗い森の中をヴァイレント火山へと向かう。シグマは相変わらず勝負の負けをぶつぶつと呟いている。これで十九戦十九勝ということで俺の勝ちだ。あいつが勝つ日は来るのだろうか。
せっかく山のように出来た薪が無駄になってしまった。数本の薪をたいまつにして、後はそのまま置いてきた。
正直俺は寝ていないのでうつらうつらとして今にもこけそうだ。今でに何度木の根っこに足を引っ掛けて転びそうになったことか。
「我が王、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ふああ・・・」
大きなあくびがこぼれる。
明日の夕方ごろにはあの火山のふもとに到着するはずだ。遺跡に辿り着けば、否応なく大量の鬼やゴーレムとの戦いを繰り広げなければならないだろう。
俺は眠い眼を擦りながら、歩く足を進めた。
今回は結構長い話になりました。
毎回これだけの量を掛ければいいんですけどね。
読むのが大変だったと思いますが、感想、評価をお願いします。