013-吸収
ゴーレムとの戦闘を開始して約一時間が過ぎた。
眼の前には頭を吹き飛ばされて地面に仰向けに倒れているゴーレムの身体がある。もうぴくりとも動かない。部屋中には様々な破片が飛び散っている。
火薬の塊に衝撃を与えて爆発させるという《起爆弾》を使用してなんとか倒すことができた。先へと進む道は開かれたが、しばらく動きたくない。
全身を重い疲労感が襲い、体中が打撲や擦り傷などで痛む。俺とリリアスは背中合わせに座り込み、荒い息を上げていた。
「・・・はあ、我が、王・・・げほっ、ご無事ですか?」
「ふう、なんとかな。はあ・・・・」
一体だけだったから倒すことはできたが、何体も出てこられると成す術もなく逃げるしかない。遺跡の守護者の力を改めて恐怖する。
しかしこの魔力を吸収する部屋というのはかなり厄介だ。どうにかして無効化できないものか。
腰のポーチから緑色の小瓶を二本取り出し、一本をリリアスへと渡す。
これは傷の自然治癒を早めてくれる作用を持つヒーリングポーションだ。ある特定の限られた神殿でしか売られておらず、値段もバカに高い。手のひらサイズの小さな小瓶でも約三千ギルはする。危険が伴う旅人には必須な物だが、せいぜい二本か三本が買えるぐらいだ。
オレンジジュースのような甘い液体が口の中に流れ込み、体中の痛みを和らげる。二、三日すれば傷は完全に完治するだろうが、体中の疲労感はしばらく残るだろう。
しばらくして呼吸を落ちつけた俺達はゆっくりと立ち上がり、開かれた道へと歩を進める。光り輝く壁と同じような、光り輝く大きな二枚扉を左右に押して開ける。俺の身長の数倍はある巨大な扉は滑らかに動き、どごんという衝撃と共に停まった。扉の向こうには長い通路が伸びている。
通路に一歩足を踏み入れると、突然壁に掛けてあったたいまつが、ボッという音をたてて燃え上がった。思わずビクリと体をすくませてしまう。
手前から順に奥へとたいまつが炎を上げていき、通路を明るく照らした。どういう仕掛けなのだろうか?
「ここから先は魔術が使用可能です」
どうやら、魔術無効化空間はこの光り輝く部屋だけらしい。
高周波刀を抜いて発動してみると、刃が青白い魔力を帯び、軽く振動した。元に戻っている。
通路は、分かれ道や罠の類もなくまっすぐに伸びていた。それほど歩かずに、前方に扉が見えてきた。扉は壁のレリーフを遥かに超える装飾が施されており、輝いていた。
「この奥に魔石があるのか?」
「はい、そのはずです」
遂に魔石と対面出来るのか。一体どんな色や、形をしているのだろうか。
扉を開こうと強く押してみるが、びくともしない。引っ張ってみようとするが扉には取っ手が着いておらず、どうすることもできない。色々と試してみるが、扉はびくともしない。高周波刀で斬りつけてもみたが、火花を散らせて弾かれる。
「この扉は魔術で閉じられたものです。開くには決められた約束語が必要です」
「約束語?」
「はい。・・・・リリアエルベース」
リリアスが言葉を発した途端、全く動かなかった扉が音も立てずに開かれた。
《剣と勝利を掲げるリリアエルベース》
リリアエルベースというのは、この王国で崇拝されている戦いの女神の名だ。リリアエルベースの加護があれば、戦いにおいて必ず勝利するということで、結構名の知れている神だ。
「今の言葉が、この扉の約束語です」
部屋の中は真っ暗でなにも見えない。先ほどのようにたいまつの炎が上がることもない。
そろそろと慎重に足を踏み入れる。
パッ!
突然、部屋が明るくなり、周りの物を照らしだした。光は天井から降り注いでいる。どういった魔術なのだろうか、天井全体が光っている。
思わず眼を閉じてしまった。おそるおそる眼を開けると、俺はその場に固まってしまった。言葉を発することもできない。
「・・・・すげえ」
広い部屋の中には、金貨や銀貨、指輪や宝石、高そうなブローチや金色の剣や盾、様々な色に輝くお宝が山として積まれていた。
俺は顎が外れそうなほど口を開け、茫然となった。今までにいくつもの遺跡でお宝を見たことはあるが、これほどまでの量は見たことは無い。
おもむろに、お宝の山に手を突っ込み金貨をすくいあげる。
ジャラララーン・・・・
金貨を落とすとあんな音がするのか、初めて知った。こんな沢山の金貨が落ちてはねる光景なんて滅多に見られるもんじゃない。
ザウエル市長から頂いた金貨の袋がとても小さく思える。
「この箱には何が入っているんだ?」
金塊の山の一角に置かれている大きな箱に眼が止まる。
蓋には鍵がかかっておらず、簡単に開いた。蓋を開けると眩い光が漏れ、眼がくらみそうになった。入っていたのは宝石だ。数え切れないほどのザクロ色の宝石。
「ガ、ガーネット。こんなに沢山。こっちの箱にはダイヤモンドが入ってる」
宝石を一つつまみ上げてみると、俺の拳ぐらいの大きさだ。美しいカットが施され、眩い光を放っている。大きな都市をいくら買っても使い切れないほどの量だ。これだけあれば毎日遊んで暮らせられる。
「我が王、魔石がありました」
「ん?あれか」
リリアスがお宝の山に見とれている俺を現実に引き戻し、お宝の山の奥を示す。
隙間なく散らばっている金塊や宝石の上を歩いて魔石の方へと向かう。お宝を踏みつけて歩けるなんて、将来自慢話ができそうだ。
「これが魔石」
「はい。これ一つで都市の一つや二つは軽く吹き飛ばせます」
紫色のアメジストのような輝きを放っている魔石が宝の山に埋もれていた。大きさはだいたい生まれたばかりの人間の赤ちゃんくらいだ。
こんな石が物凄い力を持っているなんてとても思えない。
「では、早速魔力を吸収します。少し下がっていてください」
リリアスが右手を魔石に向け、ぼそぼそと何かを呟く。すると、魔石が突然黒いオーラのようなものを纏い始めた。
黒いオーラ、(おそらく魔力)はリリアスの右手へと集束し始めた。部屋全体がびりびりと振動している。物凄い威圧感だ。
集束した魔力は飴玉のような小さなボールとなった。リリアスはそれを、
「あむ・・・」
食べてしまった。何だろう、このあっけなさは。
魔力を吸収したリリアスの身体がきらきらと輝き始めた。まるで女神のような神々しい光だ。どこからともなく風が吹き、彼女の周りで渦巻く。
魔力を吸収された魔石は透明な石へとなり果てていた。あれはあれで結構綺麗だ。
魔力を吸収し終えたリリアスがこちらを向く。
「・・・・・」
思わず言葉を無くしてしまった。今の彼女を一言で表すならば、宝石だ。
リリアスはいつも綺麗だが、魔力を吸収した後ではその美しさが数倍に跳ね上がり、輝いている。とても俺なんかが見つめられるものじゃない。
足元の宝石が色あせて見える。
「終了しました。・・・・どうかなされたのですか?」
リリアスの美しさに見とれてボケーッとしていた俺はハッと我に返る。
「い、いや・・・綺麗だなと思って」
今の気持ちを馬鹿正直にトレースした俺の発言に、リリアスは頬を赤く染め下に俯いた。そんな仕草も可愛らしく綺麗だ。
魔石から魔力を吸収するという目的を果たした俺達は金塊と宝石の山からいくつか貰い、遺跡を後にした。
遺跡を出る時、リリアスが隠蔽の魔術を遺跡全体に掛けていた。これであの遺跡は今後誰にも見つけられる事は無いだろう。いつかあのお宝でバカみたいに遊んでやろうと軽く思った。
外はまだ明るい昼だ。朝の七時から遺跡に入った事を考えると、約五時間が経過している。実際にはもっと長いこといたような感じがする。
そういえばこの遺跡、お宝は沢山あったが、随分と楽な遺跡だった。魔術無効化の部屋やゴーレムがいたが、いくらなんでも簡単すぎる。リリアスに聞いてみると、何でも二千年前、あの遺跡はあまり重要なものではなかったらしい。
昔の人はあんなお宝の山をたいしたものではない、というらしい。どんだけ金持ちだったんだよ、と思う。
「さて、一応王都へと向かうか」
「時に我が王。移動手段はいつも徒歩なのですか?」
「ああ。馬や馬車に乗るよりも自分の足で歩いた方がいい運動になるからな」
いい運動になると自分で言っておきながら、かなりじじ臭いと思ってしまった。
まあ、たまに歩くのがだるいと思ってしまうことはあるが、その時はその時だ。しばらく休んでから気が向いたら歩き出す。俺は今までそんな風に自由に旅してきた。まさか戦争を止めるために旅をすることになるなんて思いもしなかったが。
「じゃあ行くか」
「はい」
俺達は西にある王都へと向けて歩き出す。長い長い道が地平線の彼方までずっと続いている。
旅はまだ始まったばかりだ。