011-男の叫び
「ったくユリアンの奴どこ行ったんだよー」
夕日が地平線の彼方へと沈んだ頃。
とある遺跡の奥深くで、白髪の若い男が巨大な槍を肩に担ぐようにして立っている。
男の背後には数体の鬼が倒れている。汚らしい緑色の体液が地面を汚し、鼻がもげるような臭いを放っている。いや、正確に言うならこの遺跡に徘徊していた全ての鬼が死んでいる。その数はざっと千体。
男の持つ槍は時折小さくスパークしている。
「兄様、そんなところでボサッとしてないでこっち手伝ってください」
男と同じ白色の髪をツインテールにした少女が両の手に宝石や金貨を抱えてやって来た。抱えられている宝石類は壁に掛けられているたいまつの炎の光を反射してキラキラと輝いている。
兄様と呼ばれた白髪の男は、足元に倒れている鬼を蹴っとばし遺跡からお宝を運び出すのを手伝う。
「う~~、いいもん無いな~・・・・」
眼の前に積み重ねられたお宝の山を見てため息をつく。一生遊んで暮らすことができるほどの量があるが、男が求めている物とは違う。
「兄様は何を探しているのですか?そろそろ教えてください」
「んあ?・・・・・何だろうな?自分でも分かんね」
「・・・・兄様、アホですね」
何を探しているかもわからずただ、お宝を探して各地を回る。自分がどうしたいのかもわからない。そんな自分にイライラしてくる時もあるが、何かをしていれば自然と忘れる。さっきまでの出来事を完全に忘れ、何故怒っていたのかも分からなくなる。思い出すのもめんどくさい。
「まあ、旅を続けてりゃいつか分かるだろ」
「兄様、それ二年前も言ってました」
「そうだっけ?」
ケラケラと笑い、肩に担いでいた槍を何の変哲もない壁へと構える。行動の意図が分からない少女が不思議そうな顔を見ている。
「いくぞ《雷神槍》」
男の構える槍、《雷神槍》は掛け声と共に放電を初め輝きだす。突き出された槍は硬い岩を貫き、壁を破壊した。奥には隠された通路のようなものが通っており、微かに風の音もする。
この男は生まれつき勘だけはいい。勘の塊と言っても過言ではない。
「さすが、兄様。勘だけはいいですね」
「勘だけってなんだよ。まるでそれ以外がまるでダメみたいじゃないか」
「実際そうでしょう?生まれてきて十九年、彼女できたことあります?」
「・・・ない。・・・・・・・ちくしょお~~~~!!」
男は涙眼で叫ぶ。狭い通路に反響し、とてもうるさい。
「そんなんだからユリアンさんにいつも負けるんです」
この男はユリアン同じトレジャーハンターを生業としている。彼と同じく、LMVを持ち、各地を回っている。
時折遭遇してはライバルだとか叫んで一方的に勝負を挑んでいるが、今のところ十六戦十六敗で全敗している。
「あ、あいつだってまだ彼女いないはずだ。よし今度会ったらどちらが先に彼女ができるか勝負してやる!」
「あ、それだったら私ユリアンさんの彼女になろうかなあ~~」
「なにい~~~!!この裏切り者!うわあ~~~~~~ん」
男は泣きながら新たな通路へと駆けこんでいった。どうしようもない兄だ。
やれやれと首を横に振ってついて行く妹はいつも気苦労が絶えない。
「畜生ユリアンの奴、今度会ったら絶対に勝ってやる!そんで世界中の女を手に入れてやるんだ」
なんともバカ丸出しの野望を口にした男は勢いよく地面を蹴り、出口を目指す。
「兄様、下」
「ん?うわあああ!!」
いつの間にか通路の地面がなくなっていた。これは侵入者を排除する落とし穴のトラップだ。遥か奥底には鋭い刺のようなものが見える。あれに突き刺さったらひとたまりもないだろう。
男の身体は重力に従い、落とし穴の底へと落ちてゆく。
「・・・・死んでたまるか――――!!」
右手に掴んだ槍を背後に思いっきり引き絞り、壁へと突き出す。ギャリイン!という金属音が響き、火花が盛大に散る。壁に突き刺さった槍はがくんっ!!と落下の勢いを鈍らせたが、停まるにはいたらない。
鋭い刺が生えた落とし穴の底が目前に迫る。あと数秒もしないうち体を串刺しにされてお陀仏だろう。
「ぐえっ・・・・助かった。サンキュ」
「まったく兄様、気を付けてください。まさにこんな時こそ勘が必要だと思いますけど」
男の腰にロープが巻きつき、落下が止まった。男を助けるために少女が投げた物だ。男の顔数センチ先には刺がある。本当にぎりぎりのところだった。
宙ぶらりんのままで引き上げられる。なんとも無様な格好だ。
「はあ、死ぬかと思った」
落とし穴の外で膝をつき、荒い息を上げる。
「兄様は罠にひっかかりすぎです。助けるこっちに身のもなってください」
「ああ、すまん」
少女に叱られた男はしょんぼりと小さくなる。
しっかり者の少女とだらしない男は対照的だ。
男も心の中ではだらしないとは思っているが、すぐに忘れる。
「俺は絶対ビッグな男になってやるんだ―――!」
「兄様、うるさいですよ~」
男の悲痛な叫びは狭い遺跡の通路に反響し、暗闇に吸い込まれていった。