001-プロローグ ※イラスト有り
「あなたが私の王ですか?」
意味のわからない問いかけに少年は思わずうなずく。
眼の前にいるのは美しい少女だ。少年よりも黒い漆黒の髪に、紅の瞳。とても印象的でどことなく威圧される。
周囲には、鋭い爪や牙をちらつかせ死臭のような臭い息を放っている怪物が無数に徘徊している。今にも鼻がひん曲がりそうだが、なぜかこの少女は微動だにしない。
「あなたの名は?」
その臭いを吹き消すかのような少女の爽やかでハッキリとした声音。
冷静で無表情な、それでいてどこかに明るさを兼ね備えた瞳。
「・・・ゆ、ユリアン=フライヒラート」
少年は戸惑いながら答える。
「では、フライヒラート様。これより私はあなたを主とし、あなたを守る盾となり、敵を滅する矛となりましょう」
◆◇◆◇◆
ヒョオ!
「っあぶね!」
黒く鋭い爪の先端が空気を切り裂き、焦げ臭さを残しながら俺の頭上をかすめる。咄嗟にしゃがんだのは正解だった。しゃがんでいなければ今頃はきっと頭があの鋭い爪によって斬り刻まれていただろう。
敵が再び攻撃を繰り出す前に、俺は後ろに大きく転がり、距離を取る。
「痛!」
転がった際に地面から突き出す小さな岩で後頭部をしたたか打つ。すげー痛いし、かっこ悪い。ここが誰もいない洞窟でよかった。
「ふるるるぐるる・・・」
俺の滑稽な姿を見て眼の前の《 敵 》―――真っ黒の体に鋭い爪がついた長い手足、犬のような頭と尻尾、そして大きな金色の目玉が一つという半人半獣の怪物―――は笑うように低く唸る。
この世界のどこにでも生息する謎の生き物。動物や虫、人間、無機物である鉄や石までも喰らう暴食生物―――《 鬼 》は細長い顎に並んだ鋭い牙を剝き出し、今にもこちらに飛びかかってきそうだ。
こいつらの硬い皮膚を斬り裂き、倒すことができるのは、今はもう無い魔術を発動させることのできる、古代の魔術士が造った《魔術武器》―――《LMV》だけだ。LMVを持っていない一般人は硬い鬼の皮膚に対抗する手段を持ち合わせていない。
「笑うんじゃねえ!この鬼野郎!」
鬼に性別があるのかどうかは知らないが、とりあえず“野郎”を付けてみた。ちょっとカッコイイと思ったからだ。ただそれだけだ。以上。
打ちつけた後頭部を左手でさすりながら、右手で腰の愛刀を音高く引き抜く。甲高い澄んだ金属音が、狭い洞窟の壁に反響する。脇差と言っていいほどの短い刀身に、鍔なしの漆黒の刀。古代の魔術士が残したLMVの一つ。
右手に逆手で構え、腰を低く落とし、鬼を見据える。
鬼も鋭い爪を掲げ、一際大きく咆哮する。
薄暗い洞窟にどこからか冷たい風が吹き寄せ、俺が灯したたいまつの炎を揺らす。揺らめく炎の光を反射し、俺の刀が鈍く光る。
「せらあ!」
先に動いたのは俺だった。俺の持つこのLMVの名は《高周波刀》。見た目はただの黒い刃を持つ脇差だが、発動すると刀身が高速で超振動する魔力を帯び、どんなに固い物でも斬り裂けるという素晴らしい刀へと変わる。偶然もぐりこんだ古代遺跡から持ち出した掘り出し物だ。我ながら運がいいとあの時は思った。
掛け声と共に生まれつき高い身体能力に物を言わせ、鬼との距離約四メートルを〇・六秒で詰める。
「ぐるがぁぁ!」
恐るべき反応速度で俺の攻撃をかわし、あの鋭い爪を突きたてようとする。俺は迷わず刀を爪の軌道上に踊らせ、爪を迎撃する。
振り下ろされた鬼の爪が、まるで紙切れのようにスパッと切断される。さすが高周波刀の切れ味。硬い鬼の皮膚など物としない。
薄緑色の体液が飛び散り、鬼は鈍い悲鳴を上げて大きくのけぞる。
俺の攻撃はまだ終わらない。持ち直した刀を横なぎにふるう。圧倒的な切断力で鬼の胴体を真っ二つに分断する。先ほどよりも激しく体液が飛び散り、辺りを緑色に染め上げる。
「うわ、汚ねえ」
斬り裂いた俺は当然のごとく返り血を浴び、全身が緑色だ。服の洗濯が大変だ。
胴体を分断された鬼はそのまま崩れ落ち、地にその体を沈める。最後にあの金色の目玉をギョロリと動かし、止まった。もう動く気配は無い。
「ふい~~。疲れた~~」
刀にこびりついた体液を綺麗な布でふき取り、鞘に納める。チンッという心地よい音をたてて納まる。
「相変わらず、洞窟は鬼が多いなあ」
鬼は人があまり来ない場所、かつ暗闇の場所を好む。ゆえにこんな洞窟や各地の古代遺跡などには泉の源泉みたいに湧き出る。
お宝を探して各地を回る《トレジャーハンター》を生業としている俺は度々鬼と戦うことになるのだが、いくら戦ってもこの緊張感は消えない。鬼との戦いは常に死と隣り合わせ。判断が一秒でも遅れるとそれは死につながる。油断は禁物だ。
落としていたたいまつを拾い、辺りを照らす。まだまだ奥が深そうだ。ゆっくりと歩を進め、奥に向かう。しかし二十歩もかないうちに前方にいくつもの目玉が現われる。
「うえっ!気持ち悪!」
前方の暗闇に何十個もの金色の目玉が見える。金色の目玉は一体の鬼につき、一個。つまりこの先に何十体もの鬼がいるということだ。俺がいくらLMVの高周波刀を持つからといって、容易に倒せる数じゃない。
さてどうしようかと考える。鬼共はこちらに気づき、近づいてくる。そう長くは考えられない。
その時事は起こった。
ジリリリリリリリリリリリリリリッ!
「どわああ!」
いきなり腰に吊ってあったタイマーが大音量で鳴り出す。かなりビックリした。こちらに近づいて来ていた鬼達も大きな音に驚き一歩後ろに下がる。タイマーを設定していた俺自身が一番驚いた。
「もう、限界かよ」
こんな洞窟のような鬼が集まる暗くて狭い場所には、毒を含む《瘴気》が立ち込める。長時間その空気を吸い続けると死に至るとても危険な物だ。どうやら俺が瘴気に耐えられる限界時間が来たようだ。
ここは一旦離脱し、また今度装備を整えてここに来る事をしぶしぶ決める。たいまつを捨て、腰のポーチから小さい筒を取り出し、思いっきり地面に叩きつけ破壊する。直後白い閃光が炸裂し暗い洞窟を明るく染め上げる。《閃光弾》で鬼の視覚を奪った俺はくるりと向きを変え、全力ダッシュでもと来た道を疾風の如く駆け抜ける。
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