残念で不幸な異世界転生~アルカディア大陸ポンコツヒロイン騒動記~
【番外編】公爵令嬢シャルロット様が、ポンコツ悪役令嬢になるまで
――これは、高橋悠真や桜井唯が異世界へ転生してくる、数年前のお話。
アルカディア王国の第三王女セレスティアが、王立学園の学生だった頃の物語である。
***
神聖なる教団の総本山、聖都リベリオン。
その奥深くにある薄暗い地下室で、ユリウス司祭は歓喜に打ち震えていた。
「おお……。私は遂に、この世の真理を発見した!」
彼が祈りを捧げていた祭壇から、まばゆい光の柱が立ち昇る。
その中に、神々しい姿が浮かび上がった。
『いかにも。わしは天界の昇華の審判官、ウリエルだ』
「どうか、私めも神の偉業に加わりたいのです!」
司祭は地に平伏し、狂信的な瞳を輝かせる。
『……地上の俗物ごときに、何ができる』
ウリエルと呼ばれた天上の神は、ふんと鼻で笑った。
『……いや待て。そなたの地には、いずれ『救世主』なる異物が現れると聞く。その者に妨害されず浄化を成し遂げた暁には、褒美にこの星ごとくれてやっても良い』
「何と……! ありがたき幸せにございます!」
『よかろう。シャリエル、ここに』
ウリエルの呼びかけに応じ、光の中から背中に純白の翼を持つ天使が姿を現した。
『はっ、ウリエル様』
シャリエルと呼ばれたその天使は、銀の果実から絞った『虹のしずく』と呼ばれる小瓶を、魔法陣越しにユリウスへと授けた。
***
「あーあ、むさ苦しいおっさん相手に疲れたわ〜」
天界へと戻ったシャリエルは、祭壇の前から離れるなり、退屈そうに羽を伸ばして大きく背伸びをした。
「そうですか? でも私はこれから、浄化を迎える星の監視で、もっと忙しくなりますよ。何せ、優秀な第一級記録官ですからね、エッヘン」
同僚の天使であるエーテラが、胸を張って誇らしげに語る。
「はいはい。私は世界を創り変えるなんかより、世界中のイケメンを集めて侍らせるのが夢だわ。ねえ、ウリエル様が言ってた『救世主』って、カッコいいのかしら?」
「破廉恥な! そのような不純な考えは規則違反です!」
「真面目ねぇ、エーテラは。息が詰まっちゃう」
星の命運を左右する計画の裏で、天界にはそんな能天気なやり取りが響いていた。
***
これは、そんな『世界の浄化』が数年後に迫ろうとしている星の、とあるアルカディア王立学園でのお話。
わたくしの名前は、シャルロット・ド・グロリュー。
王国筆頭大臣であるアルベール・ド・グロリューの孫娘であり、由緒正しき公爵令嬢ですわ。
「素晴らしいですわ! さすがはシャルロット様。容姿端麗、成績優秀、その上、学園一の魔術の腕前ですわね!」
放課後の修練場。
わたくしが見事な火炎魔法を的に命中させると、周囲の取り巻きたちがこぞって拍手喝采を送ってきました。
「ふふ、そんなことございませんわ。わたくしなんて、まだまだ練習が足りませんもの……」
わたくしは頬を染めて俯き、控えめに首を振りました。
「まあ、さすがは謙虚なご令嬢!」
恐縮しながら、ふと視線を向けた先。
そこには、より多くの生徒たちに囲まれ、優雅に、そして自信に満ちた微笑みを浮かべる同期の第三王女、セレスティア・アルカディア様の姿がありました。
(……ええ。わたくしは、決して一番にはなれませんのよ。あの方がいらっしゃる限りは)
剣術、馬術、学問、そして美しい容姿。
常に学園の中心で太陽のように輝く彼女。
(わたくしだって、公爵令嬢として王位継承権くらいありますわ。……まあ、十五番目くらいですけれど)
わたくしは、ギュッと杖を握りしめました。
胸の奥がチクリと痛んだその瞬間――。
わたくしは思わず手元を狂わせ、放たれた火炎魔法が大きく的を外れてしまったのです。
「あっ……!」
炎は、修練場のそばを歩いていた生徒に向かって、一直線に飛んでいきました。
「危ないですわ!」
悲鳴を上げたわたくしの目の前で、その通行人の殿方は腰の剣を抜くや否や、華麗な剣捌きでわたくしの炎を弾いて見せました。
「も、申し訳ございません! お怪我はございませんか!?」
わたくしは真っ青になって駆け寄り、深く頭を下げました。
「いや、僕の方こそ気を散らせてしまったみたいだね。驚かせてすまない。……君は?」
振り返ったその人は、白銀のサラサラな髪と、グレーの瞳を持つ爽やかな美青年でした。
心臓がドクンと跳ねるのを感じながら、わたくしは震える足で優雅にカーテシーを。
「シャ、シャルロット・ド・グロリューと申します……」
「グロリュー公爵家の。なるほど、僕はアスティア王国の王子、レオンハルトだ。それにしても、一年生なのにすごい魔法だね。怪我がなくてよかった」
レオンハルト様は、責めるどころか優しく微笑むと、そのまま爽やかに去っていきました。
……その瞬間。
わたくしの胸の中に、ポッと温かい火が灯りました。
わたくしの『魔法』を、あの王子様は「すごい」と褒めてくださったのです。
間違いありません。
わたくしは、恋に落ちたのです。
(わたくしは、学術も魔術も得意。取り巻きの方々は、わたくしを才色兼備と褒めたたえてくださる)
完璧な人間などこの世にはおりませんわ。
わたくしはそう思っておりましたの――あのセレスティア様に出会うまでは。
魔術の威力こそわたくしに及ばぬものの、学問は学年トップ。そのうえ――
***
数日後に控えた体育祭。
唯一の武器である魔術さえ、あの方の前では霞んでしまう。ならばせめて――
わたくしは焦りにも似た闘志を燃やしておりました。
……結果は、惨憺たるものでした。
剣術大会では初戦で早々に木剣を弾き飛ばされて敗退。
馬術競争に至っては、スタート直後に盛大に落馬し、泥だらけの無様な姿を全校生徒に晒してしまったのです。
……そう。わたくしは、魔術と学問以外――運動神経が『からっきし』だったのです。
対してセレスティア様は、剣術も馬術も、涼しい顔で危なげなく優勝を掻っ攫っていきました。
(天上の神は、あまりにも不公平ですわ……!)
すりむいた膝を抱え、誰もいない保健室のベッドで一人声を殺して泣いていた、その時でした。
「シャルロット嬢。大丈夫かい?」
「……っ! レオンハルト、様……」
落馬の怪我を心配して、なんとレオンハルト様がお見舞いに来てくださったのです。
「体育祭は残念だったけど、君は魔法が凄いんだから、そんなに落ち込むことはないよ」
優しく微笑みかけてくれる、その輝くような眼差し。
わたくしの胸はキュンキュンと高鳴り、彼への想いは確固たるものへと変わっていきました。
――ああ、わたくしのレオンハルト王子。
このお方を振り向かせるためにも、やはりセレスティア様を超えなくては。
週末、公爵邸に帰ったわたくしは、お祖父様に泣きつきました。
「お祖父様! わたくし、どうしても、どうしてもあのセレスティア様に勝ちたいのですわ!」
「おお、愛しのシャルロット。泣かないでおくれ」
孫に甘いお祖父様は、困ったようにわたくしの頭を撫でると、懐から慎重に小瓶を取り出しました。
「ユリウス司祭から譲り受けた、この『虹のしずく』を飲めば、お前の魔術の才能はさらに開花するだろう」
「神から授かったそのような貴重な品を、わたくしに……?」
(ああ……天上の神は、わたくしをお見捨てにならなかった!)
わたくしは震える手で小瓶を受け取ると、そのしずくをほんの一滴、口に含みました。
***
「なんですの……この、身体の底から湧き上がるような、みなぎる力は!?」
翌日の放課後、学園の修練場。わたくしは己の手に宿った力に震えていました。
しかし、それはあまりにも強大すぎたのです。
いつも通りに放ったはずの火炎魔法は、どす黒い業火となって暴走しました。
そしてあろうことか、わたくしの練習を見に来てくださっていたレオンハルト様に向かって、その炎が飛んでいってしまったのです。
「ぐわぁっ!?」
「きゃああっ!? レオンハルト様!!」
レオンハルト様は咄嗟に剣で防いだものの、威力を抑えきれずに吹き飛ばされてしまいました。
わたくしは血の気を失って駆け寄りました。
「も、申し訳ございません! レオンハルト様、お怪我を……!」
「き、君の魔法は……本当に凄いね……。ははは……命の危険を感じるほどだよ……」
煤で顔を汚したレオンハルト様は、引きつった笑顔でそう言いました。
「まあ……! レオンハルト様、わたくしの魔法を凄いだなんて……」
わたくしは頬に手を当て、うっとりとため息をつきました。
(また褒めていただきましたわ! やはり彼だけは、わたくしの真の実力を理解してくださるのね!)
そして迎えた、学園最大行事である魔剣トーナメント。
一年生の決勝戦で、わたくしはついにセレスティア様と対峙し――『虹のしずく』で強化されたどす黒い魔法を駆使して、見事に打ち破ったのです。
「見ましたか、レオンハルト様! わたくしの勝利ですわ!」
歓喜のあまり高笑いし、振り返ったわたくしの視界に飛び込んできたのは――。
勝者であるわたくしには目もくれず、倒れたセレスティア様の元へ駆け寄り、心配そうに抱き起こすレオンハルト様の姿でした。
「セレスティア殿下、大丈夫かい!?」
「ええ……少し魔力を消耗しただけですわ。お気遣いなく」
周囲の歓声が、遠くへ引いていきます。
わたくしの心は、冷たく凍りつきました。
数日後の学園舞踏会。
今年度で卒業を迎えるレオンハルト様に、わたくしは勇気を振り絞ってダンスをお誘いしました。
しかし、彼は困ったように笑って、やんわりと断ってきたのです。
そして、信じられないことに、彼の方からセレスティア様をダンスにお誘いになったのです。
ですがセレスティア様は、差し出されたレオンハルト様の手を、あっさりと払いのけました。
「ごめんなさい。わたくし、姉を超えるために忙しくて、色恋沙汰の暇がありませんの」
わたくしが喉から手が出るほど欲しかったものを、彼女はゴミでも見るかのように捨てたのです。
(わたくしには……もう、魔術しかありませんのね……)
ですが、心の乱れは魔術に直結します。
わたくしの火炎魔法はいよいよどす黒く濁り、実験室では失敗作ばかりが積み上がっていきました。
「こんなはずでは……!」
イライラと失敗作の薬瓶を弄っていたわたくしは、手元を狂わせ、それを実験用のネズミの檻にぶつけて割ってしまいました。
シュウゥゥゥ……
怪しい煙とともに、ネズミの身体がボコボコと膨れ上がり、実験室の机を叩き割るほどの巨大で凶暴な怪物へと変貌してしまったのです。
「ひぃっ!? なんですのこれぇぇっ!!」
わたくしは泣き叫びながら、無我夢中でどす黒い火炎魔法を連発し、なんとか巨大ネズミを黒焦げにして事なきを得ました。
ゼェゼェと息を切らすわたくしの背後で、パチパチと拍手をする音が響きました。
振り返ると、お祖父様に連れられてやってきたユリウス司祭が、狂喜に満ちた目で黒焦げのネズミを見つめていました。
「素晴らしい……! これこそ、これこそ私が求めていた『力』だ! シャルロット嬢、君の才能は本物だ!」
「えっ……? これ、ただの失敗作ですわよ……?」
失敗ばかりのわたくしを、司祭様は心の底から褒め称えてくださったのです。
***
学園を卒業後。
類まれなる魔術の腕(と、怪物を作り出す才能)を買われたわたくしは、ユリウス司祭の支援を受けて研究所を建てることになりました。
場所は、レオンハルト様がいるアスティア王国へ向かう街道沿いの『レヴィナス砂漠』。
未練がましいのは、承知の上ですわ。
立派な研究者として大成すれば、王子様もきっと再びわたくしに振り向いてくださるはず……。
薄暗い砂漠の研究所で、わたくしは完成した薬の小瓶を高く掲げました。
「聞きましたわよ、セレスティア! わたくしの薬のせいで、建国祭の王都に怪物が現れ、あなたは政争から逃げ出したそうですわね! オーッホッホッホ、ざまあみろですわ!」
誰もいない部屋に、わたくしの高笑いが響き渡ります。
「さて……最大の目障りがいなくなってせいせいしたことですし、次はいよいよ『王子様がわたくしにメロメロになるお薬』の開発ですわね……うふふふっ」
公爵令嬢として恥じない振る舞いをと、高貴で内気なお淑やかさを演じていたこれまでのわたくしは、偽りの姿。
これこそが、ありのままのわたくし。
悪役令嬢、シャルロット・ド・グロリューなのですわ!
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