学期末の授業
「先生!今日は二学期最後の授業なので、何かお話してください!」
まだ教科書も開かないうちに、クラス委員が口火をきった。
「初恋の話!」
教室がざわめいた。
学期末。
他のクラスではどうか知らないが、うちのクラスでは各教科の最後の授業をつぶして、先生に何か話をしてもらうのが恒例だった。
今日は、日本史の学期最後の授業だ。
四角い顔で、どこか不満そうに話す日本史の先生は、クラスの副担任でもあった。
女子校に赴任した若い男性教師といえば、たいてい噂話やからかいの的になるが、先生には、どこか生徒の茶々に乗らない空気があった。
堅苦しさはないが、たいてい真顔で冗談も言わず、淡々と授業を進める。
それでも、ふと笑うと、目じりに皺が寄り、優しい顔になるのが意外だった。
教室に入るなり、授業の早仕舞いをねだられた先生は、あまり表情を変えずに、
「まあ、10分早めに切り上げますか。それまでは授業に集中してください。」
と言った。
「はーい。」
誰かがおどけて返事をし、また少し笑いが起きた。
わたしの席は最前列で、教壇のすぐ前だった。
先生は黒板の前に立ち、板書しながら講義する。
声は大きく、熱が入ると飛沫が飛んできそうだった。
授業終了10分前。
先生は律儀に講義を終えて、教壇の椅子に腰を下ろした。
そして本当に、いたって真面目に初恋の話を始めた。
高校時代の話だった。
想い人は他校の女子で、制服のタータンチェックのスカートが印象的だったという。
卒業間近のある日。
意を決して気持ちを伝えようと会う約束をしたが、前日になって「行けなくなった」と連絡が入った。
「きっと相手も、何か察したんでしょうね。」
先生は他人事のようにそう言って、ちょうどその頃に読んだという、学生の文芸誌の話を続けた。
「その文芸誌に、都々逸みたいな一節が載っていたんですよ。」
― 猫ならあなたの膝の上
蚊ならあなたの柔肌に 恋の痛みをあたえましょ
「上手いなぁと思いましたね。」
ふと、先生の手に目が行った。
教壇の上で軽く組まれた指が、微かに震えていた。
白くなめらかなその指は、白魚のようだった。




