第6話 過去を越える者(ユウト修行)
第6話 過去を越える者
蛍光灯の白い光が、無機質に空間を照らしている。
机が並ぶ。
整然とした配置。
だが、その整然さが逆に息苦しい。
「……は……」
ユウトの喉から、浅い呼吸が漏れる。
目の前には、見慣れた光景。
パソコンの画面。
終わらない資料。
数字、文字、修正指示。
「……なんで」
思わず口に出る。
「ここ……」
理解している。
理解したくないだけで。
「……戻ってきたのかよ」
⸻
カツ、カツ、と足音。
背後から近づいてくる。
嫌な音。
忘れられるはずのない音。
「佐藤」
その声を聞いた瞬間――
背筋が凍る。
ゆっくり振り返る。
そこにいたのは、上司だった。
無表情。
冷たい目。
人を人として見ていない視線。
「資料、まだ?」
⸻
ああ、これだ。
この空気。
この圧。
逃げられない感覚。
⸻
ユウトの手が震える。
気づかないふりをしていた感情が、浮き上がってくる。
「今日中って言ったよね?」
静かな声。
だが、逃げ道はない。
「……」
言葉が出ない。
喉が詰まる。
⸻
「明日の朝までに直して」
その一言で、すべてが決まる。
拒否は許されない。
やるしかない。
⸻
「……無理だろ」
小さく呟く。
だが――
その言葉は、空気に吸い込まれる。
届かない。
何も変わらない。
⸻
気づけば、座っている。
パソコンの前。
手は勝手に動く。
キーボードを叩く。
止められない。
⸻
「……なんで」
自分の声が、遠く感じる。
「なんで、またこれやってんだよ」
⸻
目の前の画面が揺れる。
文字が歪む。
数字が崩れる。
⸻
「分かってるだろ」
上司の声が、変わる。
低く、重く。
「お前は、こういう人間だ」
⸻
ユウトの心臓が強く打つ。
ドクン、ドクン、と音が響く。
「何も変わってない」
「逃げただけだ」
⸻
「違う……」
否定したい。
でも――
言葉が弱い。
自分でも分かっている。
⸻
「結局、お前は何もできない」
「誰も救えない」
⸻
その言葉に、映像が重なる。
アリス。
手を伸ばしたのに届かなかった。
ピリム。
連れ去られた。
アラン。
消えていった。
⸻
「……っ」
歯を食いしばる。
視界が揺れる。
⸻
「また同じだな」
「今回も守れなかった」
⸻
ユウトの拳が震える。
逃げたい。
崩れそうになる。
心が、引きずり込まれる。
⸻
「……違う」
絞り出すように、声を出す。
⸻
「あの時は……そうだった」
認める。
逃げた。
壊れた。
立ち上がれなかった。
⸻
「でも」
顔を上げる。
ゆっくりと。
確実に。
「今は違う」
⸻
空気が変わる。
上司の顔が歪む。
崩れる。
⸻
「何が違う」
低い声が響く。
「結局、お前は同じだ」
⸻
ユウトは、静かに息を吐く。
そして――
はっきりと言う。
「一人じゃない」
⸻
リリアの姿が浮かぶ。
隣で戦ってきた。
何度も助けられた。
⸻
アリスの顔が浮かぶ。
小さくて、でも強くて。
守りたかった存在。
⸻
レオの声が浮かぶ。
まだ未熟でも、前を向く姿。
⸻
「……俺は、もう」
一歩、踏み出す。
「一人で戦ってるわけじゃない」
⸻
その瞬間。
世界が砕ける。
ガラスのように。
音もなく。
崩壊する。
⸻
そこに現れる。
歪んだ存在。
黒く、形を持たない。
感情の塊のようなもの。
⸻
「……お前か」
ユウトが双剣を抜く。
カチ、と音が鳴る。
手に馴染む。
確かな現実。
⸻
存在が動く。
空間ごと歪めながら迫る。
速い。
だが――
ユウトの目は、追えている。
⸻
踏み込む。
一閃。
さらに二撃。
流れるような連撃。
⸻
だが、手応えが薄い。
すぐに再生する。
「……再生型か」
舌打ちする。
⸻
攻撃が来る。
空間が歪む。
避ける。
滑るように。
⸻
間合いを詰める。
連撃。
止めない。
止まれば、押される。
⸻
「過去は消えない」
斬りながら、言う。
「でも――」
さらに踏み込む。
⸻
「それに縛られる理由もない」
⸻
双剣が光る。
同時に振るう。
交差する軌跡。
⸻
深く、深く――斬る。
⸻
存在が揺らぐ。
崩れる。
形を保てなくなる。
⸻
ユウトは止まらない。
最後の一歩。
踏み込む。
「終わりだ」
⸻
一撃。
すべてを断ち切る。
⸻
静寂。
存在は、完全に消えた。
⸻
ユウトは、しばらく動かない。
呼吸を整える。
ゆっくりと。
確かめるように。
⸻
「……戻るか」
小さく呟く。
⸻
足元に光が現れる。
円。
帰還の合図。
⸻
ユウトは、その光を見つめる。
そして、静かに言う。
「待ってろ」
⸻
アリス。
必ず。
⸻
光が強くなる。
包み込む。
⸻
そして――
ユウトは現実へ戻る。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はユウトの試練ということで、これまであまり触れてこなかった“過去”に向き合う回になりました。
戦いというより、自分自身との対峙――そんなイメージで書いています。
あの頃の弱さも、逃げたことも、全部含めて今のユウトがいる。
だからこそ、前に進む理由がある。
そんな一歩を描けていれば嬉しいです。
次は他のメンバーの試練へ。
それぞれが何と向き合うのか、ぜひ見届けてください。
引き続き応援やコメントもお待ちしております!




