第3話 水晶に映る歪みの先
第3話 水晶に映る歪みの先
目の前に、古びた扉があった。
水の上に浮かぶように建てられた建物。
街の喧騒はここまで届かない。
水の音だけが、静かに響いている。
「……ここだよ」
エルナが小さく言った。
ユウトは扉を見つめる。
近づくだけで分かる。
この場所は――普通じゃない。
空気が、重い。
「ここにいるんだな」
「うん」
エルナは軽く頷く。
「見える人」
「普通じゃ見えないものも、ちゃんと見る」
リリアが周囲に目を向ける。
「……少し、不思議な感じがしますね」
レオが聞く。
「どんな?」
リリアは少し考えてから言った。
「流れが、止まっているような感じです」
「空気も、水も……どこか動いていないような」
ユウトは小さく息を吐く。
自然じゃない。
それだけで、十分だった。
ヒヨコが羽を揺らす。
「ぴよ……」
ユウトは一歩前に出る。
「入るぞ」
誰も止めない。
そのまま扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
⸻
中は薄暗かった。
外の光が差し込み、ようやく輪郭が分かる。
そして――
中央に、それはあった。
巨大な水晶。
淡く揺れる光が、静かに空間を満たしている。
息をする音さえ目立つほどの静けさ。
「……来たか」
奥から声が響く。
魚人族の男が姿を現した。
感情の見えない目。
だが、その視線は鋭い。
エルナが軽く手を上げる。
「久しぶり」
男は答えない。
ただ、ユウトたちを一人ずつ見ていく。
「……用件は分かる」
短い言葉。
それで十分だった。
ユウトは一歩前に出る。
「見えるのか」
男はわずかに頷く。
「濃い」
「隠す気がない」
そのまま水晶の前へと歩く。
迷いなく手を触れた。
その瞬間――
光が強くなる。
水晶の中に、何かが浮かび上がる。
ユウトは目を細める。
映っているのは景色ではない。
歪んだ線。
絡み合う流れ。
裂けた跡。
まるで、空間そのものが壊されているようだった。
「……これが」
リリアが息を呑む。
「空間の歪み……」
男は静かに言う。
「移動の痕跡だ」
「強引に繋げられている」
ユウトの脳裏に、あの時の光景がよぎる。
歪み。
消えた仲間。
届かなかった距離。
無意識に、拳に力が入る。
その中で――
一箇所だけ、異様に濃い場所があった。
重い。
他とは明らかに違う。
「……ここだ」
男の指が止まる。
光が一点に集まる。
その瞬間。
空気が変わる。
冷たい。
重い。
ユウトの背筋に、はっきりとした感覚が走る。
「……いる」
思わず言葉が漏れる。
男が静かに答える。
「向こう側」
「こちらを見ている」
その言葉に、レオの肩がわずかに強張る。
リリアは目を逸らさない。
ヒヨコが小さく鳴く。
「ぴよ……」
その声に、水晶がわずかに震えた。
ほんの一瞬。
だが確かに、何かが反応した。
男の視線がヒヨコへ向く。
だが、それ以上は何も言わない。
エルナが腕を組む。
「で?」
「場所は分かった?」
男はゆっくりと手を離す。
光が静かに弱まっていく。
「この水域の奥」
「歪みが最も濃い場所」
「そこが繋がっている」
ユウトはすぐに聞く。
「行けるのか」
「行ける」
男は短く答える。
だが――
一拍、間を置いた。
「戻れる保証はない」
静寂が落ちる。
ほんの一瞬、時間が止まる。
だが――
ユウトは迷わない。
「関係ない」
短く言った。
「行く理由は、もうある」
それだけで十分だった。
リリアが頷く。
「……はい」
レオも静かに息を吐く。
「……うん」
エルナが小さく笑う。
「いいね、そういうの」
男は何も言わない。
ただ、水晶を見つめている。
その中で、歪みはまだ揺れていた。
まるで――
向こう側からも、こちらを見ているかのように。
ユウトは背を向ける。
扉へ向かう。
「……行くぞ」
外へ出る。
水の音が戻る。
だが――
もう、さっきまでとは違う。
確実に繋がった。
敵と。
場所と。
運命と。
ユウトたちは歩き出す。
歪みの奥へ。
連れ去られた仲間の元へ――。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第3話では、ついに“場所”が明確になりました。
見えなかったものが形になり、物語が一気に動き出す直前の回になっています。
水晶に映った歪み、そして“向こう側から見られている”感覚。
ここから先は、これまでとは少し違う空気になっていきます。
次はいよいよ水域の奥へ。
何が待っているのか、ぜひ続きを見届けていただけると嬉しいです。
感想やコメントもお待ちしております。
いつも本当にありがとうございます。




