第1話 囚われのアリス
第1話 囚われのアリス
冷たい。
それが、最初の感覚だった。
石の床。
硬く、温もりのない感触が背中に伝わる。
「……ん……」
アリスは、ゆっくりと目を開けた。
視界がぼやける。
暗い。
だが完全な闇ではない。
壁に埋め込まれた小さな灯りが、ぼんやりと周囲を照らしている。
石でできた部屋。
窓はない。
外の気配もない。
閉じ込められている。
「……ここ……どこ……」
かすれた声。
体を起こそうとする。
だが――
「……あれ……?」
うまく力が入らない。
手首に違和感。
視線を落とす。
細い鎖。
手首と足首に巻きついている。
ただの鎖じゃない。
触れた瞬間、体の奥が重く沈む。
「……なに、これ……」
小さく呟く。
翼を動かそうとする。
だが――
ぴくりとも動かない。
「……っ」
胸がざわつく。
怖い。
何より――
「……力が、出ない……」
自分の中にあるはずのものが、消えている。
繋がっていた何かを、無理やり切り離されたような感覚。
「……やだ……」
小さく体を縮める。
鎖が、わずかに音を立てた。
その時だった。
カツン。
静かな足音。
「……!」
アリスの体がびくりと震える。
扉が、ゆっくりと開く。
光が差し込む。
そして――
黒いローブの人物。
顔は見えない。
だが、その存在だけで分かる。
「あ……」
喉が震える。
「あの……人……」
連れ去られた時の。
ローブの男は、静かに部屋へ入る。
足音が響く。
逃げ場はない。
アリスは、後ずさる。
だがすぐに鎖が引かれる。
「……来ないで」
かすれた声。
ローブの男は止まらない。
ゆっくりと、距離を詰める。
「竜族か」
低い声。
感情のない響き。
「珍しい」
まるで、物を見るような言い方。
アリスの肩が震える。
「……なんで……」
答えはない。
ローブの男は、目の前で止まる。
見下ろす。
「まだ幼い」
淡々とした声。
「だが、問題ない」
その言葉の意味は分からない。
分からないのに――
怖い。
本能が拒絶する。
「……やだ……」
ローブの男が、手をかざす。
その瞬間。
鎖が、淡く光る。
「……っ!!」
体が重くなる。
息が詰まる。
押し潰されるような圧。
「……やめて……!」
必死に声を出す。
だが止まらない。
「まだ抵抗する段階ではない」
静かな声。
「力は抑えておく」
その言葉と同時に――
アリスの中の“何か”が、完全に沈められる。
感じていた微かな力。
それすら、消える。
「……っ……」
声が出ない。
怖い。
苦しい。
何もできない。
ローブの男はしばらく見下ろし、やがて手を下ろす。
「……これでいい」
興味を失ったように言う。
そして、背を向ける。
「しばらくは、このままでいろ」
足音が遠ざかる。
扉が閉まる。
重い音。
完全な静寂。
アリスは、その場に崩れる。
呼吸が乱れる。
「……こわい……」
小さな声。
誰にも届かない。
「……いや……」
体を抱える。
震えが止まらない。
何もできない。
何も分からない。
ここがどこかも。
どうなるのかも。
ただ一つ。
胸の奥に浮かぶもの。
「……ユウト……」
小さく名前を呼ぶ。
届かないと分かっていても。
「……リリア……」
続ける。
「……みんな……」
その瞬間だった。
胸の奥。
ほんのわずかに、熱が灯る。
消えかけの、小さな火。
「……っ」
アリスは気づかない。
だが、その灯は確かにあった。
鎖に抑えられても。
消えきらないもの。
かすかに、揺れる。
そして――
また、静かに沈んだ。
それでも。
完全には消えていない。
アリスは、ゆっくりと目を閉じる。
震えは止まらない。
それでも。
小さく、つぶやいた。
「……だいじょうぶ……」
自分に言い聞かせるように。
その声は、かすかだった。
それでも――
確かに、残った。
第1話「囚われのアリス」を読んでいただき、ありがとうございます。
第3章がスタートしました。
今回はアリス視点から始まり、これまでとは少し違う空気の物語になっています。
閉ざされた場所での出来事や、まだ見えない敵の存在など、不穏な流れが続きますが、ここから少しずつ物語が大きく動いていきます。
ユウトたちの旅と、アリスたちの状況がどう繋がっていくのか、ぜひこれからも見守っていただけたら嬉しいです。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。感想やコメントもお待ちしております。




