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アリアナの手足は、凍てつくような金属の寝台に固定されていた。
舌を噛んで絶命しないようにと、猿ぐつわを噛まされた口元から溢れる涎よだれが、白い肌を汚していく。
刑の実行係は、岩のような体躯の男だった。
その瞳には、かつて高嶺の花として自分たちを見下していた令嬢が、今まさに醜女へと堕とされることへの、下卑た歓喜が滲んでいる。
しかし、彼女にとって、今はそれどころではなかった。
自分が物心ついた頃から自覚し、磨き上げ、プライドと自信の拠り所にしてきた美貌が、今まさに台無しにされようとしているのだから。
(……何かの間違いよ。お父様を呼んで!今ならまだ間に合うから…!)
そう叫ぼうとしたが、猿ぐつわをかまされた口からは、言葉にならないうめき声とよだれが溢れるばかり。
幼い頃から指先ひとつ動かすだけですべてを侍女たちが察してくれた気遣いも、この場にいる男たちには期待できなさそうもない。
執行は、驚くほど速やかに行われた。
斧ほどもある重厚な鼻削ぎ包丁が、彼女の上唇のすぐ上にそっとあてがわれる。
冷たい。
(やめて。それだけはやめて!)
スッ、と刃が滑った。
同時に、頭蓋の芯にまで響くゴリッという鈍い音とともに、視界が鮮血に染まる。
「い゛いあああ゛ぁあ゛ぁあ!!!!」
猿ぐつわを突き破らんばかりの金切り声が、冷たいタイルの壁に跳ね返った。
顔の中心に、焼けた鉄を押し当てられたような熱痛が走る。
止血のために布が乱暴に巻き付けられる感触を最後に、アリアナの意識は深い闇へと沈んだ。
◇
次に目を覚ましたのは、見慣れた天蓋付きのベッドの上だった。
顔の中央から脈打つ、ズキズキとした拍動。
その痛みで、アリアナは現実に引き戻された。
おかしい。
鼻が痛む。
そこにはまだ、高く、美しく、誇り高かったはずの鼻が、確かに存在しているような感覚がある。
(……ああ、やっぱり!あれは、私を脅すための見せしめだったのね。お父様が、土壇場で救ってくださったのだわ。当然よ。私のこの美貌が、あんな冤罪ごときで失われていいはずがないもの!)
確信に近い希望を胸に、アリアナは震える指を伸ばした。
顔を覆う厚い包帯に、指先が触れる。
そして、確かめるように、その中心をぐっと押し込んだ。
ない。
指先が、顔の奥へと沈み込む。
ペタン、と空虚に潰れる包帯。
「べ、じょっど、ばって……!」
鼻腔が押し潰されているせいで、声が抜けない。
待って。ありえない。ありえない。ありえない。
もう一度、強く押し込む。
指先が触れるのは、本来あるはずの硬い軟骨ではなく、真っ平の顔面。
「……ばだじの、鼻は……?」
治癒魔法では、傷を塞ぐことはできても、失われた部位を再生することはできない。
この顔の「空白」は、一生埋まらない。
その残酷な理ことわりが脳裏をよぎった瞬間、喉の奥からせり上がってきたのは、言葉ではなく、汚泥のような嗚咽だった。
「あああああああああああ゛あ゛!!!!!」
絶叫を聞きつけ、侍女が勢いよく扉を開けた。
「お嬢様! お目覚めになられたのですね! 良かった、命に別状はなくて……!」
「だにがよがったよ!! 鼻が無いの!! ばだじの鼻が!!」
アリアナは狂ったように包帯の上から顔を掻きむしった。
「無いの! どこにも無いのよ!! がえじて! ばだじの鼻を、がえじてよおおおおおお!!!」
醜く叫ぶその姿は、もはやかつての麗しき令嬢の面影を微塵も残していなかった。




