第59話 比べる事は無意味なんだよ
「ああ……何か凄く久しぶりだな……この家……」
夕暮れの我が家。
畳と木の匂いが胸を刺す。
母との思い出はあまり無い。
「3年ぶりですか?」
「いえ、学園の寮に入ってからは、道場だけで、
家は5年ぶりですかね?」
時間の重みが、言葉の間に落ちる。
「お2人で話したい事もおありでしょうから、
私はこれで失礼しますね」
「色々ありがとうございました山本さん」
「忙しい所済まなかったな」
静かに扉が閉まる。
ーーーー
やがて父が、深く頭を下げた。
「颯斗……お前には父親らしい事を、
何もしてやれなかった……
私は父親失格だ……すまなかった」
「父さん、やめてください」
颯斗も頭を下げる。
「俺も知らなかったことが沢山あった。
意地を張って、無理に対戦を求めて……
俺こそ、すみませんでした」
父はゆっくり顔を上げる。
「……あの日」
記憶を辿るように目を細める。
「稽古でお前に怪我をさせた時からだ。
私は怖くなった」
肩が震える。
「そして……面越しに覗くお前の顔が……
あまりにもアステリアに似てきてな……」
深く息を吐いた。
「打ち込めなくなった。
怖かったんだ。
アステリアに続いてお前を失うのが……
素直にそう伝えればよかったと思っているよ」
「父さん……」
「どうだ、久しぶりに竹刀を合わせてみるか?」
「良いですね」
颯斗が笑う。
「でも俺は、あの頃の俺じゃないですよ?」
「見れば分かる」
父の目が剣士の目になる。
「どんな経験を積めば、その域に至るのか……
私には想像もつかん」
ーーーー
竹刀が鳴る。
〝パァンッ!!〟
衝撃が走り床板が軋む。
「もう良いんじゃ無いですか?」
「ハアハアハア……」
父は膝に手をつく。
「そうだなこれ以上は体が保たん……」
でも顔は笑っている。
「ここまでの剣士になるとは……誇らしいよ」
颯斗は首を振る。
「何を言ってるんですか?驚いたのは俺の方です。
人が目で追えないスピードで打ち込んでも、
竹刀を合わせられ、
力で重い一撃を入れれば受け流される……
思い知らされました。
全日本の時、対戦していたら俺に勝ち目はなかった……」
父が苦笑する。
「親を立てる優しさは嬉しいが……
お前は本気どころか、力の一端も出していないだろう?」
颯斗は答えられなかった。
「おじさ……総師範!大丈夫ですか?」
道場に声が響く。
「問題ない」
父は立ち上がる。
「流石に年には勝てん。
それに少し稽古不足だと思い知らされただけだ」
「……そいつと手合わせしていたんですか?
もしかしてお前は颯斗なのか?
山本師範から颯斗が帰ってきたと聞いたが?」
「ん?海斗?お前、全日本で優勝したんだってな。
おめでとう。
その年で頂点に立つには並大抵の努力じゃ無い」
海斗が眉をひそめる。
「何を言う。嫌味か?
お前は高校生の時優勝しただろうが……」
「あれは父さんから優勝を譲られただけさ」
「なあ、俺とも手合わせしてくれよ?」
目が鋭い。
「良いけど……お前は俺と、
あんまりやりたがらなかったじゃないか?」
「以前の俺と思うなよ?
お前がどこで何をしていたか知らんが、
その間俺は、
那岐神影流の頂点に立つために、
死に物狂いで稽古してきたんだ」
「そうだろうな?じゃなきゃ優勝はできないだろう」
「お前が居なくなったんで、
俺が23代目に指名されているんだ。
今頃ノコノコ帰ってきてもお前の居場所は無いぞ?」
颯斗は穏やかに頷く。
「ああ……手合わせしろって、それでか?
聞いたよ23代目の事は。
お前になら那岐神影流を任せられると思ってるよ」
「お前、道場に戻る気はないのか?」
「悪い……俺はここには居られない。
戻らなくてはならないんだ」
海斗の拳が震える。
「……俺は今まで一度としてお前に勝った事がない……
いつもいつもお前と比べられて……」
「海斗、弟……お前の父も、そして私も、
一度たりともお前と颯斗を比べた事はない」
「叔父さん……嘘だ……同い年の従兄弟で……
皆んな俺たちを比べている……」
「違うんだ……颯斗を人だと思ってはいけないのだ……」
海斗が凍る。
「なあ颯斗、海斗には話しても良いのではないか?」
「何の事です?」
「にわかには信じられないと思うが……
颯斗は……この子の母親……アステリアは、異世界の女神なんだ。
颯斗は、神の子。比べる事は無意味なんだよ」
「そんな話……」
「信じろと言う方が無理か……颯斗、
一度本気で手合わせしてやってくれ」
父の目が真剣になる。
「それで分かる」
「初め!」
〝ブゥン……〟
風だけが走る。
「な!ど……どこに行った?」
「見えないか?少しスピードを落とすか……」
海斗の周り360度から声が響く。
〝ブゥン……〟
海斗にもぼんやり颯斗の姿が揺れて見えた。
「くっ……ウリャ〜!」
竹刀を斜めに振り落とすも、颯斗の身体をすり抜ける。
「ど……どうなってる……」
「普通に避けただけだぞ?」
颯斗は動きを止めた。海斗は膝から崩れ落ちる。
「なあ海斗。俺とたいじした時何を感じた?」
静かな声。
「……何の事だ?別に何も感じなかったが……」
「対峙した時、相手の立ち姿やオーラの様なもので、
力の差を感じられなかった時点でお前の負けだよ……」
海斗の瞳が揺れる。
「ただ、あの瞬間、お前の身体は一瞬震えた……
そしてお前の気が小さくなった。
勝てない……
お前の本能はそれを、
感じ取っていたんじゃないか?
それだけでもお前は大したものだと思うぞ?」
颯斗の声が柔らかくなる。
「お前は死に物狂いで稽古したと言っていたけど、
この数年、俺は一つ間違えれば死ぬ……
そんな崖っぷちを歩き続けてきた」
目が遠くを見る。
「異世界で魔物や魔族、悪魔に邪神……
そんなのを相手にしてきたんだよ?」
「異世界に行っていた?お前が神の子?……
全部本当のことなんだな……」
「対峙して分かっただろ?」
海斗はゆっくり頷く。
「俺はそこに戻らなければならない。
那岐神影流はお前に任せた。
父さんのこともよろしく頼む」
一歩近づく。
「お前も、神の系譜なんだからな」
「俺が神の子孫?」
「那岐って苗字は
伊弉諾の神の子孫だからって言うのは、
御伽話の様なものなんじゃ……」
「私もそう思っていたよ。
でもアステリアがそう言っていたからな……
本当の事なのだろう……
異世界の2つの神の血が混ざった颯斗は、
神から見ても想像がつかない程の潜在能力を持っている……
そう言っていた。
だから私達は、
お前たちを比べて見たことなどないんだよ。
海斗……お前は那岐神影流歴代の中でも、
数えるほどの才能を持っている。
慢心はダメだが、誇って良いんだよ」




