第37話 世界樹の実
「颯斗、こちらへ来てくれるかしら」
「こちらって……え?どこですか?」
「ここから入って」
「何もないですが?世界樹の幹ですよそこ」
「貴方なら、大丈夫よ?ほら、こんなふうにね……」
そう言って彼女は、世界樹の幹へと手を差し込んだ。
すると、硬いはずの樹皮は抵抗することなく、
まるで空気を掴むかのように、すっと腕を飲み込んだ。
「おお……」
恐る恐る真似をすると、俺の手も同じように幹の中へ沈んでいく。
「俺だけ? エレーナは?」
「ごめんなさい。特別な人しか……ん? エレーナ……ここに手を入れてみて」
エレーナが、手を差し出すと、その手も〝スッ〟と、幹に吸い込まれる。
「なるほど……エレーナは……うん、そう言うことか……
エレーナ。貴方も入れそうね。良いわ一緒に来て」
「幹の中に、こんな通路があるなんて……」
「ここよ。入って」
世界樹の中心部へ進むと、
小さな家なら丸ごと入ってしまいそうな、広い空間に出た。
中央には女神像が立ち、その両手から清らかな水が湧き出ている。
「その水は世界樹の作るマナの元、超聖水……それが世界樹の葉に届き、
そこから大気中にマナが放たれるの……
女神像の下のたまった水の中を見て」
「あれ?何かある……剣?」
「手にとって構わないわよ」
水の中から引き上げた瞬間、胸の奥が、ひくりと震えた。
「その……この剣……神剣……エゼルソード?」
「何言ってるの? エレーナ。エゼルソードは、こっちだろ?」
颯斗は腰の剣を示す。
「全然違……
……ん? グリップが……同じだ……」
「その剣はエゼルソードで間違いないわよ?」
「エゼルソードが2本?」
「その2つは同じ物よ」
「?どういう事ですか?」
「リック。これは勇者エリシオンが悪魔と戦っていた時のエゼルソードよ?
勇者が剣を持ってる挿絵があったけど、こんなふうに綺麗な剣だったわ」
「でも何で、その剣がここに?」
「分からない?
この超聖水は、聖なる泉よりも遥かに多くのマナを含んでいる。
……いいえ。マナそのもの、と言った方が正しいかしら」
彼女は、静かに続ける。
「20000年かかる神剣の復活も、ここなら2000年で済む。
2000年て、何か気付かない?」
「2000年……10年後の俺は……
神剣を復活させるために、2000年前へ……?」
「その剣で、悪魔を倒す為にね……
それを、2000年前に貴方から預かった…… 」
彼女は微笑み、剣を差し出した。
「だから、これは貴方に返すわね」
「……じゃあ、こっちの剣は?」
「それも貴方が持ってなきゃ……
10年後、それを携えて2000年前へ行くんでしょう?」
「あ、そっか……」
「それと、もう一つ大事なことがあるわ」
彼女は、じっと俺を見つめた。
「貴方、黒ずんだ魔石を2つ持ってるでしょ?
それを、その超聖水の中に入れなさい」
「この魔石……何なの?」
「時空を越えるために必要な“宝魔石〟よ」
「……過去に行くための?」
「そう。
異世界召喚に必要な宝魔石と同じもの。
一度使うと、100年は聖なる泉に浸さないと再使用できない代物」
「……それって、世界に一つしかないって……」
「ハイメルの聖なる泉が冒険者に発見されて、そこに納めてあった宝魔石がそれね。
城の地下で偶然発見された魔法陣の解析不能の文字と同じ文字が記されていたから、
その魔法陣の真ん中に嵌めてみたら光出したという訳。
色々試して、異世界召喚ができる様になったのね。
貴方の持っている2つの宝魔石は、未だ世に出回ったことのない宝魔石。
神剣エゼルソードも宝魔石も神からの授かりものなの」
「神から……この宝魔石もここなら10年?」
「その宝魔石は、特殊な魔法陣の真ん中に置いて使うもの。
人は、異世界召喚にしか使っていない様だけど、
本来は、時空を越えるために必要な魔石なの」
「ここならば、10年で使える様に?だから今から10年後に俺が?
でも、そんな魔法も、魔法陣も知らないけど?」
「その魔法は、古の大賢者サイモン・エヴァンスにより封印され、
失われた古代魔法…… 今は知らなくてもいいわ。……まだ時間はあるもの」
「あれ?その名前どこかで聞いたな……古の大賢者サイモン・エヴァンス?」
「一万年前に存在していた大賢者ね」
「あっ、思い出した……海底神殿を造った人だ……」
「リック、用事は全て済んだのかい?」
「あ、忘れてた……ライラから、これを預かってたんだ。はいこれ」
俺は、ペンダントにあしらわれた小さな光を宿した欠片を差し出す。
「世界樹の幼木……ライラの魂の欠片が入ってるんだって」
「それでさっきから、あの子の気配を颯斗から感じてたのね?
ありがとう。颯斗。私からは、これを貴方に」
彼女はそう言って、今度は俺に何かを差し出した。
「それは、世界樹の実!?」
ジュリアスが驚きの声を上げた。
「そうよ」
「それをリックに?良いのか?そんな貴重なものを」
「ジュリアスさん。これはそんなに貴重なものなのですか?」
「その実は1000年に一度、しかも1粒しかならない貴重な実だよ」
「そんな貴重なものを俺に?これを食べると何かあるの?」
「ふふ……いいから、食べてみて」
「じゃあ……遠慮なく……ジュリアスさんもエレーナも一緒に食べる?」
「それはダメ。一粒すべて食べないと効果がないの。
颯斗が1人で食べるのよ」
「あ~ごめんエレーナ」
「い、良いわよ……リックが食べなさい……」
「では……って、ちょっと待て。
そんな涎を垂らして、涙を浮かべて見ないでくれよ?食べにくいだろ……」
「……だって……フルーティーな……すごく良い香り……」
「あっ!美味っ!うっま~~い!」
次の瞬間、颯斗の体が、ぼんやりと光を帯びた。
「何だこれ?細胞の一つ一つが再生されていくのが分かる……」
「人は本来持っているはずの、能力を100%使えていないのよ。
よくて20~30%と言われているわ」
彼女は、静かに告げる。
「それを食べることによって、本来あるべき姿に再構成された身体は、
魔法も筋力も格段に限界能力が上がるはずよ」
「……本当?それは助かる……悪魔に憑依された連中、
明らかに能力が跳ね上がってましたから……」




