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ベテラン魔王の上手な倒され方

「ぐああああああああ! おのれ勇者……(われ)が倒される……だ……と…」


 バタンッ。


「これで魔王の脅威が消え去った! 俺たちの勝利だ!」


 勇者は仲間達と抱き合い、お互いを称えた。


 勇者一行が帰った後、


「今回も長丁場だったが、みんなお疲れ様!」


 魔王である『アモン』は、部下を労った。


「いえいえ、魔王様こそ、毎度毎度、勇者の実力に合わせて倒されるの大変でしょう。今回も見事な倒されっぷりにあっぱれです」


 仲間である、魔族達も起き上がり、口々にアモンに言う。


「この世界でやる事はもう無い。まだ次の仕事は入っていないから、『魔星(ませい)』に戻って休暇を満喫してくれ」


 魔王はそう言うと、『帰還』の魔法を使い、仲間達と魔星(ませい)へ帰った。


 その後、恒例の打ち上げを皆で楽しむ。


 それが終わると、各々自由時間だ。


「はあー疲れた。今回の勇者弱えよ。手加減する方の身にもなって鍛え直せよな」


魔王は、自室のベッドに倒れ込み独り言で愚痴をこぼす。


「まあ、勇者って基本的に適当に選ばれてるだけだし、本気で鍛錬してる勇者なんていないんだよな。俺が倒される前提なんだから、強くても弱くても関係ないし」


そう言いながら、今回の戦いで精神を消耗した魔王は寝落ちする。


 次の日の朝。


 ジリリリリリリッ。


 魔王の部屋の電話が鳴った。


「もしもし。魔王ですけど」


『ワナカ星の神じゃが。そろそろ治安が悪くなってきおったから、勇者を誕生させようと思うておる。1週間以内にこちらに来ておくれ』


神からの派遣要請のようだ。


「わかった。急ぎ支度する」


『助かる。お願いするぞ』


 ガチャッ。


 電話を切ると、魔王軍幹部を会議室に集め、ワナカ星について話し合う。


「まだ勇者が決まってないなら、早めにワナカ星に行って、偵察しておくべきかもしれませんね」


 幹部Aが言った。


「そうだな。では、明日の朝、ワナカ星に向かう。休みが短くてすまない。頼んだぞ」


 魔王は部下の体が心配のようだ。


「魔王様こそ、全然お休みになられていないでしょう。我々は部下にも気を遣ってくれる魔王様だからこそ着いていくんですよ」


 幹部Bが言うと、他の幹部達はニコニコして同意した。


 会議が終わると、魔王の部屋にあるマイクのスイッチを入れ、魔星(ませい)への全体放送をする。


『明日の朝、ワナカ星へ向かう。体調が悪い者や、連勤が続いている者はここに残ってしっかりと休んでくれ。それ以外の者は、朝9時に魔王城前に集合だ』


 放送を終えると、明日から何年かかるかわからない戦いへの準備を始める。幸い昨日帰ってきたばかりであまり片付けていない。そのまま持って行けそうだ。


 魔族達の食料と衣服、武器等のチェックをして、夜は酒を飲まない食事会を開催する。


「皆、仕事のペースが早くて辛いかもしれないが、踏ん張ってくれ。明日からの新しい世界に乾杯」


『乾杯』


 魔王の音頭で、魔族達がジュースで乾杯した。


 その夜は各々自由に過ごし、朝を迎えた。


「今日ここに集まってくれた皆へ感謝を伝えたい。どこの勇者もその仲間も弱く、手加減が大変だろう。お前達は毎回よく頑張ってくれている。恐らく今回も、適当に勇者が選ばれ、俺たちは良い具合に倒されなければならない。その加減で、また神経をすり減らすだろう。この戦いが終われば、しばらく神からの依頼は受けない。1週間は必ず休暇を取る。皆よろしく頼むぞ」


 魔王はここで頭を下げた。


 魔族達はそんな魔王を心から慕っている。


「そんな、魔王様、頭を上げてください」


「1週間も休めるなら、頑張っちゃいますよ」


「私は仕事でも、これだけ労ってくれる魔王様となら、連勤でも気になりません」


 魔族達は次々と言葉を発した。


 その様子に、魔王は目頭を押さえながら、


「よし! 行くぞ!」


 と叫び、『ワナカ星』と星間移動の魔法を使い、部下と共に、(あらかじ)め、神がワナカ星に用意していた魔王城に降り立った。


「ほお、今回の魔王城は広いな。ゆっくり出来そうだ」


 魔王は呟いた。


 その星の神により、魔族の待遇は様々で、待遇が悪い場合は城すらなく、少し広いだけの洞窟が用意されていた。なんて事もあった。


 ワナカ星の神は、魔族を取引先だと認識してくれているようだ。


「偵察部隊!早速行ってきてくれ」


 魔王は部下に命令した。


「はっ! それでは行って参ります!」


 2人の影を扱う部下が偵察に向かった。


「仕事はまだ先だと思うが、いつ戦いが始まるかわからない。各々しっかり鍛錬して、怪我のないよう過ごしてくれ」


 魔王はそう言うと、魔王の間へ向かった。


 レッドカーペットの敷いてある先に大きな椅子が置いてある。ザ・魔王の間だった。


 座り心地も悪く無い。


 プルルルルルル。魔王の椅子の横に置かれた電話が鳴った。


『魔王かの?ワナカ星の神じゃ。今日勇者を決めたぞ。いつ魔王城に来るかわからんが上手く立ち回っておくれ』


 ガチャッ。神は一方的に話して電話を切った。


「まあ、勇者がすぐに魔王城に来る事はないだろう」


 と魔王が独り言を呟いていると、先程の偵察部隊が戻ってきた。


「魔王様! 今回の勇者は相当なバカです! 単身で魔王城に乗り込んできました! 皆応戦していますが、勇者があまりにも弱く、負けるのも難しいようです!」


 偵察に行っていた、部下Aは焦ったように言った。


 最悪だ。たまにいる本物のバカが勇者になってしまった。


 戦場となっている、大広間へ向かうと、子供のチャンバラのような手つきで剣を振り回している男がいた。


 あれが勇者か。なんというお粗末な剣筋。


「我は魔王である。勇者よ。そなたは誰の許可を得てここまで来たのだ。我ら魔族はまだ何もしていないぞ。出直して来い」


 魔王はそう言うと、勇者を元いた場所へ転移させた。


「仕方ない。勇者がバカならば、またこちらに来るだろう。向こうに我々を倒す理由を与えねばならない。数名で近くの村の食べ物や家畜を盗んで来てくれ。傷はつけないようにな」


 魔王が命令すると、数名の部下が名乗りを上げ、魔王城を出て行った。


 大広間に残った部下達は、皆困惑した様子だ。


「困った事になったな。あの勇者に負けるには、こちらも相当の演技力が必要だろう。これから全員に演技指導を行う」


 そう言うと、魔王はまず部下達と話し合う事にした。


「ぐあああ! や、きいいいい! 等が魔族らしい声だと思うのだが、どうだ?やられる時には何かしら叫ぶ方が雰囲気が出るだろう」


 魔王は得意気に言った。


「さすが魔王様です。私は、ぎゃああああ!と言う事が多いのですが、きいいいい! は魔族っぽさがあって良いですね! 今回はそれで行きます」


 部下Bは嬉しそうだ。


「弱い人間に対しての立ち回りだが、魔族としては、1人に対し、大勢でかかっていきたい。魔族感が出て盛り上がるだろう。あの勇者に複数人でかかるには、戦いにあぶれる者が出る可能性が高い。どうするか……」


 魔王が考え込んでいると、部下Cが


「勇者が何かをやった風に見せかけて、とりあえず吹っ飛んでみるのはどうでしょう? ちょっと剣を動かしただけでも、すごい衝撃があったと錯覚させるのです」


 そう言って、吹っ飛んでみせた。


「それは良い案だ。みんなもそれで良いか? タイミングを上手く合わせてくれ」


 魔王が言うと、皆がそれぞれ頷き、叫びながら吹っ飛ぶ練習が始まった。


 しばらく続けていると、中々良い感じになってきている。


 すると、盗みに出ていた部下達が帰ってきた。


「魔王様。色々盗んで来ましたよ。とりあえず家畜やペットの類は広い部屋で繋いでおきます。エサは料理長にお願いして良いものを与えるとしましょうか」


 と言い、部下Dは何人かの魔族で、家畜やペットを連れて行った。


「盗ってきた食料は全てここに置いてくれ。保存魔法をかけ、腐らないよう置いておく」


 魔王が言うと、数人の部下が魔王の前に食料を置いた。


『保存』と言い、保存魔法をかけ、丁重に大広間の隅に置いた。


「一応、見張り役を何人かで交代で担当してくれ。勇者が来たらさっきの練習を思い出し、上手い事倒されるんだ。出来れば仲間を引き連れて来てくれたらありがたいのだが……」


 魔王は部下達に指示を出す。


 その日は、もう勇者が魔王城に来る事はなく、魔族達は叫びながら吹っ飛ぶ練習に明け暮れ、疲れた者から眠りについた。


 意外にも、勇者はそこから3日は現れなかった。


 それは魔族達にとっての休暇を意味する。もちろん、いつ勇者が来ても良いように準備は怠らない。


 どれだけ弱い勇者が来ても、強く見せれるよう、上手な倒され方の訓練はしっかりとする。


 それが魔族の決まりだ。

 

 4日が経った朝、偵察部隊から、


「魔王様! 勇者が仲間を連れて乗り込んできました!」


 と嬉しそうな報告が入った。


「では、皆、健闘を祈る」


 と言った魔王もニッコニコだ。


 休暇は魔星(ませい)で取りたい。いつ勇者がくるかもわからない所での休暇はハラハラして面倒くさいのだ。


 勇者の仲間には女しかいなかった。


 案の定全員弱い。


 魔法使いはショボい魔法を撃ち、すぐに魔力切れを起こす。盾役の女もガリガリだ。剣士の女は見た目こそ強そうだが、形から入るタイプのようで剣の重みで腕が上がっていない。


 これでは、負けるに負けられない。


 仕方ない。最終手段だ。


『皆。今から勇者一行に強化魔法をかける。少しは手応えが出るはずだから、上手く倒されてくれ』


 魔王は部下達にテレパシーを送った。


 魔王は頭を抑える。


 テレパシーは頭痛を起こす為、あまり使いたく無いようだ。


『強化』


 魔王が言うと、勇者達の動きが格段に良くなった。


 魔法使いは強力な魔法を放ち、盾役は、魔族の攻撃を防いだ。剣士の女も素早く動き、魔族を撹乱(かくらん)する。


 これが、勇者パーティーのあるべき姿なのだろう。


 勇者の動きも良くなり、魔族達は楽しそうに叫びながら吹っ飛んでいく。


 きいいいいい!という叫び声と共に衝撃音がした。


 部下Bが上手く吹っ飛んだようだ。


 それをしばらく続けると、勇者一行は魔王の間に足を踏み入れた。


「数日前はよくも俺を飛ばしてくれたな。今回はそうはいかない。俺には仲間もできた。ここまで一緒に来てくれた仲間達の為にも、魔王! お前を倒すぜ」


 勇者は浸っている。自分が勇者であるという現実に。


 美女に囲まれ鼻高々だ。


 ほんのり頬も赤い。台詞を言うのが恥ずかしかったのかもしれない。


「はっはっは。よく来たな勇者よ。我は『魔王アモン』我を倒せるものなら倒したみよ」


 魔王は勇者に言った。


 そこからは勇者達は全員で魔王への攻撃を開始。


 魔王は上手く当たり、たまに避ける。


 この塩梅が難しいようで勇者達に手こずっている雰囲気を出す。


「皆! もう少しだ! もう魔王にはほとんど力が残っていない! 畳み掛けるぞ!」


 勇者は叫び、魔王へ技の応酬を仕掛ける。


「とどめだーーーーー!」


 グサッ。


 魔王の胸に剣を突き刺した。


 だが、勇者の力では貫通させるのは不可能だと悟った魔王は自ら目に見えない速さで剣を持ち、自分の胸に刺した。


「ぐあああああああああ。まさか、(われ)が勇者になったばかりの若造にまけるとは……。無念……」


 バタン。


 魔王は倒れた。


「きゃあああああ! 勇者様ー!」


 勇者の仲間達は勇者に胸を押し付けるように抱きついている。


 勇者は鼻血を出し、デレデレだ。


 勇者一行が去った後、魔王は立ち上がり、


「皆よくやってくれた。今回も勇者のレベルが低く、苦労をかけたな。今日から1週間の休暇を与える。片付けをして魔星(ませい)に帰ろう」


 と言い、部下達と共に散らかった魔王城の片付けをし、家畜や食料をそっと村に返してから魔星(ませい)に帰還した。


 その日は1週間の休暇を祝って、盛大な宴会が行われ、魔族達の殆どが酔い潰れ、宴会場で幸せな眠りについた。


 魔王も同じく、宴会場で部下達と共に眠った。


 次の日からの1週間は魔星(ませい)で昼夜を問わずにお祭りが開かれ、魔族達は美味しいものを食べ、楽しい事だけをし、平和な日々を満喫した。


 魔王の部屋では、この1週間は、神からの依頼を受けないよう、電話の線を抜いている。


 皆、家族や友人との楽しいひとときを過ごしているが、魔王は部屋で読書をしたり、たまに祭りを覗き、屋台で食事をしたりと、ほとんどの時間を1人で過ごした。


 理由は簡単だ。


 上司がいると、部下が気を遣う。


 魔王は、強く、優しい理想の上司だった。


 1週間はあっという間に過ぎ、魔王が部屋の電話の線を繋ぐと、着信履歴が20件ほどあった。


 1番初めにかけていていた神の仕事から片付けよう。と魔王は電話をかけ直す。


 プルルルルルル、プルルルルルル


 ガチャッ。神が出た。


「もしもし。魔王ですけど」


『魔王! 何をしていたのですか? 早く依頼を受けてくださらないと。『トーハ』星の治安が悪化していますの。こちらへ急いで来てください」


 ガチャッ。


 どうやら、女神がおさめる『トーハ星』からの依頼のようだ。


 魔王は部屋のマイクのスイッチを入れ、


『皆、休暇は楽しかったか? 早速だが、急ぎの依頼が入った。明日の朝出発するから全員準備をしてくれ』


 と魔星(ませい)にいる部下達に全体放送をする。


 放送を切ると、明日の出発に向けて、トーハ星へ持っていく物を全て点検する。


 武器に刃こぼれ等があれば、魔法で修復。


 その日の夜は明日の出発に向けて、酒の提供は無しの食事会を開く。


「皆、明日は『トーハ星』へ遠征に行くわけだが、体調が悪い者はいないか? 無理せず、余裕をもって遠征へ臨んでくれ。今回の勇者がどんな奴かはわからないが、上手く倒されよう! 明日からの新しい世界に乾杯!」


 魔王が言うと、魔族達は満面の笑みで


『乾杯』


 といい、宴会を楽しんだ。


 

 勇者の影で努力をする、魔王や魔族達。世間には知られていないが、彼らには彼らの生活があり、勇者との戦闘は仕事として請け負っている。


 表面だけでは見えない、魔王と部下達の絆や、勇者の実力不足を陰で補う魔王の手腕。


 主人公は勇者だけに与えられたものではない。一見悪役に見える彼らも、勇者同様毎日を楽しく過ごしている、という事を頭の片隅に置いてほしい。

 


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