破壊された長崎にて
巡察師・ヴァリニャーノは長崎にいる。周囲にはフロイスら伴天連や、伊留満がいた。また、定航船でやってきたポルトガル人達やカピタン・モール(定航船の司令官)もいる。
教会が破壊された直後である。
先年来、各地で教会も修道院も壊されていた。ここは彼等外国人にとって、また数十万人という日本のキリシタン達にとっても最後の砦。
長崎が秀吉の直轄地となった時から、いずれこうなる運命だったのであろう。それでも、彼等の目の前で壊されていくと、ポルトガル人達は喩えようのない怒りと悲しみに、大声で嘆き騒いだ。神に慈悲を求め、破壊者を呪い、取り乱して叫んでいる。
忠三郎はその残骸を目にしても、顔色一つ変えず、少しも騒がず。瓦礫をただじっと見つめた。
忠三郎のその態度に、ポルトガル人達は畏敬の念を覚え、まるで王侯に対するように、最高の礼儀を尽くして迎えた。
忠三郎はかつての信長のようであった。彼等一人一人に声をかけ、教会の破壊に泣く彼等一人一人と共に嘆き、励ました。そして、カピタンには沢山の贈り物をした。
カピタンは忠三郎を恭しく船に迎え入れた。
「これがナウか」
六右衛門は乗ったこともあろうが、忠三郎は初めてだ。以前、コエリョのジャンク船は博多で見たが。
「行ってみたい……」
自然に目を閉じていた。
浮かぶ。大海原の景色が。
(ローマとはどのような所だろう?)
まだ見ぬローマ。何度も話に聞いた、絵も見た。それでも想像もつかない。
「レオン飛騨守様」
呼ばれて、はっと空想から連れ戻された。
ロルテスはポルトガル語も操れる。ポルトガル人達の中にも通訳はいたが、ロルテスが用件を伝えてくれた。
「なるほど、数名お乗せすれば宜しいのですね」
カピタンは頷いた。
「我が家臣どもを、どうしても貴国まで乗せて頂きたい。明人達の予約で埋まり、パードレ達さえ希望の人数までは乗れないと聞いています。それでも、どうしてもお願いしたいのです」
忠三郎は訴えた。
「こちらとしては別に構わないのです。ただ、ヴィジタドールが何と仰有るか」
カピタンはヴァリニャーノの許しがあれば、良いと言ってくれた。
忠三郎はそれからしばらくここで話した。以前、コーボが秀吉に会った時のことなどを話し、教会が破壊されて落胆する彼等を励ます。
そして、随分ゆったり過ごした後、ヴァリニャーノに会いに行った。
ヴァリニャーノとは昨年春に京で二度会っている。それ以来だ。
忠三郎はローマ法王を前にしたかの如く、ヴァリニャーノへ礼儀を尽くした。そして、ヴァリニャーノやその周辺にいた伴天連たちへ、過ぎるほどの贈り物をした。
イエズス会では、異教徒の場合は仕方ないが、キリシタンに対しては、返礼の贈り物はしないことにしている。ただ、伴天連の持っている物は珍しい西欧の品なので、キリシタンであっても返礼がないと、がっかりする者も少なくない。
だが、忠三郎はロザリオを自ら得ようと家臣をローマに遣るような男だし、物にはあまり固執しない。家宝であろうと、構わずぽんぽんくれてやるようなところがあるから、返礼なぞ露ほども望まなかった。
「しかし、これは頂き過ぎますので」
ヴァリニャーノは『どちりいなきりしたん』という書をくれた。
ヴァリニャーノが入手させた印刷機で印刷した、日本語の教義書である。
「ほお、それはまた便利な!」
日本で書物を写すとしたら、手書きしか方法がない。印刷の便利さは、目から鱗だ。この印刷の技術によって、これまでは口伝中心に行われてきた布教に、大きな転換が訪れることになる。
「これがあれば、まだこの御教えを知らぬ者にも説き易い。受洗する者が一気に増えることでしょう。我が領内でも無論のことです。我が百万石の領内に、一気に御教えが広がります」
ヴァリニャーノは忠三郎の喜びに満足した。
(太閣は愚かだ。我々を迫害しながらも、自分でも知らないうちに、この尊き御教えが広がるようにしてしまっている。関東以北には未だこの御教えは伝わっていない。にもかかわらず、レオ飛騨守殿に東北の広範囲を与えた。レオ飛騨守殿がその空白地に御教えを広めてくれる、我々が何もしなくても)
伊勢から忠三郎を追い出した秀吉を、ヴァリニャーノが密かに笑っていると、忠三郎が視線を動かした。
「ところでフロイス様は、初めて岐阜に見えられた時のことは覚えておられますか?」
ヴァリニャーノの傍らにフロイスは座っている。フロイスは今度の定航船で、ヴァリニャーノとともに発つことになっていた。長い日本での暮らしに別れを告げるのである。
最近、色々思い出すのであろう。岐阜のことを尋ねられ、感慨深そうな顔をした。
「無論、覚えております。忘れようにも忘れられない思い出でございます」
フロイスは見事な日本語で答える。ロルテスも流暢だが、それよりさらに上手い。
「あの時出されたお食事のことは?」
「ええと……?」
さすがにそこまでは覚えているまい。だが。
「汁物をこぼすなと信長公が──」
これには忠三郎も驚いた。
「よく覚えていらっしゃいますね!」
自分で聞いておきながら、感嘆した。
「あの時の、その汁物の椀と、今差し上げた物とを比べてみて、如何でしょう?」
フロイスへの贈り物は、会津で作らせ始めた漆器の椀なのである。
フロイスは手にとり、見つめた。椀はフロイスの顔を鏡のように映す。その目が艶やかな椀に吸い込まれそうである。
「あの日もそうやって、そんなふうにご覧になっておられました。あの時、その椀を汁で満たして、運んだ子供がおりました。その子こそ──それがしでございます」
フロイスは驚いたように、忠三郎の顔を見つめた。
「あの時、沢山少年がいましたが──」
「はい、それがしはその中の一人。人質でございました。その後、信長公の姫君を賜りました。不思議な運命でございます。人質が一転、信長公の婿なわけですから。間違いなくデウスの御賜物と存じます」
伴天連の前で冬姫の話題は避けていた。珍しくそれを口にする。
「高山殿もオルガンティーノ様も、何故それがしを信仰に導き入れようと必死でいらしたのか、それもデウスのお働きによるものと、ようやく今になってわかりました。ルソンとの危機を回避しとうございます。ポルトガルとローマの皆様のお力添えを賜りたいのです。信長公の婿として、立ち上がりとうございます」
忠三郎は日本風のやり方で、ヴァリニャーノに平伏した。
イエズス会が日本へ兵を派遣するよう、スペイン本国やルソンに働きかけたことは知っている。だが、イエズス会が何を思っていようとも、日本からルソンに出兵する事態だけは避けたい。そこはイエズス会も同じなのではないか。
「ローマに使節を参らせたいのです、信長公の婿として」
「わかりました」
ヴァリニャーノには言いたいことがわかったらしい。
「レオ飛騨守殿のご家臣が船に乗れるよう、手配しましょう」
ヴァリニャーノは次いでフロイスに言った。
「貴公は私と共に行きなさい。出航予定者のうち、何人かは日本に置いて行きましょう」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませぬ」
忠三郎が詫びると、ヴァリニャーノは微笑んだ。
「これでまた日本に多くのパードレ達を残すことができるというものです。そう考えれば──」
「しかし、どこに彼等を隠しましょう。匿って下さる殿達を吟味しませんと。危険でございます」
フロイスが危惧すると、もっともだとヴァリニャーノは頷いて、忠三郎に言った。
「その辺りの手配もありますから、数日お待ち下さい。レオ飛騨守殿のご家臣を何人乗せて差し上げられるか、その間にこちらで決めさせて頂きます」
「はっ。何卒よしなに」
忠三郎は再び平伏して、その日は一度帰った。
(私が割り込んだせいで、船に乗れなくなったパードレ達を、会津にお迎えできないものか)
帰り道に、彼はそう思った。彼は今、会津で千利休の嗣子・少庵を預かっている。伴天連を匿うくらい、どうということはない。
一旦名護屋に戻った忠三郎が、ヴァリニャーノからの返事をもらうため、再び長崎へ向かったのは、十日ほど後のことであった。
ロルテス、六右衛門に加え、渡海させる予定の家臣たちを全て連れて行った。定航船の出発が差し迫っていたからである。
到着すると、ヴァリニャーノから家臣五人の乗船を許された。
「有難うございます」
忠三郎は平伏し、進物を捧げた。定航船のカピタンにも世話になるからと贈り物をし、ポルトガル人達のミサに参加した。
ポルトガル人たちやインド人によるカント・ドルガン。日本人は単旋律斉唱しかできず、セミナリオにも行っていない一般のキリシタンでは、まともに歌えるのは、特に簡素な『ミゼレレ・メイ・デウス(みぜれめん)』くらいなので、このような多声音楽のカント・ドルガンには圧倒される。
ミサの後にはヴィオラ・ダ・ブラッチョを披露する者や、数人のイタリア人がマドリガーレを歌い、忠三郎は感動した。
そうして暫く過ごした後、
「六右衛門、どうか無事で。ロルテス殿、何卒宜しく」
忠三郎は心から二人の無事を願い、ローマ法王へ献上する黄金や陶器、漆器を託した。
「殿様、どうか日本をお守り下さい」
ロルテスは涙で顔をぐちゃぐちゃにした。忠三郎も泣かずにはいられない。ふと、生前の父の言葉を思い出し、泣きながら苦笑もしてしまうのだった。
忠三郎は出発を控える彼等を残し、ポルトガル人たちに見送られながら、名護屋に帰った。
家中にはキリシタンもいれば、そうでない者もいる。今こそ家中を正しく教え導こうと思った。
バテレン追放令の覚書には、キリシタン大名が家臣をキリシタンにしてはならないとあったが、忠三郎はもう全く気にしていなかった。
「久しぶりに素晴らしい説教を聞けた。改めてデウスは神秘にして壮大な、素晴らしいお方だと思った。あのお方以外はとるに足りない、神でも何でもないものだ」
唯一絶対なる創造主のみが神であること、カテキズモと神の愛を説く。そして、彼等家臣達に『デウスの御掟十のマンダメントの事』を与えた。
第一 ご一体のデウスを敬ひ貴み奉るべし
第二 デウスの貴き御名にかけて虚しき誓ひすべからず
第三 ドミンゴ祝日を勤め守るべし
第四 汝の父母に孝行すべし
第五 人を殺すべからず
第六 邪淫を犯すべからず
第七 偸盗すべからず
第八 人に讒言をかくべからず
第九 他のつまを恋すべからず
第十 他の宝をみだりに望むべからず
右この十箇条はすべて二箇条に極まるなり
一つには御一体のデウスを万事にこえて大切に存じ奉るべき事
二つには我が身の如くポロシモを思へといふ事これなり
所謂モーセの十戒である。
九月四日、ヴァリニャーノはフロイスを伴い長崎から船出した。その船にはロルテス、六右衛門らも同乗し、まずマカオに向かっている。
日本の水軍は弱く、朝鮮水軍との戦いや、補給にも苦戦する有り様。西欧の技術獲得の目的もある使節だ。
しかし、その技術を得たら、朝鮮との戦いに優位に立てるようになるばかりか、琉球、台湾、ルソンへも行けるようになるのではないか。そして、その大砲でもって、上陸しないでも、海上から陸を破壊できるようになるはずだ。




