家臣ロルテス
直後、母・大政所の危篤に接した秀吉は、長崎の教会の破壊を命じ、大坂へ帰った。
ポルトガル商人との取引にイエズス会は欠かせない。仕方なく十人の伴天連の滞在は許可したが、増長されてはかなわない。
名護屋で秀吉は高山右近との対面を許可したし、イエズス会は布教を再開するだろう。秀吉はコーボの讒言を信じた振りをし、教会破壊を命じた。
一方、ドミニコ会にも心を許しはしない。秀吉は改めてルソンへ臣従を迫った。ルソンは日本に入貢し、スペインは日本を対等と見なせという書簡をコーボに持たせる。
長崎の教会の破壊の話には、忠三郎も驚いた。
件の教会は、来日したポルトガル人達が使用するのであって、日本の布教に関わることではないと訴えたらしいが、秀吉は聞き入れなかったようだ。
「それでは、ポルトガル人達はどこでミサを行えば良いのか?ポルトガル人の信仰まで許さぬというのか?」
これこそ正真正銘の迫害だと、忠三郎が秀吉の周囲に問い合わせると、
「なに、殿下は口でそう仰有っただけですよ。伴天連どもに増長されないためにね。ただの脅し」
と教会破壊の実行を否定した。
秀吉に教会を破壊する意思はないのだと、忠三郎は安心し、陣中で過ごしていると、六右衛門が訪ねてきた。
六右衛門は未だ会津の地に足を踏み入れたことがなかった。松坂時代から、国元よりも九州にいることの方が多かった。六右衛門はいつでもキリスト教のこと、イエズス会のこと、ローマ法王のこと等に関する折衝役を努めてきている。
「それがし、至らぬながらもこの数年、パードレ達の動向を調べて参りました。彼等には秘密も多く、未だ謎ばかりでございます。それでも、それがしの私見を申し上げようと──」
これまでの調査の成果を伝えに来たのだ。
「先ず、故コエリョ師父が殿下に明への攻撃を打診したことでございますが。その後の混乱も含めて、これはポルトガルもフェリペ王の支配を受けることになった時期と重なったためやに存じまする」
宣教師として初めて日本に来たフランシスコ・ザビエル。彼は最期まで明に行くことを熱望していた。
イエスの十二使徒の一人、トマスの足跡があるかもしれない。また、過去には、ネストゥリウスと呼びはしても、同じキリスト教である景教が花開いたともいわれる明である。
イエズス会にとっても明は希望の地であった。
そして、古代より大国であった唐土の地にある明は、ポルトガルとしても希望の地である。
「しかし、明は巨大にして強力過ぎました。どこの愚人が征服なぞ目論むでしょう」
いかにポルトガルとはいえ、明を望むほど愚かではない。
そこで、日本に目を付けたのだろう。だいぶキリシタンが増えた日本。伴天連の言うことは素直に聞く。
「大国・明も倭(和)冦には頭を悩ませていたのです。そう、日本の武器、武力ならば、明から一部でも割譲してこられるかもしれません」
「日本を使って明を討たせ、分捕り地をキリシタンを動かして、せしめようというわけだな?コエリョ様はそのように指示されていたと?」
「はっ、おそらく。しかし、ポルトガル本国の事情が変わりました。フェリペ王は無闇に戦う人ではありませぬ」
若きポルトガルのセバスチャン王に、無謀なモロッコ侵攻をやめさせようとした程である。しかし、フェリペ王の忠告に耳を貸さなかったセバスチャン王は、モロッコの戦場に消えた。
その後を継いだエンリケ1世は治世一年程で病没。後継者争いの末、スペイン国王のフェリペ2世がポルトガル国王も兼ねることになった。
「すぐにはイエズス会へも、新しい方針は伝えられなかったのだろうと、推察致します。また、新しい方針も、ローマにあるイエズス会本部から日本へ伝えられるまでにしばらくかかりますから」
「コエリョ様が大坂城に招かれた時は、まだ新しい命は下されていなかったのか?」
「はい、うっかりお話ししたことが、殿下をすっかりその気にさせてしまったのではございますまいか。殿下は本気で明を討つ気にございます」
「ううむ。すると、イスパニアになってからは、明を望まなくなっているということか?」
そこで六右衛門はやや自信なさそうに俯いた。
「さ、それはそれがしにも漏れて参りませぬ故、わかりかねまする。ただ、日本を使って明を討たせるという方針ではなくなったのではないでしょうか。コエリョ様はこっそり武器を集められましたそうで。それを殿下に献上なさらなかったと」
さらに、ルソンに行っていたロルテスがルソンで知り得た情報だとして、六右衛門は言った。
「日本に来るパードレ達の中で、イスパニアの国益について最も詳しくご存知なのは、ヴィジタドール(巡察師)であるはずです。つまり、ヴァリニャーノ様。ヴァリニャーノ様は今回の来日で、真っ先に故コエリョ様の集めた武器を秘密裏に処分したそうですから──」
「疑われている時ゆえ。武器の収集を知られて、かの人を刺激し、キリシタンどもを危険に晒すことのないようにという、ヴァリニャーノ様のご配慮とも取れるが──そうか、ロルテス殿がそう言っていたか」
忠三郎は目を閉じて、大きくため息を吐いた。
「イスパニアは日本が明に攻めて行くことを、望んでいないか──」
分捕ってきた地を、自主的にフェリペ王に譲れば別だが──秀吉はルソンを挑発している。分捕った地を日本がスペインに譲ることなど、万に一つもない。日本が勝ち続けて、版図を拡大させて行けば、いずれスペインに対抗し得る大国にもなる。
「左様なこと、イスパニアが望むわけもない。刺激してしまったな。やはり、朝鮮に出兵してはいけなかったのだ」
もう手遅れか。この遠征が、日本の勝利になることもないだろうし。
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長崎の教会の破壊は実行された。
話が違う。そのこともあって、忠三郎は長崎に赴くことにした。秀吉は大坂にいる。今しかないだろう。
六右衛門をローマに派遣する目的もあった。フェリペ王のもとにも行かせたい。
今、長崎にはロルテスもいる。今度のローマへの使節は、忠三郎の覚悟がかかっているだけに、ロルテスの力が必要だ。それに、ヴァリニャーノの力も借りたい。
忠三郎はローマ法王にも献上できるような立派な贈物を沢山持参した。
長崎に着くと、さっそくロルテスが出迎えた。
ロルテスとの再会は最高に嬉しい。ロルテスもその喜びを己の体一つでは表現しきれず、走り寄って、がばと忠三郎に抱きついた。乱暴なくらい元気がよく、よろめいた忠三郎は苦笑した。
「そなたは大柄なのだ。ちと手加減して下され」
相撲をとらせたら、家中でも敵う者はいないなと戯れると、ロルテスも底抜けに明るく笑う。
「随分元気そうだ」
「はい。蒲生様も」
「む。それだけ元気ならば。ロルテス殿にはローマに行って頂きたい」
それを聞いて、忠三郎の横から六右衛門が、
「私、ローマとイスパニアへ参ることになりました。ロルテス様、お力をお貸し下さい」
と言う。ロルテスはそれで全てを察し、大きく頷いた。
「蒲生様、では、ついに!」
「そうだ!」
「わかりました。やらせて下さい。六右衛門の供を致しましょう」
そして、ロルテスは徐に忠三郎の前に跪いた。
「何だ?」
「蒲生様に忠誠を誓います。それがしはあなた様の僕でございます、殿様」
「そなたは我が友、何故そのようなことを?」
忠三郎は膝を折って、ロルテスを起こそうとした。
「いいえ、殿様は王様になる方ですから。それがし、そのためにローマへ行くのですから」
ロルテスは、こうして忠三郎に臣下の礼をとった。




