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対決

 伊達政宗が尾張で秀吉と合流した。

 政宗は金箔を塗った磔柱を担いで、秀吉の前に現れた。

「何だそれは?」

 見た途端、秀吉は笑い出しそうになったが、政宗を打ち据え、威厳たっぷりに座っている。

「蒲生飛騨守からの訴え、もはや逃れられぬと覚悟してのことか」

 秀吉からそう言った。政宗は平伏した。

「む。京で厳しく詮議する故、ついて来い」

「はっ」

(とりあえず、京までは首が繋がったな……)

「政宗!」

「はっ」

「どうであった蒲生飛騨守は?」

(どうって、ご覧の通り仕損じたよ。気付かれたから、お前の茶番に付き合ってやっているのに。この狒狒猿爺め。俺を殺す気なんだろう?)

「──蒲生殿はまことにお強うございました」

「うむ?一揆を鎮圧したのは、そちであろう?」

「名生城を落としたは蒲生殿にござる。行軍速度といい……それがし、蒲生殿があんなにお強いとは知りませなんだ」

 聞いていなかったぞと、顔を上げ、秀吉を射るように見る。

(いいこと言って騙したな。本当は俺と蒲生殿を戦わせて、蒲生殿に俺を討たせる気だったんだろう?)

 秀吉は政宗の眼から眼を逸らした。

 秀吉はやがて政宗と共に帰京した。


 忠三郎は京を発つというヴァリニャーノに、もう一度会いに行った。前回、帰り際に坂源次郎に宜しくと言われたので、今回は彼も伴っていた。ヴァリニャーノは源次郎の姿を認めると、その目に頷いてみせた。

 忠三郎は特別気にもせず、それよりも探りを入れなければなるまいと、こう切り出した。

「関白が以前から度々口にすることなのですが──朝鮮への出兵。関白周辺の話では、亡きコエリョ様が言い出されたこととか?実行されれば、それがしも朝鮮へ渡らなければならないでしょう。関白の心が和らげば、すぐにも我が領内にて布教したいのですが……」

 コエリョはヴァリニャーノの来日前に亡くなっていた。秀吉からの攻撃を想定しての自衛目的か、あるいは以前、秀吉に唐入りの折には援助を頼むと言われたからか、コエリョは多数の武器を集めていた。だが、ヴァリニャーノはそのことを憂えて、来日すると、密かに処分していた。

「ヴィジタドールにとっても、我等が朝鮮へ侵攻することは望ましいことなのでしょうか?」

 ヴァリニャーノはイエズス会の日本巡察師。コエリョなどよりも、もっと重要な機密を扱っているに違いない。スペインの意向も、彼ならば知っているはずである。

 忠三郎にとって、今の質問は、さり気ない中にも核心を突くものであった。

「従軍させて頂ければ、征服先で布教できます。かの地は我々の未開拓の地ですから、この教えを伝えたいとは思います。ただ、今の殿下のご様子だと、我々を従軍させては下さらないでしょう」

 宣教師らしい返答である。ならばと、忠三郎はこう返した。

「なれば、それがしはじめキリシタン武将どもが、密かにパードレ達を自軍に隠し参らせ、朝鮮へお連れ致しましょう」

 明とは敢えて言わず、朝鮮と繰り返した。

「是非」

 ヴァリニャーノは笑顔で頷いた。忠三郎は今度はざっくり切り込んだ。

「その、コエリョ様はどうして関白に九州を、さらに明を攻めて欲しいと仰有ったのでしょう?正直、そのために関白は警戒したのだと思うのです。何故日本に頼むのですか?」

「彼ほどデウスの忠実な僕はいません。九州攻めはキリシタンの殿達が危機に瀕していたので、殿下を頼りました。また、彼は明を救いたかったのです。しかし、本国からは遥かに遠く、また、明の軍事力を見ても、我々では手に負えない。日本ならば、明を攻められる距離にあり、また、明と戦えるだけの軍事力があります。だから、殿下にお願いしたのです」

「イスパニアは明が欲しいわけでは?」

「できることなら、欲しいでしょう。日本が代わりに討って下さるなら、国王もどれほど感謝することか。しかし、今の殿下が明を討ったら、己のものとしてしまうことは明らか」

「確かに譲るはずありません」

「ええ、だから我々イエズス会としては、明で布教させて頂けるだけで結構なのです。それも許されないなら、日本が明を得て強大になることに、国王は強く警戒するでしょうが──」

「我等が明を得るためには、まず朝鮮を得なければなりませぬ」

「そうでしょうね」

 ヴァリニャーノの表情は明るくない。ふうと、溜め息さえつく。

(この反応はどうしたことだろう?キリシタンどもが朝鮮に拠点を持ち、それをイスパニアに献上すれば、或いは、日本の遠征がうまく行かず、ある程度のところで撤退すれば、蹂躙されて弱りきった朝鮮、明をイスパニアは容易に手にできる。朝鮮を得れば、明ばかりか日本を討つ足掛かりをも得られるわけだが──)

 スペインには日本を討つ意志はないということだろうか。

 今は明や朝鮮に出兵すると、スペインを刺激することになるのだろうか。布教させれば、イエズス会としては賛成ということか。

 ローマはどうなのか。キリスト教が広まることを望んでいるだろうが、日本の力を借りてでも、布教をしたいだろうか。

(イスパニアを刺激した時の危険度はいかほどだろう?仮に戦になると、イスパニア本国かヌエバ・エスパーニャからルソンに集結して、そこから船でやってくる。決戦の場は九州だろうが──)

 彼等が日本周辺の荒波を越えて、集結し得た場合、彼等の船には大砲が搭載されているから、さほどな兵数でなくとも、威力はあるはずで、文永や弘安年間に蒙古が襲来した時のようなわけにはいかないだろう。

 陸上戦では、日本の武士がそうやすやすと討たれるとは思えないが。

 忠三郎には、秀吉の朝鮮出兵が、ますます悪い方に傾くように思われた。

 それはそれとして。彼には今、目の前に問題がある。


 ヴァリニャーノが京を去った数日後、忠三郎と政宗は秀吉に召し出された。

 忠三郎は政宗が一揆勢に送った書簡と、須田伯耆とを提出している。

(秀吉!そなたであろう?そなたなのであろう?政宗に一揆を起こさせ、一揆勢と政宗とで私を挟み撃ち、私を殺そうとしたのであろう?秀吉!!)

 忠三郎の烈しい念力が秀吉にも伝わった。瞬間、秀吉は忠三郎を小動物のような目で見た。

 だが、すぐに視線を政宗に向け、忠三郎から提出された書簡を持って来させると、それを振りかざした。

「こりゃ、政宗!これは、そちのこれまでの書状と、筆跡も花押も寸分違わぬぞ!」

(それはそうだ。それは紛れもなく政宗が書いたもの。いいや!そなたが政宗に書かせたものだ、秀吉!)

 秀吉は忠三郎とは目を合わせない。

(見ろ、私を見ろ秀吉!真っ正面から──)

「確かに、それがしの花押にございまするが──」

(私は気付いているぞ!)

 秀吉はついに忠三郎を見てしまった。忠三郎の心まで──。

(政宗、どう切り抜ける?そちの返事次第によっては、生かしてやる)

 秀吉は忠三郎から目が離せなかったが、心の中では政宗に話しかけていた。

 政宗は二人の火花をよそに、ひどくいい加減に言ったものである。

「蒲生殿が提出なされたものは、それがしが書いたものではござらん」

 秀吉も忠三郎も、同時に政宗の顔を見た。

「なに?何じゃと?」

「ですから、それは偽物でござる」

 政宗、せいせいと答える。

(そうか、秀吉め……政宗の一揆煽動の事実はなく、私が政宗の罪をでっち上げたことにするつもりなのだな!私を罰する気だな!)

 危機のはずだが、忠三郎は怒りで、青ざめさえしない。

「なにい?そちは今、己で己の筆跡じゃと認めたではないか?」

 そんな秀吉の言葉は、忠三郎には茶番としか聞こえない。

「それがしの右筆(祐筆)はそれがしの筆跡を真似て、寸分違わず、まるきり同じに書けまする。それは右筆が書いた偽物です」

「ははあ、これはけしからん。白々しいにもほどがあるわい」

「いいえ。それがしは、右筆どもが勝手に筆跡を真似て、それがしのものとして文書を出すことを防がんと、右筆どもも知らぬ仕掛けをしておりまする。それがしの書いた花押には必ず、鶺鴒の花押に針で刺した目がございまする」

「なんだと?」

「蒲生殿が提出されたものには針で開いた穴がございませぬ。それがしがこれまでに殿下に参らせた文書をご覧になって、ご確認下されませ」

「む?」

 秀吉は忠三郎が提出した書簡の花押を、眉をしかめて見ている。

(狒狒爺、老眼のくせに見えるか?)

 政宗はにやりと笑った。秀吉は近づけたり遠ざけたり、日に透かしてみたり。首をひねりひねり色々試みている。

 政宗の発言に、周囲は何という奴かと呆れていたが、当の忠三郎だけは白けていた。

 結局、秀吉は政宗を不問に処した。

 忠三郎にも特に何もなかったが、秀吉はその後、忠三郎だけを呼び寄せ、猫なで声で言ったのである。

「不服か?」

「いいえ」

 政宗が有罪か無罪かなど忠三郎には関係ない。

「これも政じゃ。政宗は奥州を治めるのに必要なのじゃ」

「わかっております」

「気を悪くするな。奴はまことは有罪じゃ」

「……」

「それを敢えて許したのは、奴の軍勢が要るからじゃ。心配すな。奴はもうすぐ死ぬ。奴の軍勢も全滅じゃ。ふふ、奴をな、朝鮮、明にぶち込むのじゃ。激戦で全滅じゃ。今は兵は一人でも多い方がよい。そちは恥をかかされたと腹立つであろうが、しばし堪えてくれぬか?」

 忠三郎は秀吉を軽蔑し、さっさと退出してきた。

(忠三郎は兵数の差などあってないようなもの。それでも六千では、政宗と一揆勢の二万を越える軍勢には苦戦した筈。政宗は多勢とはいえ、忠三郎に苦しめられた筈。互いに消耗し合い、二人とも死ぬと思ったが。それでも忠三郎は一揆勢を一気にほふり、旧勢力を根絶やしにできるとも思ったが。一揆は壊滅、忠三郎と政宗は共倒れ、一石三鳥のはずが、二人とも死なぬとは。忠三郎め!よくも気付いてくれたな!)

 忠三郎を殺そうとしたことを忠三郎本人に気付かれ、秀吉はしばらく彼に手が出せなくなった。

(奴に謀反を起こされたら面倒じゃ。朝鮮出兵前に、無用の戦で兵を減らせぬ。機嫌をとらねばなあ)

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