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京のヴァリニャーノ(下)

 翌日、忠三郎はさっそくヴァリニャーノを訪ねていた。

 ヴァリニャーノは伴天連や伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの四人の少年使節、それにポルトガル人達を連れていたが、それぞれ滞在先が違う。ヴァリニャーノはわずかな供と静かに過ごしていた。

 来客が絶えないと聞いていたが、今日は忠三郎の他にはいないようである。忠三郎が来ると聞いて、わざと予定を空けておいたようだった。

 西洋人の中でも特別大柄なヴァリニャーノは、通訳者のジョアン・ロドリーゲスと二人だけで、部屋の中に忠三郎を待っていた。

「お元気でしたか?」

 昔、信長から安土城に招かれたヴァリニャーノと、そこで何度か忠三郎は会ったことがある。親しく交わったことはないが、幾らか言葉を掛け合ったことはあった。

「信長様の姫君にもお変わりなく?」

「はい、健やかに過ごしております」

 冬姫はそれこそ、ヴァリニャーノの安土滞在中に、信長に連れられて、何度も修道院に彼を訪ねていた。

「ご来日の際には、当家の者どもがお世話になりました」

 忠三郎がローマに派遣した二番目の使節は、マカオからヴァリニャーノと同じ船で帰ってきたのだ。

「いいえ、こちらこそ。良いロザリオは手に入りましたか?」

 ヴァリニャーノはとても穏やかな口調だった。

「大変嬉しく思っております」

 忠三郎は、袂にしのばせていた象牙の麗しいロザリオを見せた。ヴァリニャーノはそれを見て頷く。

「船中、ご家中の竹村殿から、レオ飛騨守殿がローマに竹村殿達を遣わされた理由を伺いました。正直驚き、感嘆も致しました。実は日本の皆様は、我々からロザリオを贈られることを熱望される。日本で作られたものには見向きもせず、ローマからもたらされた物を、我々の手から渡されることを望まれる。熱心なことですので、素晴らしいことなのですが、我々とてそう山ほど持っているわけではありません。幾らもう無いとお伝えしても、しつこく乞われるので、正直少々困惑しておりました。レオ飛騨守殿はそのことを知り、我々の手を煩わすまいと、直接ローマに調達に行かれたとか」

「ああ、はい」

 発想が面白いとヴァリニャーノは思った。

 オルガンティーノやその友人だというロルテスなる者が、彼を非常に高く評価していることも肯ける。何より、信長の婿という血筋の良さ。

「ところで、本日、それがしがヴィジタドールをお訪ねしたのは、お詫び申さねばならぬことがあったからでございます」

「はて、何でしょう?」

 ヴァリニャーノは一つまばたきをした。

「ヴィジタドールは室津でおよそ二ヶ月も足止めされたと伺っております。浅野殿の帰京が遅れたためでございますが、その原因はそれがしにあるのでございます」

 忠三郎は名生城に籠もっていたことなどを、正直に洗いざらい話した。ヴァリニャーノはそれを静かにずっと聞いていた。忠三郎は話しながら、心に溜まった鬱憤が不思議とすっと消えて、穏やかになっていくことを感じた。

 忠三郎はひたすら申し訳ないという、懺悔を告白する心持ちでいたのだが、話を聞き終えたヴァリニャーノは、何故か明るい笑顔で神を讃美し始めたのである。通訳のロドリーゲスまでそうするので、忠三郎は不思議でならなかった。

「まさにデウスの御業!」

「あの、ヴィジタドール?」

「レオ飛騨守殿、あなたの功績は多大なるもの、とてつもなく大きいです。まず、室(室津)滞在が長引いたおかげで、ポルトガル定航船の今回の出航に間に合わず、私は来年まで、つまり一年長く日本にいられるのです」

「それは……」

 良いことだろうか。しかし、バテレン追放令が出て以降の日本に、ヴァリニャーノが予定より一年長く滞在できるとなれば、それはキリシタン達に大いなる喜びと慰め、勇気を与えることになる。

「それから、もっと素晴らしいことがあります。室に滞在した時期は、ちょうど日本の暦で年の瀬でした。大名の各皆様は、殿下に年始の挨拶に出向かなければならないとか。室は西国から上洛する時の中継の、通り道。室にいた時、そのようなわけで、沢山大名達がそこを通って行ったのです。キリシタンもそうでない人も、ローマに行った四人には是非会って話を聞きたいと、室を通った人はほとんど皆様、我々を訪ねて下さいました。我々は彼等にデウスのお話をすることができました。キリシタンは必ず励まされ、また異教徒も皆熱心に聞いて下さり、受洗した方も沢山いるのですよ。民の間にも、沢山のキリシタンを新たに作ることができました。思いもかけない大成果でした。我々は皆、室長期滞在はデウスの御摂理なりと、喜び祝福していたのです」

「なんと……」

 忠三郎は圧倒された。

「では、デウスがそれがしの心を強固に頑なにして、それがしの身を名生城に閉じ込め、浅野殿の帰京を阻められたのですか?」

「そうです。レオ飛騨守殿の頑固はデウスの御業によるものなのです。あなたの信仰がデウスを動かし、我々に大いなる成果をもたらした!」

 謝りに来て、思いもよらない事態になっていたことを知り、忠三郎は驚くばかりである。

 そんな彼を、ヴァリニャーノは微笑みながら褒め称えていたが、そういえばと思い出し、

「今日は坂ジョアン(源次郎)殿はお連れでないのですね?」

と彼の背後を見回した。

 今日この場に伴った者達は、もともと京屋敷にいた者ばかりで、会津から供してきた者には、今日のところは出仕は控えさせていた。

「はっ、疲れておりましょうから、今日は休ませております」

 ヴァリニャーノは当たり前のように頷き、

「では、彼に宜しく。一度会いたいものです」

と言った。

 ちょっと不思議に思った。坂源次郎はキリシタンだが、何故ヴァリニャーノと親交があるのだろう。

 ヴァリニャーノは笑って、何でもないと言った。なお忠三郎が首を傾げていると、

「彼は信長様の王子・三七殿と親しかったようですね。安土に滞在していた頃、一緒に見えましたよ」

と、初めて聞く話を披露した。


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