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重瞳子と独眼龍(下)

 翌日早暁、蒲生軍は単独で、一揆勢の立てこもる高清水城へ向かう。背後の伊達軍への備えは怠らない。

 時間との勝負。一気に高清水城まで進もうと思った矢先、斥候が戻ってきて、高清水城に至る前に名生城があると報告した。

 そんな城があることなど、道案内のはずの伊達軍からは全く聞かされていない。

(昨日といいその名生城といい。政宗め!)

 忠三郎は怒った。

「とにかくその名生城へ急げ!一気に落とすぞ」

 陣を立ってしまった後だ、行くしかない。素早く移動すると、しばらくして城が見えてきた。城側はこちらに気づくと、いきなり鉄砲を撃ってきた。

 名生城。大崎氏の古城だ。立てこもるのは農民ではなく、大崎氏の旧臣達である。もしも彼等が蒲生軍の背後の伊達軍と内通していたら──。

「挟み撃たれるかもしれぬ。手間取っていられぬぞ、時間がない、直ぐ落とせ!」

 伊達軍が追い付く前に。

 忠三郎は矢玉飛び交う中を猛攻させた。死に物狂いで、討たれても構わず攻撃を繰り返す。兵たちの様子を後方の本陣から見ていた彼は、もう何でも構わぬから討ち取れと、普段なら決して言わぬようなことを命じた。

 敵は千人ほどいたようだが、蒲生軍は七百人弱を討ち取り、激闘を制した。

 忠三郎は名生城に入るとすぐに城の備えを固めた。

 この戦いで功績を上げた者は多かった。忠三郎はそれら一人一人に声をかけ、激賞してゆく。

 中でも、皆からやんややんやとほめそやされている若者へ、

「山三殿もお見事、ようなされた」

と労うと、益々周囲は沸き、若者は照れた。

 笑うと、冬姫に似ていた。

 彼の実妹は豊臣家の養女であったから、皆丁重に扱い、その秀麗さを持て囃している。

 その晩は名生城に泊まった。そこへ妙な男が現れた。伊達家中の者で、須田伯耆という。

「そもそもこの度の一連の一揆そのものが、我が主が企てたものでございます。高清水城に攻め入るは、罠に陥ること。見送って下さいませ」

 その者の言葉を、俄には忠三郎は信用できなかった。

(私が高清水城を攻撃しなかったとなれば、いよいよ秀吉の不興を買う)

「伊達殿は、今日のを我等の抜け駆けと逆恨みして、我等に高清水城を討たせぬおつもりか?それで、伊達殿お一人で高清水城を落とし、手柄を独り占めした上、我等を腰抜けと笑うおつもりであろう」

「滅相もない。それがしが伊達家の者ゆえ、お疑いごもっともにございますが」

 須田は個人的な理由で政宗に恨みを抱いているという。

 忠三郎は曖昧に返事すると、須田に一室を与えて下がらせ、その後は家臣達と相談した。

「須田の話、どう思う?伊達殿が一揆を起こした張本人とは。いくら不敵な人間でも、発覚したら身の破滅。それとも、関白に刃向かって、勝てる見込みがあるのか?」

 それに対し、須田の話は本当だろうとか、色々意見が出た。

「冬姫さまへ次兵衛が申していたことですが」

と、そこで山三が意見を口にした。

 彼は豊臣家の姫の兄だが、父は信長と従兄弟、母は信長の姪。両親どちらも信長と血縁だった。そのため、家臣たちからは一目置かれ、遠慮さえされる存在なのである。近頃召し抱えられた元無頼の徒党どもとは、生きてきた世界が違う。

「大崎と葛西の旧領の如き難しい場所を、木村殿にお任せになるなぞ不自然の極み。殿下は一揆が起きることを望まれていたかと推察致します。わざと一揆を起こさせ、旧勢力を一気に滅ぼしてしまおうという──。殿もそれを思われましたでしょう?伊達殿も殿下の御考えを察し、一揆を起こしたとも考えられます。ただ問題は、それならば速やかに鎮圧するべきなのに、ぐずぐずしている点です。そこを殿下に告げられたら、伊達殿もお困りのはず。我等への仕打ちもおかしゅうございます。ただ、次兵衛が冬姫さまに申し上げましたことには──」

 その山三の話。皆、ぐっと引き込まれる。

「次兵衛が何と?」

「はい。つまり、狙いは飛騨の殿だと。一揆を起こし、殿を殺す。そこまでが殿下が既にご承知のことだと」

「何ですと!?」

 山三と同年代の新参・勝之が声を上げた。織田家重臣・柴田勝家の甥で、佐々成政の婿である。つい最近、兄・佐久間安政と共に忠三郎の家臣になった。

 山三は勝之に頷いて見せてから、忠三郎に向き直り、

「冬姫さまも珍しく次兵衛を厳しくお叱りでございました。あのようにお怒りになられたのは、姫さまも次兵衛の申す通りだと思し召したからではございますまいか」

 呪わしいことを平然と言う。冬姫と並べておいたら紫の上、いや、藤壺の宮と源氏の君みたいに見えるだろう。だが、高雅なのに、体もがっしりとした心猛き豪傑だ。光源氏とはまるで違う。

「それがしの妹は豊臣家の養女でございますから、それがしをお疑いでしょうか。されど、今申しましたことに裏はございませぬ」

「いや、よくお話し下された」

 忠三郎はそう言うと、しばし黙った。

(私を殺すためだと?政宗の企み、秀吉は承知しているだと?……そうか、私を殺すため、秀吉が謀ったことなのか。だが何故だ?)

 いや、わかっている。キリシタンだから警戒されていた。あのバテレン追放令の覚書を渡された時から──。そして、あの佐々成政由来の三蓋笠か。忠三郎は目の前の勝之に視線をやりつつ、新しい馬印を思った。

(あれを所望した時、私の野望を見抜かれたのか?唐入りを諌めたからか?だから、こんな僻地に追いやり。政宗が何をしようと構わぬというのか。いや、政宗に殺させる気なのか……私を殺すために、政宗に一揆、戦を起こさせた。秀吉は上様の天下布武の後継者ではないのか)

 政宗は秀吉に逆らっているのではなく、従っているということか。

「次兵衛の推察が正しいのならば、関白に、私がそれと気付いていることを知らしめなくてはならぬ。いかようにして、釘を挿すべきか?」

 秀吉に、お前の企みは知っているぞと告げるには、どんな方法があるだろう。

「殿、いずれにせよ、しばらくこの城に留まり、伊達殿の様子を探られるが宜しいかと存じます」

 坂源次郎のその意見に、皆同意した。

「わかった、そうしよう。引き続き警戒を怠るな。一瞬でも隙を見せたら攻撃される。周囲に味方はない」

 忠三郎はついに動かなくなった。

「こちらだけで名生城を落としてしまって申し訳ないから、この先にある宮沢城なる一揆勢の城は、伊達殿が落として手柄とされよ」

 そう言ったきり。


「ううむ?」

 伊達陣中で政宗は首を傾げていた。

「蒲生殿の性格上、のんびりしている俺に苛々して、自ら高清水城まで攻め込んで行くかと思ったがなあ」

「どうしますか?我等だけで落としますか?」

「いや、そりゃよくない。俺が一揆勢を討ち滅ぼしにかかったら……気の毒な農夫どもがびっくりするだろう」

 政宗が忠三郎の行動に首を傾げていると、家臣達が色々言ってきた。

「何か気づいたのでしょうか?そういえば、須田の奴がおりませぬ」

「気づいたならば、それはそれで構わない」

 政宗は忠三郎との茶室でのやりとりを思い出していた。

(あの男、俺に多分好意的だったよな。まさか、俺を油断させようと、あのような態度を?)

「おい、秀吉は蒲生殿を嫌っているようだが、数日しか会ったことのない俺を、気に入ったと思うか?俺のこともきっと嫌いだよな?」

「蒲生殿の戦いぶりには度肝を抜かされました。まさかあそこまで強いとは。殿が一揆勢と手を結んで大軍でもって蒲生勢六千と戦ったとしても、我等の損害も甚大なものになるかと」

 政宗は先程から何か考えていたようだったが、ある考察に至り、ぎょっとした。

「蒲生殿は長く秀吉と付き合いがあるのだ。俺か蒲生殿、どちらか選ぶとしたら、秀吉の奴はきっと蒲生殿の方を選ぶ。おい、もしも秀吉が蒲生殿に俺を討つよう密命していたら……?」

「えええっ??」

「一揆勢と協力すれば、簡単には死ななくて済むとは思うけど……」

「いや、さような密命はないでしょう。あったなら、とっくに我等の挑発に乗ったはず。伊達領内でも前野でも仕掛けられませんでした」

「そうか?……うん、そうだよな」

 自分の茶を評価してくれた時の目を思い出す。あれは、腹に何もない目だった。

「秀吉から密命を受けていないならば、蒲生殿に疑われるような行動は控えねばな。須田は蒲生殿の所だろう。だったら、蒲生殿の疑いを晴らしておいた方がいい」

 須田伯耆が裏切ったらしいと知っても、政宗は少しも慌てなかった。

 強すぎる蒲生軍と戦うことになったら、一揆勢と協力しても、伊達軍の損害は甚大になる。ここはまず忠三郎の機嫌をとっておこうとした。

(蒲生殿が高清水城を攻めてくれれば、周辺の一揆勢の砦や城と取り囲んで、討つこともできるが、名生城に籠もられちゃあ、こっちが危ない──俺、もう知らんぞ)

 政宗は忠三郎に言われた通り、宮沢城を攻めた。なかなか落ちなかったが──。


 その頃、名生城の忠三郎のもとには面白い物が届いていた。

 政宗が一揆を引き起こした張本人であるという証拠品だ。

 政宗が一揆勢に宛てた書簡だった。

 山戸田八兵衛という者が、あやしい旅商人から奪ったものだという。山戸田は伊達家に仕えていたので、旅商人が変装した伊達家の人間であることに気づき、斬りかかって奪ってきたのだという。

「なるほど」

 忠三郎はこれを利用することにした。

(秀吉にこれを突きつけてやろう。私は気付いているぞと──仮に政宗が勝手にしたことならば、それはけしからぬこと、政宗は処罰されるべきだ)

 忠三郎はことさら派手に、

「伊達政宗に謀反の疑いあり!」

と、騒ぎ立てた。

 忠三郎は二本松にいる浅野長政に、政宗の謀反を告げ、秀吉にも政宗謀反の報告をした。

 政宗はそれで慌てたのか。一気に宮沢城を降伏させ、続いて高清水城まで降伏させた。すると、佐沼城を包囲していた一揆勢まで、急に退散して行った。それで木村父子は助かり、名生城の忠三郎のもとにやって来た。

 忠三郎は、秀吉こそが真犯人と気付いていることをにおわせるため、今度は一転、政宗に謀反はないと秀吉に報告した。

 だが、忠三郎は木村父子を迎え、伊達軍が退却しても、

「デウスの御意です。まだ名生城におわしませい」

と、十字を切って危険を力説する坂源次郎の助言に従い、なお籠城を続けた。

 政宗は謀反していないかもしれないが、忠三郎に対して危険な態度だという忠三郎。上方の秀吉は顔を真っ赤にし、激怒しているのかと思えば、複雑な表情を浮かべて、絶句しているように何も言葉を発しない。

 一方、退却してきた政宗は、二本松の長政に、忠三郎に讒言されて困っていると訴えた。

「蒲生殿が慣れない陸奥の雪に手こずって、何もできずにおられた間に、それがしが鮮やかに一揆を鎮めてしまったので、弁解するため、ありもしない謀反をでっち上げられたのだ。まったくもって迷惑」

 長政は頷いた。

「しかし、蒲生殿の訴えは、既に殿下のもとにも届けられておりますぞ。孝蔵主殿はじめ殿下の御傍には、蒲生殿と昵懇の人も多い」

「孝蔵主殿……ああ、うむ、でしょうな」

「ご上洛なされて、殿下にきちんと説明された方が良い」

(仕損じたから、秀吉の茶番に付き合わされるのか、面倒な。いや、俺は、秀吉から責められるのか?何だよ、だったら浅野殿にでもやらせればよかっただろう?……いや。やはり、本当は俺を!?俺は、殺されるのかもしれぬ!)

 政宗は絶体絶命だと感じた。

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