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重瞳子と独眼龍(上)

 翌朝、忠三郎は数名の家臣と藪下を連れて、伊達の陣中に向かった。

 伊達政宗とは隻眼の、まだ若い男だった。

「蒲生郷成にござる」

「蒲生忠右衛門にござる」

 ついて来た家臣達が次々に名乗ると、さすがに「独眼龍」とあだ名される程のふてぶてしい若者も、戸惑いを見せた。

 だが、それも束の間、すぐに小馬鹿にしたような笑みを浮かべ。

「失礼、どなたがどなたやら、覚えられぬ。蒲生殿のご家中は『蒲生氏郷』ばかりだと伺っていたが、まことですな」

「はははは、それがし、つい先日まで十二万石しか持たぬ甲斐性なしでしたから。良く働いてくれる家臣どもに感謝したくとも、与えるものがありませんでした。仕方がないので、名は最も大事なものですから、それを与えて酬いるしかないと存じまして」

 蒲生郷成は坂源次郎、蒲生忠右衛門は谷崎忠右衛門である。家中は他にも、蒲生姓や「郷」を与えられた家臣たちで溢れていた。

「左様ですか」

(だが、他家の人間には迷惑だわな。どいつがどいつかさっぱりわからん。この男、変な奴じゃ)

 政宗は忠三郎を面白そうに見ていた。

 目の中の光が猛禽のように鋭い。幼くして疱瘡を病み、それがために片目をえぐり出したという。幼い身でその激痛に堪えたのだ。並みの精神力ではない。

(ぬるま湯の中で育った私とは違う)

 忠三郎はそう思う。

 政宗は十八歳で家督を相続したが、その翌年、敵の奸計で人質となった父を、敵諸共撃ち殺したという。

 家督相続後、わずか四年で奥州の大部分を攻め取り、奥州の覇者となっていた。これまでの半生の凄みが、隻眼に滲み出ている。

「なるほど、そのように蒲生殿がご家中の人々を可愛がられるから、どんな悪条件でも少しも乱れず、素速く従ってこられるのでしょうなあ」

 政宗は感心したように言って、今回の進軍について弁解する。

「それにしても、殿下を拝見していても思うのですが、上方のお人というのは随分せっかちですな。奥州者は総じてのんびりしているので、気質の違いに驚かされましたよ」

 なかなか先に進まなかったように感じたのは、上方武士の気質のせいで、奥州ではあれが普通の速度だという。

 忠三郎、思わず笑ってしまった。

「我が茶の湯の師である宗匠が、それがしを日本一気の長い奴だと呆れておられたが──」

「宗匠も上方のお人ですから。そうですか、上方の短気は、蒲生殿より猪なのですな」

 忠三郎の背後の家臣達が、だんだん政宗の戯れ言に腹を立て始めた。それを見て、政宗はさり気なく。

「それがしも小田原で宗匠に茶を習いました。蒲生殿は一番弟子と伺っております。一つそれがしの点前をご批評頂けないでしょうか?」

「それは楽しみだ」

 忠三郎は快諾した。

 そこからは忠三郎だけが案内されて行く。茶室に忠三郎と政宗、二人きりになった。

 政宗が静かに茶を点てる。忠三郎はその手元を観察して、感心した。

 千利休(宗易)に小田原で学んだのは、ほんの数回のことだろう。それだけで、ここまで洗練されるはずがない。もともとその道をよく学んでいたのに違いなかった。

 やがて忠三郎が見事な所作で茶を口にすると、政宗は訊いてきた。

「如何、それがしの茶は?」

「なかなか」

「流麗な宗匠の高弟の前で、田舎の作法は恥ずかしゅうござる」

「いや、宗匠がそれがしに仰有ったことがあります」

 忠三郎は莞爾として語った。

「茶室に入ったら、身分の上下も貧富も敵味方も関係ない。ただの亭主と客だと。一期一会の客へ心を込めて茶を点てる、奉仕の気持ちが第一と。作法、道具は第二第三であると。伊達殿の茶からは、それがしへの労いが伝わって参りました」

 そう言われて政宗は、やや驚いたようだったが、やがてかすかに笑みを浮かべて頷いた。

「ところで、先程の、殿下とそれがしが短気だというお話だが──あれは亡き信長公の影響かもしれませぬ。戦の折の信長公は、想像もつかない速さで各地を転戦して、勝利を重ねてこられました。殿下も風の如きお方」

 忠三郎が信長の名を出すと、政宗は興味津々な様子で目を輝かせた。

「各地を転戦、反転して敵地を切り取ってこられた伊達殿なら、おわかりとは存じますが」

「なるほど、殿下は信長公のやり方を受け継いでおられるのですか」

「そうです。この度は奥州の民には気の毒とも言えますが、これも元々は信長公が考え出されたこと。農民は農民として、兵は兵として。さもないと、農閑期以外の戦はできませぬ故」

「しかし、何故一揆が起きる程強行に、兵農分離を進めていく必要があるので?」

「世界に目を向ければ、おわかりになろうかと」

「世界?」

 政宗は首を傾げた。

 侵略を重ねて奥州の覇者となり、さらに小田原の北条氏以下、関東の諸氏と共に、秀吉と対決しようとしたらしい政宗。

(天下を夢見たことがあるのだろうか?いや、家臣達の憶測通り、一揆勢と内通しているなら、なお秀吉に逆らうつもりだろう。つまり、まだ天下を見ているということだ)

「貴殿は信長公に似ておられますな」

 忠三郎がそう言うと、政宗の目に羨望が浮かんだ。

「直に信長公をご存知とは、蒲生殿が羨ましい。常に天下を間近でご覧になっていたのだから」

 その目には、妬みさえ紛れているような。

(天下の事情を間近で見てきた私に嫉妬しているのかな?)

「蒲生殿は信長公の婿と伺っているが、しからば余程優れたお人であろう。それなのに、殿下に従っておられるのですな」

「いや、信長公は一目でそれがしを婿にしようと決められたと聞きますよ。見た目だけで婿に決められた男です」

 忠三郎は軽口で謙遜した。

「見た目だけの男と言われるか?……ううむ」

 政宗はじとじとと忠三郎を見つめる。

 政宗は顔のつくりそのものはまずくないが、疱瘡で片目を失い、痘痕もある。そのことを、他人が思う以上に気にしているのだろう。見た目で信長に気に入られた話など──

(気に障ったか?)

「失礼、蒲生殿はなかなか端正にござるが、その、信長公に一目で気に入られるほど美しい、とは……」

 含み笑いの政宗。忠三郎はからから笑った。

「いや、そうではなく、目です。信長公は珍妙なものがお好きでしたから」

「目?」

 政宗は真顔に戻り、再びじとと忠三郎の目を見つめた。二つ目のある者は、神経の集中も分散されようが、片目だとそれが一点に集中される。政宗の忠三郎の瞳を射抜く力は相当だ。

 だが、しばらくして瞬きを幾つかすると、身じろぎして言った。

「わかりませぬ……天下を手にする程の人にしかわからないのか……」

 忠三郎はふふっと笑った。

「いやいや、ご覧の通り、それがしの目は極めて普通にござる。信長公も初めてそれがしをご覧になった時だけ、憑かれておられたか、それがしが重瞳に見えたのだと」

「重瞳!」

 政宗はもう一度、無遠慮に忠三郎を見つめた。

「重瞳といえば帝舜。信長公、即座に帝堯が舜に娘を与えて婿としたことを思い出され、それがしを婿にしようと思われたのだと。しかし、残念ながら、それがしはこの通り、瞳は四つもありませぬ」

「ははは、四つもあるなど、羨ましいな」

 政宗は帝舜の顔を想像してみた。

 天下を窺いながら、また、天下を狙える能力がありながら、中央から離れ過ぎた場所に生まれたが故に、天下の姿を想像することしかできないこの若者へ、忠三郎は言った。

「それがしに瞳が四つあったならば、一つ貴殿に差し上げたのに」

 優しげな口調でそう言ったのを、政宗はどう受け取っただろう。

「奥州の民は確かに気の毒ですが、一揆はすぐに、確実に鎮めなくてはなりませぬ。それに、天下布武、無駄な戦は信長公も憎まれます」

 老婆心ではないが、忠三郎はそう釘をさす。今、秀吉に楯突いてはならない。そして、天下布武の武とは、本来干戈を止めて静謐となる意味だと、信長が言っていたことにも軽く触れておく。一揆など、無意味な戦を断じて許さぬ人であったことを。

「貴殿はとてもお若い」

 秀吉の死後、三十年も四十年も生きるだろう。秀吉が死ぬ前に殺されてはならぬ。

(中央から遥かに遠いこの地でも、夢見ることはできるな、伊達殿?貴殿は夢見ているのだな?私も負けるまい。貴殿には天下を狙う才があるが、私は幼い頃から天下を間近で見てきた。負けぬぞ)

 二人はその後は一揆鎮圧の打ち合わせをし、やがて忠三郎は伊達の陣を出、蒲生陣中へ戻った。

「殿!よくご無事で!」

 案じていた皆が忠三郎のもとに駆け寄った。

「大事ございませぬか?」

「当たり前だ。茶を馳走になっただけだ」

「茶?まさか!毒でも入っていたのでは?」

「馬鹿な、茶に毒など、宗匠を愚弄する行い。宗匠を愚弄する人間なぞいるか!」

 とはいえ、あの雪の中、伊達領内で受けた仕打ちを思えば、家臣達が不安になるのはもっともだった。

(政宗は秀吉への反抗心から、秀吉の代理である私へ嫌がらせをしたのだろう。だが、私はそう思えても、実際に嫌がらせに苦しめられた皆の気持ちを思えば──)

「西大寺を」

 西大寺という解毒剤がある。

 忠三郎は家臣達の目の前でそれを服用し、せっかくの茶を全部吐き出してしまった。家臣達はそれで安心した。

(申し訳ありませぬ、宗匠)

 利休の茶を汚した思いがした。


 そこから先、蒲生・伊達両軍は左右の道それぞれに分かれて進んだ。

「佐沼までの間には、一揆勢の砦は高清水城のみだそうだ。距離もけっこうありそうだが、気を抜くな!」

 打ち合わせの時、政宗は、木村父子の籠もる佐沼までの間に、敵の砦は一つしかないと言っていた。

 だが、間もなく蒲生軍の前方に砦が見えた。

「殿っ、一揆勢です!」

 忠三郎は驚いた。

「ここはどこだ?」

「は、色麻(四竈)とか」

 何故、政宗の言ったことと違うのだろう。

(どういうつもりだ、秀吉にまだ逆らう気か?)

 忠三郎は政宗への疑惑を強めた。

「構わぬ、蹴散らせ」

 しかし、一揆勢は蒲生軍の姿を見ると、恐れて逃げ出した。

 そこをさっさと焼き払って片付け、さらに先に進もうとしていると、またしても先手から報告があった。

「すぐ先の中新田という所にも砦がございます!」

「構わず進むぞ」

 蒲生軍が進むと、そこの砦の者達も、戦わずに逃げて行った。

「今日はここに泊まろう」

 蒲生軍は簡単に奪った中新田の砦に陣を張った。伊達軍もすぐ近くに宿営する。

「殿、まことに大事なくて宜しゅうございました」

 忠三郎がぴんぴんしているのを、家臣達は改めて安心していた。

 今朝の茶。全て吐き出し、薬を飲んだって、微量の毒は体内にあるはずだから、多少調子を崩すだろう。一日くらい寝込む必要があるかと思われた。

 だが、忠三郎はけろりとしている。

「もしや、我等を気遣い、我慢しておいでなのではございませぬか?」

「いや、全く何ともない。毒害だぞ、我慢なぞできはせぬだろう」

 忠三郎が笑っているところへ、伊達軍から使者が来た。

「実は我が主・政宗が、俄な腹痛で、七転八倒悶えておりまして。とても明日は出撃できそうにございませぬ。明日の高清水城攻め、延引して頂きたく──」

 忠三郎はいよいよ政宗が何か企んでいると確信した。

(随分わかりやすいことをする。だったら乗ってやろう。どのような手を使ってきても、私は負けぬぞ!秀吉から咎めを受けなければ理解できぬのならば、処分されるがいい!)

「それはお気の毒だ。明日は我等だけで攻める故、伊達殿はご回復なさってから、後からついて来られよ」

 忠三郎は平然と答えて使者を返した。

「伊達殿が道案内故、こちらも案内に任せきっていたが──。話が違い過ぎる。いつも通り、自分で偵察しよう」

 雪深い中、偵察させるのは不憫だが、忠三郎は斥候を放って、先の様子を調べさせた。

 家臣たちは鼻息荒く、伊達軍への自分たちが抱いた疑いは間違いではなかったと言い合った。

「伊達殿が一揆勢と内応しているということ、確信できましたな。高清水城と伊達殿とで、我等を挟み撃ちするということでしょう。兵数を考えると、ぞっと致しますが」

「決して負けぬ!負ければ伊達殿は、私が一揆勢に敗れて死んだのだと上方へ報告するだろう。そして、余所者では一揆の鎮圧は無理と関白に思わせ、地元の伊達殿に一揆鎮圧も、また会津の地も任せてもらう──そのような構想だろう。だから、我等は決して負けてはならぬ。生きて、伊達殿の陰謀を報告せねば!伊達軍が背後に追いつかぬよう、明日は暗いうちに発つぞ」


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