雪の王国(下)
奥州仕置の軍勢が引き上げると、やはり奥州各地に加え、出羽でも同時多発的に一揆が起きた。それら東北各地の一揆の中で最大規模だったのが、旧大崎・葛西領だった。
新領主・木村吉清の勤めは二ヶ月ともたなかった。領主となって、準備も何も整わぬうちに、旧葛西領の胆沢、気仙、磐井で次々に一揆が起きたのである。そして、それは旧大崎領にまで広がっていく。
登米の寺池城に吉清が、その子・清久は古川城にいた。清久は一揆が起きたので父のもとへ向かったが、その隙をついて一揆勢は玉造の岩手沢城とともに古川城を落としてしまった。清久は佐沼城に逃れた。吉清が救援に来たが、一揆勢に包囲され、家臣達も次々に一揆勢に殺されたので、父子は佐沼城から出られなくなっている。
忠三郎は、十月中には会津でその異変を聞きつけている。秀吉は、一揆が起きたら、伊達政宗を先陣に鎮圧するよう命じていた。政宗は検地奉行の任務を終えた浅野長政(長吉)からの要請で、さっそく出陣している。忠三郎も木村父子救出のため、準備万端整えて待機した。
政宗は先鋒として十月二十六日に出陣し、忠三郎へは暫く待つよう言ってきた。白河にいた長政もそう言うのでそれに従ったが、いつまで待っても連絡がない。
忠三郎は訝った。三蓋笠の馬印を睨む。
(こうしていられようか。木村殿を助けに行くのが遅れたことが原因で、木村殿の身にとりかえしのつかないことが起きては一大事。秀吉からもきつい沙汰が下ろう。佐々殿の二の舞になるわけにはいかぬ!)
一揆を討ち果たすことは、秀吉にいいように使われているだけとも思える。だが、やらねば待つは死か、運良く命は助けられても、せっかく得た四十二万石は召し上げられる。
(何としても死ぬわけにも、領地を取り上げられるわけにもいかないのだ!それに、木村殿が困っているのに!困っている人を見捨てられぬ!義務がなくても頼まれなくても、私は行く!)
十一月五日。大雪で視界もきかないその日。
忠三郎はついに出陣を決行した。
会津は雪深いと聞いてはいたが、想像を超える寒さだった。家中はほとんどが上方出身。あまりに剛勇な冬の魔王に、皆気力が萎えていた。
会津黒川城の庭木は、何れも重い雪を被って、あたかも得体の知れない化け物のようである。
それまでの忠三郎にとって、雪景色はそれは綺麗なものだった。優雅な庭に雪が降って、庭木を飾れば、和歌を詠みたくなるほどで。
(そういえば冬姫が、冬になると見向きもされない木々が謀って雪を降らせ、美しくなった身を見せつけるのだと言ってたな)
だとすれば、この会津の木々は、己の強さ、冷酷さを見せつけるために、このように化け物のようになって、凄みをきかせているのかもしれない。
忠三郎は鎧直垂を着ずに甲冑を身につけ、軍勢の前に現れた。
「このくらい何だ!私はちっとも寒くないぞ!」
木々に雪をおどろおどろしく塗り付けた冬の魔王の如き形相で、寒がる兵達に吼えた。
「なんと!」
家臣達は気を引き締めた。それどころか士気は最高潮に達した。こんな大雪の進軍、疲労するばかりと嘆いていたのが嘘のよう。
関一政ら信頼できる重臣に後の守備を任せて出陣。木村父子のように留守を奪われるわけにはいかないので、会津諸城の備えを固めた。そのため、軍勢は六千ほどしかない。積雪によって塞がれている道を、雪かきさせながら進んだ。
仕置、検地の役目を終えた浅野長政の軍勢は、一旦引き上げていたが、この事態に、引き返して二本松へ行くという。二本松から先は伊達領に入る。忠三郎がここに着いたのは、会津黒川城を出た翌々日の七日。
道案内役でもある先陣の政宗は、一万五千の大軍。大雪のためか、大軍でもあるので、機動性に欠け、後軍はなおまだその辺にいる。
動きの鈍い伊達軍に対し、蒲生軍中には不審の眼差しを向ける者が出てきた。
忠三郎が二本松にいた頃、蒲生軍の先手はもっと先に進んでいたから、伊達軍と入り組んでしまった。彼等はいよいよ動きの鈍い伊達軍に疑惑を抱き、忠三郎に言ってきた。
「伊達軍は一揆を鎮圧する気がないのではありますまいか。一揆勢を動かしているのは、大崎と葛西の者どもでございます。伊達様とは互いに昔からの馴染み。伊達様のご本心が明らかになるまで、殿はこちらにお控えを」
「冗談じゃない!一揆を長引かせられてたまるか!伊達殿が立ち止まっているなら、追い抜かしてやるまでだ!」
「ですが、もしも伊達様が一揆勢に寝返ったら、殿の御身が危のうございます。そもそも、殿は出陣令が出ていないうちから、ご出陣遊ばされました。十分誠意はお見せになっておられ……」
「命令が出てから助けに赴くようでは、漢ではない!──兵数の問題を気にしておるのか?関係ない、たった六千でも討ち果たせるわ!とにかく、一刻も早く、木村殿を救え!」
忠三郎は声を荒げ、進軍を強行した。
蒲生軍は伊達軍の後ろから、せき立てるように進軍する。あまりな速さで、追い立て追い立て突進してくるので、伊達軍も焦って、雪道を進軍せざるを得なかった。
それだけに迷惑だったか。上方のせっかち性分に嫌がらせしてやれということだったか。伊達軍は領内の民に、後からくる蒲生軍には手助けしてやるなと告げたのか──。
二本松から先、白石、岩沼など、全て伊達領内である。伊達軍を追い立てて進む蒲生軍に対し、ここの領民達はひどい態度だった。
蒲生軍には宿を貸さない。
蒲生軍は仕方なく、雪原の中に野営した。薪も売ってもらえないので、火をおこすのにも難儀した。
吹きさらしの雪の野で、ようやく焚き火ができても、手は悴み、震えて歯は鳴る。凍傷も負っていよう。
しかし、伊達軍への怒りで寒さも忘れ、皆よく堪えていた。
(町野の言う通りかもしれないな……)
町野左近は、この寒さでは兵の気力体力に障るから、春を待って、雪解けと共に出陣すべきだと言っていた。
(人使いの荒い主だと、皆迷惑に思っているだろう……)
春とは悠長に過ぎるが、兵達の体を思えば、たとえ秀吉の怒りを買おうとも、出陣は遅らせるべきだったのかもしれない。数日後、雪が止んでからでも良かったはずだ。それでも大雪にもかかわらず出てきたのは──。
(私の身勝手さだよな)
秀吉によって領地を召し上げられたら、家臣達を路頭に迷わせることになる。強行軍は家臣のためでもある。だが、それは言い訳だろう。
伊達軍やその領民に怒る兵達を見ると、申し訳ない気さえしてきた。
「我慢ならぬ!向こうの農家に押し入って、無理矢理にでも薪を買ってきてやろうか!」
「それこそ伊達殿の思う壷だろう?一応味方なのだしさ。その味方の領内でこちらが暴れたりしたら、伊達殿に攻撃される。伊達殿と当家で戦になれば、勝っても負けても殿下のお咎めを受ける。先に味方の領民に手を出したこちらが罰せられる」
「伊達殿は我らを討ちたくて討ちたくて、うずうずしているのやろ。伊達殿に攻撃させる口実を与えたら駄目だ」
「そうか、それでわざとこんな嫌がらせをしてくるのだな?」
焚き火に手を翳す兵達が、そんなことを言い合って怒りを鎮めようと努め、宥め合っている。
(嫌がらせかどうかはわからない……伊達軍の後に、まさか我らが来るとは思わず、連日の行軍に迷惑しているのだろう。いや、薪は昨日伊達軍に提供してしまったから、今日はもう残ってはいず、我らに売れないだけなのかもしれないではないか……)
忠三郎は、ふと先の北条氏との戦を思い出した。あの時、北条氏の策で、当初、こちらは現地での兵糧確保が不可能だった。北条氏の命を受けた民が、こちらに兵糧を売らなかったからだ。
今の伊達氏も同じなのだろうか。
はたまた、秀吉が計画している唐入りを思う。朝鮮へ渡った時、朝鮮が日本に味方しない場合は、朝鮮の民から兵糧を買うことはできないだろう。
この奥州の地でさえ苦労するのに。異国で兵糧も確保できず、今以上の寒さに堪えなければならないのだとしたら、海に隔てられ、帰るに帰れないのに──。
忠三郎は気が沈んだ。だが、そんな素振りは見せられない。彼は当然という顔で、静かに寒さに堪えている。
忠三郎でさえ、何も言わずに雑兵に混じって寒さに堪えているのだ。家臣達の心も一つになった。
古代中国が生んだ天才・呉起(呉子)の人間性は、忠三郎には到底理解不能だが、この雪原に於ける彼は、あたかも戦場の呉起の姿を彷彿とさせた。
とはいえ、こんな生活を十日も続けていたら、そろそろ限界である。
伊達領内の黒川郡前野という所に至ったその日、忠三郎は目の下に隈さえ見せている兵達の間を回って励ました。
「もう少しだ。明日には伊達殿の領内を出るだろう。あと一踏ん張りしてくれ」
そして、側近達の群れている所にやってきて、冗談を口にした。
「それにしても、殿、本当に寒うございますよ。殿のご気力は凄い」
尾張出身の谷崎忠右衛門が軽口を言うと、忠三郎はふっと笑った。
「実は正直私も相当寒い。十日も続けているのに少しも慣れぬ。町野、大丈夫か?」
町野左近は老人の域に足を踏み入れかけているのだが、全然何ともないと言い張った。
忠三郎、笑って、ふと思い出したように、焚き火の炎の色を眺めやった。
「そういえば松ヶ島にいた頃、そう、あれは於次様が亡くなられた頃だから、ちょうど今頃か、夜中に凄まじい地震があったよなあ。海嘯が来るというので、皆で高地に逃げて、こんなふうに一晩過ごしたよな」
「そんなこともございましたねえ。あれはなかなか恐ろしゅうございました」
町野が懐かしそうに応える。
「あの晩も相当寒かった。しょっちゅう揺れるし、風は冷たいし。肝が潰れた。だが、寒くてどうなるかと思ったが、今に比べたら、暖かいくらいだったよな」
「もう五年も前のことですな」
「そんなに経つか?まるで昨日のことのようだ」
そこで不意に、何を思い出したか、ぷっと吹き出すと、わははと声を立てて笑い出した。
「如何なさいましたので?」
側近達が皆、忠三郎に注目する。
「いや、なに。あの時、奥が幼い娘に怒って、それは恐かった」
側近達、その冗談に笑ってよいやらわからず、しかし、笑わずにはいられなかった。
「おっと、今のは奥には内緒ぞ」
忠三郎が冬姫の恐い顔を思い出して、身をやや竦めていると、伊達政宗のもとから使者がやってきた。
「いよいよこの先は、伊達領内を出、一揆勢の溢れる領域に入ります。その前に打ち合わせを致したく存じますので、明日の朝、当方の陣へお越し願えませんでしょうか?」
というのである。
家臣達は危ぶんだが、忠三郎は二つ返事で承諾した。
「殿、これは伊達殿が殿の謀殺を企てているのです。殿を己の陣中に招き、伊達の軍勢で囲って、我等と引き離し、その中で殿を殺してしまおうと──」
家臣達が引き留める。
「いったい私が何故、伊達殿に恨まれるというのだ?二、三度顔を合わせたに過ぎない。ろくに口を聞いたこともないのに、恨まれる覚えはないぞ」
「伊達殿は会津を関白殿下に取り上げられました。今、会津を領するは殿。殿を殿下の代理と見ておりましょう。このような混乱した時なら、殿を謀殺したとしても、一揆勢のせいにして、上方へ報告もできましょう。伊達殿の領内での我等への仕打ちを思えば、伊達殿の企みは明らか」
忠三郎はにやりと笑って、あとは何を言われても気にとめなかった。
(私が秀吉の代理だから、私を討つのか。だったら、政宗は私の敵ではない)




