表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/119

狂い始まる(下)

 秀吉は小田原城が落ちる前から、北条氏の終焉を予想していた。開城以前の七月三日には、早くも奥州平定を目論み、小田原から会津までの道を整備させている。

 家康の関東移封を明らかにした論功行賞の翌々日の十五日には、甥・秀次率いる先方隊を会津に向けて出発させていた。

 忠三郎も浅野長政、石田三成、大谷吉継、木村吉清らと共に、その先方隊の中にいた。

 秀吉自身も十七日には小田原を発っている。

 秀吉はその道中の馬の背で、以前、家康とこっそり話した時のことを思い出していた。

(家康め、どういうつもりだ?忠三郎が欲しいのか?わしはまだまだ奴に警戒しなければならぬのう)

 秀吉は、前もって家康に関東移封を伝えていたが、その時、ついでに会津には誰を入れたらよいと思うかと聞いてみた。

 家康は第一に忠三郎の名を挙げた。秀吉は第一に堀秀政、第二に忠三郎と思っていたので、家康が忠三郎を第一の候補に挙げた理由を尋ねた。

「会津は隣の米沢の伊達政宗とうまくやらねばなりませぬ。堀殿と伊達では茶碗と茶碗のぶつかり合い。硬柔どちらも使い分ける蒲生殿がより適任かと」

 家康はもっともらしいことを言った。

 忠三郎の小姓時代の先輩でもあった堀秀政は、その直後に陣中で亡くなってしまったし、秀吉も会津に入れる者の第二候補として、忠三郎を考えていたから、結局は忠三郎に決めたのだが、家康の発言の理由が気になる。

 会津は東北の要。近所の家康にとって迷惑な人物には、来てもらいたくないはずだ。

(家康が忠三郎に来てもらいたいわけは、忠三郎と結託しようということか?)

 だが、家康はこうも言ったのだ。

「蒲生殿は信長公の婿。怪しい企みにかつぎ上げようとする輩も現れましょう。そもそも信長公は、彼に後を託して逝かれたのではありますまいか。信長公のなされし事の多くに、六角定頼の試みたものがあるようで。蒲生家は六角の家臣として、共にその試みを行いました。その家に生み育てられし人ならば、信長公の政をよく理解しているということでもある。でも、まあ──」

 そこで家康は声をひそめて付け加えた。

「……何というか、彼は南伊勢から出すべきと存じます。会津でないにしても、伊勢以外の、それも九州とは反対方向の、つまり東国のどこかに移すべきでしょう。殿下もそのおつもりでは?」

「それはどうしてそう思われるか?」

 秀吉がとぼけると、家康は笑って答えた。

「彼は切支丹です。お伊勢様側でも、何かと不安に感じておりましょう。それにお伊勢様は日本の根幹。それを壊されるなど、決してあってはならぬこと」

「神社の破壊は禁じておる。わしが伴天連へ下した令を、わしは伊勢の大神宮へも渡して、安堵させておる。忠三郎もかえって神宮を保護しておるぞ」

 そうは言っても、なお国外へ出て行かない伴天連たちが腹立たしいし、危険に感じる。そもそもバテレン追放令の覚書を伊勢神宮に与えるにあたり、忠三郎に釘を指す目的で、それを彼に預けたのだ。おかげで、忠三郎は今のところ秀吉の宗教対策に従順である。だが、確かに家康の言う通り、なお不安が残るのも事実。

 そして今、秀吉はスペインの企みを警戒してもいる。

 家康は言った。

「正直に申しましょう。この家康、殿下に従うは不服にござった。家康も天下が欲しゅうござった。それを、ぐっと堪えて殿下に臣従したは、殿下の思いに気付き、それがしも同じ気持ちだったからです。我欲のために殿下と争っていたら、日本を他国に蹂躙される、一日も早く天下一統させねばならぬと思ったからです。他国に蹂躙されるくらいなら、殿下に従う方が遥かにましでございました」

 家康も忠三郎が伴天連にたぶらかされていると思っているのか。いかにも自分が彼を監視するとでも言いたげだ。

 秀吉は国のためと言う家康を信じたい。だが、なお信じられない。

(方便ではないか?監視するなどと言うて、その実、忠三郎と妙な同盟を持つ気ではあるまいか……)

 だが、秀吉には計画がある。

 秀吉は米沢の伊達政宗も気に入らない。

(忠三郎と伊達の小童を互いに消耗させ、どちらも共倒れにさせてやる。そうすりゃ家康とて忠三郎を頼みとはできまい)

 秀吉の計画はきっとうまくいく。計画の内容をもう一度考えていると、忠三郎が三蓋笠の馬印を乞うてきた日のことがよみがえってきた。

(不遜な。忠三郎、そちは天下が欲しいのであろう?欲して当然の家柄じゃ。だが、そちには絶対天下はやれん。そちが天下を手にしたなら、魂をフェリペ王に売り渡し、日本をフェリペ王に売り渡すであろう。その時こそ、日本がイスパニアに制圧される時ぞ。そちは伊達と一緒に死ね)

 朝鮮を西国の大名に攻撃させてはならないと言った、あの時の彼の面。そう、彼こそ西国に置いてはならないのだ。


 秀吉が会津黒川に着いたのは、八月九日であった。ここで秀吉は奥州各地の大名の処分を決定した。小田原へ参陣しなかった大崎義隆、葛西晴信、白河義親、石川昭光らの所領を没収。秀吉のもとに赴いた人々の所領は安堵した。

 それから、改めて忠三郎へ命を下した。

「蒲生飛騨守に会津四十二万石を与える」

 そして、計画を実行した。

「木村吉清、そなたに大崎と葛西から没収した三十万石を与える」

 木村吉清は仰天した。喜びもないくらい。

 彼は僅か三百騎の将でしかない。

 もとは明智光秀の家臣で、山崎の合戦の折、城代だった丹波亀山城を手早く秀吉に渡して気に入られ、今日に至る。

 たかが三百騎の彼にいきなり三十万石。皆顔見合わせた。

 僅か数千石、三百騎から、一気に三十万石。皆も驚いたが、木村本人が一番面食らっている。

「よいか、そなたは飛騨守を親と思い、会津に出仕せよ。飛騨は木村を子と思い、よく面倒を見てやってくれ。移封で大変であろう、飛騨には上方への出仕を免除する。京へは上らずともよい」

 秀吉はさらに十日には検地令を出し、十二日には上方へ帰って行った。


 そのままここに置き去られた忠三郎。松坂に戻れず、このまま会津に住まわなければならない。また、彼は京の屋敷にも帰れないわけである。

 松ヶ島、松坂を治めて六年。海辺で豊かな商業都市だったかの地には、自ら城を築いたこともあって、愛着がある。

(もう二度と、あの伊勢の海を見られぬのか!)

 忠三郎が異国への思いを馳せたかの海と別れる運命だったならば、出陣前の正月にもっとよく眺めておけばよかった。

 松坂の留守居が、やがて母を連れて、この会津に移ってくることにはなろうが。日野から松ヶ島に移った時のように、引っ越しを全て留守居に任せなければならないのは、内心寂しかった。

 忠三郎がやらなければならないことは、山ほどある。

 この会津は秀吉に誼を通じた芦名氏のものだった。だが、秀吉が安堵したその所領を、伊達政宗は勝手に攻め込んで奪い、芦名氏を滅ぼした。小田原への参陣に遅参したのと、その会津搾取を責められ、政宗は秀吉から会津を取り上げられている。

 政宗は悔しいだろうし、隣の米沢から虎視眈々と狙ってもいるだろう。また、会津の民の感情も気になるところ。政宗を慕っているか憎んでいるかはわからないが、いずれにせよ忠三郎を歓迎はしていない筈である。

(こうしてはいられぬ!)

 心は重い。やる気もない。天下はすっかり見えぬ。だが、やらねばならぬ。

 ひたすら気だるい体と心を、奮い立たせていた。何のために奮闘するのかわからぬままに。

(いや!一つだけ希望がある!遠き奥州では、何をしようが上方には伝わるまい。伊勢では果たせなかった布教が、奥州なればできる!)

 しかも、容易には想像できない程の広大な奥州。キリスト教未踏の地でもある。天下からは遠ざかったが、考え方を変えれば、これは大きな機会。神の御恵みではないのか。

(そうだ、何を血迷ったか、私に奥州をとは。愚かなり!)

 秀吉の愚作を嘲笑う。そうすることで、気持ちが前を向く。


 一方、移封を伝えられた松坂では困惑した。

 この夏、再び巡察師となったヴァリニャーノが長崎にやって来ていた。

 そのヴァリニャーノと共に、第二団の竹村ローマ使節団が帰国。ローマ法王より下賜された物を持って、長崎から船で松坂に到着していたのだ。忠三郎が戦から戻るのを楽しみにして待っていたのに──。

 忠三郎は戦から帰ったら、第四団の使節団をローマに向かわせるつもりでいた。この計画をどうしたものか。

 また、松坂に住む商人達をどうすればよい。

 松坂の留守居たちは、困惑の中、移封の支度に追われたのである。

 忠三郎は当然、京屋敷にも使いを走らせている。冬姫へは、自ら長い長い手紙を書いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ