狂い始まる(上)
二月七日。松坂を出たこの日が全ての始まりと言ってよい。忠三郎の運命の歯車が、違う動きを始めたのはこの日だ。彼にとって二月七日は特別な日である。
忠三郎の軍勢は東海道を進み、駿府で信雄と会った。
忠三郎は秀吉の言葉そのままに、信雄の面倒を見るつもりでいた。信雄には今、おかしな行動をとらせたくない。秀吉は彼を追いやりたいに違いないのだから。
小牧の戦では、成り行きで彼と敵味方に分かれて戦うことになってしまったが、忠三郎だってそれは本意ではなかった。
しかし、そのことを、信雄は少なからず根に持っているようであった。それが態度にも顕れている。思えば、信雄が居城として自分で普請した松ヶ島城を、忠三郎が奪って居城にしたようなものなのだから、恨まれても当然かもしれない。
それでも忠三郎はさり気なく振る舞い、共に先に進んで、家康と駿河沼津の三枚橋城で合流した。
秀吉の三枚橋到着は遅く、三月二十七日になっていた。
実は秀吉の軍勢には、進軍中に、家康と信雄に謀反の計画があるとの噂が流れていたのだ。家康はそれもうまくかわしてしまったが、信雄の方はかなり我慢ならない様子である。
「秀吉が私を討つ口実を作ったのだ。そのための流言だ!」
忠三郎は信雄に心中では同意した。
(ありもしない謀反の噂……いや、謀反か!小田原と手を組んだら、可能だろうか……いや、天下統一が先だ。秀吉に天下を統一させて、他国に隙を見せぬ盤石の構えができぬうちは──)
忠三郎は信雄を宥めにかかった。
北条方の防衛の第一線は、箱根の山中城と伊豆の韮山城である。ここが最重要の拠点である。
秀吉はまずこれを攻めると決めた。
韮山城攻めの大将は信雄、四万四千。忠三郎はここに配属された。
ここはなかなかてこずった。どうあっても攻められない。城は急峻の地にあり、真上から信雄軍を狙い、必ず仕留めてくる。その上、こちらは兵糧を現地で調達できずにいる。
一方の秀吉率いる本隊は、山中城を一日で落とし、一気に箱根を越え、北条の本拠・小田原城を包囲した。
山中城とて堅固。それを秀吉は一日で落としてしまったというので、忠三郎は焦った。
韮山城は攻めれば攻める程、犠牲者が出る。猛将・福島正則でも七百人近い死者を出して退却。
蒲生軍四千も矢玉の餌食となり、一日で四百三十人も死んでいる。忠三郎は矢玉飛び交う中を、構わず前線で奮戦した。彼の天性の動体視力は、鉄砲玉も避けられる。しかし、無理なものは無理で。
韮山城の背後には険しい天狗峰があり、その上に天狗岳砦、幾つもの尾根にそれぞれ砦が築かれ、城を囲んでいる。
退却してきた忠三郎は、城を見上げて、信雄へ提案した。
「城は天狗岳の下。さすれば、天狗岳の砦に寄り、尾根伝いに進んで、城を上から撃っては如何でしょうか?かなり険しい山ですが、それがしが……」
「やめぬか!」
信雄が不機嫌そうな声を出した。
忠三郎が伴っている上坂左文(蒲生郷可)を見やって、眉を顰める。左文は左目に銃弾が入ったのを、自ら素手でえぐり出していた。夥しい出血で、手拭いでぐるぐる巻いたが、手拭いはたちまち血に染まって、さらに血が滴っていた。
「そなた、何をそんなに焦っておる?そなたは案外せっかちよの」
何故そう生き急ぐのかと信雄は言った。
「無謀なことはするな。我等は敵の十倍。無理はせず、持久戦に持ち込めばすむことであろう。何故わざわざ死のうとする。そなた、父上から叱られたこと、忘れたか?」
忠三郎ははっと信雄を見つめた。
忠三郎が前線で戦うのは今日だけのことではない。彼はいつも、どの戦でも先陣きって、真っ先に駆け出していた。ただし、総大将の時は後ろで指揮している。彼がこれまで出陣した戦のほとんどで、総大将は信長か秀吉だった。
一軍の大将だったから、戦の陣頭指揮に立ってきたのだが、そのことを、信長から叱られたことがある。
──そのようなことは雑兵のすること、大将のすることではない。大将が討たれた時点で、その戦は負けだ。大将は最後まで討たれてはならないのだ──
信長は忠三郎を、いずれ総大将になる者として、その心得を伝えたのだろう。
信雄が指摘した。
「そなたは命知らずなどではない、ただの向こう見ずよ。己は死なぬとでも思っているのか?見よ、そなたの隣の男を。そなたとて、いつそうなってもおかしくない。たまたま運が良いだけだ」
決死の覚悟で出てきた。だから、自分の肖像を描かせた。
だが──。
(今死んでどうなる?)
死んでしまったら、野望は達成できない。
(死など恐れたことは一度もなかったのに)
野望を持って、初めて、まだ死ぬわけにはいかないと思った。
(野望のある人間は、死を恐れるのか!)
──天下が欲しい!
「家臣を信用しておらぬのか?他人に任せられぬ性分なのか?何でも自分でやらねば気がすまぬのか。……こまねずみよ」
溜め息混じりに信雄は声を微かに歪めさせた。下賤の性分だと、その溜め息が言っている。
「……は、それがしが浅はかでございました」
忠三郎は頭を下げ、素直に退出してきた。傍らで左文は、このような主を珍しいことだと感じていた。
(私も死にますまい……ああ、野望ある者は、その野望のために、無茶も厭わず、突き進むものだと思っていたが。あべこべだ……)
それからわずか数日後の四月五日。秀吉から、小田原城包囲に加わるよう呼び出しがあった。
信雄、忠三郎、それに織田信包と細川忠興は小田原へ転進し、残りの武将が韮山城包囲を続けることになった。以後、韮山城攻めは持久戦となり、三ヶ月近く包囲し続けることになる。
一方、小田原城に籠もる北条勢は、五万七千人近くにもなるという。そのため、これを包囲するには相当大掛かりになった。
城の東は徳川家康。
北は信雄、忠三郎。そして、秀吉の甥・秀次、秀勝(小吉)。
西は信包、忠興に、宇喜多秀家。
西南は堀秀政、池田輝政、丹羽長重、長谷川秀一。
南の海上には毛利水軍、九鬼嘉隆や加藤嘉明、長宗我部元親らが軍船を並べていた。
合わせて十四万八千人の大軍勢。
そして、秀吉は小田原城を眼下に見下ろせる石垣山に城を築いた。林の中で突貫工事で築かれ、ある夜明けに林を伐採し、北条方にその姿を見せつけた。ある日、突如現れた城は、北条方を仰天させた。
長期間、戦局は動かなかった。互いにじっと睨み合っているだけだった。
ただ一度だけ、城側から奇襲が仕掛けられたことがあったが、これは小競り合いで、しかも城側の失敗に終わっている。
ただ、仕掛けられたのが、たまたま忠三郎の陣だったというのが不思議な偶然だった。
夜襲だった。五月三日、広沢重信は寝静まった蒲生陣中に乱入した。
見張りの兵が防戦している間に、飛び起きた忠三郎が家臣の兜をつけて敵の中へ突入して行った。自分の兜はその場になく、兜持が駆けつけるのを待っていられなかったのだ。
忠三郎の動きはとにかく素早く、いつの間にか敵の背後に回り込んでいて、蒲生の陣中に目の向いている敵の、背中を次々と斬り捨て突き刺していった。
すぐに家臣団も乱戦に及び、忠三郎の機敏さと機転で、すぐにも敵を蹴散らしてしまった。敵はすぐに退却。忠三郎は、城の方まで追いかけて行って、蒲生軍は三十人程を討ち取った。
他に戦闘はなかったため、蒲生軍の武勇のみが持て囃されることになった。忠三郎は戦上手の家臣団を、己の手足のように、自由自在に動かしている。それを秀吉にも褒められた。
小田原城の包囲は他に何事もないまま七月六日まで続いた。
関東の各城は前田利家など、担当の武将が悉く下し、開城していないのは成田氏長の忍城だけであった。
秀吉は長期の籠城戦に厭いて、側室、女房衆を呼び寄せて遊び。諸大名にも妻らを陣中に呼ぶ許可を出す。宴、茶会、温泉と賑やかだ。
冬姫は松坂にいる桐の御方に、上坂左文の妻を小田原に遣りたい旨、願い出た。左文の妻は桐の御方の親族であるから、桐の御方に仕えていたのだ。冬姫は大怪我を負った左文のために、その妻に薬等を沢山持たせ、忠三郎には京屋敷にある茶道具を送った。
左文は、実は秀吉に仕えてみたいという夢があったらしいが、今は蒲生家で良かったと思っている。
七月六日、ようやく北条氏は降伏してきて、北条氏政、氏照は切腹。家康の娘婿・氏直は命だけは助けられ、妻と離縁になった上、高野山に追放となった。
十三日、論功行賞が行われたが、それに先立ち、秀吉と家康は何事か話し合っていたらしい。
論功行賞の席上、秀吉は家康に対し、
「北条旧領の伊豆、相模、武蔵、上総、下総、上野を徳川殿に与えよう。その代わり、旧領は返上されよ」
と言ったが、家康は平然とそれを受けた。
家康は先祖伝来の地を手放すことを、何とも思っていないらしい。
秀吉はさらに言った。
「徳川殿の旧領である駿河、遠江、三河、甲斐、信濃は内大臣殿(信雄)にお願い致したい」
すると、信雄はむっとした。
隣で忠三郎、思わず、
「なりませぬ!」
と小声でたしなめてしまった。
秀吉に見つかってしまったが、秀吉は素知らぬ顔を決め込んでいる。信雄は忠三郎など無視して言った。
「国替えは容赦願いたい。織田家重代の尾張と、北伊勢に置いておいて頂きたい」
すると、忽ち秀吉は烈火の如く怒った。
「そなたは何らの働きもないが、亡き信長公のお子故、ただ血筋だけの理由で五ヶ国もくれてやると言うに!そうか、いらぬか。なれば尾張も北伊勢も取り上げる。そなたは国を治める器ではないからな。とっぷり田舎で己を思い知るがよい!」
信雄、はっとしたが遅い。
「はじめからそのつもりだったな!」
「がたがたうるさいわ!つまみ出せ!」
信雄は突き飛ばされた。忠三郎が唾を飲み込んでいると、ぱっと秀吉が忠三郎を振り返り、信雄を睨みつけた目のまま吼えた。
「蒲生飛騨守!……そちの夜討ちへの対応は見事であった故、奥州十二郡を与える」
「は……」
「会津の地じゃ。四十万石以上あるであろう。よって伊勢松坂は返上せよ。よいな?」
「……身に余る光栄に存じ奉りまする……」
がばと平伏した。
頭を殴られたような衝撃。だが、断ることは許されない。辞退すれば信雄と同じことになるだろう。
奥州、会津と言われても、ぴんとこない。フィリピンやインドネシアのように。畿内出身の彼にとって、それと似たような感覚だ。
四十万石とはいえ、未開の田舎なら、商業の地・松坂の十二万石より貧しくなる。
石高が増えれば、兵や家臣を大幅に増やさなければならない。それで軍は強固になるが、米など大した収入にならない。
信雄の気持ちが痛いほど分かる。だが、断ったら破滅なのだ。忠三郎は屈辱さえ感じつつも承諾した。
秀吉の目は鋭かった。
信雄は那須へ追放だという。忠三郎は自然に信雄の陣へと足が向いていた。
天下が一気に見えない所まで遠ざかった。奈落から、どうやって望めよう。
「私を笑いに来たか?」
信雄は忠三郎を一瞥して、面倒そうに言い捨てた。
「滅相もない!お力になれなかったことを……」
「はっ!そなた如きの力なぞ借りぬ!」
信雄は忠三郎の思いを傲慢と見下した。
忠三郎は何も言えなかった。あの時、秀吉の前で信雄を取りなすこともしなかった。
「疾く帰れ──それとも何か?私に尾張を取り返してくれるとでも言うのか?」
そこで初めて信雄はにやと笑った。
「だったら、妹を織田家に返してもらおう。猿に忠節を示せば、尾張くらい返してくれるだろうからな。冬姫を猿めにくれてやればすむことよ」
絶句した。
「できぬか?冬はそなたを滅ぼす女だ」
信雄は秀吉を猿と呼んで憚らない。
「次はそなたの番だ。さっそく僻地に左遷されたようだな。那須より奥地だそうではないか。が、すぐにそこも召し上げになるだろう」
「何故、左様なこと……」
「わからぬか?兄上(信忠)と信房(勝長)が死んで、信孝は猿に殺された。秀勝も死に、唯一生き残った私は追放。あとはわけのわからぬ幼い童ばかり。だから、次は婿の番だ。猿は織田を踏み潰したいのだ、そなたが次の獲物よ」
随分荒んだ考えだ。信雄、またくっと喉を鳴らした。
「左様なことは嫌か?だったら織田の婿はやめることだ。冬姫を返して自由になれ」
「それは──」
「できぬのか?妻一人くらい何だ。妻が織田の娘ゆえに、己が猿めに憎まれるならば、いっそその妻を殺すくらいの気概もないのか?だから、冬はそなたを滅ぼす女だと言うのだ。父上はそなたが欲しがったから与えたという。父上はそなたが可愛かったなら、何故左様な毒婦を与えたのだろうか。そなたが溺れずにすむ娘を与えればよかったのに。まあ、いい。猿は織田の娘を組み敷き支配したいのだ、冬でなくとも、妹のうちの誰かですむだろう」
信雄はそこでやや口元をひきつらせた。
「私は追放の身となった故、もはや織田の管理もできぬ。今後そなたにその辺りのこと、猿が委ねることがあろうな」
妹達を忠三郎に委ねなければならないのが、信雄には屈辱なようだ。
「会津だったな?そなたは間もなく死ぬ」
「えっ?」
「奥州の連中は、猿の出陣要請を無視して、小田原に来なかった。遅れて来た伊達やらいう小僧は猿も許したが、他の者どもは許さぬだろう。それに伊達も、自力で奪った会津を猿に取り上げられた。伊達とて面白くないはず。会津周辺には不穏なものしかない。何事も起こらぬわけがないわ。そなたは必ず死ぬ!」
まるで、秀吉が忠三郎を殺すために会津にやるとでも言いたげだ。
「猿は天下人の気分だからな。主家の織田家が視界に入るのが、どうにも堪えられぬのよ。猿は主家・織田を臣下としたいが、それだけでは満足できぬらしい。婿のそなたも殺さねば、安心できぬのだ」
そこまで言われて、忠三郎もやや声を荒げずにはいられなかった。
「死ぬ死ぬと、どうしてそう言いきれます!それがしは死にませぬ!それがしの命、あなた様に占って頂きたくございませぬ!それに、関白殿下に真に左様な邪な考えがあるなら、死ねばそれこそ殿下の思う壺ではありませんか。確かに織田家にはもうそれがししかおりませぬ。それがしが死んでは、いよいよ織田家を守れなくなります。それを!あなた様はそれがしが死ねばよいと思っておられるのですか?」
「そうだ!我等兄弟皆死んで、私は全て失って身一つで追放となった。これでそなたはついに織田家を手に入れた。猿と謀ったか?」
(何という!)
胸が煮えたぎり、眦に涙が滲んでくる。
「そなたは死ぬ!」
だが、信雄の目は、呪わしい言葉を吐く口とは裏腹な、真摯なものだった。
「死にませぬ!」
「いや死ぬ。わからぬか?織田の婿なら婿らしく、織田の者らしくしろ!」
はっとした。
信雄は忠三郎の戦をたしなめているのかと閃いた。不穏な奥州で戦になったら、忠三郎でも死ぬかもしれない。彼の戦ぶりでは死ぬ。若武者の時分には信長がいた。守られていた。だが、もう織田家はない。
「悔しいだろう?」
悔しかったら生きてみろと、信雄の目が言っている気がした。




