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木切れ

 バテレン追放令が出されてからも、伴天連は強かだった。言い訳をしては、ぐずぐずと日本国内に留まり、司祭(パードレ・伴天連)だけでもなお50人以上いる。

 さすがにそれもまずいので、十数名は国外に出ようということにはなった。彼等はとりあえず、肥前に集結していた。

 だが、オルガンティーノなどは小豆島に潜伏しており、なお各地でこっそり布教していた者もいたのである。

 伴天連が日本を出て行かないことに腹を立てたこともあろう、ここに至って秀吉は長崎を直轄地にするという手に出た。

 コエリョのフスタ船には大砲が搭載されていたが、九州滞在時にそれを見て、秀吉は危機感を持った。フスタ船から想像して、長崎の軍事力はただならぬ規模と考えたのだ。

 口では素晴らしき教えを説きながら、九州を攻めてくれと言い、武器を多数持っている。危険過ぎる。日本の安全のためにはバテレン追放令だけでは足りない。伴天連から長崎を取り上げてしまうのが良い。それもあっての直轄化なのである。

 秀吉は武器を取り上げたつもりだが、伴天連には自衛の家を奪われたことになり、怒りは爆発した。

 秀吉に最大最強の大悪魔が取り憑いたと、彼を悪魔、暴君と呼び、あることないこと悪口し放題で、口汚くローマに報告した。陽気なオルガンティーノでさえ、散々な言い方である。

 秀吉が聚楽第に大名の妻子を住まわせたことを、秀吉の淫乱のせいとして、見目麗しい彼女達は全て秀吉の情婦にさせられたなどと言う始末。

 信長の娘や側室、さらには信長の子息の家族も皆、秀吉の淫靡の餌食となったなどと言う。

 彼等伴天連が、その単語を口にしただけでも口が穢れる、呪われると嫌悪、憎悪する日本社会の男色。寺では当たり前だし、武家でも特異なことではない。だが、彼らキリスト教国の西欧人にとっては、妻以外の情婦を持つことよりも、ずっと罪深いこと。

 ならば、秀吉がどうしようもない男色狂いだとでも言えばよいものを、さすがにその道を全く嗜まぬ秀吉だからか、情婦のことしか言えなかったらしい。

 秀吉は幼稚な少年を飼い慣らす衆道に頼らなくとも、その絶大な力と人誑しな魅力とで、忠臣を得ている。沢山の側室を抱えたのは、大名達との縁を深める必要性や、忠誠を誓わせるために、半ば人質の意味もあってのことであろう。

 それでも、伴天連達は秀吉を悪し様に言って、スペインの援助を受けようとした。

「日本国内に軍事基地が必要である。国王フェリペは、日本国内に軍事拠点を築かなければならない」

 長崎を失った彼等は危機に瀕した。日本には理由をつけて、何が何でも留まらなければならないが、それには長崎に代わる拠点が必要だ。

「長崎は迫害から身を守るために必要なものだった。だから、要塞化したのに。異教徒を攻撃する目的ではない、やられたから自衛したのに。こちらから攻撃したことはなく、攻撃することも未来永劫ないのに」

 キリシタン領主達は虚弱で、いつも伴天連を守ってくれなかった。貧しいキリシタンの民を守れなかった。

 キリシタン領主達が、いつも異教徒に敗れて離散していたから、伴天連は自衛しなければならなかったのに。キリシタン領主が敗れないよう、自衛のつもりで武器を提供したのに。

「国王フェリペは、日本に軍隊を派遣すべきである!」

「まず300。我等を自衛するための兵を派遣して頂こう」

「日本は征服できないという見解で。明はよくよく作戦を熟慮してからでなければ、攻撃は失敗するとのことだが──関白の日本との戦は避けられない」

 日本の伴天連は恐ろしく過激になり、ローマのイエズス会本部や他の修道会、さらにはスペイン・ポルトガルの現状と乖離していた。

 それもあるからか、あくまで自衛のためだと主張したが。

 彼等はルソン、さらにはスペイン本国からも派兵してもらおうと、使者まで遣わしていた。日本国内に彼等を守る基地と兵がなければ、本国に依頼するしかない。

 日本に拠点を失った。現実的に、伴天連は日本に住めなくなってしまう。

 秀吉の猜疑心がここまで深刻にしたのだ。だが、秀吉に疑いを抱かせるような彼等の言動があったことも事実である。

 ローマ周辺では、聖職者の軍事介入によって、深刻な事態を招くならば、軍事介入するべきでないとの見解も多い。

 この時期、ヴァリニャーノはインド副王の使者として来日する予定があり、マカオに来ていた。マカオにいると、日本の状況が、インドにいた時よりも詳細に伝わってくる。彼は日本の伴天連達に強い危機感を抱いた。彼とて秀吉を不愉快には思う。だが、何よりコエリョがいけない。

 そもそも、秀吉はキリスト教の教えそのものには好意的で、仏僧より伴天連を評価していた時期もある。

 日本に愛情を持っているように見えた伴天連が、博愛を説き慈愛に満ちた彼等が、二重人格のように軍事に介入していたからこそ、秀吉は警戒し、怒ったのだ。

 ヴァリニャーノはコエリョに注意した。しかし、コエリョ達はなかなか従わない。

 このような状況下にある今日の日本に、拠点維持や、自衛のための兵や武器であっても、スペインやルソンから集めるのは、余計に秀吉を刺激するだけだ。

 コエリョはそれでもヴァリニャーノを無視し、無抵抗な伴天連を攻撃する悪魔・秀吉を迎え撃つ気概でいたが、イエズス会本部の決定もあったので、軍事介入の事実はあまり表に出せなくなった。フロイスはそのため、『日本史』を執筆するにあたり、そのことを伏せた。

 ことの発端は、大坂城でコエリョが秀吉に対面したことに始まる。コエリョは秀吉に九州征伐を要請し、明に出兵する際には、軍事援助もすると言った。

 しかし、フロイスは、九州を平定して明へ出兵すると発言したのは秀吉の方であると、『日本史』に書いた。秀吉の発案、秀吉の野望であると。

 だが、実際はコエリョの方から言い出したことなのである。大坂城での会見の場にいたオルガンティーノは、コエリョに不安を覚え、コエリョが秀吉に出兵を要請したことを報告した。

 オルガンティーノは秀吉を悪く言いはしたが、それにより、日本とスペインが戦になることは望まなかったのである。

 何れにしても、現状は打開しなければならない。

 伴天連が日本国内に拠点を持ち、国内に留まって布教を続けるためには──。

 秀吉が失脚するか死ぬ以外にないだろう。長崎まで取り上げた秀吉だ。交渉の余地などないに決まっている。

 秀吉の支配する日本と戦わなければならないが。スペインからの助けがなければ、残る手は一つしかない。

 日本のキリシタン領主達に秀吉を討たせるのである。

 今、キリシタン領主は随分沢山いる。彼等全員が立ち上がれば、かなりの人数になるだろう。

「問題は誰を盟主にするかだ」

 伴天連達は考える。

「有馬殿とか」

「有馬様のお力程度では、仮にフィリピン総督府(ルソン)から援軍があっても自衛が限界。キリシタンの殿達皆様が納得し、フィリピン兵も従うほどの人物」

「殿たちから尊敬されるのは勿論だが、我々を決して裏切らない人でなければならない。高山殿が適者だが、彼は今、領主でない」

「殿たちが盟主として納得する人といえば、黒田様、蒲生様あたりか」

「黒田殿は関白に近すぎる」

「ならば──」

 伴天連達はやはりこの人かと、忠三郎の名で頷いた。

「信長公の婿。その血筋だけで、誰しも納得し、ついて来ます。かつて、オルガンティーノ師父がミヤコ教区域内の教会じゅうをあげて、彼を我々に得させ給えと日夜連日ミサをした。信長公亡き今、やはり彼なのですよ。それに、関白から我々に渡された悪魔の書(追放令)よりも程度のひどい覚書を、関白は彼に押し付けたと。それで、彼はますます関白に怒っているのです。彼なら、やってくれるでしょう」

 忠三郎を総大将に、謀反を起こさせようと考えた。

 しかし、彼等の行動は遅かった。今直ちにするべきだった。

 小田原の北条氏はまだ秀吉に従っていなかった。北条氏には関東以北の諸領主達が従っており、相当に力がある。

 秀吉は今まさにこれを討とうとしていた。そして、徳川家康や織田信雄の動きもあやしい。

 北条氏率いる東国諸氏に家康が同調したその時、キリシタン領主達が決起すれば、秀吉とて危うくなる。これにルソンからの援軍でも加われば、尚更だ。

 しかし、関東以北の地には未だキリスト教は伝わっていず、伴天連達は北条氏が秀吉以上の大悪魔の可能性を危惧して、躊躇した。






***************************

 昨年秋、諸大名に対して在京令が出された。

 伊勢の松坂城と京の聚楽第に別居していた忠三郎と冬姫も、再び一緒に住めるようになった。

 だが、それも束の間、秀吉は小田原の北条氏を討つべく、準備している。出陣も近いので、忠三郎はまた松坂に戻っていた。

 正月になると、一度聚楽第に帰ってきて秀吉に謁見し、それからしばらくは屋敷にいた。

 出陣前には松坂に戻る。松坂から関東へ下向する予定である。京屋敷にいられるのは、それまでの僅かな間だ。

 鶴千代は数えで八歳になっていた。

 忠三郎の祖父・快幹軒にも似ているが、ぱっと見た印象では、織田家の顔である。美肌の女よりも白いもち肌の童男で、見た目通りの文人肌だった。文字など、むしろ忠三郎より綺麗に書くくらいである。

 松坂にいれば、遠乗りや鷹狩りなどに連れて行くところだが、京の屋敷では、満足に武術の稽古もさせられない。

 とはいえ、和歌を好み、文学に親しむのは蒲生家の気風ではあった。幼い頃の忠三郎も白面の文学少年だった。

 それでも心配なのが、親心なのか。立派な武将になれるだろうかと、忠三郎は気が気でない。

 ただ、鶴千代は時々面白いことを言う。

「慮斎は偉いの?」

と訊くのだ。

 一見くだらない。だが、息子のくだらない質問に付き合うことこそ、忠三郎には楽しみなのだ。

「何故慮斎が偉いのかと思ったのだ?」

「だって、皆、仏様に合掌しています」

「うむ?」

「慮斎は毎日仏様に合掌しているけど、他の人も一緒に合掌しているんです。その仏様は慮斎が彫ったんです」

 種村慮斎は先年の地震で折れた梁やら柱やらで、仏像を彫ることを趣味としていた。それには地震に対する深い思いがあるのであろう。

「仏様は偉いの?仏様はどこから来て偉くなったの?もとは木切れなのに。慮斎が仏様の形に彫っただけでしょう?慮斎が彫ったから偉くなったの?」

「慮斎が偉いわけではないな」

「では、木切れが偉いの?皆仏様に合掌するけど、慮斎が仏様の形に彫っただけで、本当はただの木切れでしょう?」

「鶴千代は面白いことを言う」

「仏様はどこから来るの?いつ慮斎の仏様に宿ったの?」

「偶像、か」

 しみじみと呟いて、忠三郎は鶴千代の頬をつついた。

「さすが上様の御孫だな」

 仏像はただの木の彫刻。人間が作った彫刻に過ぎない。それを誰しも御利益あるものと信じて、合掌している。だが、人間が作った彫刻に、仏が宿っているわけがない。

 それに既に気づいている鶴千代は普通でないと思った。

 ただ、鶴千代がそう考えるに至ったのには、どうも小倉行隆(孫作・作左衛門行春)の影響がありそうだとは思った。

 忠三郎の父・賢秀には、小倉家の養子になった実隆という実弟がいた。その息子が行隆で、忠三郎の妹が嫁いでいる。

 つまり、行隆は忠三郎の従兄弟であり、義弟でもある。

 小倉家といえば、鍋という女人がいる。彼女こそが信長の側室・小倉殿である。その小倉殿は今、北政所に仕えている。行隆はその同族ということにもなる。

 さて、この小倉作左衛門行隆、忠三郎の影響で、熱心なキリシタンだったが、信仰心は忠三郎以上、かなり熱狂的である。

 なかなか面倒見がよく、鶴千代とよく遊んでくれる。鶴千代も極めて近い親族ということもあって、よく懐いていた。

 行隆に教わったのか、鶴千代は時折『タントゥム・エルゴ・サクラメントゥム』なる聖歌を口ずさんだり、響きが面白いのか、ポロシモ、ポロシモと連呼したりすることもある。

 また、行隆のするイエスの話を楽しそうに聞き、異国に憧れを抱いているようでもあった。異国ならば西欧でなくともよいらしく、唐土や天竺の話にも目を輝かせて聞き入る。

 最近は『宇津保物語』の俊蔭の異界漂流譚に夢中になっていた。

 非現実的なものや、遠い異国に興味を感じるのは忠三郎にもわかるのだが、鶴千代は少々それが過ぎるような気がした。

「武士が遊んでばかりおってはならぬぞ。たまには隣の又若と槍でも振り回してこい」

 鶴千代の言動を面白がりながらも、そう注意していた。

 冬姫には、秀吉の極近くでキリスト教に興味を持っていることの方が心配だった。子供は純粋だ。イエスが人間の罪のために十字架にかけられたなどと聞けば、必ず感動して信仰に入る。

 秀吉は、忠三郎に与えたバテレン追放令の覚書の中で、大名がキリシタンになる場合は、秀吉からの許可が要ると言っている。だから、色々不都合なため、熱い信仰心は持ちつつも、表面上は棄教したに等しいように装っている大名もいるのだ。

 ところが、鶴千代は日本人の司祭がいないと聞いて、自分が日本人司祭第一号になりたいなどと言い出した。さらには、もっと偉くなって、司教になるのだと。

 鶴千代は幼く、まだ神もイエスもよくわかっていない。ただ、遠い異国の御伽噺のように聞いて、異国の司教に夢を見ているに過ぎないのだろう。ただ単純に、異国情緒に惹かれているだけだとも思う。

 冬姫はだから、わざと円仁の唐土旅行記や、親王・真如の天竺行の話をして、興味をキリスト教から逸らそうとした。俊蔭の漂流譚を好んで読むようになったのは、司教への興味が逸れたことのあらわれだ。

 だが、忠三郎の信仰を否定するような言葉は口にできない。

 鶴千代の言動から、忠三郎の息子への期待は高まっているだろう。必要以上に鶴千代の成長に不安を抱くのも、その期待のせいに違いない。

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