秀吉の疑惑(上)
すぐに、忠三郎は松ヶ島に帰ってきた。その時、冬姫は忠三郎の帰りを待ちながら、地球儀を回していた。
以前、安土からもらってきた地球儀。いつも忠三郎が見に来て、ほとんど彼が使っていた。そのうち貸し出したままになって、いつしか本当に忠三郎の所有物みたいになっている。
そういえば、忠三郎はまだあの阿弥陀像を返してくれていない。
どうしてまだ持っているのだろうと、懐妊中の帯を自分でぎゅうと締める。有馬の湯治から帰ってきても、忠三郎への気持ちに変わりはないのに、何故か時々、心が鬱ぐ。
また地球儀を回す。指はちょうどバチカンの辺りに置いてあった。
ふと、嫁いだばかりの頃、忠三郎が、信長は世界を見ていると言っていたことを思い出した。よくわからなかったが、こうしてその形見の地球儀を見ていると、忠三郎の言う通りなのかもしれない。
忠三郎の最近の興味も、世界のようで。
「もろこしも夢に見しかば近かりき思はぬなかぞはるけかりける……」
思わず口にした。
その時、天下という媚薬に中てられ、すっかり甘美に浸ったままの忠三郎が来た。
改めて、信長の婿ということがいかに大事なことかと実感する。
(この冬姫さまだけが私を織田信長の婿という存在にしてくれる)
「ローマは夢の中でさえ遠い。それより遠い人の心というものなぞありますまい」
忠三郎は冬姫の傍らに座り、地球儀のバチカン辺りにある冬姫の手を取った。そして、くるりと日本まで回した。
いかにローマが遠いか。一目瞭然だ。
忠三郎には、冬姫の心に寄りそっているという自信がある。
神は天地創造の初めから、人を男と女に造った。信頼し、支え合う存在として。だから、人は妻と一体になる。二人は別々ではなく一つだと、イエスもそう説いているとも。
万物は陰陽が一つになって生じる。両儀一対、陰と陽で一つだから、切り離せない。──という、古くからある陰陽の思想にも相同じ。
忠三郎は特にこの時、おかしな高揚感に包まれていたから、冬姫の寂しさには気づきもしなかった。ただ、この高揚感が、いつになく彼を饒舌にし、それが冬姫の心にはよい方に作用したのは、その神の御摂理とやらかもしれない。
「まだまだ六右衛門は帰って来られませんし。もうローマには着けたのかなあ?まだかなあ?」
「……ああ、使節のことですか……ローマにしか行かないのですか?」
冬姫はスペインに寄らないのかと疑問に思った。
「王に謁見する必要はありましょうな」
冬姫も、ポルトガル国王の座を、フェリペ2世が兼ねるようになったことを知っている。
「だが、ローマが先でしょう。六右衛門が帰ってきたら、次に出す使節は王に謁見できるようにしたい」
その答えを聞いて、忠三郎が単純に信仰心のためだけに、ローマへ使者を遣ったのではないことが察せられた。
「そうだ、フェリペ国王といえば、パードレから聞いたのだが──」
ポルトガル国王になったいきさつなど、普段は口にしない教会で聞いてきたことを喋った。
「王統には男子がいたのに?」
「日本とは違いますよね」
「民が先々代の王の復活を信じているということは、その王位を争った方は亡くなってしまったのでしょうか」
「いや、逃げて虎視眈々と機会を伺っていると聞きましたよ」
先代王・エンリケの甥のアントニオは、フェリペ2世と王位を争って敗れた後、フランスに逃げたという。オランダ(ネーデルランド)など、スペインと微妙な関係にある勢力を集め、海戦に及んだと聞く。
「ただし、フェリペ王はポルトガルの国王も兼ねているだけで、ポルトガル貴族も大事にし、民達の生活は何一つ変わらないようです。ポルトガルが完全にイスパニア(スペイン)に取り込まれてしまったなら、皆反発するでしょうが、ポルトガルはもとのポルトガルのまま。アントニオという方が、ポルトガル人達にどこまで支持されるか」
ポルトガル人はフェリペ王の治世を受け入れているだろう。
「ただ、異国人に支配されているということが、ポルトガル人には癪に障るといったところでしょうか」
「では、一悶着ということもなさそうですね」
「いや、待って。確かに、ちと気になりますね」
アントニオの出方によっては、スペインとポルトガルの間に何か起きるかもしれない。とすれば、あるかもしれない日本征服計画にも変化が生じようか。
ふと、冬姫の目に、最近にはない生き生きとした輝きがあることに、忠三郎は気づいた。信長に似て、異国の物や、珍奇な物に興味を覚えるのだろう。
安土にいた時は、信長に連れられ、嬉々としてオルガンティーノを訪ねていたのだ。
「デウスの御教えを聞きたいですか?」
冬姫は頷いた。忠三郎が何をもって、わざわざキリシタンになるまでに至ったのか。どの教えに感化されてのことなのか、知りたい。
「では、時々私がお話ししましょう」
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この時期、家康と秀吉の和睦に奔走する者がいた。信雄である。
家康からしたら、勝手に秀吉と和睦した信雄の手など、借りたくはない。
ただ、呉越同舟という。信雄も家康も近くにあって、共に地震の被害に遭った。家康も少なからず打撃を受けたのだ。今は和睦に応じた方が得策だと思った。
以後、これは良い方向に進んで行く。
そして、秀吉には一刻も早く家康と和睦しなければと思う理由があった。
信長が抱えていた対外対策。これまで、信長の下で国内の制圧にのみ専念してきた秀吉だったが、これからは外国にも目を向けなければならない。
秀吉は、かつて信長が言っていたことについて、改めて考えていた。
ポルトガルは日本を征服するために、伴天連を送り込んだのではないかと秀吉が訴えた時、信長は笑って言ったのだ。
「その噂はよく耳にする。それについて、俺に意見する者もいる。だが、考えてもみろ。現在までに日本を攻撃することができたのは、朝鮮だけだ。蒙古が当時の高麗を占拠して、つまり今の朝鮮から攻めてきたのだったが。新羅やら刀伊やらの海賊もまあ、蒙古とは比べものにはならぬが度々襲来してきたな。それとて朝鮮から来たのだ。つまり、日本を攻めることができるのは、朝鮮の国土からくらいなもの。ポルトガル人には無理だろう。かくも遠隔の地へ、どうやって仕掛けてくるというのだ?奴らの技術は恐ろしく優れているが、それでもしょっちゅう沈没している。ポルトガルから日本に遠征するには、かなりの軍船が必要だろう。日本の武士は強いぞ、武器も揃っておる。生半可な軍勢では我等を破れぬ。だが、それだけの軍船を揃えて、日本に到達する前に波に呑まれておっては、損失が大き過ぎる。危険を冒して、利少なき事に手を出す馬鹿はおるまい。奴らはもっと近くて弱い所を狙うはず」
だが、彼等は世界中を攻撃して、すでに多数の土地を得ている。モルッカ(インドネシア)の島々やルソン(フィリピン、ただしスペイン領)などは彼等のものだ。
東南アジアにまで進出してきているのに、日本に攻撃できないはずがない。
「モルッカを拠点に軍船を造り、軍勢を整えれば、奴らの技をもってすれば、日本に攻められましょう」
「そうだな、奴らが日本を攻めるとすれば、まずお前の言った辺りに集結させ、そこで十分準備してからだろう。だが、さような動きも気配も見られぬ」
「先手必勝、彼奴等の準備が進む前に、我らは朝鮮に砦を築いて備えるべきではございますまいか?彼奴等に朝鮮を取られたら、いつ日本に攻められるかわかりませぬ」
この話をした頃、まだポルトガルはエンリケ1世の治世だっただろうか。
信長も亡くなる前に、ポルトガルがスペインに併合されたことを知ったはずだ。だが、その頃、秀吉は毛利攻めで、信長の傍にはいなかった。
信長がその時期何を思っていたのか、秀吉は想像しかできない。
(上様、わしはどうすりゃいいんじゃ?)
その後も、秀吉は朝鮮に前線基地を持つべきではないかと、時折口にすることはあるのだが、意見を求めた相手からも正解と確信できるような解答を得られていない。
秀吉が改めて対外政策について考えるのも、秀吉には大坂城で、日本準管区長ガスパル・コエリョを引見する予定があったからだ。
(イスパニアは、コエリョはポルトガルとは別な考えか?同じか?伴天連は誰に従って動いてるんじゃ?)




