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式年遷宮

 忠三郎が氏郷になって、様々なことを考えていた頃、佐々討伐に出陣しなければならなくなった。八月のことである。

 忠三郎は新旧競い合う家臣達を連れ、松ヶ島を出発した。

(戦においては、競争心が武功に繋がり、結果、勝ち戦となる。まあよかろう)

 越中の佐々成政は徳川家康と手を組んで、前田利家を攻撃していた。それで秀吉は出陣したのだが、成政はもとは信長の黒母衣衆である。勇猛果敢で、忠三郎が憧れていた武将の一人だった。

 今回の戦でも、多数の砦を築き、領内の城という城悉く整え、堂々たる構え。気概を感じる。

 だが、秀吉は十万を越す大軍を率いていた。さすがに歴戦の猛将も、これには戦意喪失する。

 成政は剃髪黒衣で降伏した。秀吉はそれを受け入れ、成政から越中を取り上げると、加賀の利家に与えた。ただし、成政も新川一郡だけは領することを許されている。

 たいした戦もなく、程なくして帰国を許された忠三郎。しかし、いつまで経っても松ヶ島には現れなかった。

 秀吉は豊臣姓を賜った。その関係で、忠三郎も京にいるのだろう。冬姫はそう思っていた。

 しかし、実際は違っていた。忠三郎は大坂にいたのである。

 冬姫がそのことを知ったのは九月の初め頃。松ヶ島を藤掛三蔵永勝が訪れたことによる。

 三蔵は伊勢神宮に参詣するのだという。ついでに冬姫の所に寄ったのだ。

「神宮の未来はどうなるのか。忠三郎殿は何をお考えなのでしょうか、姫さま?」

 秀吉が関白になった。

 三蔵には極めて望ましい形になり、さぞかし上機嫌だろうと思われるのに、そうでもない。最近、於次秀勝の体調が思わしくないが、それで不機嫌なのだろうか。

「来月はついに遷御。かような時に、神宮の目の前の領主が──。解せませぬ!」

 伊勢神宮には式年遷宮という伝統の儀式がある。天武天皇の御代から続いてきたもので、基本20年ごとに神宮にある社等を悉く新しく建て替え、神々を新しい宮にお遷しするというものだ。

 戦乱の影響と金欠により、その伝統も絶えていたが、冬姫の祖父・信秀や父・信長の桁違いな献金により、永禄に復活。織田家にとっても特別な思いのある儀式である。

 何年もかけて、多くの儀式を行った末、ついに神をお遷しする遷御となるが、今年は他でもない、まさしくその遷御の年。しかも、内宮は久々のことで、実に123年振りのこととなる。

 また、遷宮は内宮、外宮、別々に行ってきたが、今年から同時に行うことになった。つまり、今年、久しぶりに内宮の遷御があるばかりか、永禄に復活した外宮の方も遷御があるのである。

 数年前から準備され、様々な儀式が行われてきたが、ついに来月、遷御というところにまで漕ぎ着けている。

 朝廷にとって極めて重要な儀式であり、秀吉は絶妙な時期に関白になったものだ。

 松ヶ島は伊勢神宮の目と鼻の先。忠三郎も神宮の奉行に町野左近繁仍を任じ、遷宮に協力してきた。しかし、三蔵は、まるで忠三郎が神宮の敵みたいに言うのである。

「姫さま、忠三郎殿は大坂におられます。そこで何をしておいでか、ご想像がつきますか?」

「いいえ……」

「受洗です!」

 三蔵は表情険しく半ば叫んだ。

「受洗!つまり、切支丹になられたのですよ!」

 冬姫は絶句した。寝耳に水の話で、想像もつかない。

「忠三郎殿はレオ(レオン)というのだとか。高山殿や牧村殿が伴天連ウルガン(オルガンティーノ)の所へ連れて行って、受洗させたのでござる!」

「……それは、確かですか?」

「確かです。於次様の周囲にも切支丹宗門と近しい者がおります。その者から確かめました。忠三郎殿は恐ろしい密命を受けているかもしれませぬぞ!高山殿や、九州の切支丹領主どもの所業はご存知でしょう?神はデウスのみであり、他の神は人間が作りし偽り。仏像のごとき偶像は破壊し尽くさなければならない。そう申して、伴天連どもは切支丹領主達に、領内の寺社を悉く破壊させました。忠三郎殿とて例外なくそれをさせられましょう。伊勢神宮に急襲など──」

 そこで口を噤んだ。

 さすがにその先は恐ろしくて口にはできない。

 確かに、キリシタンの領主達には、領内の寺社を破却してきたという事実がある。

 信長は伴天連のためにしたわけではないが、比叡山を焼き討ちし、本願寺に打撃を与え、一向宗門徒を皆殺しにしてきた。安土城を築くにあたり、構わず石仏などを壊して、石垣に用いたりしている。

 伴天連達は、信長のそうした行動を褒め称えている。

 この世にデウス(唯一絶対神)以外の神は存在しないのだ。だから、デウス以外に礼拝するのは重い重い大罪なのである。

 伴天連達がキリシタン領主達に寺社を破壊させるのは、当然なのかもしれない。

 忠三郎がキリシタンになったなら、彼もそれをさせられるだろう。だが、忠三郎の場合は他と違って大きな問題がある。

 地方のキリシタン領主が、領内の神社や寺を壊そうと、大した影響はないかもしれない。しかし、伊勢神宮は別格だ。

 帝の御祖天照大神がおわします社にして、朝廷にとって最も大事な神社。日本という国の根本である。皇女が斎宮を勤めた社。

 もしも、ここを攻撃するようなことになれば、朝敵どころの騒ぎではあるまい。前代未聞、日本有史以来の大逆賊だ。

 その影響の、想像を絶する程の多大さを思えば、いくら熱心なキリシタンと言えども、伊勢神宮には手を出さないだろうとは思われる。

 しかし、もしも日本征服計画があるのならば、その限りでもないのではないか。征服された後は、スペインになってしまうのだから、帝も天照大神もあるまい。

「とにかく、忠三郎殿が暴挙に及ばぬよう、姫さま、お気をつけ下さい」

「パードレ達との関係が危険になりはしないでしょうか?」

「確かに、伴天連が怒って、以前より噂のあった、南蛮による日本攻撃が開始されるやもしれませぬ。しかし、それでも日本人が最後まで守らねばならぬのが帝であり、天照大神でありましょう」

 伊勢神宮は日本人の魂だ。戦を避けるためとはいえ、魂を売り渡すことはできない。

「神宮との戦だけは避けねばなりませぬ。亡き上様の安土山のことを思い出して下され。上様はもともと熱田大神宮を大事にしておられました。安土には伴天連のために土地を与えられました。けれど、安土山にも寺を築かれました」

 信長は比叡山を焼き討ちしたが、決して仏教を排除したわけではない。伴天連を大事にはしたが、キリスト教だけを保護したわけではないのだ。

 三蔵はなお言う。

「関白殿下も上様と同じお考えです。神でも仏でも、また南蛮の神でも等しく扱うのが、天下太平の道なのです。一つにこだわり、他を排除しては、永久に戦はなくなりませぬ。一向宗徒どもを相手にして、お二方ともつくづく身に滲みたのでしょう。己の神、仏を信じきっている者がいかに厄介かを。己の信奉する神、仏のためなら死ねるのです。己の神仏のために戦をする、勝つまで徹底して戦う。己の神仏を信じない敵は、徹底して滅ぼし尽くす。宗教がらみの戦は始めたら終わりがない。天下人たる者は、さような戦を避けるため、どれも平等に保護せねばならぬのです」

「領内の平和のために、領主のなすべきことも、それですね」

 三蔵は頷いた。

 その晩は松ヶ島に泊まって、翌日、彼は伊勢神宮に参詣に行った。

 三蔵の目的は遷宮ではなく、純粋な神頼みである。

 於次秀勝の病状はあまりよくない。生母は吉田神社に祈祷し、養母は薬師如来を新造して、於次の病気平癒を願っていた。

 三蔵も伊勢参りというわけだ。

「それほど悪いのなら、見舞いに行きたいけれど……」

 冬姫が丹波亀山にいる於次を見舞うには、忠三郎の許可が要る。そこで、冬姫は次兵衛に見舞いに行ってもらうことにした。

「於次殿に何をあげたらよいかしら?」

 見舞いの品は、滋養のある物がよい。

「それならば、近年この辺りで作られるようになったという、珍しいものがございます」

 次兵衛はそれを持って亀山へ行った。

 片面に最中の皮、その上に羊羹に似たものを塗った菓子。古瓦という。

 後にこれは、この地の豪商・三井高利によって、老伴と呼ばれることになる、当地の名物の菓子である。


 まるで悪口が聞こえたみたいに、忠三郎がひょっこり帰ってきたのは、三蔵が松ヶ島を経った二日後だった。

 三蔵は忠三郎がキリシタンになったと言っていた。だが、帰ってきてから、それについて忠三郎は何も言わない。

 冬姫は自分から訊くのも憚られた。忠三郎が彼女にそのような重要なことを話さない理由がわからず、不安で。

 だから、家臣に訊いてみようかと考えた。

 人を吟味すれば、内密に聞き出すことも可能だろう。

 冬姫は主君の北ノ方であり、家臣達も当然敬ってくれる。

 特に、種村慮斎、坂源次郎、安藤宗斎(安藤守就の弟)、生駒弥五左衛門、谷崎忠右衛門など、織田家の重臣層や信長に直接仕えた経験のある者は、冬姫を畏敬していた。信長は神のような存在であり、彼等にとって冬姫は忠三郎以上に貴い。

 彼等に訊けば、三蔵の言ったことが事実かどうか確認できるであろう。

 冬姫が庭を歩いていると、たまたま坂源次郎を見かけたので、話しかけてみた。

 彼は尾張出身で、関家に、次いで柴田家に仕えた織田系の家臣である。

「ははっ。何事にございましょう?」

 冬姫の嫋やかさに、源次郎はえらく畏まり、それでもどこか親しげな眼差しを向けながら答えた。

「坂源殿は殿に気に入られ、常に近くに侍り、最近はよく大坂にお供しておられたご様子」

 冬姫は親しみを込めた笑顔で訊く。

「殿は近頃、大坂で何をしておいでなのか、坂源殿ならご存知なのではないかと思いまして」

「はっ、殿は宇留岸(オルガンティーノ)様にお会いなっておられまする」

 源次郎は躊躇いなく、事も無げに答えたのである。

「では、三蔵さまの仰ったことは本当なのですか……」

「藤掛様が何か申されたので?」

「殿がオルガンティーノ様から洗礼を賜り、キリシタンになられたと」

「ああ!」

と、源次郎は笑顔になり、あっさり認めた。

「左様でございますよ」

 それどころか、彼は胸を張ったのである。

「それがしも、殿のご推奨に従い、受洗致しました」

「えっ、坂源殿もキリシタン?」

「はい。ジョアンと申します。そうだ、お方さまも如何でございますか?」

 キリシタンになれと──。

 それにしても、忠三郎は本当にキリシタンであった。それなのに、そのことを冬姫に黙っている。それはいったい何故なのか。

 夫がキリシタンになると、だいたい妻もなるものだ。それなのに、忠三郎は自身がキリシタンであることさえ、口にしない。冬姫などキリシタンにならなくてもよいと思っているのか。

「殿からお話し頂いたら──」

 冬姫は源次郎に曖昧に返事した。

 わけもなく悲しかった。

 だが、改めて三蔵を思い出す。彼がこの松ヶ島へやって来たのは、この地が伊勢であるため、神宮へ参詣するためだ。

 久々の遷宮に沸く伊勢。ここは聖地だ。日本の中でも特別な場所。

 聖地ゆえに、伊勢周辺の民は他のどこよりもお伊勢信仰が強い。ここはそういう土地柄である。

 その地の領主がキリシタンでは、民はどう思うだろう。しかも、忠三郎は松ヶ島に来てまだ日も浅い。

 そんな馴染みのない新しい領主が、神社や寺を破壊するという宗教を信仰していると知ったら、民は不安だろう。

 民を安心させるためには、自分はキリシタンにならない方がよいのだと冬姫は思う。

 領主ばかりかその妻までキリシタンでは、人心を得られまい。

 そう思い至って。

 きっと忠三郎にも考えあってのことなのだと思った。

 それでも、一緒にキリシタンになってと誘われないのは、夫がキリシタンになったことさえ打ち明けてくれないのは、妻としてどこか寂しかった。

 頭ではわかっていても。冬姫の心はどうにもならない。

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